映画『エルネスト』阪本順治監督インタビュー
何者でもない、名もなき医学生が、名もなき戦士になっていく。
今年2017年に没後50年を迎えるキューバ革命の英雄“エルネスト・チェ・ゲバラ”。
革命家、反帝国主義のカリスマとして、また、革新を想起させるシンボルとして今もなお世界中でゲバラの存在は明確に息づいている。
そんな彼の“意志”に共感し、ボリビアの軍事政権との戦いで、1967年8月に25歳の若さで散った実在の日系人、フレディ前村ウルタードの知られざる生涯を、日本・キューバ合作で描く映画『エルネスト』が10月6日(金)に公開される。
本作のメガホンをとった阪本順治監督に映画『エルネスト』の製作についてお話を伺った。
―― 本作『エルネスト』を撮ろうと思い至った経緯をお聞かせください。
4年くらい前に別の企画を考えていた時、登場人物に日系移民の人を登場させようと思って、ぺルー、ブラジル、ボリビアなどの日系移民を調べていくうちに、フレディ前村ウルタードという人物がいることを知りました。僕は元々チェ・ゲバラが好きだったので、彼と一緒に戦って、命を落とした日系人がいることを知り、そこへの驚きから、本作を撮ろうということになりました。
―― 日本=キューバ合作映画としては、実にほぼ半世紀ぶりとなりますが、それに対する気負いやキューバに対する思いは何かありましたか?
キューバ共和国という国は、僕自身なかなか渡れない国だという印象でした。
革命後のキューバのビジュアルなどを見ますと、何か時間が止まっているようで。貧しさについても聞いていましたが、逆にそこに人々の豊かさがあるような気がしたんです。仕事じゃなくて旅で、いつか行きたいなという思いがあった国です。
本作は、ほぼキューバで撮影をしましたが、実際行ってみると自分が想像していたよりも治安は良かったし、キューバのスタッフとの作業も映画製作というのは同じですから、上手くいったかなという思いはあります。色々と困難な場面もありましたが、ラテンの気質ですから、彼らの明るさで挽回することができました。
―― ラテンの気質が入った日系人として、フレディ前村を描いたのでしょうか?
いや、日系人にも色々な方がもちろんいて、ご両親とも日本人の場合は日本人的ですし、フレディ前村のようにお母様がボリビアの方であったりすると、やはり生活の模様も違ってくると思います。
でも、実のお姉さんのマリーさんにお会いしてお話を伺いましたが、5人兄弟(本人、兄、姉、弟、妹)の中で、フレディは鹿児島出身のお父さんの血を一番引いている気がしたと言っていました。他の兄弟は子供の頃からダンスをしたり歌ったりが好きだったそうですが、彼だけは照れ屋で、物静かで、そういったことに苦手意識もあったようで、そういったナイーブなところに“日本人の血”を一番感じたと言っていました。
ただ、フレディの学友の方々にお会いして取材した時に、日本人を感じる以前に、ラテンアメリカ人として何をすべきかという考えがあって、本人も日本人という血を引いているというところに意識をあまり置いていなくて、ラテンアメリカ人として、常にラテンアメリカ全体のことを考えていた。そういう人だったと思います。
僕もラテンアメリカ人の矜持を何とか理解するように努めて、演出するようにしました。
―― そのような気質のフレディ前村役にオダギリジョーさんを据えた決め手は、彼自身が役と重なるものがあったからでしょうか?
ご学友の方々が語るフレディの気質とか、ナイーブなところも含めてオダギリ君の顔が浮かんだというのもあります。それ以前に、3度目の仕事を一緒にやる時は、主役と監督という関係でやりたかったし、その映画を貫徹するにあたり、沢山のハードルがあって、俳優としても立ち向かわなきゃいけない課題がたくさんあって、こんなこと言うと彼に失礼ですが(笑)、彼がもんどり打つような、苦労する企画をやろうと、枷がたくさんあって、山が沢山あるようなものを。監督である僕にもあるのでお互い様ですけど、簡単に事が進まないようなものをやろうと思いましたね。
―― オダギリさんもまた、キューバでの撮影の際に、監督が沢山の困難な事にぶつかっている様子を見てきたと語っていました。
これまでも何カ国と共同で映画を撮ってきたけれど、社会主義国とやるのは今回が初めてだったので。ある種の「官僚主義」というものがあって、言えばあらゆる事に国の許可が必要だったということです。ですので、なかなか許可が下りない場合は、ただ待っているだけでは撮影が進まないので、「何か他にやれることはないのか?」という思いで、撮影をするために脚本を直さざるを得なかったところはありました。
撮影が終わって「やりたいことあったのに、やれなかった」という思いでは帰りたくなかったので、何とか挽回できるよう、当初やろうとしていた以上のことを発想し、より良いものを撮ろうと尽力しました。そういう意味では、死にはしないけど、戦場みたいな現場でしたね(笑)
―― 本作は戦闘シーンはほとんど登場せず、主人公の医学生としての生活シーンが多い様に感じました。何故そうされたのでしょうか?
戦闘シーンをいくつも重ねなくても、戦いの様子は逆に想像できると思います。戦闘の厳しさを想像させるために、オダギリ君には(12kg)痩せてもらったし、ジャングルを巡って戦うという事についても、髪の毛を伸ばすとか、そういうことで何か想像してくれればいい。描きたかったのは、英雄・フレディ前村ではなくて、名もなき普通の医学生だったという彼でした。
普通に授業にも出るし、バスケットもし、パーティーもあり、恋愛もし、そういう学生生活を主にすることで、他のゲリラ主題とか、ゲバラ主題の映画作品との差別化を図りたいというのもありました。
―― チェ・ゲバラ役をホワン氏に決めた理由は何だったのでしょうか?
50人くらいオーディションしましたが、彼が一番”新鮮”だったんですよ。他の俳優さんは日常的に舞台に立っていたし、映像作品に出たりしているので、演技が安定している人達ばかりでした。
ですが、彼は俳優もやっているけれど、そもそもダンサーであって、自分でスタジオを構えるプロの写真家でもありました。だから、彼の演技はぎこちなかったんです。こなれていなかったのが良かったですね。
そして、控え室に一人座っている彼の姿を見た時、チェ・ゲバラは実際こんな人だったのかな?という物静かさがあって、肩の落とし方とかも自分が今まで見てきたゲバラの写真などから感じていた姿とすごく似ていたというところがありましたね。
―― 森記者役の永山絢斗さんについてお聞かせください。
テレビなどで見る以外に彼の情報はなかったのですが、顔つきが非常に昭和の顔をしているなという印象を受けました。
彼は若いのに落ち着いた演技もしますし、あの役は実際のモデルがいて当時27、28歳でしたが、あの当時の27、28歳は本当に大人びていたと思うんですよ。責任の任され方とかも。そういったのを彼から感じたんです。
―― 最後に、本作の見どころと、これからご覧になる方へのメッセージをお願いいたします。
基本的に「全部」なんですよ。監督がどこどこと言うと、それが正解になりますからね。
何者でもない、名もなき医学生が、名もなき戦士になっていく。「かけ離れた国の、かけ離れた人物ではない」ということ。自分たちの同時代、同世代を重ね合わせて観て欲しいというところですね。もちろん、スクリーンで。
プロフィール
阪本 順治 (Jyunji Sakamoto)1958年生まれ、大阪府出身。 昨年は斬新なSFコメディ『団地』(2016年)で藤山直美と16年ぶりに再タッグを組み、第19回上海国際映画祭にて金爵賞最優秀女優賞をもたらした。その他の主な作品は、『KT』(2002年)、『亡国のイージス』(2005年)、『魂萌え!』(2007年)、『闇の子供たち』(2008年)、『座頭市THE LAST』(2010年)、『大鹿村騒動記』(2011年)、『北のカナリアたち』(2012年)、『人類資金』(2013年) 、『ジョーのあした―辰吉丈一郎との20年―』(2016年)などがある。 |
映画作品情報
《ストーリー》50年前、チェ・ゲバラに“エルネスト”と名付けられ、行動をともにした、ひとりの日系人がいた―。 |
出演: オダギリジョー、永山絢斗、ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ、アレクシス・ディアス・デ・ビジェガス
配給: キノフィルムズ/木下グループ
2017年|日本・キューバ合作|スペイン語・日本語|DCP|ビスタサイズ|124分
2017年10月6日(金) TOHOシネマズ 新宿他全国ロードショー!
公式Twitter: @ernesto_movie