- 2016-9-1
- ドキュメンタリー映画, モスクワ国際映画祭, 映画レビュー, 映画作品紹介, 韓国映画
映画『あなた、その川を渡らないで』
(原題: My Love, Don’t Cross That River)
こんな風に年を重ねたい、スクリーンに収まりきらない愛
《ストーリー》
韓国の小さな村で76年間も純愛を育んできた夫婦がいる。98歳のおじいさんと89歳のおばあさん。結婚76年目になる2人は、出かけるときはお揃いの服を着て、手をつないで出かける。特別なことは何もなくても毎日毎日一緒に生きることが幸せ。「私の作った食事を美味しそうに食べる姿を見ることが何よりも嬉しい」とおばあさん。もちろん2人で生きてきた日々には辛いこともあった。12人の子供に恵まれたが、6人を戦争や病気で亡くした。亡くなった子供達の思い出を涙をこぼして話すおばあさんの横で、おじいさんは涙を目に浮かべて静かに寄り添ってきた。やがて、おじいさんとおばあさんにも別れの時が迫る。おばあさんは徐々におじいさんを見送る準備を始める。
《みどころ》
98歳のおじいさんと89歳のおばあさんの未だ青春真っ只中にある純愛を映し撮ったドキュメンタリー。ナレーションもインタビューもないから、2人の日常をすぐそばで見ているかのような錯覚に陥る。春には野の花をお互いの両耳に飾りあい、褒めあう。夏には小川の水を、秋には落ち葉をかけあって笑いあう。冬には雪を食べさせあい、美味しいねと微笑む。四季を共に感じ、共に思い出を作り、共に思い出す。一緒にご飯を食べる。一緒に寝る。手をつないで出かける。自分が行きたくない場所でも相手のために一緒に行ってあげる。繰り返しの毎日を楽しんで暮らすことが果たしてどれだけの人ができていると言えるだろうか。この老夫婦にとっては、当たり前の日常が一つ一つ小さなイベントなのだ。そして、その日常は相手への思いやりで溢れている。
おばあさんの膝が痛い時は、おじいさんは隣でずっと撫でてあげる。外のトイレに行くのが怖いおばあさんは、ずっと外で歌ってくれていたおじいさんに、「寒くなかった?」と声をかける。おじいさんは、ふと夜中に目が覚めると、おばあさんの顔に手を伸ばす。何度も顔の輪郭を確かめるように撫でまわす。食事するおじいさんを愛おしそうに見る表情だけでグッと胸が詰まる。
89歳のおばあさんはまるで恋する少女のようだった。おじいさんとのお別れが近づいた時、おばあさんは、天国で着る服に困らないように、おじいさんの服を燃やし始める。韓国ではそうやって別れの時に備えて準備をするのだ。服を一枚一枚燃やす作業は、おじいさんのためでもあり、残されるおばあさんのためでもあるように見えた。まるで、おじいさんとの思い出を一つ一つ紐解いては、心にしまっているかのようで、おじいさんがいなくなる心の準備をするために服を燃やしているようだった。
この映画は、韓国でお年寄りだけではなく若者まで巻き込む社会現象となり、韓国ドキュメンタリー映画史上「No.1」の観客数を達成した。おじいさんおばあさんと同世代の方も、親に持つ世代の方も、孫にあたる世代の方も誰もが、家族について、人生について考えさせられることだろう。
人は皆自分を守りたい。傷つかないように。だが、この2人は他から受けた傷を2人で修復しているように見えた。夫婦でお互いを傷つけ合うのではなく、補い支え合いながら生きていく。そんな相手に出会えた2人の人生は、コミュニケーションが希薄なことに慣れきってしまっている私たちに、暖かな感情を呼び起こさせてくれる。
[ライター: 大石 百合奈]
映画『あなた、その川を渡らないで』予告篇
映画作品情報
2015年 ロサンゼルス映画祭 最優秀ドキュメンタリー賞
2015年 ビジョン・トゥリール国際映画祭 観客賞
2015年 DMZ国際ドキュメンタリー映画祭 観客賞
2015年 アジアティカ・フィルム・メディアーレ 観客賞
2015年 TRTドキュメンタリーコンテスト 特別賞
2016年 ミレニアム・ドックス・アゲインスト・グラビティ ドキュメンタリー・アカデミー賞
原題: My Love, Don’t Cross That River
監督・撮影: チン・モヨン (Jin Moyoung)
出演: チョ・ビョンマン、カン・ゲヨル
2014年 / 韓国 / カラー / ビスタ / 86分
配給: アンプラグド
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