深川栄洋監督インタビュー
ミルクは子どもに向けた母親の愛情
だから、チーズは見ているだけで気持ちが温かくなったり、ほっとしたりする
洞爺湖を舞台に2012年1月に公開された『しあわせのパン』、空知を舞台に2014年10月に公開された『ぶどうのなみだ』に続く、大泉洋主演の北海道映画シリーズ第三弾となる映画『そらのレストラン』が2019年1月25日(金)より全国公開となる。
本作の舞台は北海道道南にあるせたな町。実際にせたなで循環農業に取り組む自然派農民ユニット「やまの会」をモデルに、さまざまな食材を一つにまとめ包み込む「チーズ」と、その味わいのように濃厚な「仲間」の絆が描かれている。
メガホンをとった深川栄洋監督に作品にかける思いや制作時のエピソードを聞いた。
―― 監督を引き受けた経緯についてお聞かせください。
プロデューサーの伊藤亜由美さんに初めてお会いしたときに、北海道で映画を撮ることについてどう思うかを尋ねられました。そのときにはまだ、今回の骨格さえありませんでしたが、「北海道には興味がある」と返事をしたところ、1年後くらいにオファーをいただきました。
―― オファーを受けたとき、どんなお気持ちでしたか。
シリーズ3作目で、前の2作『しあわせのパン』『ぶどうのなみだ』はヒットしていますから、「僕で大丈夫だろうか」というのが正直な気持ちでした。また、三島有紀子監督が作ってきた流れもあります。その流れを崩した方がいいのか、崩さない方がいいのか。慎重になってしまい、伊藤さんに確認したのを覚えています。
―― 監督として、どのようなスタンスで参加されたのでしょうか。
プロデューサーの伊藤さんは映画を作ることがメインの仕事でない方で、脚本家の土城温美さんは演劇を主戦場とされている方です。一方で、僕の仕事は映画やドラマを作ること。今回はできるだけ、いつもの僕ではないやり方をしたいと思い、伊藤さんと土城さんの感覚を大事にしました。
最初の頃は打ち合わせもリサーチをする感じでしたね。伊藤さんは何を大事にして、このシリーズを作ってきたのか。伊藤さんは映画ばかり作っている方ではないので、映画を作るときには何か特別な気持ちで作られているはず。言葉になっていない、本に落とし込めていないものあるのではないか。やり取りの中から大切なものを見定めて、それを掬い取ることを期待されていると思ったので、その辺りをじっくり長い目で感じ取りながら進めていきました。
―― 脚本は監督と土城さんのお二人で書かれたのですね。
土城さんが僕より前にせたな町に入り、せたなで循環農業に取り組む自然派農民ユニット「やまの会」の方々にリサーチをして、脚本の初号を書きました。その脚本から伝わってきたのが男の人の部活感。演劇ユニット「TEAM NACS」を見ているような、登場人物たちの仲の良さを感じたのです。これは映画を作り過ぎない方がいいのかもしれないと思いました。
その後、僕もせたな町に行って、「やまの会」の方々に話をうかがったのですが、男性の僕が面白いと思ったところと、女性の土城さんが面白いと思ったところはちょっと違う。男同士の絆の物語ということを考えると、クローズアップしたいと感じた部分があったので、それを脚本に落とし込んでいきました。
他にも、映画として停滞してしまう、ロケ地とマッチングしないといったことをうまくブレンドして、物語を再構築する。これが今回の僕の脚本との関わり方でした。
―― クローズアップしたいと感じた部分とは、具体的にはどんなところでしょうか。
マキタスポーツさんが演じた石村はかつてアトピーで苦しんでいました。だから「自分が食べられるものを作る」。これに賛同してくれる奥さんがいて、二人三脚でやっていくうちに人に認められるようになりました。食べ物に関して同じ悩みを抱えている人は多いと思います。石村の話を取り上げることで、作品に広がりと深みが増すのではないかと考えました。
また、僕たちは気軽に旅行を考えますが、毎日、朝と夕方に乳しぼりをしないといけない酪農家はそういうわけにもいきません。ペットを飼っているのと訳が違います。せたな町は北海道ですが、雄大な土地はなく、大規模農場ができない。自然も他の地域より厳しい。そんな中で生き物を育てている。それを落とし込みたくて、牧場のシーンを増やし、何気ない景色の中でそれが分かるよう、作品に反映させていきました。
―― せたな町は自然が厳しいとのことですが、撮影でも苦労されたのではありませんか。
せたな町は北海道の左端で、日本海に面しています。海風が強く、雲の動きも早い。天候も目まぐるしく動いていく。今、「晴れているな」と思っても、10分後には雲の大群が空を覆うことがある。遠くに雲が見え、雨を含んでいると思ったら、逃げて撮影するなど、いろいろ苦労しました。
また、撮影は夏から秋にかけて行いましたが、日に日に寒くなる。そのスピードが東京と比べて、けた外れに速い。あっという間に秋が終わるのに驚きました。亘理が「10分も外を歩いたら凍死してしまうような環境で、たった一人、生き物と暮らしていくのは本当に怖い」と語るシーンがあります。それを聞いて、作品冒頭の吹雪のシーンを思い出していただければと思います。
―― 本作が取り上げる食材はチーズです。監督にとって、チーズとはどんな食材でしょうか。
チーズや乳製品は見ているだけで気持ちが温かくなったり、ほっとしたりする。幸福感をもたらす特別な食材だと思っています。
作品の中で、こと絵が亘理の牧場を初めて訪れたときに、亘理から差し出されたホットミルクを飲みます。そのホットミルクがなぜ美味しかったのか。牧場の仕事をするようになって、その理由がわかったと亘理にこと絵が話すシーンがあります。そこでこと絵は、「ミルクは子どもに向けた母親の愛情。それをお裾分けしてもらっているから美味しくて、幸福感がある」と語ります。このセリフが観客の胸に「ああ、そうなんだ」と落ちてくれるといいなあと思っています。
―― こと絵が飲んだホットミルクは本当に美味しそうでした。こういったシンプルなものを美味しそうに映すのは大変ですよね。
ホットミルクを表現するのに湯気を立たせたい。ただ、湯気を立たせるには、かなり熱くしなくてはならず、そうすると役者が飲めない。それを飲んでくれと頼みました。本上まなみさんは大変だったと思います。
―― 作品にはカリスマシェフが北海道の食材を使って作った料理が登場しますが、どれも華やかで美味しそうでした。
「やまの会」のメンバーが手掛けた食材を使って、フードスタイリストの斎藤さんとフードアドバイザーの塚田シェフが相談して作りました。ただ、クライマックスに催される屋外レストランのメイン料理が直前まで決まらなかったのです。時には喧嘩になるくらい真剣に考えて、最後に辿り着いたのが、ミルフィーユでした。形で美味しさが分かるように、他の食材も見えるようにしました。モノ作りの大変さがそのシーンに集約されていると思っています。
―― チーズを載せたパン、トマトソースが添えられたオムレツ、新鮮な緑の野菜。家族3人の日常の食事もとても美味しそうで、食べてみたくなりました。
ロケハンで北海道に行ったとき、チーズを食べさせてもらいました。ラクレットオーブンで温めたチーズをパンに載せるだけですが、すごく美味しい。感動しました。それを映画の日常の中に落とし込みたいと思い、家族の食事シーンを設けました。
普段のドラマだったら、編集でつまんで、サクッと見せてしまうところですが、家族が食卓に集まる瞬間から、「いただきます」をどういう風にやって、どういう風に食べて、どんな話をするのか。腰を据えてゆっくりと見てもらう。そこから物語を始めていくことで、この作品らしい流れを作っていきました。
―― 家族の食事シーンの他にも、娘の補助なし自転車の練習などの何気ないシーンから、互いの愛情が強く伝わってきました。それを見ているうちに、監督ご自身がご両親からとても愛されて育ったのではないかと感じました。
僕は両親にたくさんの愛情を注いでもらいました。子どものときには気づきませんでしたが、大人になってから父や母が感じていたこと、やっていたことが自分でもわかるようになり、愛情の根源にある核みたいなものが見えてきました。本作ではその核を何気ないシーンの積み重ねで表現してみました。
―― 最後に、シネマアートオンラインの読者の皆様へメッセージをお願いします。
以前から、北海道の大自然の中で人を撮ってみたいと思っていました。10数年、映画監督をやってきて、ようやく撮る機会に恵まれました。どういう風に人を撮ったのか。劇場でご覧いただければわかりますが、誰もが身近に感じる物語となっています。大切な方と一緒にご覧いただければ、きっとその方との語らいが生まれるのではないでしょうか。どうぞ、よろしくお願いいたします。
プロフィール
深川 栄洋(Yoshihiro Fukagawa)専門学校東京ビジュアルアーツ(映像学科映画演出専攻)在学中から自主制作映画を監督。卒業制作『全力ボンバイエ!』が第2回京都学生映画祭入選、第2回水戸短編映像祭水戸市長賞を受賞し、短編映画館トリウッドのオープニング作品として公開される。2004年に『自転少年』で商業監督デビューし、2005年に『狼少女』で劇場用長編映画監督デビュー。2009年『60歳のラブレター』のスマッシュヒットで一躍脚光を浴び、以降、コンスタントに話題作を発表し続けている。 2017年、新しい才能を発掘し応援する為に初のプロデューサー業に挑戦した映画『ヌヌ子の聖★戦 〜HARAJUKU STORY〜』が、2018年11月全国公開を迎える。 |
映画『そらのレストラン』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》北海道せたなで暮らす亘理(わたる)と妻のこと絵と一人娘の潮莉(しおり)。彼は父親から引き継いだ海が見える牧場で牛を育てながらチーズ工房を営んでいる。しかしチーズ作りはまだまだで、厳しい師匠に怒られてばかり。そんな亘理には気の会う仲間たちがいて日々助け合いながらも楽しく過ごしていた。そこに東京からやって来た牧羊を営む若者・神戸も加わり、それぞれの生産する食材を持ち寄り「おいしい」を共にしていた。そんなある日、彼らの食材を目当てに札幌からやって来た、有名レストランのシェフによって自分たちの食材がさらにおいしくなることに感動し、この感動をもっと多くの人たちに届けたいと、仲間たちみんなで一日限りのレストランを開くことを目指す。 |
配給: 東京テアトル
2019年1月25日(金) 全国ロードショー!
公式Facebook: @sorares.movie