映画『アトランティス』監督&主演 独占インタビュー
【写真】映画『アトランティス』インタビュー (ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督&アンドリー・リマルーク)

映画『アトランティス』独占インタビュー
監督:ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ
主演:アンドリー・リマルーク

今なお続く悲劇をディストピアが浮き彫りに 
タイトル“アトランティス(失われた大地)”に込めた再生への願い 

第32回東京国際映画祭(TIFF)のコンペティション部門に選出されたウクライナ映画『アトランティス』(原題:Атлантида/英題:Atlantis)。2025年の近未来を舞台に戦争直後の世界で深いトラウマを抱えた元兵士の男が、身元不明の死体発掘に携わる女性と出会い、自らの過去と向き合っていく様子が描かれる。記者会見では、監督から主演のオーディションはプロの俳優ではなく、主人公と同じく戦争を経験しPTSDを抱えた人物を探したことや、各場面で登場人物の感情を伝えるためよりドラマチックなワンシーン・ワンショットの撮影方法が用いられたと明かされた。

【画像】映画『アトランティス』メインカット

東京国際映画祭の期間中、さらに作品の魅力に迫るべく監督のヴァレンチン・ヴァシャノヴィチと、主演のアンドリー・リマルークに独占インタビューを実施した。

「想定していた主人公のタイプと100%一致」
“演じず、動じない”リマルークと運命の出会い

―― 今作の主演オーディションでは、プロの役者ではなく戦争体験者であることを重視したとのこと。監督が、その中でもリマルークさんを選ばれた一番のポイントはどこでしたか?

ヴァシャノヴィチ監督: 彼は私が想定していた主人公のタイプに100%一致していました。それは例えば、兵士であったことを佇まいで伝えられたり、実際のさまざまな戦争経験からPTSDを残していたりすることです。プロの俳優を候補で考えたこともありましたが、やはり舞台や劇場の俳優として恵まれた環境での生活があり、戦争の実体験がない人は今作ではふさわしくないと早々にその案は捨てました。彼らはこういう映画に出演するとプロとして役を“演じ”始めてしまうため、真実とかけ離れたものになってしまうからです。

彼を見た瞬間に、この人が自分の考えていた役にふさわしい人だと感じました。また、カメラの前でも緊張することがなかったため、とても撮影しやすい相手でしたね。

―― リマルークさんは、ご自身と近しい役とはいえ“別の人間”を演じるにあたり、どこまでを演技として捉え、表現していましたか?

リマルーク: 私は元兵士としての自分自身を見せたつもりです。ただ、主人公とは共通点が非常に多くありますが、唯一彼は戦争で家族を亡くしている点が違っています。主人公が直面している悲劇、PTSDの大きさは僕よりも十倍くらい大きい。そういった部分は演じるのが難しかったです。

その差異を埋めるため、主人公の経験した災禍や辿ってきた軌跡を自分の中に取り込み、私自身のものとして認知するように務めました。それからカメラの前に立ち、取り込んだものを“再生”する。そんなプロセスで取り組んでいました。

―― 監督がそんなリマルークさんへの演出で大事にしたことを教えてください。

ヴァシャノヴィチ監督: 今作ではリハーサルを非常に多く行い、調整をしていきました。私は今回の(実際の)戦争を経験していませんが、アンドリーは経験者です。そこで、撮影(演出)に関しても彼の意見を常に聞きながら進めていました。場面ごとに多くの意見交換をしましたし、時には口論になることもありました。映画は経験者である彼の意見をふまえたうえでの仕上がりになっています。

―― 映画の中で主人公は彼なりの現実との向き合い方、生き方を見出していきます。この映画に携わったことによってリマルークさん自身が変化したことがあれば教えてください。

リマルーク: 一言で言うと、今回の撮影は私にとってリハビリテーションのようなものでした。ただし、リハビリが完全に完了したわけではありません。なぜなら私は私生活の中で今も戦争に関わっているからです。兵士としての従軍はしていませんが、民間ボランティアとして戦争のサポートをしています。私の生活にとってはまだまだ今回の戦争は身近なものですので、リハビリもまだ完了したとは言えない状況です。

監督に聞く製作秘話
ロケ地選びでは「
土地が持つ力」を重視

―― 無骨で無機質かつ荒廃した世界…印象的なシーンが数多く登場します。ワンシーン・ワンショットの手法が生きてくるような、これらの撮影場所はどのように探し出したのでしょうか?

ヴァシャノヴィチ監督: 私は10年ほど前に写真家として活動しており、(映画の舞台となった)ウクライナ東部を撮影したことがありました。そのため、ウクライナ東部の特徴や風景について詳しく分かっていました。また、ロケハンをする中で、逆に当初のシナリオには含まれていなかった場面が生まれたこともありました。ロケ地を探して回った中で、この風景はいいとか使いたいと思ったところを撮影やストーリーに取り入れていったのです。そういう意味では「場所ありき」とも言えます。私は場所が持っている力を重視していて、その土地が醸すエネルギーは非常に大きいものだと感じています。

―― 最初と最後にサーモグラフィで映し出された映像があり、最後のシーンはアイコン的に作品のポスタービジュアルでも使用されています。大事なシーンの撮影になぜサーモグラフィという手法を使われたのでしょうか?

ヴァシャノヴィチ監督: このカメラを使ったのはほぼ偶然だったと言ってもいいかもしれません。撮影が終わり、最後に編集作業をしている時、どうしても何かが物足りないと感じました。そのときアンドリーが民間ボランティア(前出)でウクライナ軍に必要な機器、例えば赤外線カメラなどを調達していることを思い出し、(実際に軍で使われることのある)赤外線カメラを取り入れてもいいのではないかというアイデアが浮かびました。また、たまたま近くの建設現場でも赤外線カメラを使っていたこともそのアイデアを後押ししたのです。(実際の撮影にはFLIR Systems製のサーモグラフィカメラを使用しているという)

【写真】映画『アトランティス』インタビュー (ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督&アンドリー・リマルーク)

ウクライナが抱える3つの問題と伝えたい思い

―― 現実の戦争経験者であるアンドリーさんにとって、この映画が描いた“真実”はどのような意義がありましたか?

リマルーク: 今回このようなディストピアの作品を撮ることによって、ウクライナが現在直面している3つの継続的問題を明らかにすることができました。1つは飲料水の問題です。炭鉱から水をくみ上げることができないため、水がどんどん汚染されていっています。2つ目は、映画の中でも出てくる土の下に埋もれたままの遺体の問題。ウクライナ兵士で行方不明となり、おそらく土の中に埋まっているであろうとされる人数が280人に対してロシア兵士はその10倍に上るといわれ、ウクライナ東部で大きな問題となっています。3つ目はPTSD。ウクライナでは約30万人がPTSDを抱えているのではないかと言われ、今では社会問題になっています。

ウクライナにとってロシアは隣人、隣国ですが今私達はこのような憂き目に遭っています。もしかしたらいつかそれと同じような運命が日本にも起こるかもしれません。それを私は4つ目のポイントとして日本人のみなさんにぜひお伝えしたいです。

【写真】映画『アトランティス』インタビュー (アンドリー・リマルーク)

―― いわゆるディストピアの世界を描きながら、再生への希望も感じる作品です。そういった作品のタイトルをなぜ「アトランティス」と付けたのでしょうか?

ヴァシャノヴィチ監督: アトランティスは“失われた大地”、そこから連想しました。舞台のウクライナ東部はかつてはとても大きな工業地帯であり、国全体に非常に大きな収益をもたらしてくれました。しかし今回の戦争で一部は操業停止、ロシアに収奪されたところもあります。私達(ウクライナ人)にとって、ウクライナ東部は“失われてしまった土地”なんです。そういう意味で「アトランティス」という題名を選びました。同時に、質問の中でおっしゃったとおり、ぜひその失われた土地が再生してほしいとの希望も込めています。

【写真】映画『アトランティス』インタビュー (ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督&アンドリー・リマルーク)

取材後記

ロシア語の通訳者を挟んで行われたインタビュー、ヴァシャノヴィチ監督・リマルークとも時折考え込む様子を見せながら真摯に言葉を紡ぐ姿が印象的。取材後、最後くらいは直接ロシア語で「スパシーバ」(Спасибо)とお礼を…と伝えると、リマルークからウクライナ語で“ありがとう”は「Дякую」(Dyakuyu)だと教えられた。

あらためてウクライナ語で「ジャークユ!」と言った時、取材中ずっと固い表情だったリマルークがすてきな笑顔を見せてくれた。 

独自の手法で戦争の悲劇を映し出し、淡々と進む戦後の世界と元兵士の決断が胸を打つ『アトランティス』は、見事に第32回東京国際映画祭のコンペティション部門で審査委員特別賞を受賞。リマルークは受賞者記者会見でも「戦時中に映画を撮ることは難しかった。高いレベルの賞をいただけたことに感謝している。映画でできることはすべてやりたい。また東京国際映画祭に来て、今度は最優秀男優賞を獲りたい」と語ってくれた。

【写真】第32回 東京国際映画祭(TIFF) クロージングセレモニー コンペティション部門 審査委員特別賞 (アンドリー・リマルーク)

[スチール撮影: Cinema Art Online UK / 記者: 深海 ワタル]

映画作品情報

【画像】映画『アトランティス』(原題:Atlantis) ポスタービジュアル

第76回 ヴェネチア国際映画祭 オリゾンティ部門 作品賞受賞
第32回 東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門 審査委員特別賞受賞
 
原題: Атлантида
英題: Atlantis
邦題: アトランティス
 
監督・脚本・撮影監督・編集・プロデューサー: ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ
 
出演: アンドリー・リマルーク、リュドミラ・ビレカ、ワシール・アントニャック
 
2019年 / ウクライナ / ウクライナ語 / 108分
 
映画公式サイト
 

第32回 東京国際映画祭(TIFF) コンペティション部門『アトランティス』記者会見レポート

第32回 東京国際映画祭(TIFF) クロージングセレモニーレポート

 

第32回 東京国際映画祭(TIFF) コンペティション国際審査委員&受賞者記者会見レポート

ウクライナ映画人支援緊急企画「ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督作品上映」開催!

この記事の著者

深海 ワタルエディター/ライター

ビジネスメディア、情報誌、ITメディア他幅広い媒体で執筆・編集を担当するも、得意分野は一貫して「人」。単独・対談・鼎談含め数多くのインタビュー記事を手掛ける。
エンタメジャンルのインタビュー実績は堤真一、永瀬正敏、大森南朋、北村一輝、斎藤工、菅田将暉、山田涼介、中川大志、柴咲コウ、北川景子、吉田羊、中谷美紀、行定勲監督、大森立嗣監督、藤井道人監督ほか60人超。作品に内包されたテーマに切り込み、その捉え方・アプローチ等を通してインタビュイーの信念や感性、人柄を深堀りしていく記事で評価を得る。

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