- 2026-9-2
- イベントレポート, トークショー, ドキュメンタリー映画, 日本映画, 舞台挨拶

リバイバル上映記念 トークイベント
杉本博司 × 中村佑子監督
制作から15年、今も更新され続ける作家の思考と創造の源泉
「人類の古層の記憶」を追い求める作品は、私たちに何を語りかけるのか?「芸術とは何か」を問う作家の思考と、創造の源泉に迫るドキュメンタリー映画『はじまりの記憶 杉本博司』が、8月15日(土)よりシアター・イメージフォーラムにてリバイバル上映されている。
文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」をはじめ、いまや建築の分野でもその名を知られ、古典芸能を中心に舞台芸術の演出では世界中を飛び回るほか、NHK大河ドラマ「青天を衝け」の題字を手掛け、書家や陶芸家としても活躍するなど、多彩な活動を行う現代美術作家・杉本博司。その活動の原点は写真にあるという。
写真は通常、「目の前にある現実を切り取るもの」と捉えられているが、杉本はカメラが切り取る“実像”を疑い、それをコンセプチャルアートの手段として捉え、可能性を無限に広げた。
映画『はじまりの記憶 杉本博司』は、8×10(エイトバイテン)という大判の銀塩写真機での撮影シーンを含め、写真家としての杉本に長期密着取材を行ったドキュメンタリー。日本、NY、南仏、シドニーと国境を超えた創作の現場を追い、作家の創造の源泉と「人間にとって芸術とは何か」という問いに迫っている。
監督は映画『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』(2015年)を手掛けた中村佑子。2010年にWOWOWで同名の番組として放送後、第39回国際エミー賞の芸術番組部門(アート部門)にノミネートされ、2012年の初公開時にロングランを記録した。
東京国立近代美術館で開催中の展覧会「杉本博司 絶滅写真」に合わせ、8月15日(土)よりスタートしたリバイバル上映に先立ち、前日8月14日(金)には、同劇場にてトークイベントが開催され、杉本博司と中村佑子監督が登壇した。
15年の時を経て甦る「記憶」
――偶然の出会いから始まったドキュメンタリー
満席となった会場での本編上映後、中村佑子監督が登場。そして客席の後方で観客と一緒に映画を鑑賞していた杉本博司が紹介されると、会場からは割れんばかりの大きな拍手が送られた。スクリーン前に杉本が登壇し、トークセッションがスタートした。
杉本は「この映画は10年以上前に公開されたものですね。実際の撮影からだともう15年くらい経ちます。客席で他人事みたいに観ていましたが、名作ですよ(笑)。今まで『よくできた』なんて監督に1回も言ったことがなかったかもしれないけれど、今日改めて客観的に観て、本当によくできています」と自画自賛を交えて挨拶し、会場の笑いを誘った。中村監督も「ありがとうございます。そう言っていただけて、本当に嬉しいです」と笑みをこぼした。
話題は、第39回国際エミー賞 芸術番組部門(アート部門)にノミネートされた際のエピソードへ。杉本が「国際エミー賞に呼ばれてニューヨークに行って、レッドカーペットを歩いたんですよね。フラッシュを浴びて、いい気持ちでした(笑)」と振り返ると、中村監督は「レディー・ガガにプレゼンテーションされて、世界でファイナリストの4本まで残りました。(受賞時の)スピーチまで用意して行ったのですが、イギリス(BBC)の有名なドキュメンタリー番組(『Gareth Malone Goes to Glyndebourne』)が受賞して、スコットランド出身でキルトのスカートを履いた出演者(ガレス・マローン)に目の前で持っていかれて……悔しい思いをしました(笑)。でも、みんなでタキシードを着て授賞式に行って。杉本さんにもタキシード姿で来ていただいて嬉しかったです」と当時の華やかな舞台裏を語った。
映画化の経緯について中村監督は、当初はWOWOWの人物ドキュメンタリー「ノンフィクションW」枠の50分番組として企画されていたことを明かし、「番組を作ってすぐに『50分ではもったいない』と思ってシアター・イメージフォーラムさんに相談したんです。放送前の番組を観てもらったら『これが長くなるならスクリーンにかけられます』と言っていただいて。映画化に向けて編集している最中にエミー賞ノミネートの一報が届いたという経緯でした」と回想。
さらに中村監督は、企画の始まりとなった奇跡的な出会いを明かした。「最初に東京のギャラリーへ取材を申し込みに行った時、全く予定のなかった杉本さんご本人がふらっと現れたんです。その時、東京湾かどこか(新木場)から買ってきたばかりの古い杉の丸太の話をされていて、すごくテンションが高かったんですよね。それでその場でいろいろな話が盛り上がって、『僕が普段創作している現場にきて、こうして君とおしゃべりしながら撮るのならいいよ』と言ってくださって。そのチャンスを逃すまいと、私自身がプロデューサー兼ディレクターとして、次の日から一眼レフカメラを持って撮影を始めました」と語った。
これに対して杉本は「僕はほとんど冗談ばっかりで笑わせてばかりいたんですけど、それ全部カットされちゃったじゃないですか(笑)。それで、真面目で崇高なアーティスト像のようなものが捏造されたわけですね」と冗談めかして当時も抗議をしていたことが明かされた。中村監督も「少しは入ってますよ(笑)、でも私はおちゃらけてる杉本さんのアートの本質を描きたかったんです」と受け応えた。
皇居の前の「能舞台」
――大炎上中の「絶滅写真」展と「間狂言」としての狂歌
トークは、現在東京国立近代美術館で開催中の展覧会「杉本博司 絶滅写真」で注目を集めている「狂歌」の話題へと展開。中村監督からその意図を尋ねられた杉本は、美術館のロケーションとなぞらえながら独自の空間論を語る。
杉本は「東京国立近代美術館は、畏れ多くも皇居の目の前に位置しています。入り口は皇居に面していてお濠の松が見え、左側には竹橋がかかっている。この立地と空間の構造を見たとき、私は美術館全体を一つの“能舞台”として捉えたのです。本館の展示室という“能舞台”において、私自身が能の演目をやるような形式で展覧会全体を構成しようと考えました」と言及。
続けて構造の意図について、「能の構造というのは、ワキが現れ、前シテが現れ、後シテが登場するまでの間に、必ず“間狂言”という狂言師によるお話が入るんです。笑いを交える形で間狂言が入って張り詰めた空気を和らげる。そうでないとあまりにも緊張度が高すぎるからです。私の展示においては、間狂言の代わりに“狂歌”が入っています。写真展示は前シテと後シテに分かれていて、狂歌は間狂言であると言い換えられます」と説明。「(杉本氏の)『海景』シリーズも真ん中に一本の水平線があって緊張が持続するので、観客がくたくたになってしまう。そこで狂歌が入ることで全体の緊張と緩和のバランスがとれるのです。最後に展示している『五輪塔』は銀塩写真のお葬式という位置づけです」と、計算された芸術的意図を明かした。
これに対して中村監督が「基本、杉本さんは常に頓智であり、アートの形式自体も頓智から始まっているところがありますよね。でも観客は崇高なものを期待して求めてしまう」と問いかけると、杉本は「『批評』というのは反論が成り立たないと批評にはならないんですよね。ですからこれは意図的にいろんな見方ができるように、仕掛けをしています。わざと火をつけてやろうという企みが実際にはあるんですよね」とニヤリと微笑み、会場を大いに沸かせた。
匿名性の弊害と、下降線をたどる現代社会への苦言
話題は現代のインターネット社会やSNSでの匿名性への懸念へと広がった。杉本は「今のX(旧Twitter)などで自分の名前を出さずに匿名で勝手なことを言える状況は、良くないんじゃないかなと思います。自分の言説に責任を持って発言するように実名投稿すべきです。匿名ではただの噂話になってしまう。歴史的にも根も葉もない噂で悲劇が起きました。こうした社会のターニングポイントにおいて、下降線をたどっているように思えてなりません。この映画を作っていた15年前の頃の方が、今よりも良い時代だったのではないかと思うんです」と現代社会への苦言を呈した。
中村監督も深く共感し、「かつて写真は、圧倒的な『証明能力』を持っていて、写真に撮ればそこに真実が写っているとみんなが信じていたからこそ、杉本さんはそれを裏切ろうとされました。ジオラマを撮って『実はこれは剥製だよ』と見せたり、劇場を撮ってそこに映る崇高な白い光を『実はこれ、ホラー映画一本分だよ』と示したりして。しかし今や誰もが簡単にフェイク映像を作れる時代になり、写真が真実を写すという前提そのものが消えてしまった。今回の個展『絶滅写真』も、写真というメディアが持っていた価値の『生前葬』のように見えました」と分析した。
さらに杉本はAIの進化についても言及。「AIの出力というのは、ただの膨大な人間の知識の集積(パターン認識)であって、そこに主観的な意識は存在しないからです。私に言わせれば、AIが人間を超えるなどということは絶対にあり得ない。これからの未来については、はっきり言って『絶滅は近い』というメッセージにならざるを得ないかなと思います」と持論を展開した。

小田原・江之浦の土地取得のエピソード
――旧東海道線「眼鏡トンネル」をめぐる驚くべき奇跡
映画に登場する旧東海道線(熱海線)廃線跡の「眼鏡トンネル」について、杉本は驚くべき近況を伝えた。
杉本は「自分でも驚くべきことが起こったのは、昨年(2025年)のことです。江之浦測候所に隣接する旧東海道線の廃線跡、そしてかつて『眼鏡トンネル』が通っていた広大な土地が、(小田原文化財団に)無償で与えられてしまったのです。自分の原初の記憶の場所が与えられてしまったので、これを整備するまでは生きていなければいけないというような状況になりました」と明かした。
敷地の整備について杉本は「ツタを刈るだけでも半年ぐらいかかりました。道がなかったので軽トラックが入れる道を作るところまでやって、これでもう1年です。あのトンネルは大正11年に開通した素晴らしい文明跡で、コンクリート壁の厚さが1m20cmぐらいあります」と解説。中村監督も「みかん畑だった土地が一つになったのは本当に感慨深いですね。私はこっそり“杉本ランド”と呼んでいるのですが(笑)」とお茶目に答えた。
さらに杉本は、8月15日の敗戦記念日に行う能公演『巣鴨塚 ハルの便り』にも言及。「板垣征四郎が遺した漢詩の遺書を能に書き換えて上演します。敗戦の歴史についての戦後処理がまだ全く終わっていない気がするんですよね。右でも左でもない、ただ一つの歴史の記述として残し、語り継いでいく。これは私に課された大切な役割だと思っています」と深い思いを打ち明けた。
イベントの最後には、来場した観客によるフォトセッションが急遽設けられた。その場で許諾を求められた杉本は「あ、チャージは請求しません(笑)」とジョークで快諾。観客が一斉にスマートフォンを掲げる中、温かい雰囲気に包まれながらトークイベントは幕を閉じた。
イベント情報
映画『はじまりの記憶 杉本博司』リバイバル上映記念 トークイベント■開催日: 2026年8月14日(金) |
プロフィール
杉本 博司(Hiroshi Sugimoto)1948年東京生まれの現代美術作家。1970年に立教大学経済学部卒業後、渡米。ロサンゼルスのアート・センター・カレッジ・オブ・デザインで写真を学び、1974年に卒業。ニューヨークに移住。代表作に、自然史博物館に展示されている動物標本を撮影した〈ジオラマ〉、映画館のスクリーンに1本の映画を投影し、その始まりから終わりまで撮影した〈劇場〉、世界中の水平線を写した〈海景〉シリーズなどがある。 2017年には小田原に能舞台やギャラリー、茶室などを備えた文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」を開館。主な受賞に毎日芸術賞(1989年)、ハッセルブラッド国際写真賞(2001年)、高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)(2009年)など。2010年には紫綬褒章を受章。2013年にはフランス芸術文化勲章オフィシエを叙勲。2017年に文化功労者。2023年日本芸術院会員に選出。現在東京国立近代美術館で「杉本博司 絶滅写真」展を開催中。
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展覧会情報
展覧会「杉本博司 絶滅写真」国内では21年ぶりの写真作品で構成する大規模個展。杉本博司の活動初期(1970年代後半)から初公開の新作まで、銀塩写真約60点を”絶滅”のテーマとともに展観。 ■会期: 2026年6月16日(火)ー9月13日(日) |
映画作品情報
《ストーリー》現代美術作家、杉本博司。文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」をはじめ、いまや建築の分野でもその名を知られ、古典芸能を中心に舞台芸術の演出では世界中を飛び回る。NHK大河ドラマ『青天を衝け』の題字を手がけ、書家や陶芸家としても活躍するなど、多彩な活動を行う杉本の原点は写真にある。 写真は通常、「目の前にある現実を切り取るもの」と捉えられているが、杉本はカメラが切り取る“実像”を疑い、それをコンセプチャルアートの手段として捉え、可能性を無限に広げた。 映画『はじまりの記憶 杉本博司』は、8×10(エイトバイテン)という大判の銀塩写真機での撮影シーンを含め、写真家としての杉本に長期密着取材を行ったドキュメンタリー。日本、NY、南仏、シドニーと、国境を超えた創作の現場を追い、作家の創造の源泉と、「人間にとって芸術とは何か」という問いに迫る。監督は『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』の中村佑子。杉本と深い信頼関係を築き、映画『はじまりの記憶 杉本博司』を仕上げた。 2010年にWOWOWで同名の番組として放送後、国際エミー賞のアート部門にノミネートされ、2012年の公開時にロングランとなった貴重なドキュメンタリーが、いま劇場に甦る。 |
シアター・イメージフォーラムにてリバイバル上映中!
劇場公式サイト: https://www.imageforum.co.jp/theatre/
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