映画『新聞記者』藤井道人監督インタビュー
“空気を読む世代”の監督が
「集団の中の個人の在り方」を問う
1人の女性記者を通して、日本の報道メディアと政治の“今”を描く社会派サスペンス映画『新聞記者』。現役で活躍する東京新聞社の記者・望月衣塑子の同名ベストセラーを「原案」に、オリジナル脚本で制作された同作は、メディア関係者や弁護士ほか各界の専門家から「衝撃を受けた」「心を揺さぶられた」と反響を呼んでいる。メガホンを取ったのは、今年に入り劇場公開が続く藤井道人監督。『青の帰り道』では“モラトリアムの終わり”をテーマに瑞々しい青春群像劇を生み出したが、今作では謎に包まれた政府機関、そして日本の新聞社を舞台に、権力と報道の裏側をスピード感あふれる展開と独自の映像表現で鋭く映し出している。
主演は、韓国の演技派女優シム・ウンギョンと松坂桃李。ウンギョンは、政府の圧力と折り合いをつけながら情報発信を続ける新聞社の中にあって、権力中枢の闇をひたむきに追いかけ真実に迫ろうとする女性記者役だ。松坂は信頼する元上司の自殺をきっかけに、“組織の利益”と信念の間で葛藤するエリート官僚を演じる。
独特のカメラワークで見せるスリリングな展開とともに、今日本で起こっている問題を巧みに織り交ぜ、“場の空気”に抗いがたいこの国で大きな力に対峙する人々の内面が描かれたエンターテインメント。『青の帰り道』再上映のインタビューに引き続き、6月28日(金)の公開を前にした監督へ今作への思いと今後の映画作りの展望を聞いた。
人としての葛藤、記者としての葛藤を描きたい
同作監督のオファーがあった時「すぐに答えを返せず悩んだ」と話す藤井監督。その背中を押したのは、今作プロデューサー・河村光庸氏の「こういう映画だからこそ、藤井君たちの世代が撮るべきだ」とのひと言だったという。
藤井監督: 映画やドラマを撮るときは全てそうですが、自分に話が来たら絶対に満足させたいし、傑作にしたいと思って取り組みます。ただ、今回は新聞と政治がテーマ。このテーマに詳しい人は僕以外にたくさんいるので、最初にオファーをいただいたときは、自分の知識のなさや識者の反応を考えてナーバスになりました。そんなとき河村さんから「こういう映画だからこそ、藤井君たちのような興味がない世代が撮るべきだ」と言われて。その発想が新しいと思いましたし、(河村さんは)僕ら若い世代にバトンを渡したがっているのだと感じました。父子ほど年が離れていますが、彼の男気に惚れ、賭けてみたくなったんです。
僕は基本的に「映画屋」。だから知識があるかよりも、そこに生きる“人”をきちんと映し出すことが仕事です。そこで記者としての葛藤、そして官僚の立場にいるからこその人としての葛藤を映し出すことを目標にしました。
「まあ、これでいっか」の流れになったら
「違いますよ」と言えなくなる同調圧力
撮影当時32歳の藤井監督が原作と企画を読んで感じたのは、「(この世の中は)誰もが『そうだよな』と思えるのが大事だということ」だという。
藤井監督: どんな組織や団体にも、大多数の意見が「まあ、これでいっか」の流れに傾いたとき、絶対に間違っていると感じていても「違いますよ」と言えなくなる同調圧力が存在します。“集団の中の個人の在り方”は、やっぱり今だからこその大きなテーマだと思いますし、しっかりと描きたかった。それに僕達は“空気を読む第一世代”。映画の中の「言わずもがな」とか“目で殺す”演出は、狙いというより、僕の目から大人はこう見えるということなんです。ヒエラルキーというものはどこにでもあるし、「国を守る」という大義が例えば「映画を守る」とか他のものに変わっても、そういった空気や人間関係はどの業界にも存在すると感じます。映画に現れるその雰囲気が、僕ならでは目線でした。
ヒロインの“青い炎”が少しずつ周りを変えていく
ヒロインの吉岡記者は、巨悪に立ち向かう熱血漢というより、ひたむきで折れない女性。そうした描き方へのこだわりはどこから生まれたのだろう。
藤井監督: 吉岡は熱い炎ではなくて“青い炎”なんです。冷静に見えるけれど、彼女の中には忘れられない過去があり、自分の真実を伝えることへの強い責任感がある。日本の属性と少し違うその姿勢は、やがて周りの人間に伝播していきます。彼女の圧力に屈しない個としての行動力に影響を受け、周りが変わっていくような“現象”を作りたかったんです。
シムさんが素晴らしかったのは、言葉を言わなくても目で伝えられるところ。普段はすごく小柄でおとなしい方ですが、いざ芝居が始まると強いパッションも相まって韓国映画界のすごみを感じました。僕の指示を待つのではなく、生き物のように次々と異なる球を投げてくれ、その時々の感情の中で一番いいものを演じてくれました。そんな彼女が信念を持った新聞記者に徹してくれたことで、松坂さんとの“バランスの妙”が生かせました。
エリート官僚の葛藤を映し出す繊細な“目の演技”を披露した松坂とは、現場での細かな演出よりも内面の話をしてキャラクターを作り上げたという。
藤井監督: 杉原は外務省から内閣情報調査室(内調)に出向している存在。松坂さんとはその設定について深く話をしました。内調で働く人々も葛藤を抱えているようだと伝えると「官僚はとても遠い世界の人のように思えますが、やはり葛藤はありますよね」と、すぐ理解してくれて。人間としての部分がぶれないように演じてくれました。現場では“水のように演出が通った”感じ。僕の要望を表現してくれるスピード・精度、すべてが完璧で、最後の方は場面ごとの演技に対するお互いのテンションがシンクロしていましたね。
「落ち葉」と「地面」に込めた「民意」への思い
「(杉原の元上司)神崎の自殺のシーンは観る人によっては違和感を覚える画だと思いますが、人が死ぬ場面まで全て監視されているような視点を入れたくて考えました」。常に誰かに見張られているような独特の構図について藤井監督はそう話す。
藤井監督: 同じ自殺の場面で、電話で話す2人を空撮したのは、官僚であっても結局は“地面にいる人々”だという意味を込めています。また、神崎が死んだ場所は落ち葉が敷き詰められていますが、これはある種の「言葉」を表すメタファーとして、大事な場面に何度も登場させました。投書箱に出した僕らの意見ってまず届かないですよね。そんなふうに言葉が落っこちていく状態をどう表現しようかと考えたときに思いつきました。『青の帰り道』では記憶の堆積をほこりで表していて、前作『デイアンドナイト』では風をメタファーにしていた。今回は季節柄もあって「葉っぱしかない!」と(笑)。空気感を作るための“余白”の話ではありますが、カメラマンと相談しながら効果的な映し方を工夫しました。
“変わり行く東京”にフォーカスし、全アジアに通用する映画作りを
前回のインタビューで「アジアに出て行きたい」と語っていた藤井監督。ウンギョンとの仕事には大いに影響を受けたと目を輝かせる。
藤井監督: 彼女がすごいのは、圧倒的に技術がある状態で日本に来ていること。「お勉強しにきました」ではなく、「発揮しにきました」。その姿勢にすごく刺激をもらいました。シムさんと会ったことで韓国や中国、台湾など、海外クルーと一緒に仕事をしたい気持ちが加速しました。
ハリウッドではなく、アジア。そこに若き監督がひきつけられる理由は何なのだろうか。
藤井監督: 東南アジアと日中韓は別物ですが、東南アジアでは今劇場館数が急激に増えています。親日の国が多いこともあって、日本の映画人が入り込む場所がたくさんある。海外に出て行く方って、日本の映画界に見切りをつけた人と、逆に拡張するために外でアピールしたい人の2パターンがいると思っていて、僕は基本的に後者。僕らみたいな小さな島国の映画人が、全アジアに通用するような映画作りをすること。今はそこを一番狙っていますね。
青春群像劇、ヒューマンドラマ、社会派サスペンス。作品ごとに全く異なるテーマ・ジャンルへ挑戦を続ける監督に今後の映画作りの軸を尋ねた。
藤井監督: 2020年は国民的な一大イベントが開催されますし、街を歩いていると都市がどんどん均一化されているように感じます。建物も次々と同じようなものに建て替えられていて、下北沢なんて見ていて悲しくなるくらい。だからこそ、この変わり行く東京にフォーカスを当てて、今の東京を大事に撮りたいです。ジャンルには特にこだわりませんし、次がファンタジーやラブストーリーでもいいと思っています。ただ、働き方も街も驚くほどのスピードで変わっている。そのスピードに追い抜かれないよう、取り残されないように“今”を切り取り続けられる監督でいたいです。
[取材・文: 深海 ワタル / スチール撮影: 坂本 貴光]
プロフィール
藤井 道人 (Michihito Fujii)映画監督、映像作家、脚本家。 |
映画『新聞記者』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》東都新聞記者・吉岡(シム・ウンギョン)のもとに、大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届いた。日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、ある思いを秘めて日本の新聞社で働いている彼女は、真相を究明すべく調査をはじめる。一方、内閣情報調査室の官僚・杉原(松坂桃李)は、現政権に不都合なニュースをコントロールする仕事と「国民に尽くす」という信念の間で葛藤していた。そんな中尊敬する昔の上司・神崎と再会するが、数日後に神崎はビルの屋上から身を投げてしまう。ひたむきに真実を追いかける新聞記者と、「闇」の存在を前に選択を迫られるエリート官僚。二人の人生が交差する時、ある衝撃の事実が明らかになる。 |
原案: 望月衣塑子「新聞記者」(角川新書刊)/河村光庸
脚本: 詩森ろば/高石明彦/藤井道人
製作プロダクション:The icon
製作: スターサンズ
配給: スターサンズ イオンエンターテイメント
© 2019『新聞記者』フィルムパートナーズ