映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』
原作者・歌川たいじインタビュー
虐待やイジメは自己イメージを叩き潰す
でも、乗り越えることはできる
歌川たいじのコミックエッセイ「母さんがどんなに僕を嫌いでも」が映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』として実写映画化され、11月16日(金)より公開される。
社会人のタイジが友人と出会ったことをきっかけに壮絶な過去を乗り越え、自分を拒絶してきた母の愛をつかみ取るまでを描く。主人公のタイジ役を演じるのは太賀、タイジの母役を吉田羊。さらにタイジを支える友人役に森崎ウィン、白石隼也、秋月三佳、子どものころからタイジの心の支えとなり、彼の人生に転機をもたらす婆ちゃん役に木野花がキャストとして名を連ねる。
公開を前に、ブロガー、漫画家、小説家として活動する原作者の歌川たいじ氏に作品を描いたきっかけや映画化に対する思いなどを聞いた。
―― 作品を描いたきっかけをお聞かせください。
僕が後に出版した「母の形見は借金地獄」という本の提案を版元さんにしたところ、「まずは、お母さんとの関係性を描いてみませんか」と言われたのです。その頃、毒親本がブームだったので、版元としては毒親本を出させたかったのかもしれません。これまで虐待サバイバーが自分を取り戻した話は、書籍ではあまり見かけませんでしたから、自分の過去をさらけ出してでも訴えていく価値があると僕も感じました。
原作は2012年の秋くらいに発注を受け、ネームを1カ月半くらいで書き、2013年に初版に出しました。
―― 小説ではなく、マンガの形式を取ったのはどうしてでしょうか。
小説は読むのに時間がかかりますが、マンガだったら、ぱっと見ただけでかなりの情報量が伝わる。なるべく多くの方に読んでほしかったので、マンガにしました。
子ども向けにはテキスト版も出しています。そのときにどんな気持ちでいたのか。どんな風に怖くて、どんな風に言いたかったのか。これは文章で書いた方が伝わると思い、後からテキスト版も出版したんです。児童書なので、伝えたいことがブレないように、LGBT的な要素は抜いて書こうということにして。児童書のレーベルであるKADOKAWAつばさ文庫で文庫化もされました。こちらは今、虐待やイジメを受けている子にこういう逃げ場があるというメッセージを入れて書きました。
―― 読者の反応で印象的なものはありましたか。
亡くなった母親に向けてレビューを書いてくださった方がいました。その方は母を責めるのではなく、「こんなにいい息子さんなのに、ほんの少ししか親子の時間を過ごせなくて、もったいなかったですね」と呼びかけてくれたのです。それを読んでほろっとしてしまいました。
―― 映画化を打診されたとき、どんな気持ちでしたか。
虐待やイジメは自己イメージを叩き潰すこと。そこから立ち直るのはすごく苦しくて、時間もかかります。でも、それを乗り越えて、今は人生の収支が若干黒字くらいになってきたと思っています。
同じような痛みを抱えている人に、僕がどうして立ち直ることができたのかを伝えたい。映画化の話が来たときに「本を読まない人も映画なら観てくれるかもしれない。これは絶対に映画にしてほしい」と思いました。
―― 3人の友だちが登場します。演じられたキャストの方々はいかがでしたか。
キミツくんの毒吐きについて、盛っているように見えるかもしれませんが、実際は信じてもらえる範囲内に軽減しています。映画で描いている毒は、実際の1/10くらい。本人も「思っていたより毒がないね」と言っていました。
そんなキミツくんの役はちょっと毒があって、でも優しい。役得なところがあるから、ちょっとイケメンだったら誰でもいいと思っていました。
しかし、森崎ウィンくんでよかった。ウィンくんは本当にいい奴なんです。周りにとても気を遣うし、いい奴オーラがあふれています。そんなウィンくんがキミツを演じると“いい奴”が駄々洩れなせいか、ギラギラしたいやらしいキミツくんに全然ならなかったんです。単なるイケメン俳優がやったら、いやらしくなってしまったかもしれません。ウィンくんにやってもらってよかった。
本物の大将と白石隼也くん、見た目は全く似ていません。台本のいちばん最初に“ガテンな大男”と書いてあったので、白石くんも「俺じゃないだろう」って思ったそうです。白石くんは美しすぎるので、実は僕もイメージ違うなって、最初は思っていました。
そんな思いも撮影が始まったら、がらりと変わりました。大将が温泉で僕の体を見るシーンがありますが、僕の人生を変えた何回かの転機のひとつなので、撮影前日に「明日のシーンはよろしくお願いします」と白石くんに伝えたら、「わかりました。バッチリやります」と言ってくれたのです。そういう男らしいところが大将とかぶります。
ただ、映画の大将がお酒に弱い設定になっているのが、本物の大将にはすごく不本意だったようです。「酒が弱いって誰からも言われたことがない」と言っていました。大将本人としては他には特に問題なかったようです。
カナも秋月三佳さんで本当によかった。「私はこの中ではお姫様」を狙って、紅一点になりたがる女はたくさんいますが、秋月さんには紅一点の女が醸し出すいやらしさが一切ない。完全に体育会系です。タイジくんに海辺で抱き着いて、押し倒すシーンがあるのですが、恋愛の空気をまったく出さない。これは誰にでもできることではありません。
―― タイジはかけがえのない友だちを作ることができました。そういう友だちを作るにはどうしたらいいのでしょうか。
友だち関係がうまくできないのは、期待が足りないのではないかと思います。期待していないと人が寄り添ってきても、何か違うと逃げてしまう。期待していたら、「この人のことを理解したい」という行動に繋がっていきます。
まず1人、理解してみる。どこまで理解できるかは人それぞれですが、何となく理解できたなと思ったら、もう1人理解してみようと思うでしょう。
そうやって大勢の人を理解していくと、自分がどうやったら理解してもらえるのかがわかってきます。人間にはいろいろな面がある。まず、こういう面を見せたら、人は間合いを詰めてくれる。ある程度、絆が深まったら、実はこういう面もあると見せて大丈夫など、どうやったら自分の奥深いところまで理解してもらえるのか、人を理解していくと分かってきます。僕はこのトライアル&エラーを重ねてきました。キーワードは、期待そして希望です。
―― キミツさん、大将さん、カナちゃんとも、そうして友だちになったのでしょうか。
虐待やイジメは洗脳に近い。最低な自分という自己イメージを叩き込まれ、立ち直るまでに時間がかかります。ばあちゃんは自己否定しかしない自分にビッグバンを引き起こし、それを解いてくれたのです。そうしたら、人が大好きで、こうやって初めて会った人とも仲良くしたいと思う本来の自分が出てきました。
ただ、本来の自分が出てきても、人と打ち解ける術を知らなかったので、うまくいかない。同世代の人たちが友だち同士で楽しそうにやっているけれど、どうしたらあの中で溶け込んでいけるのか、全然わからない。でも、楽しそうにしている人たちにすごく憧れて、どうしてもあの中に入りたかった。
そんなときに、「一緒に来ない?」とか「一緒に食べない?」と言ってきてくれた人がいたのです。僕はその人たちに全力でかじりついていきました。何人かはそこで離れていってしまったけれど、何人かは残ってくれました。それがキミツ、大将、カナちゃんです。
僕がグッジョブだったのは、寄り添ってきてくれた人が切実なくらい大事だったので、彼らのいいところしか見ようとしなかったことですね。人間同士ですから合わないところもある。でも、とにかくそばにいたいし、そばにいてほしい。だから、いいところしか見ようとしなかった。それで3人を手放さないでこられたのだと思います。
―― 母親との関係を修復しようと思えたのは、3人がいたからですね。
僕が母親との関係の土台を作り直そうと思った時、彼らが次々に背中を押してくれました。大将は「親に変わってほしかったら、まず自分が変われ」、キミツは「理解は気づいた方からするもの」と言ってくれたのです。ただ、関係性がなかったら、彼らの言葉も素直に受け入れられなかったかもしれない。関係性があったから、言葉そのものよりも、大将やキミツを信じようと思えました。
―― 吉田羊さんが演じる母親に少女のような脆さを感じました。実際のお母さまもそんな感じでしたか。
未成熟な部分を隠してカリスマのように振る舞っていました。矛盾するところがたくさんあって、そんな母に僕は似ているからわかるのですが、すごく傷つきやすかったのだと思います。打たれ弱い。しかし、傷がいっぱいあるから、傷ついた熊のように凶暴になってしまったのでしょう。
小さい頃はわかりませんでしたが、離れて自活するようになってからは、「不安定で、生きてて大変だろうな」という思いで見ていました。
―― お母さまがか弱い存在だと分かって、守ってあげようと思ったのでしょうか。
母親が危機に陥ってからですね。それも、「守る」というのではなく、「ちゃんと息子やりましょう」といった感じです。それによって僕も救われる何かがあるんじゃないかと思ったのです。
僕は小さい頃、きちんと自己形成できていなかったので、揺らぎやすく、不安定でした。そんな自分を感じるたびに親を恨んでいました。
大人になり、ある程度乗り越えたとき、母との関係を築き直すことで、自分になかった土台を自分で作れるんじゃないかと考えました。心にはたくさんの傷があり、それは消えるものではありません。だから、傷が誇りになるような新しい記憶をこれから作ろう。素晴らしい親孝行をしたら、それが素晴らしい記憶になるはず。2年かかりましたが、最後までがんばりました。こんな話ができるのは今が幸せだから。明日、死んだとしても人生の収支は黒だったと思えます。
―― これから映画を観る方にメッセージをお願いします。
この話は「こんな毒親を許しました、どやねん」という映画ではありません。複雑な傷を抱えて生きている人は大勢いる。しかし、みんな幸せになれると思っています。僕が幸せになるために、ばあちゃんや友だちが言ってくれたことがこの映画の中にぎゅっと詰まっています。ぜひそれを受け取ってください。
プロフィール
歌川 たいじ(Taiji Utagawa)1966年、東京都出身。2009年より日常を漫画にしたブログ「♂♂ ゲイです、ほぼ夫婦です」を始め、単行本「じりラブ」(2010年)にて漫画家デビューを果たす。自費出版本「ツレちゃんに逢いたい」(2012年)が発行部数15,000部を超え注目を集め、2015年には「やせる石鹸」で小説家デビューを果たす。会社員時代よりゲイを公表しており、NHK「ハートネットTV」への出演や、NGO団体への協力など、精力的に活動を続けている。本作の原作となる「母さんがどんなに僕を嫌いでも」(2013年)は発売当時より高い評価を受けて小説版も発売。2017年には日本財団が主催する「これも学習マンガだ!」に選出され、映画公開に合わせて新版も発行された新作「花まみれの淑女たち」が発売中。 |
映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》歌川タイジ(大賀)は幼い頃から美しい母・光子(吉田羊)のことが大好きだった。だが、家にいる光子はいつも情緒不安定で、タイジの行動にイラつき、容赦なく手を上げる母親だった。17歳になったタイジは、ある日光子から酷い暴力を受けたことをきっかけに、家を出て1人で生きていく決意をする。努力を重ね、一流企業の営業職に就いたタイジは、幼い頃の体験のせいで、どこか卑屈で自分の殻に閉じこもった大人になっていた。しかし、かけがえのない友人たちの言葉に心を動かされ、再び母と向き合い始めた。 |
原作: 歌川たいじ「母さんがどんなに僕を嫌いでも」(KADOKAWA刊)
主題歌: ゴスペラーズ「Seven Seas Journey」(キューンミュージック)
制作プロダクション: キュー・テック
制作協力: ドラゴンフライ
配給・宣伝: REGENTS
製作:『母さんがどんなに僕を嫌いでも』製作委員会
協賛: IMSグループ
特別協力: ホテル三日月
© 2018『母さんがどんなに僕を嫌いでも』製作委員会
新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、イオンシネマほか全国公開!