菅野美穂10年ぶりの映画主演作はミステリータッチのヒューマンドラマ
第42回講談社児童⽂学新⼈賞を受賞した「⼗⼆歳」で作家デビューし、数々の受賞歴のある椰⽉美智⼦の2016年に出版された同名⼩説を原作に、⼦を持つ親なら誰もが直⾯する問題を社会派エンターテインメントの旗⼿である瀬々敬久監督が豪華⼥優陣を迎え映画化した『明⽇の⾷卓』が、5⽉28⽇(⾦)全国公開された。
主演を務めるのは、10年ぶりの映画主演となる菅野美穂。フリーライターで⼆⼈の息⼦を育てる留美⼦役に挑み、やんちゃ盛りの息⼦たちを育てながら仕事復帰を⽬指す⺟親を熱演。また、若くして⺟となり、シングルマザーとして働きづめの中息⼦を育てる加奈役を⾼畑充希、そして年下の夫と優等⽣の息⼦に囲まれ、⼀⾒なに不⾃由なく幸せを⼿に⼊れているように⾒えるあすみ役を、尾野真千⼦が丁寧に演じている。
「10年に一度の傑作」と瀬々監督
3つの石橋家を通して描く社会問題を内包した人間ドラマ
作品は、10歳の「石橋ユウ」という同じ名前の息子を持つ3組の親子の日常が交錯していくようなミステリータッチのヒューマンドラマ。神奈川に住むフリーライターの留美子は、やんちゃ過ぎてケンカばかりの男の子2人の子育てに悩む中、仕事復帰に伴い子どもとの時間が取れなくなる。また、仕事にやりがいを感じ忙しくなるにつれ、夫とすれ違い始める。大阪に住むシングルマザーの加奈は、借金があり金銭事情が苦しく、パートを掛け持ちしているため子どもと向き合う時間が少なく、実家の母や弟も苦しい生活を送っている。静岡で専業主婦をしているあすみは、隣家に住む姑やママ友との距離感がうまく取れず、専業主婦として丁寧に日々を過ごしているようで息子の深刻な変化に気づけずにいる。羅列すると問題てんこ盛りだが、どの子育て家庭にも少なからず当てはまる要素がある身近な悩みだ。
こういった社会問題をさりげなく盛り込みつつ、少し不穏な空気を感じさせつつ物語を進めるのは、『アントキノイノチ』(2009年)、『64-ロクヨン-前編/後編』2部作(2016年)、『友罪』(2018年)などでもその手腕が光る瀬々監督作品ならでは。近年では『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017年)や『糸』(2020年)といったラブストーリーも好評だが、やはり社会派人間ドラマこそ監督らしさが際立つ。監督自身も今作の完成報告会で「10年に一度の傑作ができた」と語っていた。
日本中どこにでもいる母親が感じる「これは私の物語だ」
もう一つ、物語の重要なテーマになっているのが虐待。子どもへの暴力だ。私自身子育て中の母親として、虐待は絶対にしてはならない、あってはならないと強く思っている。けれども、家庭環境に関わらず、子育てしていれば何かが沸点に達して子どもにすごい力を向けてしまう、向けてしまいそうになる、という経験はどんな母親でも一度はあるのではないか。自分のことも精一杯で、でも子どもに対しても愛情を持って一生懸命向き合っているはずなのに、どうしてもかみ合わない、子どもを憎らしく思ってしまう、叫びたくて手を上げそうになってしまう瞬間が誰にでもあるはず。そんな日本中のどこにでもいる母親が、この映画を観たことで一線を超えちゃいけないと感じて欲しい、というメッセージを強く感じた。
子役の熱演が物語を牽引
3人の母親役を演じた女優陣は、それぞれの主演作が立て続けに公開されるなど実力派ぞろいなのは間違いないが、子役キャストもかなりの熱演だった。筆頭は柴崎楓雅。TBSのTVドラマ「テセウスの船」(2020年)でのサイコな小学生役が印象に残っている方も多いだろうが、今作でも優等生かと思いきや、少し冷めた目で家族や友達を見ている少年役を怪演。闇の部分が露呈し始めてからの演技は、共演の尾野真千子が「変わっていく様子がリアルに怖かった」と感想を述べるほどだった。
菅野美穂演じる留美子の息子役を演じた外川燎は、キャリアは3歳からと長い。小さい子どもがいるママ達の中には、NHK Eテレの「ゴー!ゴー!キッチン戦隊クックルン」(2015年~2017年)のハッサク役としてのかわいらしい姿を覚えている方もいるのでは。最近ではNHK連続テレビ小説「エール」(2020年)で、二階堂ふみ演じるヒロインの音楽教室に通い、ハーモニカや歌に一生懸命取り組む坊主頭の少年・ひろや役を好演していた。高畑充希演じる加奈の息子役を演じた阿久津慶人は、難しい関西弁を高畑に教わりながら完璧にマスター。サッカーに夢中で、働きづめの母に余計な心配をかけまいとする優しい少年をナチュラルに演じていた。現在放送中のNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」にも出演している。
「明日の食卓」というタイトルに感じる希望の光
タイトルに食卓とある通り、それぞれの家庭にスポットを当てるのは朝食のシーンから始まる。あすみの家ではトーストにサラダにスムージーと栄養バランスも考えられた朝食で、加奈は早朝のパートと昼間の仕事の合間に食パンとゆで卵とトマトを用意するのが精一杯。食事の内容は各家庭事情を反映しているけれど、食卓が家族の中心にあるのは間違いない。この映画を観たからといって子どもを怒らずに済むわけではないし、明日からの食卓も、日常も、多分いつも通りだけど、どこか頭の片隅にこの映画のシーンが残っていれば、大きく間違うことなく過ごしていけるような気がする。
実際に筆者も映画を観た日の夜は久し振りに子どもたちの寝顔をじっくり見つめて愛おしく感じた。翌朝起きたら結局いつも通りで「早くしなさい!」の連続だったが……。とはいえ、映画の中で一人のユウが言う「生まれてこなければ良かった」という言葉を聞かなくて済むように、きちんと子どもに、家族に向き合っていこう。そう思える作品に出合えて良かったと感じている。
[ライター: 富田 夏子]
映画『明日の食卓』予告篇🎞
映画作品情報
《ストーリー》同じ「石橋ユウ」という名前の小学5年生の息子を育てる3人の母親たち。 神奈川在住・フリーライターの石橋留美子(菅野美穂)43歳。夫・豊はフリーカメラマン。息子・悠宇10歳。 大阪在住・シングルマザーの石橋加奈(高畑充希)30歳。離婚してアルバイトを掛け持ちする毎日。息子・勇10歳。 静岡在住・専業主婦の石橋あすみ(尾野真千子)36歳。夫・太一は東京に通い勤務するサラリーマン。息子・優10歳。 それぞれが息子の「ユウ」を育てながら忙しく幸せな日々を送っていた。しかし、些細なことがきっかけで徐々にその生活が崩れていく。苦労はあっても、息子への愛に偽りはなかったはずなのに、どこで歯車が狂ってしまったのか。「ユウ」の命を奪った犯人は誰なのか、そして三つの石橋家がたどり着く運命とは……? |