映画『空白』𠮷田恵輔監督 インタビュー
古田新太が松坂桃李を追い詰める
「笑い」を封印した𠮷田恵輔監督の本気
『新聞記者』(2019年)、『MOTHER マザー』(2020年)など挑戦的なテーマの作品を次々と生み出してきたスターサンズが、『ヒメアノ~ル』(2016年)、『愛しのアイリーン』(2018年)の𠮷田恵輔監督とタッグを組み、現代の「罪」と「偽り」、そして「赦し」を映し出すヒューマンサスペンスが完成した。
娘を失ったことでモンスターと化していく父親を古田新太が怪演。怒りの矛先を向けられ追い詰められていくスーパーの店長を松坂桃李が演じ、田畑智子、藤原季節、寺島しのぶらが共演。
脚本・監督を務めた𠮷田恵輔は、今までとはテイストの違う、「笑い」を封印したシリアスな内容に挑戦。9月23日(木・祝)の公開を前に、脚本に込めた思いやキャスト、現場でのエピソードなど話を聞いた。
10本コメディを撮ってきて
11本目は笑いが一切ないものを
―― オリジナル作品の多い𠮷田監督ですが、今作も完全オリジナル。しかも、今までの作品にあったような笑いを封印して取り組まれた脚本でした。制作の経緯などをお聞かせください。
まずは約20年前に実際にあった、古書店で万引きをした中学生が店主に通報され、逃走中に死亡したという事件のことがずっと心に引っかかっていたのが一つ。その後、書店は閉店してしまうのですが、あの事件は、ただただみんなが不幸で悲しかったですよね。万引きはいけないことだけど、死ぬほどの過ちではない。いくらでもやり直しが効くはずなのに、そういうチャンスが奪われた若者がいて、一方で長年万引きに悩まされていた店主がいて、注意をするのも当たり前で。すごく心に引っかかる出来事だったんです。
そして個人的には、数年前に自分の近しい大切な人が亡くなったという出来事があり、何かこう胸にずっとつっかえがあるようなモヤモヤを抱えていたんです。世の中には震災やコロナで大切な人を失った人もいて、「みんな(喪失感やモヤモヤした気持ちと)どうやって折り合いつけているんだろうな」と思ったことを表現したいと思ったのが一つです。今まで10本コメディ寄りの作品を撮ってきて、1本くらい笑いが一切ないものを書いて、まじめなものをつくってみようと決めて取り組みました。
モヤモヤした気持ちを抱えた人がどうやって折り合いをつけているのか
—— 「どうやって折り合いをつけているんだろう」というのは、阪神・淡路大震災のその後を追ったドキュメンタリー番組で、震災でご主人を亡くされた方がつぶやいた言葉でもあったそうですね。監督ご自身がモヤモヤしていた時期と重なったのでしょうか?
どちらかというと、自分の中でずっとモヤモヤしているものが「どうやって折り合いをつけているんでしょうね」という言葉を聞いたときに、「あ、そうそう。そういうことなんだよ」としっくりきた、という感じなんです。人に相談して、想像してもらうことはできても共有できないような気持ちは、結局自分で折り合いをつけるしかないんだな、と。その時の俺はそれができてないんだな、と思ったんです。とはいえ、今でも答えは見つかってないんですけどね。だから、時間の経過や新しい出会い、何かそういうものでも折り合いをつけられない人の話を書こうと思ったんです。(周囲に怒りをぶつけまくる)主人公の添田ほどではないけれど、自分も理解してほしいけど周りが同じ温度でいられない時にイラ立ったりすることがあるわけですよ。それで、自分よりひどい人を書いてみようと思ったら添田のような人間が出来上がったという(笑)。
古田新太が主演に決まって「これはいける」と感じた
—— 脚本ができた段階でかなり手ごたえがあったのでしょうか?
脚本は、毎回いいもの書いていると思っているけれど、映画っていくら脚本が良くてもボロボロになるときはあるわけです。だから、脚本が書けた時というよりは、古田新太さんが添田を演じてくれると決まったときに、これはいける、という手ごたえを感じましたね。結局、いい脚本があっても体現してくれる人がいなければ何も伝わらないので。古田さんにこの脚本を渡したら80点のものも100点にしてくれると思ったし、俺が意図した以上の「そこまで考えてなかったです」というところまで表現してくれる可能性があるので、古田さんのおかげで付加価値が付いていい脚本になっていると思います。もちろん古田さんだけじゃなく、松坂桃李くんやキャストの皆さんが俺の脚本を向上させてくれました。脚本を読んだ時よりも、この映画を観た時の方が感動や伝わるものは多いと思います。
—— 『空白』というタイトルは最初から決まっていたのですか?
いや、最後の方、台本を印刷するギリギリくらいのときに決まりました。それまでいいタイトルが思いつかなくて仮タイトルをつけていたんだけど、ある時「空白」という言葉がポッと浮かんで。作品の中に空や海がけっこう出てくるので、空という文字が入っているのも合っているなと。あと、以前『犬猿』(2018年)という映画を撮った時に、ACIDMANが主題歌を「空白の鳥」というタイトルにしてくれて、それがすごく良かったので頭に残っていたのもありました。「空白という言葉を使いたいな~」と言っていたら、プロデューサーの河村さんが「だったら『空白』だけでいいじゃん」とポロっと言って。最終的にそのシンプルさが気に入って決めました。
古田新太は日本のソン・ガンホ
—— キャスティングについてお聞かせください。先ほども添田を古田新太さんに演じてもらえるのが決まった時点でかなりの手ごたえを感じたという話がありましたが、古田さんを起用された理由を教えてください。
脚本を書いている時点で、韓国のノワール映画みたいにしたいという気持ちがあったんです。添田は何となく韓国映画におけるソン・ガンホみたいな、ずっと怒って怒鳴っているイメージがあって、そういえば古田新太さんって日本のソン・ガンホみたいだな、と思ってお願いしました。実は古田さんとはまったく面識がなくて、どういう方かもよくわかっていなかったんです。でも、今回のキャスト含め俳優さんたちから「古田さんと共演したい」という声をよく聞くので、役者から憧れられている方なんだな、というのは感じていました。
華があるのに素朴な松坂桃李
受けの芝居のリアルさに安定感
—— では、その怒りを受け続けるスーパーの店長・青柳に松坂桃李さんを選ばれたのはなぜでしょうか?
桃李くんは、受けの演技を多くやっていて、まず受けの芝居の上手さがあります。さらに、俳優としての華はありつつ、同時に素朴な雰囲気もあって受け身のリアルさに安定感があるのがいいですよね。古田さんが多分すごい圧で来るだろうなと思ったから、それに対していいリアクションをしてくれそう、ということも期待しました。個人的に、同じ男性でも少しかわいらしさがある人って好きなんですよね。ちょっと追い詰めたくなっちゃうというか(笑)。桃李くんはかわいらしさもあるけど身長が高いので、追い詰められても悲惨過ぎなくなる、という意味で古田さんとのバランスがすごくいいと思いました。
—— 古田さん、松坂さん、お二人とは現場でどんな話をされましたか?
映画の内容とは裏腹に、みんな和やかな現場でしたよ。俺自身、役柄やシーンに対して役者さんに何か言うことはほとんどないし、二人も聞いてくるタイプでもないし。だから世間話しながら「じゃあそろそろ本番やりましょうか」という感じでした。愛知県でのロケだったので、「早く終わって酒飲みたいね」とかそんな話をしていて。自分は集中力がない方で、ずっと集中して長く撮影するのは難しいんですよね。一瞬、撮影に集中してあとは世間話するようでないと集中力が続かないので。あと、同じ芝居を何回も観ると、どうしても飽きちゃいますから。あまりコマを割らずに、一瞬で集中して撮りたいタイプです。
背中しか映っていなくても
何テイクも本気で泣く古田新太
—— 添田の元妻役の田畑智子さんや、スーパー店員役の寺島しのぶさんら女優陣や、添田を慕う漁師の後輩役の藤原季節さん。それぞれと共演しているときの古田さんの様子はいかがでしたか?
古田さんを見てると、女優でもスタッフでも、女の人と話している方がラクそうに見えます。男の人に対しての方が構えて照れちゃうような。男性でも、藤原季節くんくらい後輩として年齢が離れているとかわいらしいという感じじゃないかな。季節くんって、ちょっと犬みたいなところがあるんですよ。一生懸命飼い主を追いかけてくる犬みたいな。だから、かわいらしいですし、それが役柄に反映されていますよね。
田畑智子さんや片岡礼子さんは古田さんも何度か共演したことがあってよく知っているので、フラットな感じで接していました。お二人は、芝居の空気や温度を合わせるのに少し時間がかかるタイプで、テイクを重ねた時もありました。古田さんは、それに対して丁寧に付き合っていました。一方、寺島しのぶさんは、ほぼ1テイクで決めてくる。古田さんが、相手のタイプの違いに合わせて演技してくれるので、共演している俳優さんたちは演じやすいと思います。例えば、添田が泣いているけど後ろ姿、しかも肩しか映っていないシーンがあって。顔が映ってなくても古田さんは毎回泣いてくれるんですよ。それを受ける側が演じやすいように。舞台経験が長いせいもあるかもしれないですが、共演相手や全体のことをすごく考えてくれる方です。
古田さん自身は、とてもシャイで寡黙な方。ただ、一緒にお酒を飲むと、いや、飲まなくても匂いをかいだだけでめちゃくちゃ陽気になる方です。「乾杯!」と言った時には、すでに4杯飲んでいるくらいのテンションになっています(笑)。
どんな人も立場が変われば
被害者にも加害者にもなり得る
—— 今作では現代社会の不寛容さや生きにくさ、マスコミの切り取り報道、ネットの炎上などが描かれ、誰もが被害者にも加害者にもなり得る様子が浮き彫りになっています。そのあたりはかなり意識されましたか?
多少はありますね。俺も基本的にはちょっと意地悪なところがある人間だと思うんですよ。面倒だからSNSもやらないし、ネットに書き込みなんてしないけど、もし脚本も書かず映画も撮らずに時間があり余ってたら、そういうことをやっててもおかしくなかった気がする。炎上している人に興味が出ちゃう気持ちもわかるし、汚いものが見たくなる気持ちもわかる。人間の本質そんなものだよと思うわけです。実際俺もマスコミ側の人間だし、立場が変われば被害者にも加害者にもなる。そういう意味で自分の恥ずかしい部分をさらけ出している意識はあります。
—— 作品の中では添田と娘や、他の登場人物の親子関係も描かれています。𠮷田監督は『麦子さんと』(2013年)でも親子の絆がテーマになっていましたが、そのあたりはどのように描こうと思われましたか?
親子にした理由は自分でもわからないんだけど……。
(記者が、反抗期を迎えた中学生の娘と大げんかをした翌日に映画を観て、より一層感情移入したことを伝えると)
最初に、数年前に大切な人を亡くしたという話をしましたが、その人が亡くなった前日に、俺もけんかしてるんですよ。だから、より一層モヤモヤしていた状況だったんですね。でも、俺とその人(相方)との関係って特殊過ぎちゃうから、そのあたりは親子関係に落とし込んだ方がわかりやすいな、とは思ったのかもしれない。
希望を感じるラストシーンに注目!!
—— 監督史上「最高傑作」とのことで、希望を感じるラストシーンが印象的でした。
最高傑作……自分の中ではそう思ってます。今までは、「おもしろい映画」をつくってきたけど、「いい映画」とは違ったのかも!?ラストシーンも、俺は意地悪な人間かもしれないけど、結果的には「愛」や「光」を描きたいといつも思っていて、残酷なまま終わる映画はつくってきていないですね。バッドエンドの映画を観ること自体は好きですが、自分ではつくれない。でも、今回の作品のゴールは少し難しかったですね。
—— 今後の作品について、何か決まっていることがあれば教えてください。
もう1本すでに撮り終わっているのがあって。それはコメディに振り切った作品で、すごく楽しく撮りました。その次はまたシリアスなのを撮るかもしれないです。楽しみにしていてください。
[インタビュー: 富田 夏子 / スチール撮影: 美坂 英里]
プロフィール
𠮷田 恵輔 (Keisuke Yoshida)1975年生まれ、埼玉県出身。 |
映画『空白』予告編
映画作品情報
《ストーリー》すべてのはじまりは、スーパーでの万引き未遂事件。店長の青柳(松坂桃李)に目撃されたのは、女子中学生の花音(伊東蒼)。全速力で逃走した彼女は、追いかけてきた青柳の目の前で、車に轢かれて即死する。花音のシングルファーザーで漁師の添田(古田新太)は、「娘が万引きなどするはずがない」と怒りに震え、“真相”を暴こうと、青柳を人格が崩壊するまで罵倒し、執拗にあとを付け回すなど、あらゆる手を使って責め立てる。一方で、加熱するワイドショー報道によって、混乱と自己否定に追い込まれていく。今や、誰にも止められない添田は、青柳だけでなく、別れた妻、花音をはねた女性ドライバー、花音の学校の担任や校長、スーパーの店員たちをも追い詰めていく──。 |