藤井道人監督インタビュー
素直に何でも言い合えるような
人と人とのつながりを描きたかった
小説すばるで新人賞を受賞するなど、多くの読者を魅了する作家・野中ともそによる人気小説『宇宙でいちばんあかるい屋根』が、17年の時を経て映画化された。原作は、自分の居場所を探している14歳の少女が不思議な出会いを通して成長していく、長編ファンタジー小説だ。主人公の少女・つばめ役は、今作が映画初主演となる清原果耶。彼女が出会う不思議なおばあさん・星ばあを、ハリウッドでも活躍する女優・桃井かおりがユーモラスに演じた。
脚本・監督を務めたのは、映画『新聞記者』(2019年)で第43回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した藤井道人。同じく2019年には人間の光と闇の部分を独自の映像世界で表現した映画『デイアンドナイト』を公開するなど社会派ドラマが続いた中、ファンタジー作品を題材として選んだ意外性に注目が集まる。9月4日(金)の公開を前に、映画化の経緯やキャストとの交流、今後の展望まで話を聞いた。
自分にいちばん向いていなそうな作品だから選びました
—— 日本アカデミー賞受賞の『新聞記者』や『デイアンドナイト』などの社会派作品から一転、今作は心温まるヒューマンドラマでしたが、素材選びはどのようにされましたか?
絶対その質問はくると思ってました(笑)。実はこの作品の映画化自体の話は4年前、『青の帰り道』(2018年)のクランクイン前にいただいていて。僕は当時29歳、前田プロデューサーが「この中で映画化するのにどれか興味ある?」って出してくれたリストの中に入っていたんです。そのリストの中で、これが一番自分に向いていなさそうだったので、これにします、と言いました。僕が29歳、主人公が14歳の少女だと接点がなくて難しいだろうと思ったんですが、タイトルに惹かれたのと、映画化まで時間があるなら一番難しそうなこれにしたい、と思ったんです。
当時『デイアンドナイト』の脚本を書いていて、いわゆる負の感情はすべて出し切った、20代にやりたかった内容はすべて脚本にしてしまった、というのがあったんです。そのうち自分も結婚して大人になる中で、こういった優しい作品に自分も触れる必要があるなと思っていて。そこに『新聞記者』という作品が急に入ってきたので、自分のフィルモグラフィが急に崩れ出したんですが(笑)。
主人公の元カレ・笹川の気持ちに寄せて脚本を書きました
—— 実際に、自分が難しそう、向いていなそう、と思われた映画に挑戦してみて、これは難しかったと思ったところはありましたか?
これは考え方なんですけど、14歳の主人公つばめをすべての主にして定義しようとすると失敗するだろうな、ということにプロットを書いている段階で気づいていて。僕は自分を笹川マコト(主人公の同級生)に寄せて書くことにしたんです。中学生の頃に、クラスで「ちょっとかわいいな」と思っていたけれど全然しゃべれなかった、接点のなかったあの女の子は、実際はどんな子だったんだろう、という知的探求から始めていくと、すごくつばめを描きやすくなったんですね。そういう考え方をしたら、つばめという女の子により興味が出て、それを清原果耶ちゃんがやってくれるということになり、より現実味を帯びていったんです。
そのために、かなり記憶の海をさまよって、昔の写真をいっぱい出してきて、当時のことを思い出したりしました。僕はなぜか少年時代、一時期オレンジの服ばっかり着ていた時期があって。だから笹川マコトはオレンジの服を着ているんですよね(笑)。笹川役の醍醐くんはすごく器用なんですよ。『天気の子』の帆高くん役のような、声だけのお芝居もできるし。セリフの言い方も、こういう風に言ってみてほしい、と言ったらその場ですぐに変えられる。おかげで醍醐くんと果耶ちゃん2人だけのシーンがすごく良かったし、僕も気に入ってますね。
原作の大事なところはそのままに自分の言葉にしてパラレル化
—— 原作小説から映画化するにあたって、監督が大切にしていた部分は何ですか?
原作ものは、デビュー作『オー! ファーザー』(2014年)以来だったんです。その時は大好きな伊坂先生の小説だったので、ある種変えちゃいけない気がしていて。いま思えばなんですが、自分が作品のファンだから、ある種160km投げられる可能性があったかもしれないのに142kmで球を投げちゃうような、どこか狙いにいっていたんじゃないかという気がしていました。
今回の小説は教えてもらうまで知らなかったので、「大事なところは何だろう?」という物語を解体する作業を自分の中で始められたんですね。前田プロデューサーが、作者の野中さんがアメリカから来日された際にあいさつされたら「映画は映画なので好きなようにやってください」と言ってくださったのが救いで。最初は小説をずっと読みながらプロットを書いていたんですけれど、後半はあえて読まないようにして、どんどんパラレル化させていったんです。原作は原作の良さがあるけど、映画には映画だからこそ出せる良さを監督として知らなきゃいけないと思ったんです。だから、だんだん原作からはなるべく離すようにしていきました。「こんな言葉があったな」と思いながらも、読み返さず、自分の言葉にするようにして書き進めていきました。特にラストカットにはこだわりました。
清原果耶ちゃんは自分の作品に欠かせない同志
—— キャストについてもお伺いします。監督から見た清原さんはどんな風に映っていましたか?
『デイアンドナイト』のオーディションの15歳のときから見ているので、今は同志というか、自分の作品に欠かせない俳優さんになったと思います。でもそれは初主演作というこの作品を通してこうなったのかもしれません。
『デイアンドナイト』のときは、「わかんないことない?大丈夫?」と聞くのではなく、ある種突き放す演出をしたんです。児童養護施設にいる少女を演じてもらったので、「監督も何も言ってくれないしどうしよう」と悩んでいる姿を見せてもらってたんですね。孤独でいてもらうことが大切だと思いました。その演出方法で大丈夫だろう、という安心感もありましたし。なので当時はあまり会話をしなかったのですが、今作では逆で、星ばあがいないときは自分が星ばあになったつもりでつばめに寄り添うような感覚でスタジオにいました。なので近くで見て「こんな表情するんだ」という表情はたくさん見せてもらいました。一緒に成長させてもらえて良かったなと思ってます。
吉岡秀隆さんも絶賛した清原果耶さんの演技
—— 清原さんの目で感情を表現する演技が印象的でした。そのあたりは何か演出されましたか?
僕自身、演出として心がけているのが、テクニック的なものは例え知っていたとしても一切言わないようにしているんですね。
清原さんの演技がちょっと違うと思ったら、ここは無理やり脚本に寄らなくていいですよ、と言って離れたままで演じてもらったら逆に思った感情が出ていたりすることもあって。そういうチューニングはしますが、基本的には感じたことを純粋にやってくれる方ですね。生き物としてすごく面白いです。こういった関係でものをつくれる俳優さんというのはすごく貴重ですよね。
吉岡秀隆さんもずっと清原さんの演技を見て「すごい」っておっしゃっていました。お芝居のうまい俳優さんはいっぱいいるけど、清原さんはオーラやまとっているものが全然違うと。吉岡さんも10代のころはそうだったじゃないですか、と言うと「いや、オレは何も考えてなかったよ。怒られてばっかりで」なんて謙遜されていて。でも、子役からずっと活躍されている吉岡さんが清原さんに対してそう思ってくれているという反応も嬉しかったですね。
今回、現場がすっごく楽しかったんですよ。一つも嫌なことがなかったんです。ほとんど目的の映像が撮れているんです。なので、この予算感の中でこれ以上のものが撮れる組は他にないと自負しています。それはやはり俳優さんたちのお芝居からくる自信でもありますよね。清原さんの1つ1つの芝居を妥協せずに、初主演の彼女を役者だな、と思ってもらえるように撮ったっていうのが自分にとっても財産です。
レジェンド・桃井かおりさんの到着でスタッフが一致団結
—— もう一人の主演、桃井かおりさんの印象はいかがでしたか?
桃井さんはクランクイン後、桃井さんの撮影が始まる前日にL.A.からいらっしゃったんですよ。「かおり来たから大丈夫だよ!」くらいの感じでいらっしゃいました。僕たち映画界の人間からすると、桃井さんってレジェンドじゃないですか。そういう人が、いちばん映画が好きなんだ、っていうのがわかったことで、スタッフが一気に団結したところはあるんですよ。やはりご自身も映画監督をされているから、自分の中で見えているビジョンがある方なんですよね。
それが、僕が見てないビジョンだと知ったときに、1回やってみましょう、と。やってみて、違うと思ったら「いや桃井さん、ここは違うと思う。こういう表現がしたいんです」と伝えると「あ、そっちね。わかった!」とすぐやってくださいました。僕の撮り方はある意味発展途上中なんですが、桃井さんはその撮り方がわかった上で、ハンバーグを食べるシーンが何度続いても何回もハンバーグを食べてくれる。こっちがだんだん心配になってきちゃって「食べてるところはもう撮っているから大丈夫ですよ」と言っても、「大丈夫よ~」と言ってまた食べる。いちばん子どもっぽく無邪気な人ですね。
一方で、自分がこうしたい、とかこう思う、ということに対してはすごくロジカルなものを持っていらっしゃいますし、いろんなことを教えてもらいましたね。「大事なことをいま言ってるじゃん。だから目を見たくないんだよ」とか、なるほどと思う説得力で、自分が演出をする上でも身になりました。果耶ちゃんも相手の芝居を受けて反応するタイプの俳優さんなので、相手の言葉が本当であればあるほどいい表情をしてくれる。そこはお二人の作用がうまく働いてくれたのではないかと、個人的には思っています。
作品完成後の桃井かおりさんの感想に感激
—— 桃井さんのアドバイスでセリフなど変化があったそうですが、具体的にどんなところが変わりましたか?
どちらかというと、星ばあとしてこう言いたい、彼女の考えはこうだからこうやりたいんだけど、監督としてずれてなければトライしてみたんだけど?と感じで、絶対にこうしたい、というようなことは言われなかったですね。「かおりはこう思うんだけど、監督どう思う?」みたいな提案です。また桃井さんが原作の星ばあに負けじといいセリフを現場で足してくるんですよ(笑)。星ばあが「時間は大切に使え」とつばめに言うシーンがあるんですが、その前の「男ってのはな、前に前に進む生き物なんだよ」っていうセリフは当日に桃井さんが「これやりたい」と提案してくれて足しました。全体的に「つながる」「つながっている」というのを大切にしたくて、桃井さんのアドバイスでつながっていった部分もあります。
あとは、桃井さんは9歳からの幼馴染の方とご結婚されてすごくラブラブなんですけど、その旦那さんもすごく素敵な方で、桃井さんの芝居をモニターで見て「かおり、ベリーグッドだよ!」なんて言ってくれることで桃井さんも喜んでお芝居してくれる様子を見ているのがとっても嬉しくて。休憩時間に桃井さんと色んな話をできたのも楽しかったですね。監督とコミュニケーションを取ってくれる方なので、やりやすかったです。
映画を観終わった後の桃井さんの感想がまた嬉しかったんですよ。「初めて自分が出ている映画だと思って観なかった。自分が出ているのも忘れて観てた」と言ってくれたので、それは感激しましたね。
Coccoさん作曲の主題歌を清原さんが歌うのは大反対だった!?
—— 主題歌「今とあの頃の僕ら」も清原さんが歌われています。作曲はCoccoさんで、そのあたりの経緯を教えていただけますか?
実は主題歌を清原さんが歌うということに対して、僕は最初は反対していたんです。『デイアンドナイト』で野田洋次郎さんが楽曲を書いてくれて、洋次郎さんが「これ、清原さんが歌った方がいいんじゃないの?」と、急に『気まぐれ雲』という歌を歌うことになったんです。それがすごく良かったんですよね。でも『デイアンドナイト』では、役柄として歌ってくれたけど、純粋に主題歌となると、主演に背負わせすぎじゃないかって思ったんです。ただ、僕が守りたかったのは清原さんの感情で、清原さんが歌いたいって言えば歌って欲しいと。そこで清原さんが「映画のためになるなら」って言ってくださったので、反対する理由もなくなったわけです。
事前にCoccoさんのライブにも行ったのですが、Coccoさんがすごくいいことを言っていて。「昔から自分の歌を聞いてくれていた人がみんな結婚して大人になって。Coccoはいつも逃げてばっかりで、こうしてふらっとやってきて歌を歌ってごめんなさい。でも、みんなが、『Cocco久し振りに聴こう』ってこうして戻ってきてくれて『おかえり』って言ってくれる。自分がそういう存在でいられるだけで幸せです」みたいなことを言っていたんです。それがこの映画で自分が伝えたいメッセージにすごく近かったというか、昔はいろんなことがあって、大人になって守らなくてはいけないものがある中で、みんなに幸せでいてほしい。そういう気持ちをCoccoさんから果耶ちゃんへバトンを渡すイメージが想像できたんです。
そして良い曲が完成して、そのPVも僕が撮らせてもらっています(8月11日から配信)。映画の主人公つばめが19歳になって美大に通っていて、自分の住んでいた町に戻ってくるという4分間のショートフィルムをつくりました。映画を知らない人にも楽しんでもらえるPVになっているし、観終わった後ならより余韻を感じてもらえるんじゃないかな。
僕にも口うるさい「星じぃ」がいます
—— 他人だけど友達のようで家族のようなつばめと星ばあの関係の、どんなところに惹かれましたか?
今の世の中って、みんなコミュニケーションが上手くなりすぎていて、言葉も上手いし忖度もしまくるというか。自分を振り返ってみても、仲間うちで始めた自分の会社が徐々に大きくなって、若い子たちも増えて30人くらいになって。そうなると、こちらは以前と同じようにフラットでいようと思っても、言葉を選んでしゃべってしまう部分があるんですよね。でもつばめと星ばあのにはそんな忖度がない。それを描きたかったんです。
本来は、自分はなるべく素直でいようと心がけていて、例えばネット上ではみんなあんなにストレートなことを言うのに、本人に面と向かって素直な言葉を言わなくなったとも思いますし。それは、人間関係が変わってきて、希薄になってきているせいだと思うんですよ。自分はやはりちゃんと顔を突き合わせて、「お前のそういうところがだめなんだよ」って言いたいし、言われたいし。そういう関係が星ばあとつばめにあったらいいなと思っているんです。
実は僕にもそういう関係の「星じぃ」が一人いて。映画製作会社スターサンズの河村という人なんですけど。もう毎日ケンカなんです。「俺がやりたいことはこうなんだーー!!」みたいな感じで全然人の話聞かないときもある。でもそこが好きなんですよね。強がってるけど、俺がいなくなったら嫌だろうしね。そんな関係の人が、1人に対して1人いればいいと思うんです。それが恋人でも親でもいいし。
屋根と同じくらい重要なメタファーになった「クラゲ」
—— タイトルに入っている屋根と同じくらいクラゲというモチーフが重要になっていました。クラゲが登場するシーンも幻想的です。そのあたりのこだわりはありましたか?
原作の中にもクラゲは出てくるんですが、いろんなメタファーがある中でクラゲってすごくいいなと思っていて。クラゲってほぼ水分でできていて、死ぬとき溶けてなくなっちゃうんですよ。水槽の中にはちっちゃいクラゲも大きいクラゲもいて、社会を表現できるものの一つとしてクラゲを多用したところはあります。屋根と同じくらい重要なメタファーですね。屋根もクラゲもいろんな色やサイズがあって、それぞれがいいよね、っていう中で僕らは生きているというのが、説明せずとも伝われば良いなと思って視覚的に活用しました。
桃井さんが付け足してくれたセリフの一つに「まだつながってるんだよ」という言葉があるんですが、水槽の中のクラゲを通して2人がつながっていたりするのが伝わればいいなと。星ばあは、家族のつながりを絶ってしまった存在であるから、例えばつばめとおそろいのクラゲのキーホルダーでつながってみたりとか、そういうことが色々と彼女は死ぬまでにやってみたかったんだな、というのが伝わればいいなと思いながら撮りました。
今後もあまり自分を定義しないで映画を撮り、海外の映画祭へも行きたい
—— 今後どんな作品を撮りたいなど展望を聞かせてください。
あまり定義しないで、今の時代になぜこれを撮るのかというのが、自分の中で腑に落ちたものだけをやりたいですね。大ヒット小説や人気ドラマの映画化だから撮るっていうことは多分一生ないと思います。でもその作品が、今の世の中で確かに必要とされている作品だし、自分とその作品がマッチして映画館の観客にどう反応してもらえるか、というのが見つかれば撮りたいと思いますけどね。
誰かに定義されない、自分で自分の映画を定義しない、ということを30代は続けていこうかなと思います。あとは、海外にちゃんと行けるような作品をつくるようにしたいなと思ってます。
本当は今年がチャンスだったんですけどね。この『宇宙でいちばんあかるい屋根』や、公開を控えている『ヤクザと家族 The Familly』で海外の映画祭にたくさん行きたいなと思っていたんですけれど、こういった時期で出品作品が絞られてしまって残念ですが。でも、コロナ禍のこんな時期だからこそ、そしてこれだけ長時間同じ屋根の下に家族が集うこともないので、屋根がテーマとなったこの作品は今だから観てほしいというのはあります。
[インタビュー: 富田 夏子 / スチール撮影: 坂本 貴光]
プロフィール
藤井 道人 (Michihito Fujii)映画監督、映像作家、脚本家。 |
映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』予告篇🎞
映画作品情報
《ストーリー》お隣の大学生・亨(伊藤健太郎)に恋する14歳の少女・つばめ(清原果耶)。優しく支えてくれる父 (吉岡秀隆) と、明るく包み込んでくれる育ての母(坂井真紀)。もうすぐ2人の間に赤ちゃんが生まれるのだ。幸せそうな両親の姿はつばめの心をチクチクと刺していた。しかも、学校は元カレの笹川(醍醐虎汰朗)との悪い噂でもちきりで、なんだか居心地が悪い。つばめは書道教室の屋上でひとり過ごす時間が好きだった。ところがある夜、唯一の憩いの場に闖入者が―。空を見上げたつばめの目に飛び込んできたのは、星空を舞う老婆の姿!?派手な装いの老婆・星ばあ(桃井かおり)はキックボードを乗り回しながら、「年くったらなんだってできるようになるんだ―」とはしゃいでいる。最初は自由気ままな星ばあが苦手だったのに、つばめはいつしか悩みを打ち明けるようになっていた。 |
原作: 野中ともそ「宇宙でいちばんあかるい屋根」(光文社文庫刊)
配給: KADOKAWA
公式Instagram: @uchuichi_movie