映画『リリーのすべて』 (The Danish Girl) レビュー
【画像】映画『リリーのすべて』 (The Danish Girl) メインカット

映画『リリーのすべて』
(原題:The Danish Girl)

夫が女になっていく…そのとき妻は、夫婦のかたちは?

《ストーリー》

ヴェイナー夫妻はコペンハーゲンに住む画家同士のカップル。アイナー(エディ・レッドメイン)は風景画家として新進気鋭、妻ゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)は人物画を得意としていた。内気なアイナーと社交的なゲルダは互いの才能を認め合いつつ、日々自らの芸を磨いていた。

ある日絵のモデルが来られなくなって困ったゲルダは、体つきが華奢な夫に、脚だけモデルになってと代役を頼む。ストッキングに脚を通し、ドレスを胸にあてた瞬間、アイナーの全身に衝撃が走った。内なる「リリー」が動き始めたのだ。

【画像】映画『リリーのすべて』 (The Danish Girl) 場面カット1

《みどころ》

これは性別適合手術を世界で初めて受けたリリー・エルベの実話に基づく物語である。今から80年以上前、同性愛は「精神病」とさえ思われていたほど偏見が蔓延していた時代。「トランスジェンダー」や「LGBTQ」などの言葉もなかった。手術も安全性が確立しておらず、命を落とす危険さえあったのだ。

自らも世間体に縛られ、それでも感じる性別違和の現実に打ち震えつつも、内側からあふれ出る「本当の自分」と出会った幸せをかみしめて自分らしく生きたいと走り出すリリー。レッドメインがうつむき加減の面差しや繊細な眼の動きで「アイナー」から「リリー」への転換をスムーズに表現する。

そんな「リリー」の存在を認め、姉妹のように寄り添い支えるゲルダを、アリシア・ヴィキャンデルが好演。自立した女性として世間体に流されず、最愛の夫を笑顔で支えつつも「わが夫アイナー」が消えていく寂しさを振り払えないゲルダ。この映画の本当の主人公は、ゲルダだと思う。アカデミー賞最優秀助演女優賞獲得も納得である。「夫」が男でなくなる妻の衝撃を乗り越え、人間として人間を愛そうとするゲルダの愛の形に感服する。

【画像】映画『リリーのすべて』 (The Danish Girl) 場面カット2

かつて井澤満という脚本家が「LGBTQ」や「トランスジェンダー」をテーマに多くの優れたテレビドラマを書いた。とりわけ1993年放送の「同窓会」は、連続ドラマで真正面からこの問題を取り上げた意欲作で、このときは、斉藤由貴が夫がゲイかもしれないと人知れず悩みながらも理解しようとする妻・七月(なつき)を演じていた。

LGBTQやトランスジェンダーの話というと「自分には関係ない」と思う人も多いかもしれない。だが、冒頭のアイナーの油絵が、彼の人生にとって重要な心象風景であることが明かされるラストシーンを見れば、これは単なる「性」の問題ではなく「生」の問題であることがわかるだろう。相手が女性でも男性でも、真実の愛に違いはないし、内なる自分を解放できずに生きる生きづらさは、それがどんな「自分」であったとしてもつらいことである。自分らしくいられる場所を持てる人間、それを認めてくれる友のいる人間は、幸いだ。

[ライター: 仲野 マリ]

映画『リリーのすべて』予告篇

特別映像:Lili Behind the Scenes

映画作品情報

映画 リリーのすべて

第88回 アカデミー賞® 助演女優賞受賞(アリシア・ビカンダー) 他3部門ノミネート
第73回 ゴールデングローブ賞 3部門ノミネート
 
邦題: リリーのすべて
原題: The Danish Girl
 
出演: エディ・レッドメイン、アリシア・ヴィキャンデル、ベン・ウィショー、アンバー・ハード、マティアス・スーナールツ 他
 
監督: トム・フーパー (Tom Hooper)
脚本: ルシンダ・コクソン (Lucinda Coxon)
提供: ユニバーサル映画
製作: ワーキング・タイトル・フィルムズ、プリティ・ピクチャーズ
配給: 東宝東和株式会社
2015年 / イギリス / 英語 / カラー / 120分 / 映倫区分 R15+
© 2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
 
2016年3月18日(金)より、TOHOシネマズ他にて全国ロードショー!
 

映画公式サイト

この記事の著者

仲野 マリ映画・演劇ライター

映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、書くことが得意であることから映画紹介や映画評を書くライターとなる。
檀れい、大泉洋、戸田恵梨香、佐々木蔵之介、真飛聖、髙嶋政宏など、俳優インタビューなども手掛ける。
また、歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、舞台についても同じく劇評やレビュー、俳優インタビューなどを書き、シネマ歌舞伎の上映前解説も定期的に行っている。
オフィシャルサイト http://www.nakanomari.net

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