映画『森のカフェ』榎本憲男監督インタビュー
オルタナティブな映画の道を示したかった
目に見えているもの見えていないもの、言葉に表しているもの表していないもの、感じているもの感じていないように思っているもの・・・人間ってそんな簡単にわかるものじゃない。もっともっと深いものなんだってことを非日常と日常の間(あわい)を描くことで表現し、映画への愛を根底に日本映画の新たな可能性の扉を開いていく。
12月12日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷にて公開される映画『森のカフェ』の榎本憲男監督に、製作にまつわる話を聞いた。
この映画をつくったきっかけ
引っ越しをして近所の森を散歩していた時に、ここを舞台に低予算で作れるような映画をとれるんじゃないかと思いついたことがきっかけです。それまで、企業の出資で新作を撮ろうとしていたけど、うまく資金調達ができずなかなかインできなかったんです。でも、次第に「撮りたい」という気持ちがふくれあがり、森を散歩しているうちに、「撮れる」という気持ちに変わったというわけです。
プロデューサー、監督、脚本の一人三役をサポートした存在
僕は、映画業界で、もぎりからスタートして、サラリーマン時代には、監督と役者以外はだいたい経験し、退職してからは監督をやることになった。そういう経歴なので、いちおう映画制作から公開までの道筋や、そこに至るまでにするべきことはだいたい頭の中に入ってはいたんです。けれど、事業としての映画というのはいくら頭でわかっていてもひとりじゃできない。
制作については、この作品に興味を持ち、面白がって参加してくれる人がいないかなって呼びかけてみたら、手を挙げてくれる人が結構いたんです。自分で「シナリオ座学」という映画の勉強会を主宰していて、そこのメンバーが主に手伝ってくれた。あと、映像学校で生徒だった卒業生たちも来てくれて。だから、そういう人たちの協力がなかったら、今回は相当にキビシイ現場になっていたと思います。
ただし、配給については、おおよその見当はつくものの専門的にやった経験はないので、専門の業者に委託するほうがよかったけれど、宣伝をMUSAに手伝ってもらって、結局自分でやることになりました。
リハーサルについて
リハーサルは、一堂に会してやることもあれば、今日はこの人とこの人とでやろうとか、そんな形で7日くらいでやりました。管君(主演の管勇毅)の最後の長台詞の場面は、衣装合わせの後に、僕と菅君のふたりだけでやりましたね。僕は台詞を一字一句正確に喋って欲しいと思うタイプなので、みんなけっこう苦労していました。その代わり、いったんカメラが回るとそんなにテイクは重ねないで撮っていくこともできた。『森のカフェ』のような超超低予算映画の現場では撮影日数が限られているから、リハーサルをやることで本番までに芝居をかなり固めておくということが必要だという考えからそうしているのです。
絵コンテの活躍
僕は、このシーンをどうやって撮ろうかと現場でカメラマンと相談しながら撮影プランを組み立てることはしません。すべて事前に完成した絵コンテを携えて撮影に臨みます。シーンごと、ショットごとにナンバリングもしてあるから、基本的にはシナリオよりも絵コンテを手にして撮っていく。絵コンテは漫画家が使うComic Studioというアプリを使っています。そこに全部台詞も書いてあって、カメラの動き(赤の矢印)とか役者の動き(緑の矢印)とかも記入してある。なぜ、そうするのかというと、低予算ゆえに、スタッフに説明や相談をしている暇がないからなのです。自主映画では主流となっている長回しでダーッと撮るというものとはちがって、僕の撮り方はアメリカの低予算の商業映画(B級映画)の撮り方なんだと思います。最小限のショットだけを撮っていくというやり方ですね。もちろんショットとショットがそれぞれ役割や意味を持たなければならないし、それぞれのショットが果たす機能をわかっているのは僕だけなんだけれど、その要素は絵コンテにすべて描いてあって、全員が見られるようにしてあるってことなのです。その絵コンテをもとにスタッフ全員で撮っていくわけです。まぁ、予算が多少増えても同じやり方をすると思います。
ジャンル分け
僕の映画はどっぷりファンタジーというわけじゃもちろんない、けれど“現実”の貧しさからは少しでも飛翔したい。現実とファンタジーの間を行ったり来たりするのが特徴らしい。この二つの世界の間(あわい)を描こうとするものかもしれません。これは別の見方からは、ジャンルがはっきりしない、どっちつかずの映画じゃないかっていう非難も寄せられる可能性もあります。でも、映画のお約束はある程度はたしかに大切だけれど、究極は“なんでもアリ”だから、面白ければいいんですよ。だからあえてやっているという自覚もあるんです。
ヒロインの不思議キャラ
今回、哲学的コメディと言われているけれども、というか自分でもそう言っているのですが、ストーリーのフォーマットはスクリューボール・コメディというジャンルを模倣しています。スクリューボール・コメディは、1930年代、ちょうどアメリカ映画の絶頂期に、ものすごくうまい監督が、ものすごく芝居の上手な美男美女を使って、一流のスタッフを率い、贅を尽くして作ったジャンルなので、本来は自主映画が真似すべきものではない。言ってみれば巨匠とスターの映画です。それは重々承知しているのですが、でも、まぁ、やりたいわけです。そしてやってしまった。
ところで、このスクリューボール・コメディというのは、主役の男女のタイプがだいたい決まっていて、女の子はおてんばキャラか、“天然”の美少女、もしくは壊れキャラの美女です。『ローマの休日』なんかも若干そんな感じがありますね。そして、男の方は、ちゃらんぽらんな色男(でも憎めない感じ)か、もう一つは、堅物で偏屈な男。この二つのキャラクターの男女の掛け合わせが笑いを誘発するという構造になっている。
『森のカフェ』では、好人物とは言えないけれど美男子で、哲学に悩む堅物な青年と、ちょっと壊れキャラの美女という組み合わせを採用しています。女の子を壊れキャラにしたら、スクリューボール・コメディでは男は堅物にしなきゃならない、今回は男性を哲学者にしてみました。たまたま今回、若井さん(ヒロイン役の若井久美子)本人が、ちょっと“天然”だったんです。
若井さんは、さすがに音楽をやっているだけあって、台詞のイントネーションとか発音の調整能力がすごく高い。「半音上げて」とか言ったら、さらりとやってのけるし、「一行目がピアニッシモで次がピアノ、フォルテ、フォルティシモで」なんていう指示の出し方をしてもまったく動じないで「あ、わかりました」なんて言う。「わかるのか」ってこっちがびっくりしたくらい。
管君はどちらかというと心で芝居をするタイプだから、僕のような演出には苦労したんじゃないかな。先生役の永井秀樹さんと志賀廣太郎さんは平田オリザさんの青年団で、徹底的に型で芝居を作り上げていく訓練を充分に受けていますからね。先生役のお二方は僕のやり方なんてぜんぜん問題ない。でも、このふたりに向かい合う管君はけっこう苦労していたし、志賀さんとのシーンはすごい圧力を感じたと言っていた。志賀さんいいでしょ?あの低い声で審査会であんなこと言われたらたまんないよね(笑)。
ターゲット
ふだんは日本映画を観ない人に観てほしいですね。日本映画のマーケットの外側を狙いたい。イメージするとすれば、マイケル・サンデル(政治哲学者)の『これからの「正義」の話をしよう』をつい買っちゃうような人たちです。あの本は政治哲学のメインの問題を扱ったまっとうなものですよね。どれだけの人があの本を読んで真に面白がっているかはわからない。でも、すごく売れているということは、そういう問題について真剣に考えてみたい人はいる、少なくともそう考えることは出来る。そして、そういう人にとっては、日本映画は、例えば愛する人が不治の病で死ぬなんて悲しいに決まっているようなストーリーは、情緒過多であると感じている、そんな気がするんです。少なくとも僕はそう感じている。なにか作品に触れて、もっと深い複雑な感情を呼び覚まされたいと思っている人はいる、いや、思っている以上にたくさんいるにちがいない。でもいまは、そういう期待に応える映画がない。だから需要はあるけれど供給がないという仮説を僕は立てているのですね。そういう人に、「いや、ここにあります」と言いたい。
でもね、哲学なんかわからなくても面白いようには作ったつもりです。だいいち僕だって哲学の専門家じゃないし(笑)。だから、誰が見ても楽しく見られる作品に仕上がっているはずだと思う。風景もきれいだし、若井久美子の歌も魅力的でしょう。そして、考えてみればけっこう深くもある、という「一粒で二度美味しい」映画を目指し、今回はある程度達成できたと思っています。
本作で一番伝えたかったこと
一番伝えたいのは、映画の楽しさと可能性ですね。たぶん、僕より上手い人は沢山いらっしゃると思うけど、『森のカフェ』は僕にしかとれない映画を撮ったぞっていう自信はあります。だから、そういう意味では、映画のオルタナティブな道を示したかったんだと思います。
[インタビュー: Takako Kambara / スチール撮影: Megumi Kinoshita]
監督プロフィール
榎本 憲男 (Norio Enomoto) 1959年 和歌山県生まれ。 監督・脚本: 映画『見えないほどの遠くの空を』(2011年) 、『何かが壁を越えてくる』(2012年) 2015年12月12日より最新作『森のカフェ』がヒューマントラストシネマ渋谷にて上映(全国公開予定) Twitter: @chimumu |
映画『森のカフェ』予告篇
映画作品情報
撮影: 川口晴彦
録音: 小牧将人
2015年12月12日(土)より、
ヒューマントラストシネマ渋谷ほかロードショー!