映画『川っぺりムコリッタ』荻上直子監督 インタビュー
【写真】映画『川っぺりムコリッタ』荻上直子監督 インタビュー

映画『川っぺりムコリッタ』

荻上直子監督 インタビュー

築50年の「ハイツムコリッタ」を舞台に、孤独な青年がささやかなシアワセに包まれるまで 

映画『かもめ食堂』(2006年)、『彼らが本気で編むときは、』(2017年)の荻上直子監督によるオリジナル脚本の最新作『川っぺりムコリッタ』が9月16日(金)より全国公開。脚本に惚れ込んだ松山ケンイチを主演に迎え、ムロツヨシ満島ひかり吉岡秀隆らが集結した。

【画像】映画『川っぺりムコリッタ』メインカット2

川っぺりに建つ古いアパートに越してきた孤独な青年が、アパートの住人との出会いを通して、ささやかなシアワセに包まれていくハートフルストーリー。いっぽうで「遺骨」がテーマとなり、死生観が浮かび上がるようなドラマにもなっている。脚本ができたきっかけやキャストについて、また荻上作品おなじみの食べるシーンについてなどを、荻上直子監督に聞いた。

日本の火葬文化は独特
遺骨をテーマにした作品をつくりたいと思っていた

—— 遺骨を通してそれぞれの死生観が浮かび上がってくるような作品でした。このようなテーマを選ばれたのはなぜですか?

NHKで遺骨がテーマのドキュメンタリー番組が放送されているのを見たのがきっかけです。その番組では、「ゼロ葬」といって、人が亡くなってそのままお葬式もせずに遺骨にするというものを取り上げていたんですね。例えば、行政の方がその遺骨を離婚した奥さんのところに持って行ったら「いらない。そんなのいらないからそのへんに捨てちゃって」と言っていたり、あるいは電車の中に遺骨をわざと忘れていく人がいて、(鉄道会社の)忘れ物の中にいくつかの遺骨が置いてあったりという内容だったんです。それを見て以来ずっと、遺骨をテーマに何か映画をつくりたいと思っていました。

海外の方とお話しすると、埋葬の仕方として日本の火葬というのはけっこう独特なようです。他の国でも火葬をするところはあるのですが、火葬したとしても、パウダー状になったお骨を渡されるらしくて、日本は骨の形がそのまま残った状態で出てくると言ったらすごくびっくりされたんです。(骨がそのままなんて)ホラーだ!みたいなことを言われて。なので、骨がそのまま残り、それを拾うという儀式は日本人独特の文化だと感じたこともきっかけの一つです。

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—— 作品の中でも、いろんな弔い方の形が出てきて、骨をパウダー状にする話も出てきますね。

映画の中では住職役の黒田大輔さんが言っていますが、骨をそのままの形で捨ててしまうのは法律的に禁止されている行為らしいです。散骨という形があるように、砕いてパウダー状にすれば問題ない、ということを聞いて、脚本に取り入れました。

—— 映画の中では残酷なほどリアルな部分と、少しファンタジックな部分が混在していました。そのバランスは意識されていましたか?

このお話自体が、生と死が隣り合わせになっている間とか昼と夜の間を表現するような話だと思うので、こっち側の世界とあっち側の世界の間みたいな部分を表現したいと思いました。

主演の松山ケンイチとはイタリアで運命的な出会い
「この人しかいない!」

—— キャスティングが絶妙でした。主演の松山ケンイチさんは以前からご一緒したかったそうですね。

はい。脚本を書き終わって、主演は誰がいいんだろうと思っていたときに、イタリアのウディネ・ファーイースト映画祭(2017年)へ出席する機会がありまして。イタリアに着いた日の夕食の席で、たまたま私の前に松山ケンイチさんが座っていらっしゃったんです。これは運命だ、松山さんしかいない! と思って、後程改めてオファーさせていただきました。

【画像】映画『川っぺりムコリッタ』場面カット2

—— 主人公の隣人・島田役のムロツヨシさんはいかがでしたか?

島田は図々しい役柄なので、愛嬌がある人がいいなと思ってムロさんにオファーさせていただきました。ムロさんにはけっこう、現場で厳しくしてしまいました。最初、なかなか自分が思う島田のキャラクターとは違うアプローチだったので、個人的にムロさんを呼んでお話ししたりということがありました。それに応えてすごく努力してくださいました。

【画像】映画『川っぺりムコリッタ』場面カット5

—— 主人公が住むアパートの大家・南さん役の満島ひかりさんはどうでしたか?

すごく動物的な感性を持った人だなと感じました。たまにすごくびっくりするようなきれいな表情をするし、さすがだなと思って見ていました。

—— 満島さん演じる南さんは、亡くなったご主人の骨とのシーンが印象的でした。

骨に触れるだけでなく、もう一歩進みたかった感じがしたので。

【画像】映画『川っぺりムコリッタ』場面カット6

吉岡秀隆は頼れるお兄さん
親子のシーンは黒澤明監督作品をオマージュ

—— 同じアパートに息子と二人で住む溝口健一役の吉岡秀隆さんはいかがでしたか?

吉岡さんは本当に大黒柱のような存在の方で、底から全体を支えてくださっていたような感じがします。私も吉岡さんの存在に頼っていました。やはり絶対的に(演技が)上手いし、役者さんとしてブレない芯が強いところも見ていますし、誰よりも圧倒的に経験が多い方なので、この映画の役柄も上手くとらえていらっしゃったし……本当に私が頼ていました。

—— それは意見を求めたりするということではなく?

それは特にないです。でも、アパートの住人みんなですき焼き鍋を囲むシーンは、撮影監督と私で吉岡さんに「このシーンは寅さんの、家族で食卓を囲むシーンみたいなイメージにしたいんですけど、どんなふうに撮っていたんですか?」という質問はしました。

【画像】映画『川っぺりムコリッタ』場面カット3

—— 吉岡さん演じる溝口は、息子を連れてお墓の訪問販売をしています。いっぷう変わったその設定はどこから来たのですか?

うーん、墓売りという設定はどこから……わかりません! でも、遺骨をテーマにしている作品だから、お墓というのがつながったのかもしれない。あ、大事なことが! 溝口親子は、『どですかでん』(1970年/黒澤明監督作)に登場する貧しい親子をイメージしているんです。吉岡さんはもちろんそれをわかってくださって、「これは『どですかでん』へのオマージュですよね」って言ってくださったので、「そうです」と答えました。

溝口親子が、なかなか食べられない高級な食べ物を空想するシーンが出てくるのですが、そこは『どですかでん』の親子が、自分の家を建てるならこういう豪邸にしたい、と語り合っているところをオマージュとして取り入れています。

【画像】映画『川っぺりムコリッタ』場面カット9

—— それで食べる場面を想像して親子が話しているんですね。聞いているだけで美味しそうでした。

吉岡さん、さすがに上手いですよね。だいぶカットはしたんだけど。現場ではもっともっと長く、その食べ物についてのセリフがあったんです。本当に頼れる存在でした。

田中美佐子と江口のり子は2作連続出演
薬師丸ひろ子は「声だけ」の贅沢オファー

—— 田中美佐子さんと江口のり子さんは前作『彼らが本気で編む人は』に続いての出演になりますね。続けてオファーされた理由があれば教えてください。

それはもう、(お二人が)好きだからです。江口さんは(イカの塩辛工場で主人公の先輩社員役)、パッと見ただけでは江口さんとはわからないような作業着姿で出ていただきました。最後の方は、イカをさばくのがだいぶ上手くなっていましたよ。私が「このまま(塩辛工場に)就職できますね」なんて言ったら「そうっすか?」って、あの感じで(笑)。

—— 薬師丸ひろ子さんが、電話の声のみで出演されていました。

これは、脚本を書いているときから薬師丸さんの声が浮かんでいて、ぜひお願いしたいと思ってオファーさせてもらいました。最初は、声だけだからお断りされてしまうことも覚悟していたんですけど、脚本を読んでくださった上で「ぜひ」と言ってくださったのでお願いしました。次は声だけじゃなくて、薬師丸さんと一緒に映画をつくってみたいです。

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米も酒も魚も美味しい富山で
シンプルな食事シーンにこだわり

—— 撮影は富山でのロケが中心だったそうですが、富山はいかがでしたか?

やはりコロナ下での撮影だったので大変でしたが、富山の皆さんがやさしく受け入れてくださいました。(検査などコロナ対策をした上で)小人数でご飯を食べに行ったりもしたのですが、快く迎えてくださって、ロケ地としては最高にいい場所でした。海もあり、山もあり、川もあり、町の中心部では何不自由なく過ごせるし、でも少し郊外に出ると素敵な自然いっぱいの風景が広がっていて。海が近いからお魚も美味しいし、お米もお酒も美味しいし。映画にも出てくる(イカスミを使った)「黒づくり」(黒い塩辛)も有名で美味しかったですよ。お酒と一緒にいただきました。天気はあまり困った覚えがなく、よく虹を見た記憶があります。

—— 荻上監督の作品は食にこだわりがあり、作品ごとに食べるシーンも印象的ですが、今作では「食」に関してはどのようなテーマがありましたか?

今回は主人公があまりお金を持っていない人なので、美味しいごはんとお味噌汁と野菜、そういうシンプルな食事でいこう、というのは最初に決めていました。それを松山さんが本当に美味しそうに食べてくださいました。

【画像】映画『川っぺりムコリッタ』場面カット4

—— 対照的にアパートの住民ですき焼き鍋を囲むシーンは豪華でした。吉岡さん演じる溝口の部屋に主人公が上がるところが印象に残っています。あれは脚本通りですか?

脚本にもある程度のト書きはあったのですが、実際部屋に走って飛び込んでくるような動きは松山さんのアイデアです。

—— ありがとうございます。最後に、これから映画を観る皆さんにメッセージをお願いします。

この作品には、ミュージシャン(元たま)の知久寿焼ちくとしあきさんも楽曲を提供し、出演もしてくださっています。そして音楽は、知久さんが所属するパスカルズの皆さんに担当してもらいました。知久さんの音楽、パスカルズの皆さんの演奏が、この映画に合っていて、とても素敵な音楽なので、そこにも注目してほしいです。

[インタビュー: 富田 夏子 / スチール撮影: 坂本 貴光]

プロフィール

荻上 直子 (Naoko Ogigami)

1972年、千葉県生まれ。
1994年に渡米し、南カリフォルニア大学大学院映画学科で映画製作を学び、2000年の帰国後に制作した自主映画『星ノくん・夢ノくん』が第23回ぴあフィルムフェスティバルで音楽賞(TOKYO FM賞)受賞。2004年に劇場映画デビュー作『バーバー吉野』で第54回ベルリン国際映画祭 児童映画部門特別賞受賞。2006年に『かもめ食堂』が単館規模の公開ながら大ヒットし、拡大公開。北欧ブームの火付け役となった。以降ヒットを飛ばし、2017年に『彼らが本気で編むときは、』は第67回ベルリン国際映画祭テディ審査員特別賞他、受賞多数。また、ドラマでは2021年4月より放送された「珈琲いかがでしょう」(テレビ東京)の脚本・監督を手掛けている。

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映画『川っぺりムコリッタ』予告篇🎞

映画作品情報

《ストーリー》

築50年の「ハイツムコリッタ」で暮らし始めた孤独な山田。

底抜けに明るい住人たちと出会い、ささやかなシアワセに気づき始める・・・。

山田(松山ケンイチ)は、北陸の小さな街で、小さな塩辛工場で働き口を見つけ、社長から紹介された「ハイツムコリッタ」という古い安アパートで暮らし始める。無一文に近い状態でやってきた山田のささやかな楽しみは、風呂上がりの良く冷えた牛乳と、炊き立ての白いごはん。ある日、隣の部屋の住人・島田(ムロツヨシ)が風呂を貸してほしいと上がり込んできた日から、山田の静かな日々は一変する。できるだけ人と関わらず、ひっそりと生きたいと思っていた山田だったが、夫を亡くした大家の南(満島ひかり)、息子と二人暮らしで墓石を販売する溝口(吉岡秀隆)といった、ハイツムコリッタの住人たちと関わりを持ってしまい…。図々しいけど、温かいアパートの住人たちに囲まれて、山田の心は少しずつほぐされていく―。

 
出演: 松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、江口のりこ、黒田大輔、知久寿焼、北村光授、松島羽那、柄本 佑、田中美佐子/薬師丸ひろ子、笹野高史/緒形直人、吉岡秀隆
 
監督・脚本: 荻上直子
音楽: パスカルズ
原作: 荻上直子「川っぺりムコリッタ」(講談社)
製作: 堀内大示、五老剛、多湖慎一、中西一雄、益田祐美子、亀山暢央、竹内力、五十嵐淳之、鈴木貴幸、川村岬、中西修、駒澤信雄
企画プロデュース: 水上繁雄、飯田雅裕
プロデューサー: 野副亮子、永井拓郎、堀慎太郎
共同プロデューサー: 成瀬保則、神保友香
撮影監督: 安藤広樹
照明: 重黒木誠
録音: 池田雅樹
美術: 富田麻友美
装飾: 山﨑悠里
スタイリスト: 堀越絹衣
衣裳: 村上利香
ヘアメイク: 須田理恵
編集: 普嶋信一
VFX: 古橋由衣
整音: 瀬川徹夫
音響効果: 大河原将
フードスタイリスト: 飯島奈美
スクリプター: 天池芳美
助監督: 藤森圭太郎
制作担当: 鳥越道昭
協賛: キタノ住建、メディアスタッフビジョン、山栄
助成: 文化庁文化芸術振興費補助金 (映画創造活動支援事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会
製作幹事: KADOKAWA、朝日新聞社
制作プロダクション: RIKIプロジェクト
宣伝協力: シンカ
配給: KADOKAWA
 
『川っぺりムコリッタ』製作委員会(KADOKAWA、朝日新聞社、メ~テレ、カルチュア・エンタテインメント、平成プロジェクト、basil、RIKIプロジェクト、ムービーウォーカー、Filmarks、ねこじゃらし、富山テレビ放送、北日本新聞社)
 
2021年 / 日本 / 120分 / カラー / ビスタ / 5.1ch / PG12
 
© 2021『川っぺりムコリッタ』製作委員会
 
2022年9月16日(金) 全国ロードショー!
 
映画公式サイト
 
公式Twitter: @kawa_movie
 

映画『川っぺりムコリッタ』公開記念舞台挨拶レポート

この記事の著者

富田 夏子フリーランスライター

女性誌やWeb媒体を中心に、エンタメや生活情報の記事を執筆しているライター。
2007年~女性向け週刊誌の契約記者。ハリウッド俳優やオリンピックメダリストへのインタビュー、日本の名医シリーズなど幅広い記事を執筆。2011年~主婦向け月刊誌記者。映画、DVD、音楽、本のレビューなどエンタメページを長年連載。イケメン若手俳優の取材記事や、モデルのインタビュー連載も担当した。現在、娘2人の子育てをしながら、雑誌やWeb、書籍のライティング・編集などを手がけている。

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