映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』
御法川修監督インタビュー
人生を丸ごと肯定する、成長の物語を伝えたい
映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』が11月16日(金)より公開される。
本作は歌川たいじの同名コミックエッセイを実写化したもの。社会人のタイジが友人と出会ったことをきっかけに壮絶な過去を乗り越え、自分を拒絶してきた母の愛をつかみ取るまでを描く。主人公のタイジ役を演じるのは太賀、タイジの母役を吉田羊。さらにタイジを支える友人役に森崎ウィン、白石隼也、秋月三佳、子どものころからタイジの心の支えとなり、彼の人生に転機をもたらす婆ちゃん役に木野花がキャストとして名を連ねる。
5年前に原作コミックを読み、永遠不滅の母と子の物語として映画化した御法川修監督に作品への熱い思いを語ってもらった。
この作品を映画化したいと思う人が集まった
歌川たいじさんの原作を手にしたのは、2013年の春でした。そこに描かれた彼自身の生い立ちは壮絶ですが、読後感はとても清々しいものでした。僕が原作から得た大きな気づきは、「人生を循環させる」ということでした。
誰だって思い返すことが辛い記憶や、かさぶたのまま放置している傷のひとつやふたつ胸に秘めていると思うのです。そういったネガティブな記憶を、断捨離のごとく切り捨ててしまうのではなく、今を明るく生きることによって得られた友情や愛情を、過去の愛されなかった自分の意識に渡していくことができる。人生を循環させていくことができる。嬉しいことも悲しいことも、丸ごと自分の人生を肯定できたなら、今日よりも明日、明日よりもあさってを少しずつ明るいものに変えていけるはずだと思いました。この気づきを、自分の手で映画にしてみたいと思ったことが始まりです。
歌川さんの経験を特殊なケースとして扱うのではなく、誰にでも置き換えられる普遍の物語として昇華できるのなら、映画化を試みる価値があると思ったのです。
原作を読んだ人たちは皆いかに感動したかを熱く語るのですが、映画化に対してはためらいを隠さず、実現の道のりは困難でした。児童虐待という重い題材を扱うことへの警戒があったのだと思います。何度も企画が埋もれてしまう局面がありながら、持ちこたえることができたのは、原作をたいせつに想う人たちが引き寄せられ、一人またひとりと仲間を増やすことができた出会いの賜物です。
主演を担ってくれた太賀さんと吉田羊さん、ふたりが企画の意義に賛同してくれたことが、映画化の実現に大きな力を与えてくれました。
現在と過去を行き来しながら円環させる
児童虐待や育児放棄の痛ましいニュースを目にすることの多い昨今ですが、告発のメッセージを送るための映画ではありません。主人公の青年が、いかに自らの人生を循環させていくか、そのプロセスを成長物語として描くことが僕のテーマでした。
映画の語り口にもテーマを反映させています。原作通りに歌川さんの半生をクロニクルに追うのではなく、現在と過去を行き来しながら、物語のはじまった場所へラストで戻っていく円環形式の語り口を選択しました。
人は誰でも心に逆回転の時計を持っていますよね。記憶の中のアルバムを1ページごとめくり、静かに眺める感覚です。主人公は母親に振り回され、深く傷つけられる過去を持つけれど、その過去を切り捨てていたら味わえなかったことを経験する。必要な人間がつながり、認め合うことで、それまで思いもよらなかった心情が生まれる。
映画を観終えた時に、まんまるく幸せな円が結ばれたような感覚を抱いてもらえたら嬉しいです。
子どもを産んだからといって母親になれるわけではない
吉田羊さんが演じた主人公の母・光子の設定は原作通りですが、「妻」や「母」といった役割を強いられる女性の重圧に光を当てたいと考えました。子供を産んだからといって母親になれるわけではありません。女性たちは様々な岐路に立ち、不安を抱えながら生きているはずです。もちろん子供に手を上げる母親を擁護するつもりはありませんが、紋切り型の「毒親」ではなく、愛を知らない女性が再生する姿を描きたかったのです。
さらに言えば、男女の区別なく、年齢は大人であっても精神は未成熟な人間がウロウロしているのが現実だと思うのです。僕自身をかえりみてもそう思います。光子という女性を単なる加害者として描くことは絶対にしたくない。そのことは羊さんとも確認して取り組みました。結果、彼女は壊れやすい人間の儚さを見事に表現してくれました。
(インタビュア: 吉田羊さんがいつもストールを巻いていたのが印象的で、「守ってほしい」との気持ちを表現していたのかと思いました)
素敵な感想をありがとうございます。それは僕が意図した演出ではありませんが、そう観てもらえたのは嬉しいですし、羊さんの素晴らしい表現力の結晶だと思います。
衣装の演出に関してお話しすると、時代のモードは一切取り込まずにパステルトーンで色彩を統一させています。時代の風俗に縛られず、永遠に語り継がれる絵本のように描きたかったからです。
画面に映っているものを観て、聞こえる音を聴いてほしい
歌川さんの原作はノンフィクションではあるけれど、すぐれたエンターティンメントとして完成された作品です。「実話」であるからといって、全てうのみにしてしまうと、魅力的な登場人物の描写力や、やさしい言葉で人生を語るセリフの創意を取りこぼしてしまうと感じました。人間が創作する力を再認識したいのです。
3.11以降を生きる僕たちは、虚構のドラマを純粋に楽しむことができなくて、実話であることにすがり過ぎていると感じています。世の中は二者択一で解決できることばかりではありませんよね。つねに奥ゆきに満ちています。誰もがマスコミ目線で、何かひと言ツッコミたがる自警意識の輪から脱け出して、おおらかな感情表現に触れたいという願望が僕には強いのです。そんな想いから、本作は実話の映画化ではあるけれど、ドキュメンタリータッチではなく、虚構のドラマとして再構成したつもりです。報道のように事実を切り取る意識より、物語を作り上げることに重きを置いて取り組みました。
今回僕は、映画の登場人物たちの感情表現をベタなくらい濃く演出しました。人との関わりが希薄な時代だからこそ、泣いたり笑ったり、飛び跳ねたり、感情をストレートに発露させる人たちを描きたかったのです。その意図を汲んでくれた太賀さんは勇気をもって挑み、熱く演じてくれました。
映画化とは、原作の単なる再現とは違いますし、ストーリーの動画化でもありません。歌川さんの人生から、何を「映画」として抽出したのか、見極めてもらえたら嬉しいです。観る前に先入観を膨らませてしまうのではなく、画面に映っているものを観て、聞こえる音を聴いてほしい。何を当たり前のことを!?と思われるかもしれませんが、先ほど吉田羊さんのストールひとつからも感じ取ってもらうことがあったように、「映画」という表現形式は、観客の皆さんの「まなざしの力」を信じることにあると思うのです。
この映画は、熱いサクセスストーリーです。そして、たったひと言「大好きです」と告げるために身を焦がすラブストーリーでもあります。映画館の暗闇に身を沈めた観客たちが、普段は抑え込んでいる喜怒哀楽を大いに解放してもらえたなら、そこから切り拓かれる未来が必ずあると期待しています。
プロフィール
御法川 修(Osamu Minorikawa)1972年生まれ、静岡県出身。 |
映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》歌川タイジ(大賀)は幼い頃から美しい母・光子(吉田羊)のことが大好きだった。だが、家にいる光子はいつも情緒不安定で、タイジの行動にイラつき、容赦なく手を上げる母親だった。17歳になったタイジは、ある日光子から酷い暴力を受けたことをきっかけに、家を出て1人で生きていく決意をする。努力を重ね、一流企業の営業職に就いたタイジは、幼い頃の体験のせいで、どこか卑屈で自分の殻に閉じこもった大人になっていた。しかし、かけがえのない友人たちの言葉に心を動かされ、再び母と向き合い始めた。 |
原作: 歌川たいじ「母さんがどんなに僕を嫌いでも」(KADOKAWA刊)
主題歌: ゴスペラーズ「Seven Seas Journey」(キューンミュージック)
制作プロダクション: キュー・テック
制作協力: ドラゴンフライ
配給・宣伝: REGENTS
製作:『母さんがどんなに僕を嫌いでも』製作委員会
協賛: IMSグループ
特別協力: ホテル三日月
© 2018『母さんがどんなに僕を嫌いでも』製作委員会
新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、イオンシネマほか全国公開!