有田あん × 山岡竜弘 インタビュー
知ることは、優しさへの第一歩
年齢性別問わず様々な人に観てもらいたい
「家族・人間愛」をテーマに、あて書きベースの脚本で舞台公演を行ってきた「野生児童」主宰の有田あんが監督・脚本・主演を務め、長編映画監督デビュー作となった映画『渇愛の果て、』が5月18日(土)より新宿 K’s cinema、6月1日(土)より大阪・シアターセブンで公開される。
本作は、有田の友人の出生前診断の経験をきっかけに、助産師、産婦人科医、出生前診断を受けた方、受けなかった方、障がい児を持つ家族を取材し、実話を基に制作した群像劇。主人公夫婦が助産師、看護師、障がい児の母たちとの出会い、家族や友人の支えにより、少しずつ我が子と向き合う様子を繊細に表現つつ、子供に対する様々な立場の人の考えを描く。
長編映画初監督を務め、主人公の山元眞希を演じた有田あんと、眞希の夫・良樹を演じた山岡竜弘にインタビュー。制作のきっかけから撮影にあたり取り組まれたことなど話を聞いた。
―― 本作の制作に至った経緯を教えてください。
有田: 2018年から2019年に地元・大阪にいる、妊娠中の友人の悩みを聞くことがありました。当時の私は妊娠や出産について知らないことが多くて。それ故に友人の力に全くなれない自分に不甲斐なさを感じました。
いろんな話を聞く中で友人が、「テレビやニュースでは、芸能ゴシップなどについては取り上げて、こういう大事なことは取り上げてくれない。必要な情報が手に入らないことで苦しむ人も多い。誰か出産や妊娠にまつわることを、もっと取り上げてくれないかな」と言っていました。それを聞き、私が舞台や映画にすることで、少しでも考える機会や知識が広まる一助になればというのが、本作制作のきっかけです。
―― 有田さんは長編映画監督デビューにあたって、信頼できる俳優、スタッフを揃えたとのことですが、本作で大事な役となる山元良樹役を山岡さんにお願いした理由を教えてください。
有田: 元々山岡さんとは、映画『エッシャー通りの赤いポスト』(2020年)で共演したのがきっかけなんですが、撮影前のワークショップに挑む姿勢や撮影時の俳優としての向き合い方、そしてお人柄を見て、役にピッタリだと思いました。また、山元良樹という役は男性の代表的な役割も担っているので、作品の意図を汲んだ上で自分らしく演じてくださる方がいいと思い、山岡さんにお願いしました。
―― 山岡さんは、有田さんと共演したことで俳優という認識があったと思いますが、監督作への出演のオファーが来て、どう思いましたか?
山岡: 共演した時のワークショップで、有田さんが命懸けで臨んでいる姿を目の当たりにしました。(初めて出会った時)“とんでもないエネルギーの人がいる!”という衝撃があったのを覚えています。完成した作品での有田さんの役の存在、作品に対しての貢献度は素晴らしく、想いを込めてワークショップに取り組んだことが、結果としてしっかり表れるのを目の当たりにしたのがオファーをいただく前段階にありました。素晴らしい表現者とご一緒できたんだな、と。その後、本作をやりたいと想いを伝えていただき、長編監督第一作目で自分が協力できることがあれば、と参加させていただきました。
―― 実際、監督としての有田さんはいかがでしたか?
山岡: 俳優兼監督ということで、演出脳と俳優脳の切り替えが上手くいかなかったり、キャパを超えてしまうということはないのか?と案じましたが、有田さんの場合は、シームレスで、0秒切り替えというか。“演出して、流れるように芝居し始めて”という魔法のようなことをしていて、心配は無用のものとなりました。また眞希の演技からも、ご友人の実体験を絶対に届けなくてはいけないんだという使命にも似た想いが発せられており、監督としても俳優としてもすごいなと思いました。
―― 本作で夫婦役を演じるにあたって、何か準備などはされたのでしょうか?
有田: 山元家の撮影場所は、当時住んでいた私の家なんです。ちょうど引っ越そうとしていて、撮影に使えそうな家を探しました。
山岡: すごいですよね!
有田: 寝室も玄関も撮りやすい好物件だったんです。前の家から徒歩5分くらいの家だったのですぐに引っ越せました(笑)。
山岡: リアルに生活しているものが散りばめられている場所でお芝居できるのは、めちゃくちゃやりやすかったです。
有田: 極力空間に慣れて欲しいので、撮影前の稽古は家でやりました。一緒に廊下を歩いてみたり、話し合いは実際にリビングでやったり。
―― 撮影前に稽古をしたというのは、演劇のやり方を踏襲した形ですか?
山岡: 通常の映画では初めましてでいきなりやることが多いので、本作のやり方は、演劇っぽさもあったかと思います。
有田: 映画のやり方も効率的でいいと思うんですが、初対面で「よーい、スタート!」でお芝居だと、俳優さんによっては緊張を解くまでの時間が必要な気がして。撮影現場に入る時には緊張がない状態で、お芝居だけに集中してもらえる状態にしたかったんです。公民館などで稽古したり、直接会うのが難しい場合はZoomで台詞を合わせたり。俳優さんには、撮影現場に自分の演技プランを持ち込んでくるより、「どうも」くらいの雰囲気で入ってきて欲しいんです。
山岡: 軽妙な会話をするシーンがいくつかありますが、そうした事前準備から生まれた俳優の言葉を採用してもらい、台本に書き起こしてもらっています。
―― 有田さんは、自身の監督作で山岡さんとご一緒して、いかがでしたか?
有田: 俳優として準備すべきことをしてきた状態で現場に来てくれる人だな、と思いました。当たり前のようなのですが、意外にできないことで。でも、準備だけにとらわれずその場に合わせて柔軟に対応してくださりました。子どもの手術について話し合うシーンなどの深刻な場面でも、作りこみ過ぎず、かつ毎テイク、集中力をキープしてくださりました。山岡さんは、その都度本当に感じた気持ちが台詞に乗っている感じで、一緒にお芝居がしやすかったです。
―― 有田さんは、俳優にインタビューをしたり、俳優本人の口癖や持っている雰囲気を活かせるようにしながら、あて書きで脚本を仕上げていったとのことですが、どなたにどのようなインタビューをしたのでしょうか?例えば山岡さんの場合、どのような部分をあてて書いたのでしょうか?
有田: 全員あて書きです。必要な役を置いた上で、台詞はワークショップをしながら、「こういう言葉、普段使いますか?」とかは結構聞いていきました。
山岡さんの場合は、石井竜役の松本亮さんと宅飲みするシーンの稽古の時に、「普段どんなお酒を飲みますか?おつまみは何が好きですか?」とお伺いし、撮影時に小道具としてそのまま用意しました。
また、シーンの設定だけお渡ししてエチュード(即興劇)をやっていただくという稽古をよくやるのですが、お二人の時は「もし子供が生まれたとしたら、仲良い友達と話す時、どんな話をするか気楽で良いんでやってみてください」とお伝えしてやっていただきました。その中で、「安定期っていつ頃のことなんだろうね?」という会話がでてきて。「それ、めっちゃリアルですね!」と脚本に取り入れました。
私の作品では、役割は決めたいんですが、大事なキーワード以外は台詞をガチガチに決めなくても伝わるかなと思ったりしていて。それよりちゃんと存在してもらうために、皆さんの言葉を台本にとりいれることでそれぞれの個性がでたらいいなと。他の方では、例えば凪ちゃん(辻凪子)に、「お姉ちゃんのこと『おねえ』って呼ぶことある?」など聞いたりしましたね。
―― 山岡さんはあて書きもあったということでやりやすさなどは感じましたか?
山岡: はい。「山岡さんだったら何て言う?」と都度聞いてくれて、それを台本にも書き起こしてくれたり、撮影しながらも取り入れてくださったりして。どんどん自分の言葉にしてくれたので、身に起きていることとして捉えやすく、演じやすさに繋がっていました。
「その山岡さんの顔、見たことがなくて素敵なので、OKにします」と、想定外の変化を面白味とか、作品が豊かになることだと捉えて採用していってくれたのは、有田さんならではだと思います。
有田: 「その顔、見たことがない」という理由でOKにするのは、結構他の俳優さんにもしていたかもしれません。作っているものより、その俳優さんの中から出てきた感じを面白がるタイプかもしれません。
山岡: あるシーンで、有田さんから、「ここ、もう一言なにか欲しくて。山岡さんだったら、奥さんが居心地が悪そうな状態に見えたら、なんて言いますか?」と聞かれて、「んー、『外行こう』って言うかもね」と言ったら、採用してくださりました。
有田: 私だったらあのシーンでは台詞として書かない言葉だなと思ったので面白いなと思いました。
山岡: 書かないでしょうし、そのシーンを観ると突飛で、「なんで言ったんだろう」とも思うんだけど、でも実生活ってこうだよなと思いました。
有田: 山岡さんが良樹だから、山岡さんから出てくる言葉は良樹の言葉だろうなと思って採用しました。
―― 本作の見どころはどこだと思いますか?
山岡: 本筋はもちろん、散りばめられたエッセンスなど、見どころ満載の作品ですが、私がオススメしたいのは、有田監督が実際に取材しているからこそ描かれる現実的な局面。そこには予定調和ではない生の言葉が扱われます。今まで映画ではあまり取り扱わられなかった部分に迫ろうとする意欲作です。それぞれの現場で戦ってきたスタッフ・俳優陣がお客様に届けるべく力を総動員させています。そうした創作としての挑戦にもご注目頂ければ幸いです。
有田: 沢山の方々の考えや生き方を1時間37分で観られるところです。ほとんどのお話は事実に基づいて執筆したので、人生の縮図みたいな作品になっていると思います。年齢性別問わず観てもらいたいと思ったので、ポップに、極力観やすく、というのを大事にして作りました。また、私自身が俳優さんの人柄を活かしたあて書きをし、作っていくタイプなので、俳優さんのお人柄、魅力がそのまま滲み出る映画になっていると思います。
―― 最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。
山岡: 登場人物たちが、それぞれの立場で自分にも相手にも誠実に向き合おうとし続ける物語です。お客様にも是非、スクリーン越しに彼ら一人一人と対峙していただきながらこの作品を楽しんでいただければと思います。是非、劇場でご覧ください。
有田: お読みいただき、ありがとうございます。新宿K’s cinemaでは、毎日上映後のトークイベントもあります。監修医の洞下さんや、取材協力の助産師の高杉さんも登壇していただきます。普段お伺いできないお話が聞ける、貴重な機会になると思っています。
トークイベント後には、ロビーにおりますので、ご意見・ご感想・質問など、何かお話ししたいことがあれば是非お気軽にお声がけいただければと思います。
予備知識なく、老若男女問わず観ていただける作品となっております。少しでも興味を持ってくださったら、是非、劇場でご覧いただければと思います。
プロフィール
有田 あん (An Arita)劇団野生児童主宰、脚本・演出・役者。大阪出身。台湾とのハーフである。 立命館大学、新演劇研究会劇団月光斜で芝居を始める。同時に、学内だけでなく京都の小劇場にも数々出演。演技指導にも関わる。2011年に上京。ENBUゼミナールで作・演出を始め、学内大会で作品賞を受賞。オーディションを経て劇団鹿殺しに出演。ENBUゼミナール卒業後、劇団鹿殺しの劇団員となる(2023年8月に退団)。2015年に舞台活動を中心とするプロデュースユニット野生児童を旗揚げし、本格的に舞台の作・演出を始める。 2019年に、有田杏子から有田あんに改名。認知症を患う母とその家族を描いた短編映画『光の中で、』(2019年)で映像初監督。本作が、長編映画初監督である。俳優との出演作として、映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』(2022年)、ドラマ「うちの弁護士は手がかかる」(フジテレビ/2023年)などがある。 |
山岡 竜弘 (Tatsuhiro Yamaoka)
|
映画『渇愛の果て、』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》山元眞希は、里美・桜・美紀の4人から成る高校以来の親友グループに、「将来は絶対に子供が欲しい!」と言い続け、“普通の幸せ”を夢見ていた。妊娠が発覚し、夫・良樹と共に順風満帆な妊婦生活を過ごしていた眞希だが、出産予定日が近づいていたある日、体調不良によって緊急入院をする。子供の安否を確認するために出生前診断を受けるが、結果は陰性。胸をなでおろした眞希であったが、いざ出産を迎えると、赤ちゃんは難病を患っていた。 我が子を受け入れる間もなく、次々へと医師から選択を求められ、疲弊していく眞希。唯一、妹の渚にだけ本音を語っていたが、親友には打ち明けられず、良樹と子供のことで悩む日々。 そんな中、親友たちは眞希の出産パーティーを計画するが、それぞれの子供や出産に対する考えがぶつかり… |
配給: 野生児童