映画『Arc アーク』石川慶監督インタビュー
芳根京子が100歳を超える女性に!?
永遠の命をテーマにした日本映画の新境地
21世紀を代表する世界的作家ケン・リュウの傑作短篇小説を映画化。人類史上初めて永遠の命を得た女性の人生を描く壮大なエンターテインメントとして完成した映画『Arc アーク』が公開を迎えた。
若い身体のまま年齢を重ねていく主人公・リナを芳根京子が演じ、寺島しのぶ、岡田将生、倍賞千恵子、風吹ジュン、小林薫らが共演。俳優陣が「日本映画っぽい湿っぽさがない、新しい作品」「視覚的情報量が多く刺激的」「不思議な映画」と語るまったく新しい日本映画となっている。
脚本・監督を務めたのは、『愚行録』(2017年)、『蜜蜂と遠雷』(2019年)の石川慶監督。以前からSF作品に興味があったと語る石川監督に今作の映画化の経緯から脚本や演出、キャスト、現場でのエピソードについて話を聞いた。
SF作品がずっと撮りたかった
—— 原作小説が収録されている短篇集「もののあはれ」の中で、「円弧(アーク)」を映画化されたきっかけは何ですか?
元々SFは好きでSF映画も撮りたいと思っていろんな小説を読んでいました。ケン・リュウさんの小説はSFの中でも今までのような男性的な感じが少ないというか、ちょっとやわらかい、人間にフォーカスした作品を書く方だなと思っていて。中でも「円弧(アーク)」は日本でも映画化できそうな雰囲気があったので、この作品を選びました。
自分で企画から練った思い入れある作品
—— 『愚行録』『蜜蜂と遠雷』を経て今回の作品ですが、監督として変化した部分があれば教えてください。
前2作はある程度企画があって映画を撮ったのですが、今回は自分から「これを撮りたい!」と企画立ち上げから練ってつくり上げた作品なので、関わった期間が長く思い入れはあるかもしれないですね。
脚本に女性の目線を入れたことで主人公の人物造形やセリフが変わった
—— 脚本はまず監督が書いて打ち合わせをする中で、「女性の一代記なのに、会議室に男性ばかりなのが気になった」ということで、澤井香織さんが加わっていらっしゃいますね。女性の目線が入ったことで、脚本にどんな変化が生まれましたか?
大きく変わったのは、娘のハルができてからのリナの母親としての立ち居振る舞いと言葉の節々ですね。母親としてこれは言わないとか、これは言ってはいけない、といった一つひとつ細かいところの線引きみたいなものは、入ってもらわないと分らなかったし、変わった部分だと思います。客観的な意見をもらって、後半のリナの人物造形に大きく関わってもらいましたし、セリフも変わりました。
リナの贖罪の物語にはしたくなかった
—— 原作では主人公が子どもを置いて逃げた過去について、もう少し具体的に理由がわかるようになっていました。映画ではそのあたりはっきりとは描かれていなかったのは、あえてですか?
リナの過去についてつまびらかにしてしまうと、リナの贖罪の物語になってしまいかねないと思いました。そうではなくて、リナという女性が生きていく物語にしたかったんです。なので、あえてそぎ落した部分ではあります。風吹ジュンさん演じる芙美も映画オリジナルですが、彼女の登場も「生きるリナ」を際立たせるためでもあります。
現場のスタッフもキャストも「?」だったプラスティネーションのシーン
—— 遺体を永久保存しアートに仕立てる「プラスティネーション」のシーンが印象的です。原作の文字だけでは想像がつきにくかった部分を、見事に映像化されました。この部分の演出や演技指導はどのようにされましたか?
「プラスティネーション」は、僕の頭の中には完璧に映像が浮かんでいて、それを脚本にも細かく具体的に書いたつもりだったのですが、現場に行くとスタッフもキャストもまったく想像がつかないと誰もわかってなかった(笑)。結果的には逆にそれが良くて、わからないからこそスタッフもキャストも一緒に手探りでつくり上げていけたという気がします。僕としては人物を宙に浮かせたかったけど現実には難しかったり、人体につないでいるストリングスが切れたりとかなかなか想像通りにはいかなかったので。
プラスティネーションは寺島しのぶさんが先に演じて、数日後に芳根さんのシーンだったのですが、寺島さんは全然練習する時間がなくてぶっつけ本番に近かったのに、最初からかっこよくて舞うように演じていました。さすが血筋なのかな、と感心したほどです。芳根さんには大いにプレッシャーになったと思いますが。
芳根京子は誰と芝居するかで豹変
—— それぞれのキャストについて教えてください。まず主人公リナを演じた芳根京子さんは、一人の女性を17歳から100歳以上まで演じていらっしゃいます。しかも見た目が変わらず若い身体のまま年齢を重ねていく役ということで難解すぎて、いったんは断られたというエピソードも。それでも芳根さんに演じて欲しい、とオファーされたのはどうしてですか?
芳根さんはドラマでもご一緒したことがあり、演技の上手さを知っていたのはもちろん、他のドラマや映画など出演作を観ていて、未知数なところ、誰と芝居するかで出てくるものが違うところが魅力でした。
リナを内面だけから理解してつくり上げるのは難しいだろうと思っていたのですが、芳根さん自身よりベテランの共演者とのやり取りや、ダンスなどの身体を使った演技、撮影場所の変化などに敏感に対応して、個人の引き出しの範囲を超えていけるんじゃないかと思ったのです。実際にそうなって、芳根さんにオファーして良かったと思っています。
現場で一番そのすごさを感じたのが、小林薫さんと1対1で対峙するシーン。50年近いキャリアのある小林さんと対等に芝居をしていた時、彼女はやっぱりすごいと思いましたね。
前半の現場の空気感をつくったのは間違いなく寺島しのぶ
—— 主人公に大きな影響を与える黒田永真役を演じた寺島しのぶさんはいかがでしたか?
前半の現場の空気感は寺島さんがつくったと言ってもいいくらい、中心的存在で引っ張って行ってくれましたね。彼女のクランクアップ後はみんなが不安になるくらい(笑)。セリフも、映像の中で言うには難しいんだけど、どうしても原作の中で残したかった部分などは寺島さんに言ってもらい、大切なところを彼女に背負ってもらったと思います。
岡田将生は王子様感ダダもれのナイスガイ
—— 不老不死の技術を成功させた、黒田天音役の岡田さんの印象はどうでしょう?
岡田くんは……近くで見ると本当に美しいナイスガイ!王子様感がダダもれていて(笑)。すごいイケメンですよね。でも、地面から少し浮いているかのような不思議な空気感があって、彼もドラマや映画ごとに印象が違うんです。
この作品の現場にも、無色透明で入ってきてくれて、天音という役柄に染まっていってくれました。彼の頭の回転が速くてちょっと浮世離れしている感じや話し方のリズムは、一緒につくり上げていけたので楽しかったです。天音ってちょっと嫌味な人物に見えなくもないけど、彼が演じると全然憎めないですよね。同世代の俳優の中で特別な存在だなと思います。
2人が座っているだけで夫婦の時間が見えた小林薫と風吹ジュン
—— 後半のキーパーソンとなる夫婦役を演じた、小林薫さんと風吹ジュンさんには演出などされたのでしょうか?
小林さんと風吹さんに関しては、完全にお任せというか、何かを演出した記憶すらないですね。言葉の一つひとつに強い説得力を感じましたし、お二人が登場して一言発するだけでガラリと空気感が変わりました。二人が座っているだけのシーンから、夫婦の時間が見える。まさに人生を象徴する「アーク(円弧)」という主題を表してくれた気がします。それでいて、待ち時間には風吹さんを乗せた車いすを小林さんが押してはしゃいでいたり、少年少女の心が残っている方たちだなと。
芳根さん演じるリナは、不老化の状態のまま年齢を重ねるごとに、だんだん悟りを開いたようなキャラになってしまっていたのですが、無邪気なお二人が入ってくださったことで、年を取ることの自然体な雰囲気や重さも表現してくれましたし、芳根さんもそれに反応した演技になったと思います。
不老不死になったら撮りたい映画がいっぱいある
—— オフィシャルインタビューで「もしも、今作のような世の中になったら不老化処置を受けますか?」と聞かれ、「撮りたい映画もいっぱいあり、有無を言わさず受ける」と答えていらっしゃいましたが、今後どんな作品が撮りたいなどあったら教えてください。
映画をつくるのって、すごく体力がいるので、老いたら撮れないな、というのがあるんです。なので、今の体力のまま長生きできるなら、もっともっと映画を撮りたいと思ったんですね。具体的には、まずはオリジナル作品が撮りたいです。あとは時代劇やもっと小さい個人的な映画など、まだまだ時間が足りないほど構想はいっぱいあります!
イベント情報
石川 慶 (Kei Ishikawa)1977年生まれ。愛知県出身。 |
映画『Arc アーク』予告篇🎞
映画作品情報
《ストーリー》舞台はそう遠くない未来。17歳で人生に自由を求め、生まれたばかりの息子と別れて放浪生活を送っていたリナは、19歳で師となるエマと出会い、彼女の下で<ボディワークス>を作るという仕事に就く。それは最愛の存在を亡くした人々のために、遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術(プラスティネーション)する仕事であった。エマの弟・天音はこの技術を発展させ、遂にストップエイジングによる「不老不死」を完成させる。リナはその施術を受けた世界初の女性となり、30歳の身体のまま永遠の人生を生きていくことになるが・・・。 |
脚本: 石川慶、澤井香織
音楽: 世武裕子
製作プロダクション: バンダイナムコアーツ