
映画『トロフィー』
主演・恒那 × 孫明雅監督 インタビュー
「あなたの中の“爆弾”を作品に」孫明雅監督が作品を通じて辿り着いた境地
主演・恒那が自身のルーツとの出会い、1年の稽古がもたらした“本物の涙”
家族、友達、そして朝鮮舞踊。そのすべてのあいだで揺れる在日コリアンの少女の姿を描いた映画『トロフィー』。推しのK-POPアイドルのライブチケット代を稼ぐために、父親が祖国・北朝鮮から授与された“勲章”を不用意に売ってしまったことから始まる、少女の日常と心の機微を美しく繊細に紡ぎ出している。

250人のオーディションから選ばれ、映画初主演となる恒那を主人公・ソヒ役に迎え、映画『すばらしき世界』(2021年)などの監督助手を経て本作で長編監督デビューとなる孫明雅監督が、自身の経験や葛藤の記憶を出発点に、少女と周囲の大人たちの日常を丁寧に美しく描き出した。
本作への出演の経緯や役作りの舞台裏、1年に及ぶ朝鮮舞踊の稽古のエピソード、そして共演した実力派俳優陣との現場の裏側について話を伺った。
西川美和監督から投げかけられた、創作の原点となる「問い」
西川美和監督のもとで監督助手として経験を積んできた孫明雅監督。本作の構想は、西川監督からかけられた、「あなたの中にある“爆弾”を作品にしてみたら?」という言葉から始まったという。自分の中にある「爆弾」をどのようにシナリオへ落とし込んでいったのか、初期の構想から形が変わった部分も含めて話を伺った。

―― 初長編監督作となった本作の制作のきっかけについてお聞かせください。
孫監督: 映画『すばらしき世界』(2021年)の監督助手として参加していた時に、西川さんと色々な話をする機会がありました。その中で、私が朝鮮学校に通っていたことや、母親も朝鮮学校の先生をしているという背景をお話ししたんです。ただ、それにも関わらず、当時の私が朝鮮学校に対してどこか批判的な目を持っているということを伝えたら、西川さんが「それは本当に怒りでもあるし、あなたにしか書けないもの。あなたの中にその大きな悩みというか、持っているものがあるから、それを一度作品として外に出してみたら」と言ってくださいました。
それがすべての出発点になり、自分の中で長く眠らせていた宿題と向き合うきっかけになりました。初めはその朝鮮学校や親に対するアンチテーゼ(反措定)のような、純粋な怒りの感情に任せて、通っていた当時の日常を書き始めたんです。
ただ、私が実際に通っていたのはもう15年前、20年近く前になります。今現在の学校を取り巻く環境は当時と全然違うだろうと思い、実際に現役の生徒たちや先生たちに取材をしてみることにしました。
―― 学生当時に抱かれていた「怒り」とは、具体的にどのようなことに対してのものだったのでしょうか。
孫監督: 朝鮮学校で働く母がかなり夜遅くまで働いていて、帰るのも夜9時、10時を過ぎることが多かったんです。帰りを待っている私もお腹が空いていましたし、父親もご飯を作らないことや、家事ができないことに対して怒ったりすることがあって、何というか朝鮮学校に自分の家族をめちゃくちゃにされたような気持ちがありました。
そうした生々しい怒りから出発した日常の記録が、現役の生徒たちや先生たちへの取材を重ねる中で「自分の母親はこういう気持ちで先生をしていたのか」と気づかされ、お互いを理解していく形へと変化していきました。そのため、最初の書き始めと、最終的に形になった脚本とでは全く違う作品になりました。
―― 取材を通してご自身のお母様への理解が深まっていったとのことですが、作品と向き合う中で、当初抱えていた「怒り」という感情はどのように昇華されていったのでしょうか。
孫監督: 私自身、この作品と向き合うことで、学生当時抱いていた「怒り」は親のせいでもないですし、朝鮮学校のせいでもないですし、日本や北朝鮮のせいでもないんじゃないかなと思えるようになったんです。日本や朝鮮、韓国、あるいは東や西といった、そういう政治の大きい対立から生じていた歪みなんじゃないかなと思えるようになりました。その歪みの中で懸命に生きていた家族や親への理解へと繋がったことが、私にとってこの映画を作った一番の意味になりました。
―― そこまで大きな変化があったのですね。劇中ではソヒのお父さんが教職者であり、物語の舞台は中学校となっていますが、実際に取材を行われたのも、ご自身が通われていた中学校だったのでしょうか。
孫監督: 取材したのは中学と高校です。実は、脚本を書いてからは中学校の設定に落としましたが、書き始めた当初の設定は高校生でした。当時は高校生の設定で脚本を書き始め、実際に高校の生徒と先生の両方に取材をしました。
―― なぜ設定を高校生から中学生に変更されたのでしょうか。
孫監督: 当初は高校生の役でオーディションも行っていたんです。ですが、実際に高校生に演じてもらうと、劇中の「勲章を売る」という行為に対して、「売ってはいけない」という分別がある年齢だなと気づきました。それで行き詰まってしまい、年齢の設定を落としてオーディションをやり直しました。未熟さゆえの危うさを描くには、中学生でなければならなかったんです。

―― 中学生が勲章を売るという行為は、実際にそういったエピソードがあったのでしょうか。この設定が生まれたきっかけについても是非お聞かせください。
孫監督: 在日コミュニティの界隈では、勲章がネットなどで高く売れるということは結構みんな知っていることなんです。実際に調べてみたら、オークションサイトにも出回っていました。それで、母親に「勲章を見せて」と言ったらすごく嫌がられました。なんかもう売られるんじゃないかという恐怖があったみたいで、「触らないでくれ」という強い拒絶の反応がありました(笑)。
自分が捨てるんだったらまだしも、売って自分の利益にするのは嫌だと。人様に渡ってしまうことへの抵抗感など、そういったリアルな反応やストーリーのフックから、この物語を引っ張ってきたんです。

250人のオーディションから見出された佇まいと、ゼロからの挑戦
中学生へと設定変更し、再び開催されたオーディション。そこで250人の中から見出されたのが、本作が映画初主演となる恒那だ。オーディション当時の様子や、全くの未経験から挑んだ朝鮮舞踊の裏側について振り返る。
―― 主人公・ソヒ役のオーディションで恒那さんを選んだ決め手はどのようなところだったのでしょうか。
孫監督: 決め手は、一目で舞踊部員に見えるという佇まいでした。おでこを出して髪を1つに結んでいる立ち姿がすごく綺麗で。お芝居も非常にナチュラルだったので、すごく撮ってみたいと思わせる魅力がありました。劇中で朝鮮舞踊を披露することは最初から決めていたので、最後の舞踊オーディションは「私はこの子にほとんど決めているけれども、最後に踊りだけ踊れるかちょっと確認しておこう」という位置づけでした。結果的に、そこからが結構大変な道のりになりました。

―― 大変な道のりとはどんなことだったのでしょうか。
孫監督: 恒那ちゃんはこの舞踏オーディションで初めて踊りにチャレンジでした。元々ダンスもやっていなくて。
恒那: 最終オーディションの2日前くらいに、ギリギリでお手本動画が送られてきて「やるよ」と言われました。その前日は家で1日中必死に練習して臨んだのですが、本番ではあまりにもできなさすぎて……。孫監督からは「今まで来た中で1番下手くそだった」って言われました(笑)。
孫監督: そうですね(笑)。お手本動画では2ステップを踏んでいるのですが、普通に歩いていました。
恒那: はい、本当に受かると思っていませんでした。私は昔から人前で喋るのがすごく苦手で、第1次の面接オーディションの時も、緊張してしまって何も喋れなかったんです。ありがたいことに次に進ませていただきましたが、第2次の演技オーディションでも本当にテンパってしまい、焦ってセリフを間違えてしまいました。最終の舞踊オーディションでも全然踊れなかったので、まさか合格するとは思わなかったです。
演技が終わった段階で個別に部屋に呼び出された時も、自分が在日コリアンのルーツを持っているから、作品の参考にしたいからお話を聞かれるだけなのかなって、思っていました(笑)。

―― ハングルも今回のために覚えられたのでしょうか。ご自身のルーツや背景については、これまで意識する機会はありましたか。
恒那: ハングルの勉強は何回かしたことはあったのですが、ちゃんと勉強したのはこの作品がきっかけです。「ルーツ」という言葉や「在日」という言葉も、この作品で初めて知りました。
あと3世や4世という言葉も、オーディションに行く前に母から「何か聞かれたら“4世”って答えるんだよ」と言われて、その時は4世が何を指すのか全く分かっていなかったです(笑)。
撮影の時にはようやく意味を理解したのですが、私のひいおじいちゃんが日本に渡ってきたという歴史もそれまで全く聞かされないまま14年間くらい育っていたので、この作品が1つの大きなご縁になりました。
―― ソヒが売ってしまった父の勲章を何とかしようとしていく中で、ソヒの心境が変わっていきます。難しい役どころだったと思いますが、恒那さんはどのような心境で演じていましたか。
恒那: 撮影の時に「勲章ってそんなに重要なんですか?」という質問を監督にしていました。周りの大人たちが焦っている理由や、ソヒ自身が今どう感じているかという部分が、自分の中でなかなか理解するのが難しくて。
孫監督: 脚本の分からないところを質問して話し合う時間を設けていたのですが、本当に撮影の一番最後の最後、お父さん(井浦新さん)との公園のシーンの直前ぐらいに、「お父さんにとって勲章ってそんなに重要なんですか?」「勲章がないとお父さんはどうなるんですか?」と恒那ちゃんが聞いてくれたんです。そこでしっかりと答えて、お互いに話し合っていきました。

役柄と向き合い深まった、“家族”と“仲間”たちとの絆
作中では、主人公・ソヒ(恒那)を中心に、父・サンジュ(井浦新)、母・ミリョン(市川実和子)、弟・テイ(千就)という4人の家族の姿を通して、彼らの日常や不器用な関係性が丁寧に描かれている。
また、朝鮮学校の担任・ホン先生(笠松将)や、舞踊部員の同級生・リョニ(原田花埜)、ソヒが仲良くなる日本の学校に通う未来(梨里花)ら、学校生活や同世代の友達との交流も物語の重要な要素となっている。
―― 父・サンジュ役の井浦新さん、母・ミリョン役の市川実和子さんを起用された理由を教えてください。
孫監督: まず、この映画を誰に観てほしいかと考えた時に、私はすごく日本人の方に観てほしい、日本に届いてほしいと思ったんです。
昨今「当事者性」という言葉がありますが、登場人物を全員在日の俳優に絞ってしまいますと、どうしても閉じた世界の物語になってしまうのではないかと考えました。そのため、井浦新さんや市川実和子さんといった日本の俳優の方にお願いしたいと思ったんです。
ただ、北朝鮮や朝鮮学校というデリケートなテーマを扱っているので、誰が引き受けてくれるかという懸念はありました。その際に是枝(裕和)監督に相談したところ、「井浦新さんだったら、本当に右も左も関係なく、役者として果敢に飛び込んでくれる方だよ」とお伺いし、オファーをさせていただきました。

井浦さんにお会いした際、「自分がこの映画に出ても差別はなくならないと思いますし、何をしてもおそらくなくならない。けれど、自分が出ることでちょっとでも何か変化があるんだったら参加してみたい」という言葉をいただき、それがすごくありがたかったです。
市川さんに関しては、新さんから「市川実和子さんがいいんじゃないか」というご提案をいただきました。是枝監督からの紹介があって井浦さんに声をかけ、そこから市川さんに繋がっていったという形です。

―― 朝鮮学校の担任・ホン先生役を演じた笠松将さんは、非常に流暢な朝鮮語を話されていました。今回起用されたのはどのようなきっかけだったのでしょうか。
孫監督: 笠松さんが韓国語を話せるというのを聞いていたので、話せる日本の俳優を探している中で彼に当たったという感じです。最初は本当に冒頭のシーンで、朝鮮語を使えと学校で注意するだけの短い台詞の役だったのですが、笠松さんに出ていただけるならということで、少しシーンを膨らませました。

―― 恒那さんは、井浦さんや市川さんと共演してみていかがでしたか。
恒那: 私は撮影のはじめの方はすごく緊張していたのですが、井浦さんや市川さんが気さくに声をかけてくださったり、常に気遣いしてくださったおかげで緊張もだんだんほぐれてきて、楽しく撮影することができました。
市川さんと、あと弟役の千就くんとは、待ち時間もしりとりをしたりして、一緒に遊んだりしながら過ごしていました。
―― 未来役の梨里花さんや朝鮮学校の同級生役の同世代の皆さんとの共演はいかがでしたか。
恒那: 梨里花ちゃんは本当にお芝居に対する姿勢が素晴らしかったです。1つ1つのシーンをすごく大切にされていて、1つのセリフでもすごい数のメモを書いていたりしていて、同い年なんですけど本当に尊敬しています。

原田花埜ちゃんとも、作中でちょっと対立して喧嘩をするシーンがあるのですが、そこも何回も何回も孫監督と花埜ちゃんと私で練習したシーンなんです。
監督が指示したことをすぐ吸収してお芝居を組み立てられる方だなと思って、すごいなと思いながら見ていました。

孫監督: 花埜ちゃんは、ダンスの練習に最初から参加していて、すごく伸びるスピードが早かったですね。最初は花埜ちゃんと恒那ちゃんの2人だけでやっていて、半年くらい経った時に他の舞踊部員の子たちと一緒にやるようになりました。
恒那ちゃんは練習をすごく頑張っていたのですが、やっぱり踊りが苦手で、先生が結構つきっきりになっていたんです。でも花埜ちゃんは、自分が教えられていない時もずっと一緒に教えてもらっているように、集中力を切らさずに取り組んでいました。劇中に出てくるBTS(防弾少年団)のダンスも、最初は花埜ちゃんに教えてもらって、その後も舞踊練習の合間を縫ってみんなに教えてもらったりしていました。花埜ちゃんは元々「Dynamite」(BTSの楽曲)が踊れた子だったんですよ。

1年間の絆が結実した舞台と、これからの観客へ届けるメッセージ
劇中で披露されるオリジナル曲による朝鮮舞踊のシーン。1年間に及ぶ猛稽古の集大成となった撮影の舞台裏と、本作に込めた想いを語る。
―― 最後の舞台シーンでは、実際に舞台に立ってみていかがでしたか。
恒那: 最初の頃はその舞踊練習を監督やスタッフさんに見られるのも正直あまり得意ではなかったんです。さらに本番は舞台の上で何十人もの方々に見られながら、舞台の中心で踊るなんて、最初の頃は考えられなかったのですが、舞踊練習を通して、撮影を重ねるうちに自分に自信がつきました。最後は堂々と踊ることができたんじゃないかなと思います。緊張はもちろんしたのですが、緊張よりも楽しめました。
あの舞踊シーンがみんなと撮影する最後のシーンだったので、孫監督が「この踊りが最後です」と言ったのですが、もう最後の踊りでみんな大号泣して終わるという感じでした。

孫監督: その時は舞台の踊りは直接撮っていなくて、(客席で観ている)井浦さんや梨里花ちゃんたちのリアクションを撮っていたんです。最後に井浦さんと梨里花ちゃんがすごくいい表情をしているんですが、それはみんなが涙を堪えながら最後に踊っているのを観ているんですよね。
作品としては、どちらかというとソヒとお父さんの話だったり未来との話だったりするので、大号泣してみんな感動してるところを直接カメラで収めようという意識はなかったのですが、あのラストシーンには彼女たちが1年間かけて築き上げてきた本物の熱量が漂っていました。

―― 最後に、この映画を届けたい皆さんに向けて、メッセージをお願いします。
恒那: あまり普段は触れられない、考えることのないような内容なので、観た方の心に残るような作品になったら嬉しいです。私自身もこの作品を通して初めて知ることが多かったので、そういった世界を知らない同級生だったり、同世代の方々に観ていただけたら嬉しいです。
孫監督: 本当に日本の方に観てほしいと思っています。朝鮮学校に対して、北朝鮮と繋がりがある学校だとか、何かそういうネガティブなイメージを持っているかもしれないですが、実際そこで生活していて、通っている子供たちがどういう環境にいるのか、朝鮮学校の実際の中がどうなってるのかというところを観ていただきたいです。ぜひ、劇場で彼らの日常を感じてください。
フォトギャラリー📸
プロフィール
恒那(Hanna)2010年生まれ、神奈川県出身。自身も在日コリアンのルーツを持つ。 250人が参加した大規模なオーディションの中から、圧倒的な透明感と静かな強さを持つまなざしを見出され、主人公・ソヒ役に大抜擢。映画初主演となる本作では、踊り未経験の状態からプロによる1年にわたる稽古を重ねて撮影に臨み、伝統的な“朝鮮舞踊”を見事に演じきった。 主な出演作に、映画『劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班』(2021年)、『Dr.コトー診療所』(2022年)、『禁じられた遊び』(2023年)、『からかい上手の高木さん』(2024年)、短編映画『NEO PORTRAITS』(2025年)などがある。 |
孫 明雅 (Son Myong A)
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映画『トロフィー』予告篇 🎞
映画作品情報

《ストーリー》在日コリアンのひとつの〈今〉を描いたオリジナルストーリー。 在日コリアンのルーツを持つ14歳の少女・ソヒ(恒那)は, 朝鮮学校に通い、部活で朝鮮舞踊に打ち込む日々を送っている。ある日、日本学校との交流会で日本人の未来(梨里花)とK-POP好きという共通点で仲良くなり、ソヒは少しずつ外の世界と繋がりを持っていく。 そんな中、ふたりは推しのK-POPアイドルのライブチケット代を稼ぐために、ソヒの家にある不用品をフリマサイトで売ることに 。そこで意外にも高値で売れたのは、朝鮮学校の校長である父・サンジュ(井浦新)が持っていた一枚の北朝鮮のCDだった。それに味をしめたソヒたちは、サンジュが祖国・北朝鮮から授与された”勲章”までも売ってしまう――。 |
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