水難事故にあった最愛の娘は、人魚の最期のように泡沫となって消えなかった。
人間の生と死のボーダーラインはどこに引かれるのか?そして誰が引くのか?
神の領域に切り込んだ異色の東野圭吾作品が待望の実写映画化!
脳の停止をもって「死」とするのか―いわゆる脳死判定の問題は難しい。医学的な観点だけでなく、哲学や宗教、そして人道などありとあらゆる角度から死は捉えられるからだ。まず脳が停止し、次に心臓が停止し、やがて生命としての機能が完全に失われる。では、魂が停止するのは果たしてどの時点なのだろうか。
映画『人魚の眠る家』は、このとてつもない大きな問題の解を見つけるための、最良の・・いや究極のケーススタディだ。不幸にも娘が脳停止(臓器移植の合意がないと脳死判定が行われないため、厳密にいうと脳停止“であろう”状態)となった篠原涼子さん演じる母親の苦衷は計り知れない。娘を愛するあまり脳死を受け入れず、どんな姿になっても生き永らえそうとするのは親のエゴなのだろうか。時にはサイコパスのような虚ろな状態となり、時には母親としてありったけのパッションをもって直情の行動をする…娘の生命維持のため全てを投げだして闘う姿は観る人の心を打つ。篠原涼子の女優魂が全開だ。
夫役の西島秀俊はこれと好対照。篠原さんが動の演技なら、西島さんは静の苦悩をたっぷりと見せてくれる。粛々と冷静な言動を重ねる。最先端の技術を扱う経営者らしい一面を見せながら、一方で娘を失いかけている悲哀をにじませる演技はさすがだ。
数々の映画に原作を提供してきた東野圭吾は、ガリレオシリーズや加賀恭一郎(新参者)シリーズなどに代表されるように殺人事件を扱った作品がとかく多い。常に死というものに向き合い、捉えてきたからだろうか…襟を正して生命の尊さを追う本作は、数々の東野作品の中でも出色の、そして異色のストーリーに仕上がっている。テクノロジーの知識が豊富な東野らしく、最先端の科学を舞台にしながら人類有史上もっともデリケートな尊厳死問題を扱うフィクション。問題の難解さがえぐるように次々と突き刺さってくる。
単純な感動物語ではない。やるせない喪失感に言葉を失う。観終えた後、そんな感傷が全身を突き抜けることだろう。そして頬を伝わる涙によって「生」を体感するに違いない。
[ライター: 藤田 哲朗]
映画『人魚の眠る家』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》二人の子を持つ播磨薫子(はりま・かおるこ:篠原涼子)とIT機器メーカーを経営する夫・和昌(かずまさ:西島秀俊)。娘の小学校受験が終わったら、離婚すると約束した夫婦のもとに、突然の悲報が届く。娘の瑞穂(みずほ)がプールで溺れ、意識不明になったというのだ。回復の見込みがないわが子を生かし続けるか、死を受け入れるか。究極の選択を迫られた夫婦は、和昌の会社の最先端技術を駆使して前例のない延命治療を開始する。治療の結果、娘はただ眠っているかのように美しい姿を取り戻していくが、その姿は薫子の狂気を呼び覚まし、次第に薫子の行動はエスカレートしていく。それは果たして愛なのか、それともただの欲望なのか。過酷な運命を背負うことになった彼らの先には、衝撃の結末が待ち受けていた――。 |
原作: 東野圭吾「人魚の眠る家」(幻冬舎文庫)
監督: 堤幸彦
脚本: 篠﨑絵里子
音楽: アレクシス・フレンチ
主題歌: 絢香「あいことば」(A stAtion)
出演: 篠原涼子、西島秀俊、坂口健太郎、川栄李奈、山口紗弥加、田中哲司、田中泯、松坂慶子
配給: 松竹
© 2018「人魚の眠る家」 製作委員会
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