第39回 東京国際映画祭(TIFF) ウィメンズ・エンパワーメント・トーク〈ハー・ゲイズ〉レポート
【写真】第39回東京国際映画祭(TIFF) ウィメンズ・エンパワーメント・トーク “ハー・ゲイズ” 余靜萍(ユー・ジンピン)、芦澤明子

第39回東京国際映画祭(TIFF)
ウィメンズ・エンパワーメント・トーク “ハー・ゲイズ”
余靜萍+芦澤明子

“カメラの眼”が捉える真実と創作の秘密!
日台を代表する女性撮影監督が語る、手持ち撮影の美学と映画への情熱

11月3日(火・祝)、第39回東京国際映画祭(TIFF)のウィメンズ・エンパワーメント部門にて、トークイベント「ウィメンズ・エンパワーメント・トーク “ハー・ゲイズ”」が東京ミッドタウン日比谷 LEXUS MEETS…にて開催された。

3年目を迎えた本部門では今年、「カメラの後ろで映画を支える女性たち」に光を当て、アジアの映画界を第一線で牽引する2人の女性撮影監督が登壇。台湾から映画『少年の君』(2020年/デレク・ツァン監督)で香港電影金像奨 最優秀撮影賞を女性として初めて受賞し、映画『金魚の記憶』(2023年/チェン・ホンイー監督)で1962年に創設された金馬奨の歴史上初の女性最優秀撮影賞に輝いたユー・ジンピン(余靜萍)撮影監督。そして日本から、黒沢清監督や沖田修一監督ら数々の名匠とタッグを組み、2026年の第79回カンヌ国際映画祭にて日本人初(女性として世界2人目)となる顕彰「ピエール・アンジェニュー・トリビュート賞」を受賞したパイオニア・芦澤明子撮影監督を迎え、深遠なクロストークが繰り広げられた。司会は東京国際映画祭プログラミンググループの近藤香南子が務めた。

映画界における女性たちの歩みと「カメラの眼」
デジタル化による環境変化と多様性への期待

冒頭、司会の近藤香南子よりウィメンズ・エンパワーメント部門の趣旨と、世界および東アジアにおけるジェンダーギャップに関する背景が説明された。

「東京国際映画祭にウィメンズ・エンパワーメント部門ができて今年で3年目となります」と切り出した近藤氏は、1年目の「女性監督は歩き続ける」シンポジウムや、2年目の監督同士の対談・国際プログラマーによるラウンドテーブルの歩みを回顧。「今年度は映画制作において大きな役割を果たす『カメラの後ろの女性たち』、すなわち撮影監督にフォーカスいたします」と宣言した。

かつてフィルム撮影の時代は、カメラやフィルム自体が非常に重く重労働であったことや現場の体制もあり、女性の参入が難しかった分野であったことに言及。しかし2000年代以降、デジタル移行に伴い女性撮影者の活躍は確実に増加している背景に触れた。

続いて近藤氏から、中国語圏3大映画賞(香港電影金像奨・金馬奨・台北映画賞)すべての最優秀撮影賞を受賞した唯一の撮影監督であるユー・ジンピン氏の実績や、映画『九月に咲く風』(2008年/トム・リン監督)、映画『ホテルアイリス』(2021年/奥原浩志監督)など日本とも縁が深い実績が紹介された後、愛称である「フィッシャーさん」としてステージに呼び込まれた。

【写真】第39回東京国際映画祭(TIFF) ウィメンズ・エンパワーメント・トーク “ハー・ゲイズ” (近藤香南子)

余靜萍撮影監督が明かす「独学の撮影術」と「準備の美学」
名匠のカット割りを写真で検証した原体験

拍手の中で登壇したフィッシャーは、「こんにちは、フィッシャーです。本日はお招きいただきありがとうございます」と笑顔で挨拶。

写真の世界からキャリアをスタートさせた経緯について問われると、フィッシャーは、「私はこの年代において非常に幸運な撮影者だったと感じています。最初はグラフィック写真の助手からスタートしました。動画の助手を経験したことはなかったのですが、あるCM監督が私の師匠との関係を見て『動画も撮れるのでは』と声をかけてくださったのが始まりです」と振り返った。

当時は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督作品のようにカメラを固定するスタイルをよく観ていたため、CM現場でアングル変更を指示された際は戸惑いがあったという。そこから自力で映像表現を学び始めたフィッシャーは、大好きなクシシュトフ・キェシロフスキ監督の映画『トリコロール/青の愛』(1993年)を何度も観返し、一カットずつフィルム写真を撮って自宅の床いっぱいに敷き詰めたエピソードを披露。「なぜこれほどカットを変える必要があるのか」「アングル変更にどんな意味があるのか」を徹底的に考察したという独学の原体験を明かした。

さらに、準備・撮影・仕上げの各プロセスにおける心がけを聞かれると、「最も重視するのは『準備』の段階です」と強調。台湾では「脚本を選ぶのが下手な撮影監督」と冗談めかして言われるほど、どんなシンプルな文章からでも映像イメージを膨らませることができると語った。映画『女の子』(2021年/黄綺琳監督)では、詩のように感覚的に書かれた第1稿脚本に強く感銘を受け、監督の心に寄り添うためにその初期衝動を大切にしたと明かした。

事前テストを徹底するタイプだと語るフィッシャーは、「現場に入る前に監督やスタッフと8割(80%)ほどコミュニケーションを完了させておきます。さらに、トーン(色彩方針)を確定させるため、事前テストを経ておよそ5〜8種類のLUT(Look Up Table)を作成して現場に臨みます」と、綿密な準備の美学を語った。

「役者に寄り添うカメラ」手持ち撮影とアクターとの信頼関係
周迅(チョウ・シュン)との現場で感じた撮影監督の真価

手持ち撮影(ハンドヘルド)の話題になると、フィッシャーは「現場は時間との戦いであり、非常にスピーディな反応が求められます。環境や状況に敏鋭に反応できるよう訓練を積んできました」と回答。

役者との距離が非常に近い手持ちショットが生まれた理由について、デレク・ツァン監督と初めて組んだ映画『ソウルメイト/七月と安生』(2016年)での経験を挙げた。多彩なアングルで撮影したものの、最終的に編集で残ったのは役者の感情に肉薄したショットだった。そのため、続く『少年の君』では最初から広角寄りのレンズで役者にギリギリまで近づくスタイルを選択し、感情のアップと同時に周囲の環境も画面に収めるアプローチをとったと説明した。

また、ある作品の撮影で女優の周迅(チョウ・シュン)氏と共演した際のエピソードを披露。涙を流す過酷な泣き芝居の最中、彼女が足元に絡まりそうな撮影用ケーブルを自らそっとけてサポートしてくれた経験に触れ、「カメラマンは現場で誰よりも役者の近くにいる存在です。彼女たちがどんな不安や不確定さを抱えて演じているかを理解し、一番近くで寄り添い支えられるカメラマンでありたいと思っています」と温かい眼差しで語った。

芦澤明子撮影監督が登壇!日台のパイオニアによるクロストーク
「LUTは8個作成」国境を超えた撮影監督の共感

イベント中盤、日本の女性撮影監督の先駆者であり、第79回カンヌ国際映画祭にて「ピエール・アンジェニュー・トリビュート賞」を受賞した芦澤明子撮影監督が大きな拍手に包まれてステージへ登壇。「皆様、今日はお休みのところお越しいただきありがとうございます」と挨拶した。

フィッシャーの話を聞いていた感想を尋ねられると、芦澤は「30分ほど前にお会いしたばかりなのですが、なんだかすっかり意気投合して『こちら側の人だ!』と感じました(笑)」と笑顔を見せた。「準備を念入りにすることや、台本からイメージを固めていくプロセス、さらに映画のトーンを決めるLUTを8個ほど作ると仰っていたことまで全く同じで、思わず笑ってしまいました。国境を超えても、同じところで苦労し、同じ喜びを感じて仕事をしているのだと実感して感動しています」と語ると、フィッシャーも「私もすごく感動しています。芦澤さんは大先輩であり、これまで芦澤さんが撮られてきた作品をたくさん観て心から尊敬していました」と深く感銘を受けた様子を見せた。

現場における環境の変化について、芦澤は「2000年頃から働きやすい環境作りや『映適』(映画制作現場適正化機構)などのシステム構築が進んできました。スイッチバック(山岳鉄道)のように進んでは戻りを繰り返しながら、この20年で大きく改善されてきたと感じます」と振り返った。現在は撮影部・照明部・録音部で女性スタッフが半数を超える現場も増え、会場内に設けられたキッズエリアにも触れながら、子育てと現場仕事を両立する次世代への力強いサポートの重要性を提唱した。

フィッシャーも約20年前に日本の沖縄で撮影した際、多くの女性照明技師やスタッフが活躍している姿に驚いた思い出を明かし、「大切なのは、一人ひとりが自分の能力と貢献できることを正しく理解し、これまで表現されてこなかった繊細な視点を提供していくことだと思います」と語った。

技術と美学を深掘りする「相互質問セッション」
『国境のナイトクルージング』単焦点1本と『少年の君』手持ち撮影の真実

お互いの作品を尊重し合う2人のクロストークは、さらに技術的・美学的な深掘りへと進んだ。

芦澤から、フィッシャーが撮影を手掛けた映画『国境のナイトクルージング』(2023年/アンソニー・チェン監督)の独特なカメラワークについて質問が飛ぶと、フィッシャーは「実は『国境のナイトクルージング』は、レンズをたった1本しか使っていません」と告白。これには芦澤も「えっ! 後で知って本当に驚きました」と感嘆の声を上げた。

シンガポール人の監督にとっても異国の街での挑戦であったため、自身にも「40mmの単焦点レンズ1本だけで撮る」という制約を課したというフィッシャー。その制限があったからこそ、固定概念を打ち破る新しいカメラワークと切り替えの発想が生まれたと明かした。

芦澤も「40mmは私にも大好きなレンズで、映画『トウキョウソナタ』(2008年/黒沢清監督)の多くも40mmで撮影しました。クック(Cooke)は寄れるし、柔らかで女性的な優しいトーンが出るのが素晴らしいですよね」と共感を示した。

さらに『少年の君』における果敢な手持ち撮影について話が及ぶと、フィッシャーは「あの作品では最初に監督と『三脚を捨てよう』と決めました。不確定で恐れを抱えながら世界を模索する若者たちの歩みに同期させるため、私自身の体を三脚代わりにして撮影したのです」と裏話を明かした。芦澤は「技術を全面に出すのではなく、目的が手持ち撮影そのものにならない絶妙な自然さが見事でした」と称賛を贈った。

一方、フィッシャーも芦澤が手掛けた『トウキョウソナタ』や映画『岸辺の旅』(2015年)の大ファンであることを明かし、人物の影や反射を美しく捉える光の表現に感銘を受けたと語った。

これに対し芦澤は、照明ディレクターと入念に話し合い、色を混ぜ合わせるミックスライティングにこだわっていることや、カメラテスト時にライティングテストも並行して徹底的に行う手法を明かした。

【写真】第39回東京国際映画祭(TIFF) ウィメンズ・エンパワーメント・トーク “ハー・ゲイズ” (芦澤明子)

会場Q&A:クリエイターへのアドバイスと未来へのメッセージ
「自分を疑わずに信じること。世界はあなたを抱きしめてくれる」

会場の参加者から監督との協働や絵コンテへの向き合い方について質問が寄せられると、芦澤は「監督の目や心になりたいと思っています。コンテに書かれていることを尊重した上で、『書いていない新しいこともやろう』と必ず声をかけるようにしています」と回答。フィッシャー撮影監督も妥協のない映像のために自らダイビングライセンスを取得した経験を挙げ、監督の理想を形にするプロ意識を示した。

過酷な現場でのメンタル維持について、芦澤撮影監督は「ゴルフ中継を見て、ダブルボギーを叩いた選手が次のホールでどう切り替えるかを観察して学んでいます(笑)」と明かして会場の笑いを誘った。フィッシャー撮影監督もテニス観戦からスポーツマンシップと集中力を学んでいると語り、「現場は一つの船であり、監督が船長なら撮影監督は舵取りです。全員の不安を解消し、正しい方向へ進む集中力が欠かせません」と語った。

最後に映画界を目指す若い世代へのメッセージとして、フィッシャー撮影監督は「純粋に『なぜ映画が好きなのか』という情熱と使命感を持ち続けてほしい。自分を疑わずしっかり準備していれば、世界は必ず両腕を広げてあなたを抱きしめてくれます」と温かいエールを贈った。

芦澤撮影監督も「機材が軽量化した時代だからこそ、絵画や他者とのコミュニケーションを通じて感性を磨いてほしい。私も常に新人のつもりで挑戦し続けます」と意気込みを語り、温かい拍手と深い感銘の中でトークイベントは締めくくられた。

[スチール撮影: Cinema Art Online / 記者: 深海 ワタル]

イベント情報

第39回東京国際映画祭(TIFF)
ウィメンズ・エンパワーメント・トーク “ハー・ゲイズ”

■開催日: 2026年11月3日(火・祝)
■会場: 東京ミッドタウン日比谷 LEXUS MEETS…
■登壇者: ユー・ジンピン(余靜萍/撮影監督)、芦澤明子(撮影監督)
■司会: 近藤香南子(第39回東京国際映画祭プログラミンググループ)
■中国語通訳: 磯尚太郎
■英語通訳: 増渕愛子、水野響

この記事の著者

Cinema Art Online編集部

本記事を読んでくださりありがとうございます。

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