- 2017-12-30
- 映画レビュー, 映画作品紹介, 第30回 東京国際映画祭
映画『グレイン』(原題:Buğday / 英題:Grain)
「麦粒」を追って白と黒の世界を彷徨う男の夢
映画『グレイン』(原題:Buğday / 英題:Grain)は第30回東京国際映画祭(TIFF)のコンペティション部門で、東京グランプリ/東京都知事賞を受賞した作品だ。セミフ・カプランオール監督(トルコ)はこれまでも数々の国際映画祭で高い評価を上げ続けているが、今作品ではモノクロ映画による光と影の美しさで、観客を圧倒した。ある時は無機質に、ある時は詩情豊かに。気候変動や難民問題、科学技術への過信など、現代社会が抱える問題を哲学的視点で追求するとともに、21世紀の技術がモノクロ映画の価値をどこまで高められるか、力強く証明してみせた。
《ストーリー》
荒涼とした砂漠の中に、厳重な検問所がある。その向こうには、たわわに実る一面の麦畑。しかし、強力な電磁波による「見えない壁」が「外」からの闖入者を冷酷に拒否する。中に入るためには、遺伝子検査をパスする必要があった。気候変動により農業もままならなくなった近未来。
「中」の畑の食物は、すべて遺伝子組み換えによって管理されていた。しかし、そんな「中」の特権的都市も、ついに遺伝子不全の不作に襲われる。種子の遺伝学者エロール・エリン教授(ジャン・マルク・バール)は、伝説の研究者セミル・アクマン(エルミン・ブラヴォ)が書いた論文に興味を示し、彼に会って現状打開のヒントを得ようと思い立つ。しかしセミルは壁の外、死の荒野にいるという。違法な「壁抜け」請負人の力を借り、エロールは「壁の外」に足を踏み入れた。生物の気配が全く感じられない不毛の地。湖のほとりでついに出会えたアクマンは、エロールに「戻れ」と言う。しかしエロールは諦めなかった。
《みどころ》
アクマンは広大な荒れ野を回りながら、一粒ずつ「種(グレイン)」を岩陰に置く。次に来たとき、なくなっていれば生き物がいた証拠。エロールはそんな途方もない放浪に付き従いながら、「遺伝子操作」とは対極の、自然の力・太古からの人間の知恵に目覚めていくのだ。その過程は、仙人と弟子のようでもあり、兄と弟のようでもある。近未来の話ではあるが、古代の物語のようにも感じる。神話のようにも思える。「生きる」とは、「食べる」とは、「人間」とは。気候変動や難民問題など、今私たちを取り巻く社会問題は、この先もずっと答えの出ないまま未来を作っていくのだろうか。そんな無力感・諦観を打ち消すラストシーンには度肝を抜かれる。
特筆すべきは、この映画がモノクロで撮影された点だ。白と黒の印影が、静謐な世界をくっきりと描き出す。カラーで撮影した理由は「世界各地に散らばったロケ現場の光の色、建造物の色が異なって統一感がなかったから」(カプランオール監督談)だそうだが、現実離れした空気・生物のいない空間の空虚さを立ち昇らせて、息をのむほど美しい。モノクロ映画全盛の時代を知らない世代は、とかくカラーが最終形であってモノクロは過渡的で不完全な技術と断じがちだが、光と影のみでこれほど心を魅了する映像を現代の技術を駆使し、大画面で見せつけたことは、今後の映画人世代がモノクロ映画の再発見、再創造するきっかけになるのではないだろうか。
監督プロフィール
セミフ・カプランオール (Semih Kaplanoğlu)1963年トルコ生まれ。現代トルコ映画界では最も評価の高い脚本家・監督のひとりである。『卵』(2007年)は第60回カンヌ映画祭監督週間でプレミア上映された。2008年、『ミルク』が第65回ヴェネチア映画祭に出品され、第29回イスタンブール国際映画祭の国際映画批評家連盟賞をはじめとする数々の国際映画賞に輝いた。『蜂蜜』(2013年)は「ユスフ3部作」の完結作として、第60回ベルリン映画祭で金熊賞とエキュメニカル賞を受賞し、初の世界三大映画祭での受賞となった。本作が監督第6作目にあたる。 |
映画予告篇
映画作品情報
コンペティション部門 東京グランプリ/東京都知事賞受賞
脚本: レイラ・イペッキチ
撮影監督: ジャイルズ・ナットジェンズ
編集: オスマン・バイラクタルオウル
編集: アイハン・エルギュルセル
音楽: ムスタファ・ビベル
音響: ヨルグ・キードロウスキー
衣装/プロダクション・デザイナー: ナズ・エルアイダ
エグゼクティブプロデューサー: ヨハネス・レキシン
プロデューサー: ナディル・オペルリ
IMDb: www.imdb.com/title/tt4073682/
Kaplan Film Production: www.kaplanfilm.com/tr/bugday.php