映画『私はいったい、何と闘っているのか』
李闘士男監督 インタビュー
コメディの中に哀愁感じさせる主人公を安田顕がリアルに体現!!
つぶやきシローの小説を映画化したハートフルコメディ『私はいったい、何と闘っているのか』。主人公は、スーパーの万年主任で、家では典型的なマイホームパパ・伊澤春男。職場の仲間や家族に振り回され、ボヤキ節が止まらない平凡な男を安田顕がリアリティたっぷりに演じる。春男の妻役は小池栄子、職場の上司や同僚として伊集院光、金子大地、ファーストサマーウイカが登場。
監督を務めたのは、前作『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』(2018年)でも安田顕とタッグを組んだ李闘士男りとしお。12月17日(金)の公開を前に、監督が作品に込めた思い、印象的なシーンへのこだわりやキャストについてなど、詳しく語ってくれた。
主人公にペーソス(哀愁)がにじむ小説に共感してシナリオ化
―― 今回、つぶやきシローさんの小説を映画化されたきっかけや経緯を教えてください。
3年ほど前に宇田川亨プロデューサーから、こんな本があるよと教えてもらって読んだのが最初です。「ペーソス(哀愁)」がじわっときて、おもしろい小説だなと思いました。主人公のあり方に共感できたので、前作や過去作でもご一緒している坪田文さんという脚本家さんとシナリオをつくりましょうということになりました。僕はわりとシナリオをつくるのが早いのですが、今回もトントン拍子に進んで撮影準備を進めていきました。
―― コロナの影響などもなく、そのままスムーズに撮影されたのですか?
コロナの影響は幸いそれほど受けなかったですね。いちばん難しかったのは、主人公・春男の妻・律子役のキャスティングですね。律子役はぜひにと思って小池栄子さんにお願いしたのですが、物語が進むにつれ律子はもしかしたら女性に嫌われるキャラじゃないか、その律子を演じることで得をしないと感じるんじゃないか、というのが心配でした。だから律子役が小池栄子さんに決まったときは、すごくほっとしましたね。小池さん本人に会ったときに「よく受けてくれましたね。この役イヤじゃない?」と言ったら、「えー、監督なんで? 私、律子の気持ちすごくわかるから大丈夫ですよ」と言ってくれました。客観的事実だけを見ずに人のありようを入れると律子像が変わってきて、この奥さん、お母さんで良かったな、と思わせてくれるのは小池さんならではだと思いますね。
コメディの中に“陰”の部分を持っている安田顕が主人公にぴったりだった
—— 前作『家に帰ると必ず妻が死んだふりをしています』(2018年)に続いて主演は安田顕さんです。シナリオをつくっている段階から安田さんの顔が浮かんでいたのでしょうか?
そうですね。チラチラと頭には浮かんでいました。役者さんって、映画やテレビでたくさん見ますけれども、実際にどんな人かわからない人が多いんですよね。そういう点で一回手を合わせているので、お互い良いところもそうじゃない部分もわかっている人がいいとは思いました。大きな事件などは何も起こらない作品だから、春男という男をどうとらえるか、ということがある程度共有できる方じゃないとだめだとは思っていました。夫婦でも何でもそうですが、わかり合えない人というのは話し合ったってわかり合えないんですよ。よく話し合えばわかる、というのは僕は信じてなくて、2~3分話し合ってわからない人とは永久にわかり合えないんじゃないか、というのが持論なので。大きな事件が起こる映画であればその事件を追っていけば良いのだけれど、この作品は主人公・伊澤春男の内面が中心なので、僕と役者さん、違うところを見ていたら大変なことになるわけですよね。そういう意味で、価値観が共有できるとわかっている安田さんは、安心できて信頼できるわけです。
—— 春男の中に安田さんらしさがにじみ出ていたような気がします。
安田さんは、僕にとってはどちらかというと陽ではなくて陰(キャラクター)の人。春男の役は、陽の人がやるとすごく無理矢理感、演じてる感が出てしまうと思うんです。でも、安田さんは春男みたいにイジイジしている部分がいっぱいあるから(笑)、余計にこういう人いるよね、という説得力が出ると思ったんです。現場でも安田さんは「監督、あれで良かったのかな」と思い悩むような時が何度かあって、「もう終わったことだからいいよ」と言っても「いや、でもさ…」と返すから「いいの。大丈夫だから」、なんていうやり取りがあったりして。コメディの中にペーソスを感じる匂い、みたいなものを安田さんが持っている気がします。小池栄子さんも絶賛していましたよ。
安田顕らしさを生かして春男像をつくり上げる
—— 確かに安田顕さん、すごく良かったのですが、監督が「こうしたい」とい思うような方向性が、何も言わなくても伝わったりしたのでしょうか?
作品をつくる度に毎回思うのですが、今回安田さんが春男を演じてくれたのって縁なんですよね。オファーしてもスケジュールが合わなかったらダメなわけですし。だから、演じてくれる方らしさ、その方ならでは、といった部分を僕はいつも探します。今回はせっかく安田さんが演じてくれるのであれば、安田さんらしいところを探してキャラクターに入れ込んでいきました。安田さんが春男を演じたから良かった、となってほしい。キャラクターを掘り下げると自然とそうなります。それを前提として演出方法を言ってしまうと、「こうして欲しい」と決めてしまうと人は嫌がります。「これは違うよね」「これも違うよね」と誘導していくと、「こうして欲しい」方向に来てくれるわけです。もちろん、思った通りになっていないところもあります。その場合は監督は音楽をつけたり編集したり、色んなアプローチを持っているわけだから、総合的に演出した方が建設的ですよね。でも今回は、おっさんが妄想しているバカバカしさとリアルな感じは、僕と安田さん、同じ方向を向けた感じがします。
—— 逆に監督の予想を超えてきたシーンはありましたか?
ラスト近くの食堂での少ししんみりしたシーンかな。僕はコンテを書かないので、現場でどうなるかわからない部分もあるのですが、想像以上に安田さんが走り出したというか乗っていたので、じゃあこのままいっちゃおう! という感じにはなりました。食堂は春男が心の内を吐き出せる場所として何度か登場しますが、原作の雰囲気とはずい分変えて、あえてファンタジックにしています。そのシーンだけチェロのオリジナル曲を流しているなど音楽も美術もこだわっていて。仕上がってみたら、なぜか女性から好評なシーンになりました。
—— 春男が一人でカツカレーを食べる食堂「おかわり」の場面は何度か出てくるので印象的でした。食堂のおばちゃんが言う「それだけ食えれば大丈夫だ」というセリフも力強いですが、食堂シーンにはどんな意味を込めていましたか?
食堂のシーンやセリフは原作でも印象的ですよね。それを映像にした時に、どうやったらうまく伝わるかと考えて、独特な世界観のセットにしました。伊澤春男は、スーパーでは店長になりたい気持ちを隠しながら頑張って働いていて、家庭でもいい人で。唯一、自分の本音を言えるのが食堂だったので、あまりリアル過ぎると愚痴になりかねないし醒めちゃうような気がして。春男の気持ちに寄り添うために、少し違う世界の特別な場所にした方がいいと思いました。
小池栄子の安定感とギャップに驚くファーストサマーウイカ
—— 女優陣も印象的でした。特に、大らかな妻・母として存在感のあった小池栄子さんには何か演出などされましたか?
他の監督さんはわからないですが、多分男性監督だったら、理想の女性像が一人くらいはあると思うんですよ。小池さんみたいなどっしりと構えてる女将さんみたいな女性が僕はいいなと思うし、自分の体験からもお母さんや奥さんがしっかりしてる方がいいなと思います。小池さんが元々持っている安定感、存在感といったらすごいので、特に演出はしてないかな。あの役柄って、他の女優さんだったらもしかして少し暗めに陰があるように演じるのかな、という気がするんですよね。そこをまったく気にせず普通に「人ってそりゃ誰でも色々あるでしょう」と堂々と演じているところがすごいの一言。小池さん自体、かなり色んなことを乗り越えてきてるんじゃないかな、と思わせるくらい(笑)。でも、そんな中でも娘の彼氏が家にやってくるシーンなどでは感情の機微を表していて、すべて意味がわかってから観るとまた違って見えるかもしれないですね。
—— 春男と同じスーパーで働くまじめでクールな社員・高井役のファーストサマーウイカさんはいかがでしたか?一見ご本人とはわからないようなビジュアルでした。
あの役柄はご本人とも相談して、いかにもファーストサマーウイカさんらしいビジュアルだとおもしろくないから、「これ、誰が演じてるの?」と正体がわからないくらいにしようよ、という話で進めました。
ちょっと話がそれますが、結局映画をつくることって、人間への探求心に尽きると最近思うんですよ。その中でドラマが生まれるのって「葛藤」からでしかないんですよね。だから、高井さんにとって一番の葛藤って何かと考えたんです。高井さんって、原作でもツンデレキャラくらいのイメージなんですが、そこに何か葛藤はないのかと。そこでもしかして、春男を好きだったかも、と考えたときに、葛藤とドラマが生まれたんです。でもまじめで不倫とかするキャラじゃないし、愛情の裏返しでクールな感じになっているかもしれない、と仮定すると葛藤のある高井さんは素敵だなと思ったんです。そこから逆算して、普段の元気でおもしろいファーストサマーウイカさんのキャラと真逆にすることで、キャラが際立って効果的なんじゃないかなと思いました。春男の後輩の熱血社員を演じた金子大地くんにもそのことは当てはまるかもしれません。役づくりを頂点に置いたときに、どんな風にすればいいのか、というアプローチの一つですよね。
—— 前作もそうですが、監督の作品からは女性、奥さん、母親に対するリスペクトを感じます。
それはやっぱりお母ちゃんってすごいな、というのはありますよ。自分の奥さんとは夫婦間ではケンカも多いですけど、僕の息子にとってはお母ちゃんがすごいしお母ちゃん大好きですよね。お母さんが明るくてどっしりしている方が家庭ってうまくいくんじゃないですか。うちの奥さんも、明るくてちょっと単純なくらいで、いじけないところがいいと思っています。
ちょっと生き方が不器用な人たちに寄り添う作品がつくりたい
—— 春男と周囲の人達との絶妙な、つかず離れずだけどあったかいような距離感は意識していらっしゃいましたか?
そこは僕の全作品に共通することなんだけど、大きな事件が起こらないところがいいと思っていて。例えばこの映画のスーパーの店員さんとかみんな、キャラ濃いけどいい人ばっかりでしょう。本当は善悪はっきりとさせた方がドラマがつくりやすいんだけれど、僕の作品では悪者をつくりたくないという気持ちがあるんですよね。それに、不器用な人や人生が少しうまくいかない人が好きなんですよね。ほとんどの人がそうだと思うし、それに寄り添いたいと思っているんです。その時に、その人たちはチャーミングであってほしい。そうなってくると、自然とあの距離感になってくるんです。僕の映画にスーパーマンは出てこない。いつも市井の人々で、ちょっと過去に傷があったり鈍くさい人たち。そういう人たちに寄り添いたいというのがあるんですよね。
舞台コントを観ているような10分以上の長尺シーンに注目!
—— 春男は脳内では見栄、虚勢、嫉妬、カラ元気などがうずまいていて、心の中の声、モノローグがものすごく多いですよね。安田さんも共演相手の方も間まの取り方が難しかったのではないでしょうか?
コメディにモノローグってよくある手法だし原作小説からモノローグ中心みたいなところあるんだけど、それにしてもモノローグが多い脚本になったので、けっこうセリフに起こし直したりもしています。モノローグだけじゃ気持ちが伝わらないし、モノローグとセリフの分け方にはルールがあるから調整し直した部分はあります。役者さんは口に出してセリフを言う方が芝居しやすいと思いますし。相手との間まの取り方を確認したいので、モノローグの部分も一回本人に声に出して言ってもらって演じてもらっています。その後でモノローグ部分はだまって芝居をする、ということを繰り返しています。現場で、このモノローグもやっぱりセリフにしましょう、となる時もあって、その場合もすぐに対応できるように安田さんはすべてのセリフとモノローグが頭の中に入っていましたね。
—— 特にモノローグが秀逸だったのが、岡田結実さん演じる娘の小梅が彼氏を家に連れてくる長尺シーン。かなり練られた舞台コントのようで、だんだん安田さんが志村けんさんのように見えてくるほど神がかっていました。あのシーンはやはり相当こだわって撮影されたのでしょうか?
あのシーンは難しいですよ。10分以上のシーンですからね。僕はバラエティー番組出身でコメディが得意だと思われているはずだから、失敗できないと思いましたね(笑)。まずは家探しからこだわりました。リビングとダイニングが分かれていて少し広くないと引きの画が撮れないし、かといって豪邸感が出過ぎてもだめだし。コメディとか喜劇って、究極は「間ま」でしかないから、舞台が狭いと間がつくれないですよね。ロケーションから始まって、いよいよ明日はそのシーンを撮る、となった日にはみんなを呼んで、こう動いてこう撮って、という一連の流れを僕が動いて見てもらいました。長いシーンを役者に任せる監督も多いらしいのですが、10分以上お任せしちゃうには難しいかなと思いました。このシーンはシナリオをつくる時に、長いから削りましょうという意見も出ましたが、このくらいやらないとおもしろくないだろうと言った手前、がんばらないと、と思って気合は入りましたね。
—— 娘の彼氏が来るのに、ちょっとセクシーな服を着ちゃうお母さんもおもしろかったです。
お母さん役はグラビア経験もあってスタイルのいい小池栄子さんなんだからボディコンみたいな衣装でいこうよ、なんて話から始まって、小池さんも「監督、私もっといけますよ」なんてノリノリでしたよ。
岡田結実はバラエティ仕込みのリアクションとリズムがいい
—— 主人公の娘役のお二人は、まだ演技経験の浅い岡田結実さん、菊池日菜子さんでしたが、現場ではいかがでしたか?
二人とも手探りだよね(笑)。でも岡田結実ちゃんはバラエティ慣れしているから、リアクションがいい。演技に慣れていない女優さんって、そんなにリアクション取れなくてぼーっと立ってしまうことも多い中、お父さん譲りというか一つひとつリアクションが取れるところは勘がいいと思います。あと、僕はリズムのある芝居が好きなんだけど、どうしても役者さんって、テンポが落ちていく時があって。岡田さんは「もっとテンポを上げて」と言ったらすぐに対応できるんですよ。次女役の菊池さんは映画出演が初ということでほとんど演技したことなかったこともあり、稽古を重ねても最初はなかなかできなくて。ロジックで教えても難しそうだったから、とにかく動いてもらって体で覚えてもらい、だんだん自然な演技になっていき、成長を感じました。
上手くいかないことが多い人生でも悪くない
—— 最後にシネマアートオンラインの読者の皆様と、これから本作を観る方へメッセージをお願いします。
まじめな話、人生って8割9割上手くいかないことばかりじゃないですか。でもそんな人生も悪くはないよ、ということを伝えたいですね。人生に悲観している人には、それでも自分の人生は悪くないよ、と思ってほしいですね。あとは、不思議と結婚したくなる映画じゃないかな、と思います。春男やその家族を見て、結婚も悪くはないよ、というのが伝われば嬉しいかな。
[インタビュー: 富田 夏子 / スチール撮影:Cinema Art Online UK]
プロフィール
李 闘士男 (Toshio Ri)
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映画『私はいったい、何と闘っているのか』予告編
映画作品情報
《ストーリー》伊澤春男(安田顕・45歳)は、 町の住民に愛されるスーパーウメヤの万年主任。職場では店長の上田(伊集院光)からの信頼も厚く、クールで常に理性的な高井さん(ファーストサマーウイカ)や、やや暑苦しいが真面目な金子くん(金子大地)といった個性あふれる部下たちにも恵まれ、日々楽しく働いている。一方で家に帰れば典型的なマイホームパパ で、しっかり者の妻・律子(小池栄子)に、最近妙に綺麗になった大学生の長女・小梅(岡田結実)、気配り屋な高校生の次女・香菜子(菊池日菜子)、 とにかく元気で明るい 小学生の長男・亮太(小山春朋)の5人家族 。 休日は家族全員で亮太の野球チームの応援に行ったりもする、仲良しファミリーだ。 いつも穏やかな微笑みを浮かべ、怒ることなどほとんどない春男は、 どこにでもいそうな平凡で心優しい中年男。しかし 、彼の脳内は、毎日が戦場だった!見栄、虚勢、嫉妬、カラ元気24時間忙しいその頭の中は休まるヒマがない。 仕事でも家庭でも常に空気を読み ムダに気を遣いまくるが、良かれと思ってやったことがことごとく裏目に出てしまう。 そんな切ない 自問自答を繰り返す春男だったが、ある日“ウメヤ”に緊急事態が発生する。 |