驚愕の展開から衝撃のラストへ
一時も見逃すな、この気骨溢れるドラマを
ストーリー
昭和64年― 年明け早々に幼い少女の誘拐事件が発生した。県警刑事の三上(佐藤浩市)は上司の松岡(三浦友和)らとともに、眠る間も惜しんで懸命の捜索を続ける。やがて鳴り響く犯人からの身代金要求の電話。少女の父親・雨宮(永瀬正敏)が身代金の引き渡し役となったが、犯人の攪乱目的の指示に振り回され、県内のあちこちを車で駆け巡ることとなる。三上たち捜査班も翻弄されながら、犯人に気づかれぬよう極秘裏に追跡を行っていた。だが、その甲斐むなしく身代金は犯人の手に渡り、後日少女は無残な遺体となって発見される。
おりしも昭和天皇が崩御し、わずか七日間で昭和64年は終わりを迎え、平成が始まろうとしていた時であった。捜査はその後も難航をきわめ、めぼしい手掛かりがないまま、事件は昭和の時代とともに閉ざされようとしていた。
ミステリーという名の巨編社会派ドラマ
卑劣極まりない残虐な誘拐事件は、必ず犯人を挙げるという全警察官の決意の元、いつしか「ロクヨン」という符丁で呼ばれるようになった。それから14年の月日が流れ、時効寸前ところから物語は再開するのだが…このように聞くと、観客は「解決困難な凶悪事件と時効ギリギリまで戦うミステリー」と想像してしまうのだが、それだけに留まらないところが原作者・横山秀夫の凄さだ。
誘拐殺人という大きな事件を追いながら、同時にマスコミによる報道のあるべき姿、警察内部の隠蔽体質など、別の大きな問題を観ている者へドンドンと投げかけてくる。横山秀夫は元新聞記者のキャリアを持ち、いわばマスコミ側の人間なのだが、マスコミ・警察どちらに加担するわけでもなく、中立に事の本質を浮き彫りにしようとしているところが面白い。
物語の主人公・三上は、14年後不本意ながら刑事の職を離れ広報室所属となっていた。職務でマスコミへの対応に追われる日々。県警詰めの事件記者は皆猛者ぞろいで、警察権力に対し常に斜に構えて臨む彼らの姿勢は、幾度となく三上率いる広報と軋轢を起こしていた。同時に広報室は刑事部と対立関係にある警務部に属する部署で、かつての仲間や同僚からも色メガネをかけて見られるようになり、三上は内に外に孤立無援の状態にさらさせていた。そんな彼の苦悩こそ、まさに横山秀夫や映画『64 -ロクヨン』のスタッフ・キャストが提起したかったもう一つのテーマに違いない。
みどころ
映画『64-ロクヨン-』は、邦画の雄・東宝が総力を結集して創り上げた作品だ。おそらく2016年の日本映画を代表する大作となるだろう。前・後編に渡り4時間にも及ぶ壮大なスケール感。加えて、過去映画やTVドラマなどで幾度となく主演を務めた俳優が、出演陣にきら星のごとく名をつらねている。冒頭で紹介した佐藤浩市、三浦友和をはじめ、三上率いる広報室メンバーに綾野剛や榮倉奈々、対立する警察関係者やマスコミ記者に仲村トオル、奥田英二、椎名桔平、瑛太など。その他にも夏川結衣や永瀬正敏、緒形直人や吉岡秀隆などなど名前を挙げれば枚挙に暇がない。エンドロールで次から次へと紹介される豪華俳優陣の名前に、思わず目を見張ってしまうことだろう。
また既に述べたように横山秀夫の同名小説が原作としているのだが、横山イズムが思う存分発揮されたストーリーとなっている。横山秀夫と言えば、『クライマーズ・ハイ』(2008年)で新聞記者の業の深さを赤裸々に語り、『半落ち』(2004年)では魑魅魍魎な警察内部を舞台にしてのヒューマンドラマを描いてきたが・・・『64-ロクヨン-』はあたかもその集大成のような作品だ。掲載雑誌の連載が終了した後、さらに手直しを幾度となく行い単行本化したそうで、力の入れようがイヤでもうかがえる。小田和正による主題歌「風が止んだ」も、わざわざこの映画のために書き下ろされた楽曲で、事件のもの悲しさにマッチした絶妙のバラードに仕上げられており、心に沁み入る名曲となっている。
全編にわたって繰り広げられる、かつての大ヒットドラマ「半沢直樹」を彷彿とさせるような激しい言葉の応酬。荒ぶる漢(おとこ)と漢のぶつかり合い。それはあたかも役者同士のプライドをかけた“演技の闘い”のようにも映る。ただ、この映画を観終えた後、私たちの心に残るのは、その熱闘ぶりだけではない。事件の謎が徐々に解き明かされていく高揚感だけでもない。終わることのない虚しさや刹那さ…様々な感傷が入り混じった中で、マスコミや警察など社会機構の本来あるべき姿を、もう一度考えさせられることになるだろう。
映画作品情報
原作: 横山秀夫『64(ロクヨン)』 (文春文庫刊)
主題歌: 小田和正「風は止んだ」 (アリオラジャパン)
配給: 東宝株式会社
© 2016 映画「64」製作委員会
後編 2016年6月11日(土)より
全国東宝系にてロードショー!