映画『破戒』 脚本・加藤正人 インタビュー
差別というのは“される側”ではなく、“する側”の問題である。
1948年に木下恵介監督、1962年に市川崑監督と名だたる巨匠が映画化してきた『破戒』。明治後期、部落出身(穢多)であることを隠して生きている小学校教師・瀬川丑松の苦悩や葛藤を描いた島崎藤村の不朽の名作が2022年、再び映画化され、7月8日(金)に全国公開された。
60年ぶりのリメイクとなる脚本を木田紀生と共に手掛け、2年以上もの歳月をかけて完成させた加藤正人に、脚本を書き上げるまでの経緯や創意工夫した点、今作に込めた想いなど話を聞いた。
ーー 原作は100年以上も前の傑作小説です。今作で3作目となる60年ぶりの映画化ですが、脚本のオファーを受けた時のお気持ちをお聞かせください。また、木田紀生さんとはどのように共同され、脚本を手掛けられたのでしょうか。
最初は大変な仕事だなと自信がなかったのですが、差別の問題は現代にもある問題で、今の人にも訴える価値のある作品だと思い脚本を引き受けました。
原作を読んだり明治時代の資料を集めて、1年くらいかけて大まかなストーリー、それから構成というシナリオ全体の設計図みたいなものを緻密に作っていきました。ですが、途中で他の仕事と重なってしまい、原稿を書き上げる時間が無くなってしまったのです。
そこで気心知れた脚本家の木田くんに僕の原稿を預けて、初稿を書き上げてもらいました。素晴らしいものが上がったので、さらに1年かけて僕が直しをして決定稿を仕上げました。
ーー 1948年と1962年に映画化された2作品を観て、何か参考にされたことはあるのでしょうか。
今作で特に意識した点などあればお聞かせください。
過去映画化された2本も参考にしました。丑松の同僚で親友の銀之助を48年版では社会主義的な思想を持つ人物として描かれていますが、今作では原作通りごく普通の一般的な人物として描きました。
普通の人が知らず知らずの内に相手を傷つけてしまうことがありますが、銀之助も無自覚に丑松を傷つける言葉を言ってしまい、あとで後悔します。矢本悠馬くんが演じた銀之助は、映画を観ている現代の人に1番近い存在にしました。
それから、62年版では模範教師で校長先生のお気に入りの文平という人物は出てきません。今作では恋愛の話を強く描きたいという上で、恋敵のような役回りのキャラクターがいたほうが2人の恋愛ドラマが強くなるので登場させました。
また、主人公である丑松とは対極に文平がいて、その真ん中に銀之助がいます。そこがお客さんの視点になればと思い、その3人を原作通りに配置して台本を書きました。
基本的なストーリーは原作のままですが、丑松と志保の恋愛の描写は原作より強く描いています。2人のシーンは原作以上に多いと思います。
ーー 今作の本編に「原作を尊重しつつ再構成した」というメッセージが流れますが、特にどのようなところを尊重し、再構成されたのでしょうか。
110年以上前の物語なので、今の人に小説が書かれた当時の時代背景が分かるように工夫しました。日露戦争についてや与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」の詩などは、時代感が伝わるように書き加えたところです。
また、猪子蓮太郎の演説シーンも再構成したところです。原作では「こんなことを言っていましたね」と演説が終わってからの描写です。けれども、映画では実際に立会演説が行われているところを描きたかったのと、そこに主人公の瀬川丑松がいるということにしたかったのです。尊敬する猪子先生の演説を聞いて、丑松も覚悟を決めるという話にしました。
猪子蓮太郎の「我は穢多なり」という言葉。自分からは絶対に使わない言葉を使っているからこそ衝撃を受けます。「こんな人もいるんだ」と、丑松はその言葉を堂々と言える人がいることに感動して決意する。そんな流れにしてみました。
原作では、周りの人間によって丑松がどんどん追い詰められ、告白しなければならない状況に追い込まれますが、丑松が自分で決意するほうが強いドラマになるだろうと思いました。
丑松は学校を去ることになりますが、新しい未来に希望を持って自ら進んでいく前向きなエンディングにしました。
ーー 実際に役者が演じている姿をご覧になっていかがでしたか。
主演の間宮くんは本当によく演じてくれました。原作をよく読み込まれているのだと思いますが、瀬川丑松という非常にナイーブな主人公の心情を大切に演じていたと思います。
実際に太秦の撮影所(東映京都撮影所)へ見学に行きましたが、台詞の一言一言を相手に伝わるように丁寧に喋ってくれて。非常にデリケートな心情の機微を表現していました。台本を書いた私としてはとても嬉しかったです。出来上がった映画を観ても、本当にいい演技をしてくれているなと感謝しています。
ーー 最後に、これから映画を観る方へ向けてメッセージをお願いします。
差別は人の心から簡単にはなくなりません。この110年の間で差別のあり方も変わり、部落差別は昔ほどではないものの、今も別の形で様々な差別があります。ヘイトスピーチやヘイトデモなどもそうで、新たな差別も生まれています。
差別されている側の人間がどういうふうに傷ついているのかをきちんと認識しないと、我々も知らず知らずのうちに相手を傷つけてしまうことがあります。
差別の問題というのはマイノリティの問題ではなくマジョリティの問題。“される側”ではなく、“する側”の問題であるということを感じていただけたらと思います。
できる限り多くの方に観てもらい、少しでもそのことについて考えていただけたら光栄です。
全国水平社創立100周年記念映画として再び映画化された『破戒』は、7月8日(金)より東京・丸の内TOEIほか全国で公開中。7月15日から7月31日に開催される第20回ニューヨーク・アジアン映画祭へ正式出品も決定し、ニューヨークのリンカーン・センター内にある映画館、ウォルター・リード・シアターで上映が予定されている。
プロフィール
加藤 正人 (Masato Kato)
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映画『破戒』予告篇🎞
映画作品情報
《ストーリー》なぜ自分の故郷を語れない。なぜ好きな人に気持ちを伝えることができない。 瀬川丑松(間宮祥太朗)は、自分が被差別部落出身ということを隠して、地元を離れ、ある小学校の教員として奉職する。 彼は、その出自を隠し通すよう、亡くなった父からの強い戒めを受けていた。 彼は生徒に慕われるいい教師だったが、出自を隠していることに悩み、また差別の現状を体験することで心を乱しつつも、下宿先の士族出身の女性・志保(石井杏奈)との恋に心を焦がしていた。 友人の同僚教師・銀之助(矢本悠馬)の支えはあったが、学校では丑松の出自についての疑念も抱かれ始め、丑松の立場は危ういものになっていく。 苦しみのなか丑松は、被差別部落出身の思想家・猪子蓮太郎(眞島秀和)に倒錯していく。 猪子宛に手紙を書いたところ、思いがけず猪子と対面する機会を得るが、丑松は猪子にすら、自分の出自を告白することができなかった。 そんな中、猪子の演説会が開かれる。 丑松は、「人間はみな等しく尊厳をもつものだ」という猪子の言葉に強い感動を覚えるが、猪子は演説後、政敵の放った暴漢に襲われる。 この事件がきっかけとなり、丑松はある決意を胸に、教え子たちが待つ最後の教壇へたとうとする。 |