
映画『時には懺悔を』
中島哲也監督 インタビュー
ただ「生きる」小さな命が、ひび割れた心にもたらすもの
打海文三による傑作ミステリー小説を映画化した、 映画『時には懺悔を』 が8月28日(金)に全国公開される。
構想18年。映画『下妻物語』(2004年)、『嫌われ松子の一生』(2006年)、『パコと魔法の絵本』(2008年)、『告白』(2010年)、『渇き。』(2014年)、『来る』(2018年)など、美しい映像と先鋭的な演出で日本映画界に衝撃を与えてきた 中島哲也監督 によって映像化された本作。ある探偵が殺害された事件を皮切りに、9年前、障がいのある新生児が誘拐された事件を巡る謎と、彼をとりまく人々の苦しくも優しく、温かく、切ない、ヒューマンドラマが描き出されている。

主演の 西島秀俊 をはじめ、 満島ひかり 、 黒木華 、 宮藤官九郎 、 柴咲コウ 、 塚本晋也 、 片岡鶴太郎 、 佐藤二朗 、 役所広司 ら日本映画界の至宝が集結し、映し出されるのは、障がい、介護、孤独といった現代の深淵を含む、「生きていく」ことへの圧倒的なリアリティと、希望だ。
公開を前に中島監督へのインタビューを実施。本作のテーマや原作への思い、キャストとのエピソード、そして撮影に参加した障がいのある子どもたちとの現場について話を聞いた。
20年の時を経て動き出した企画 若い世代のエネルギーが後押しに
一人の探偵が殺された。同業者の佐竹(西島秀俊)は、関係者の多くから「殺された方がマシな人間」だと思われていた米本(佐藤二朗)殺しの真相を調べ始める。
かつて所属した探偵事務所の元上司の寺西(役所広司)から、教育を任された聡子(満島ひかり)と共に、米本が手掛けていた依頼を調査する内、2人はさらなる情報を求めて重度の障害がある息子・新(しんすけ)を一人で世話する明野(宮藤官九郎)を監視することに。やがて、9年前に息子を誘拐された民恵(黒木華)の存在や、佐竹と聡子それぞれの家族の問題が浮き彫りになる中、ただ日々を共にして静かに生きる新と明野は、取り巻く人々の心を少しずつ変えていく。
発表時に高い評価と話題を集めた原作との出合いから、20年以上。それほどの時間を経ても、本作には自身の手による映画化を諦めきれない魅力があったと中島監督は語る。

中島監督: 原作を読んだ時、この作品は障がい児が家族にいる・いないに関わらず、全ての人間が抱える悩みや苦しみといったものを、複数の登場人物を通じて深く表現していると感じました。たいへん難しい題材ではありますが、できることなら私自身の頭が鈍くならないうちに実写化にトライしたいと考えていました。
当時、障がいのある子どもを扱う作品の制作ハードルは高く、企画はお蔵入りする可能性が濃厚だった。しかし、その“土壌”は少しずつ変わっていき、「これまでに出会ったことのない若い世代」との交流が実現への道筋を拓いていったという。
中島監督: 制作準備を始めたのは3~4年ほど前です。私の中には、他にも映画化したいと思いながら実現できていない企画がいくつかあり、若いプロデューサーにそうした話をしていたところ、かつてあれほど敬遠されていた本作に対して、とても興味を示してくれたんです。
そこで当時書いていたプロットの叩きを少し書き直して見せたところ、「すごくいいと思うので、制作しませんか」と言ってもらえた。十数年の年月が経つ中で、もしかすると自分でこの作品を演出するのは無理かもしれない、と考えたこともあったのですが、世の中が少しずつ変わっていたことを実感しました。
特に興味を示したのは、30代を中心とした若手の制作陣。彼らの興味とエネルギーが、自身を後押ししてくれたと振り返る。
中島監督: 我々や少し下の世代の感覚では、こうした映画をつくるのはかなり勇気がいると思います。その勇気を出すには、若さが必要なのかもしれません。今までに出会ったことのないそうしたスタッフたちが全面的に協力してくれて、時には私自身のこともリードしてくれたことで、制作が進み始めました。
すべての登場人物を「絶対、単純化させない」
他者を通して深掘りされる、誰もが抱えた“二面性”
本作では、「家族」を軸に、人々が日々を生きる中でいつしか抱えてしまう業や、自身の中の相反する感情を内包した、“生きていくこと”そのものが描き出される。その一方で、米本殺しの真相と、9年前の誘拐事件の謎に迫るミステリーの要素も織り込まれ、エンターテインメントとしての魅力を放つ。中島監督自身がテーマとして据えていたものを聞くと、現実世界でも見過ごされてしまうことの多い「人間の複雑さ」を見つめる、繊細で鋭利な視点が示された。
中島監督: さまざまな状況、経歴、考え方の人間が出てくる中で、「これは“いい人”」「こいつは“悪役”」といった単純な見え方には絶対にしないよう意識していました。濃度はそれぞれに異なるとしても、登場人物全員が、どこかに必ず“悪い面”を持っている一方、実は“良い面”も持っている。その両面をすごく考えましたね。
同時に、それぞれのキャラクターが他の登場人物から影響を受けたり、逆に勇気を与えたりする。その関わりというか、個々の動きだけで完結することのない、連動性のようなものを細かく考えながら各自を配置していました。
特に後半は、佐竹やその妻の由紀(柴咲コウ)、聡子、民恵といったさまざまなキャラクターの想いが一気に表層化して、シンクロしていきますが、全員が直接会ったことがあるかといえばそうではない。ただ、全員が苦しい状況にいて、それぞれに関わり合う(シンクロする)ものを抱えていることが見えてくるんです。

約2時間に収められた物語の中でも、そうした場面を重ねていくことで、1人1人の人間性が深みを増していく。この点は本作で発揮された中島監督の真骨頂とも言えるだろう。
中島監督: 個人の行動や、言葉だけでキャラクターを完結させてしまうと、どうしても浅い人間に見えてしまいます。例えば民恵の立場も、由紀の言葉や聡子の想いを通して表現することで、別の形で捉えることができる。もっと複雑で傷を抱えていることが見えてくるんです。そうした人々が輪になることで支え合い、その真ん中に新がいるような作品にしたいと考えました。

誰かの行動や発言の一部分のみを切り取って評価するなら、相手を「いい人」「嫌な奴」と決めつけることはたやすい。けれど、他の人の声や想いを知って、実は全く異なる面もあると気づかされることは、実生活でも珍しくないだろう。興味深いのは、この「人との関係性から新たな一面が見える」リアリティが引き出しているのは、本作のキャラクターの良い面だけでなく、ネガティブな面でもあることだ。
中島監督: その意味では、個々のキャラクターに、妙に同情することもしませんでした。各自のずるいところもきちんと描く。ただ、最終的にずるいだけで終わるのではなく、新とのふれ合いから何かを感じ取って、これまでの自分とは異なるアクションが生まれる形にできるはずだと思っていました。
特に大きなポイントとして、黒木さん演じる民恵が絶対悪人には見えないように気を遣いました。民恵個人の行動だけを見ると、彼女は障がいのある子どもを捨てたように見えますし、その後も殻に閉じこもり、誰に聞かれても自分の本音は言わない頑なな女性と思われてしまうでしょう。それでも彼女が取った行動が単純に「悪いこと」だと思われないことが大事だった。「誰にでも民恵のような(相反する)想いを抱えることがある」と、感じてもらえるよう、黒木さんとも話し合いました。

確かに、物語の中で人間の「矛盾する2つの感情」を特に体現しているのは、民恵ではないかと感じる。この矛盾は民恵自身が苦しむ中でひび割れた、彼女の心の叫びにも見えた。そして形は違えど、佐竹や聡子の内側にも同じひび割れが見え隠れする。
そうした本音を表に出さない、繊細で複雑な演技が求められる民恵役について、脚本を固める段階から中島監督と黒木の間で密なコミュニケーションが取られていたという。
中島監督: 黒木さんには脚本を第1稿時点で見ていただき、決定稿までの過程で、彼女の解釈もお聞きしながら人物像を作り上げていきました。物語が始まった時点では、最後に民恵がどのような行動を取るかは分からず、今作の結末とは別の形になることも十分ありえました。ただ、彼女がどんな結論を出したとしても、単純な「悪人」に見えてはいけないということを前提に、一緒に民恵という女性を造形していったような気がします。
西島秀俊が体現する「傷」と「変化」、満島ひかりが放つエネルギー
主人公の佐竹には、原作から大きな変更が加えられた。原作では友人の子どもとして登場する、9歳で亡くなった障がいのある少年が、本作では佐竹自身の子どもになっている点だ。これにより、佐竹の妻は心のバランスを崩して入院し、高校生の娘は心を閉ざしている。佐竹自身も心に大きな傷を負い、キャラクターのバックボーンはより複雑になった。明野と新を見つめる佐竹の心境にも影響が大きいこの変更は、どのような意図で加えられたのか。
中島監督: 2時間と少しの中で、佐竹の人物像をどうしたら有効に描けるのか考えたとき、彼がなぜこの事件の捜査をするのか、明確な理由が必要だと思いました。
物語を通して佐竹がどう変わっていくのかは、本作における一つの大切な観点です。自身の子どもに障がいがあり、それが原因で家族ともうまくいっていない現実を彼に与えた方が、捜査を通して明野と新を見つめることで突きつけられるものも多いでしょう。こうした考え方は(映像化する監督自身の)エゴになってしまうかもしれませんが、打海さんのご遺族の了解を得たうえで変更しました。

佐竹の人物像をさらに多層化する設定。一方で、この変更は西島のキャスティングには特に影響しなかったと話す。
中島監督: 佐竹は最初どこか不貞腐れていて、何を考えているか分からないキャラクター。それがだんだん深い傷を負い、家庭も全然うまくいっていない状況で明野と新を見ていることが分かります。障がい児だった自分の息子に向き合えたとは言えない中で、明野と新を見つめながら、徐々に変わっていく。その様子を演じるうえで西島さんはとても適任だと思いました。
どの映画のどのキャラクターでも、せりふだけではなく、雰囲気や佇まいでキャラクターをきちんと表現して欲しいのは同様ですが、西島さんはそれをしっかり体現してくれます。佐竹役は西島さんで良かったと思っていますし、後半に現れてくるほんの少しの、それでも佐竹本人にとっては大きな変化も、とてもよく表現してくれました。

その佐竹と、ある種の「バディ」として動くのが、満島ひかり演じる聡子だ。完成披露試写会の舞台挨拶で、演者それぞれから「聡子は“生きて”いて、佐竹は“死んで”いる」と表現された2人は、その言葉どおり陽と陰。特に序盤はエネルギーの塊と虚無の塊のような対極の姿が見えてくる。監督の期待もその組み合わせの妙にあったという。
中島監督: 2人ともすごく達者な役者さんですので、佐竹と聡子というキャラクターを与えれば、絶対に凸凹コンビになるだろうし、満島さんは佐竹に対して戦闘的にガンガン行ってくれるだろうことは予想できました。実際予想通りでしたし、心配はしていませんでした。

一方で、聡子自身も後半は自身が抱えている娘との問題が表層化し、だからこそ調査対象の新という少年に心惹かれていく様子が描かれる。聡子の変化も、登場人物同士の関係からあぶり出される、新たな一面の一つだ。さらに、彼女の動きは、本作の中でも特に他の人物の多面性を引き出す“ハブ”的な役割になっていく。
中島監督: 聡子自身に変化があったからこそ、民恵と交わされる会話の中でも「息子を育てるべきだ」とゴリ押しするのではなく、「本人が決めることだ」と踏みとどまります。そんな風に少しずつ変わっていきながら、最後まで諦めずに新の行く末を真剣に考えて動いたのが聡子。明野の判断もあり、他の人々の優しさも後半には見えてきますが、やはり聡子の頑張り、前半のエネルギッシュにまくしたてる場面だけではなく、後半のどこか耐えるように民恵との会話を続けていく部分が生きていたと思います。

「明野役は、20年前から宮藤さんしかいなかった」
そして本作のキーパーソンとなったのが、新の父親・明野役を演じた宮藤官九郎だ。鑑賞後「明野役は、宮藤官九郎以外にない」と感じさせる説得力があったこの配役について聞くと、間髪入れずに驚くべき回答が返ってきた。
中島監督: 約20年前に原作を読んだ時、まず宮藤さんの顔が浮かびました。だから明野というキャラクターを宮藤さん以外で考えたことはなかったんです。当時、映画『嫌われ松子の一生』を撮った少し後だったのですが、宮藤さんには松子が初めて同棲するDV気質の売れない作家役で出演いただきました。その印象が残っていたのもあり「宮藤さんしかいない」と。20年を経て制作をスタートした際も、宮藤さんはあまり変わっていなくて……、断られたら大変なことになっていましたね。

今作では、障がい児とのふれあい方や世話の仕方など、事前勉強に時間をかけて臨んだという宮藤。本人の努力もさることながら、新役を演じたしんすけとの場面からは、2人の信頼関係もうかがえるリラックスした笑顔や、空気感が見られた。他にも障がいのある子どもが多く参加した撮影現場において、環境づくりや準備はどのように行われたのだろうか。
中島監督: 撮影のために事前に特別なことをするというよりは、宮藤さんとしんすけ君がカメラの前でもとにかくリラックスできる雰囲気の中でお芝居できることを大事にしました。しんすけ君が緊張せず新君としてその場にいてくれれば、呼応するように明野も世話ができるので、絶対緊張しないような環境が整えられればと。
例えば、本人とあまり関わる機会のないスタッフは、なるべくしんすけ君の側に行かないようにしていました。これは特別なことではありませんが、逆にカメラに映らない場所には、彼の体調に少しでも異変があったらケアできるよう、常に多くの医療スタッフと、スペシャルニーズスーパーバイザーとして(障がいのある子どもが参加する)撮影全体をサポートしてくださった、安田一貴さんが控えていました。
また、ご両親や彼が安心できる人たちも側にいて、皆さんのアドバイスを聞きながら、ゆっくり撮影を進めましたので、実際に体調不良などで撮影中断したことは、私の記憶ではなかったように思います。むしろしんすけ君も、参加してくれた他の子どもたちも、撮影に来ると元気になっていたそうです。「みんないきいきしている」と親御さんに言われたときは嬉しかったですね。

前出の舞台挨拶で安田氏は、スタッフに対して「子どもたちに役者として接する」ことを求めたと述懐。このコメントについて聞くと、監督自身としても、さまざまな想いを込めた対応だったことが伺えた。
中島監督: 出演してくれた子どもたちが、「役者」として演じるために呼ばれ、「仕事」をするためにその場にいる状況は、親御さんたちからすると、ある種の自信につながるものだと思っていただけたようです。子どもたち自身が(この状況を)どこまで分かっていたのかはそれぞれだと思いますが、自分の子どもが与えられた役目をきちんと果たしていて、それは彼らだからできることなのだと思ってもらえたなら良かったです。
我々も彼らをきちんと役者として見て、「こういう狙いで撮っていきたい」といった意図を親御さんにもお話しし、気持ちよくお芝居ができる環境を作ることだけ考えていました。無理なストレスはかけないことも心がけていたので、撮影に時間をかけすぎないことは一番気を付けていましたね。
自身を求める声に応えて――
静かに見据える新たな作品との巡り合わせ
「実現できていない企画は他にもある」と話していた中島監督。最後に、本作を経た今後の映画作りついて展望を聞いた。
中島監督: もう少しで70歳になるので、演出家として激しく動き回る作品は難しく、おそらく今後はコンパクトな作品になっていくのではないかと思います。また、監督という仕事は、自分の希望だけでできるものではなく、「中島にこれを撮ってほしい」と言ってくれる人がいなければ成立しません。そんな人が現れて、言われたものを実現する体力が自分の中にあり、途中で倒れたりしてご迷惑をかけない作品との巡り合わせがあれば、携わりたいですね。
SNSが存在感を発揮する近年は、特に関わりのない相手の一面だけを誇張して捉え、賞賛あるいは批判する場面が増加している。しかし、「善人」「悪人」と単純化された“一言”で、その存在を語れる人間などいないのではないだろうか。
だからこそ、本作の鑑賞後、これが「どんな作品だったのか」を“一言”で語れる人も多くないように思う。それは中島監督が、人々が日々の暮らしの中で直面する、時には自身でも気づけない多面性や相反する感情、さらには人々を変えていく関係性といったものに真っ向から向き合い、そのすべてを含めた「生きていく」ことを映し出しているからだ。
その中心にいた新という少年の存在が、最後に何をもたらすのか、まずは自身の目と心で素直に感じてほしい。
プロフィール
中島 哲也 (Tetsuya Nakashima)1959年生まれ。福岡県出身。 CM制作会社を経て、1987年からフリーのディレクターとして活躍。第40回全日本CMフェスティバル テレビCM部門で郵政大臣賞(グランプリ)受賞の「サッポロ黒ラベル−温泉卓球編」など数多くの人気CMを手がけてきた。 2004年、監督と脚本を務めた映画『下妻物語』(2004年)で注目を集め、『嫌われ松子の一生』(2006年)で第57回芸術選奨文部科学大臣賞<映画部門>。『告白』(2010年)で第34回日本アカデミー賞 最優秀監督賞・最優秀脚本賞を受賞している。 主な映画監督・脚本作品に『パコと魔法の絵本』(2008年)、『渇き。』(2014年)、『来る』(2018年)などがある。
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映画予告篇
映画作品情報

《ストーリー》生きていく。たとえ神様なんていなくても―― 探偵がひとり、殺された。 「死んだほうがマシな人間」と呼ばれた男・米本(佐藤二朗)。 調査することになったのは、元同僚の一匹狼・佐竹(西島秀俊)と、助手で修行中の聡子(満島ひかり)。調べを進めるうちに、二人は9年前に起こった新生児誘拐事件にたどり着く――。 殺された米本が死の間際に調査していたのは、9年前に失踪し今は父親の明野(宮藤官九郎)と二人で暮らす、重い障がいのある少年・新(しんすけ)。 過去に傷つき、誰かを傷つけ、孤独に彷徨う大人たちが出会った「新」という小さな命。 家族から目を背けた男、娘に捨てられた女、子を生きる糧にした男、産んだ子を愛せなかった女。「生きているのが奇跡」と言われたそのひとつの小さな命が、逃げ場のない現実にもがき苦しむ大人たちの心を動かしていく――。 |
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