- 2021-11-26
- 映画レビュー, 映画作品紹介, 第34回 東京国際映画祭, 音楽映画
誰しも「一人じゃない」ことに気づく
時代にフィットしたミュージカル映画
第71回トニー賞®6部門を受賞したブロードウェイ・ミュージカル「Dear Evan Hansen」が待望の映画化!『ディア・エヴァン・ハンセン』の邦題で、11月26日(金)より全国公開された。
主人公のエヴァン・ハンセンを演じるのはミュージカル版でも主役を演じたベン・プラット。エヴァンを支え、励ますシングルマザーのハイディ・ハンセン役をジュリアン・ムーア、エヴァンの同級生コナーとその妹ゾーイの母親シンシア・マーフィー役をエイミー・アダムスが演じ、きっちり脇を固める。監督は『ワンダー 君は太陽』(2017年)や『ウォールフラワー』(2012年)のスティーヴン・チョボスキー。製作には『ラ・ラ・ランド』(2016年)、『グレイテスト・ショーマン』(2017年)のスタッフ陣が集結した。
歌やセリフに込められたメッセージがあふれてくるミュージカル映画
主人公は、家族に心を開けず学校生活にもうまくなじめない高校生、エヴァン・ハンセン。セラピーのため“ディア・エヴァン・ハンセン”で始まる自分宛ての手紙を書いているが、ある日その手紙を学校の問題児・コナーに取り上げられてしまう。後日、コナーは自ら命を絶ってしまうのだが、ポケットにその手紙が入っていたことから、コナーの両親は息子が親友・エヴァンに宛てて書いたものだと勘違い。それが誤解だと言い出せないエヴァンは親友だったふりをするが、やがてそのことが学校中、世界中を巻き込む大きな出来事へと発展していく、というストーリー。
トニー賞6部門受賞の大ヒットミュージカルが元になっていて、『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』の製作チームが手がけた楽曲の素晴らしさは折り紙付き。さらに、ブロードウェイで初代主演を務めたベン・プラットが映画でも主人公を演じたことで、声を上げられない孤独な人たちが「僕は(私は)ここにいる」と心の中で叫んでいるような、メッセージ性の強い歌詞やセリフがダイレクトに響いてきて感情をゆさぶられる。
特に主人公のエヴァンが、本当は亡くなったコニーの親友ではないと言えないまま、全校生徒の前で歌い上げる“You Will Be Found”(君はひとりじゃない)は圧巻。それまで観客は、善意からとはいえエヴァンが嘘をついていることにモヤモヤ、やきもきしながら観てしまうはず。でも、そこで歌われた言葉は孤独な自分自身から出てきたものであり、まぎれもない彼のリアルな本心。そこにグッと来て、より物語に引き込まれていく。
どの作品でも一貫して「孤独な人に手を差し伸べたい」というチョボスキー監督の姿勢
スティーヴン・チョボスキー監督は、半自伝的と言われている自身の小説を映画化した『ウォールフラワー』(2012年)でも過去にトラウマを抱えて周囲となじめない高校生を主人公にし、調子のいい時も悪い時もあって少しずつ前に進んでいく姿を描いている。また、前作『ワンダー 君は太陽』(2017年)では、遺伝子疾患で人とは違う顔を持つ少年が主人公でありながら、彼の家族や友人、誰もが何かしらの孤独な気持ちを抱えて生きているという部分を多面的に表現し、皆を励ましていくような希望のある作品に仕上げた。
一貫しているのは、「孤独な人に手を差し伸べたい」というメッセージ。映画を観た後で、生きにくさを感じている人が自分から発信できるようになったり、周りの人が孤独な誰かに声をかけてあげて欲しい。そんな映画をつくりたいと願っているのが強く感じられる。
『ディア・エヴァン・ハンセン』は第34回東京国際映画祭のクロージング作品に選ばれており、クロージングセレモニーでは監督からのビデオメッセージが披露された。そこでも「(この映画は)悲しみや喪失感を扱いながら、最後には希望や勝利を描き“あなたは一人ではない”というメッセージを込めています」と自分の言葉で伝えていた。
2015年のミュージカルが現代の社会情勢にぴったりフィット
ミュージカル作品は2015年に初演。SNSを題材とした構成と楽曲や歌声が評判を呼んでロングランヒットとなった。その後世界はコロナ禍を経験し、2021年の終わりに映画化された今作が公開されるというのは、人と人とのつながりの大切さを再認識した現代の社会情勢に寄り添う形になったのではないだろうか。コロナ以降、理由もなく学校へ行くのが不安になったり、生活に余裕のなくなった家庭も増えたというニュースを目にする。一人でもいい、この作品を通じてそういった孤独や不安を抱える人が救われてほしいと、心から願わずにはいられない。
[ライター: 富田 夏子]
映画『ディア・エヴァン・ハンセン』予告篇🎞
映画作品情報
《ストーリー》エヴァン・ハンセンは学校に友達もなく、家族にも心を開けずにいる。 ある日、自分宛に書いた“Dear Evan Hansen(親愛なるエヴァン・ハンセンへ)”から始まる手紙を、図らずも同級生のコナーに持ち去られてしまう。後日、校長から呼び出されたエヴァンは、コナーが自ら命を絶った事を知らされる。悲しみに暮れるコナーの両親は、手紙を見つけ息子とエヴァンが親友だったと思い込む。彼らをこれ以上苦しめたくないエヴァンは思わず話を合わせてしまう。そして促されるままに語った“ありもしないコナーとの思い出”は人々の心を打ち、SNSを通じて世界中に広がり、彼の人生は大きく動き出す―。 |