映画『ユリゴコロ』熊澤尚人監督インタビュー
映画『ユリゴコロ』熊澤尚人監督インタビュー
 

映画『ユリゴコロ』

 

熊澤尚人監督インタビュー

人気ミステリー小説を幻想的な映像美で奇跡の実写化!

第14回大藪春彦賞受賞、第9回本屋大賞ノミネート、2012年版「このミステリーがすごい!」国内部門第5位など数々の国内ミステリーランキングにランクインした沼田まほかるの傑作ミステリー「ユリゴコロ」が遂に映画化された。今回、映像化不可能と言われていた原作に挑まれた熊澤尚人監督に、企画の成り立ちや脚本作り、キャスティング、撮影秘話などを伺った。

カフェを営む亮介(松坂桃李)の日常は、父の余命宣告と婚約者の失踪で崩れ去ってしまう。そんな中、実家の押入れで一冊の「ユリゴコロ」と書かれたノートと巡り会う。「私のように平気で人を殺す人間は、脳の仕組みがどこか普通と違うのでしょうか」と始まる物語は、美紗子と名乗る女(吉高由里子)と彼女と運命的な出逢いをする洋介(松山ケンイチ)との非情な愛のストーリーだった。

映画『ユリゴコロ』過去パート メイン

―― 映画『ユリゴコロ』を観させていただきました。

どうでしたか?

―― 沼田まほかるさん原作「ユリゴコロ」(双葉文庫)が実写になるのは、すごく難しいと思っていました。

不可能だって言われていました(笑)。

―― 沼田まほかるさんに原作を改変する了承をいただいたと伺っています。石田雄治プロデューサーから、実写化が困難だと言われているこの作品の監督や脚本の依頼があったときに、熊澤監督はどのように思われたのですか。

原作を読んでみて、これは本当に映像化できないと思って、プロデューサーの石田さんと会って話をしました。石田さんとは初めましてではなくて、昔からよく知っているプロデューサーで、大ヒットした『八日目の蝉』(2011年)など、とても映画的に素晴らしい作品を作っている方なので尊敬もしています。石田さん的にも、読んでどう思ったかなど色々な話をしながら、石田さんも変えないといけないというお考えだったし、僕も読んだ上で、かなり変えないと映画としては成立しないというところで、お互いに変えることが前提で、こういう風に改稿するなど色々なアイデアを話し合いました。

原作「ユリゴコロ」の持っているとても良い部分は大切にしながらも、映画にする作業は小説とはまた別ものなので、2時間の映画にする際に、どういう決着のつけ方をしていくのかというのは、石田さんとお互いのビジョンを話し合って、そのビジョンがほとんど一致していたので、話し合いながら考えていこうということになりました。その後、結局、脚本作りに3年位かかっているのですよね。やっぱり、小説ならではのミステリーの仕掛けがたくさんあるので、映像にした瞬間にミステリーの仕掛けが成立しないとか、謎解きが謎にならなくなるものが多いので、それを全部やめて、一度僕なりのアイデアで映画用に作っていくというやり方をするしかないと思いました。

ただ、「ユリゴコロ」を読んで、難しさと同時に、読んでいるとものすごく引き込まれていって、ずっとドキドキざわざわしているんですよね。どうなってしまうのだろうかという。とくに現代を追っていく文章とノートに書かれた文章では、文字のフォントも違っていたりとか、そういう小説ならではの面白いことも当然にあって。でも、いつもドキドキざわざわしながら、引き込まれていく感じを、謎解きだとか、ミステリーの要素を全部やめて考え直すしかないのですけれども、「ユリゴコロ」の持っているざわざわ感のようなものは「ユリゴコロ」の良さだと思うので、それをすごく気にしながら、どう映画にしていくかというのを最後の最後まで、編集作業まで含めて「ユリゴコロ」の一番肝にある「どうなってしまうのだろう感」というものを意識しながらやっていきましたね。

映画『ユリゴコロ』熊澤尚人監督インタビュー

あと、もう一つは、主人公の美紗子(吉高由里子)が基本的に原作とは、設定は変わってないですよね。原作をやる際には、普通はそうだと思うのですけれども、最初のセットアップは変えちゃいけないというのが、僕の中ではルールなので、そのセットアップを2時間の映画用にどうマイナーチェンジをしていくか、原作の根本にある魂を生かしたまま2時間の映画用にどう変化をさせていくかというのがひとつのポイントでした。吉高さん演じる美紗子は殺人者なんですけれども、人を愛することを知ってしまって、相手を思いやったりする心に目覚めていくじゃないですか。

―― 美紗子には、すごく魅力がありますよね。

そうですよね。そういった人を殺してしまうという要素と、人を愛するという相反する真逆の感情や気持ちというものを殺人者が持ってしまうことが、僕にはすごく魅力的だった。この二つは、結構矛盾するじゃないですか。今までの映画の中でも、サイコスリラーやサイコパス的な殺人鬼を扱う映画はたくさんあったと思うのですけれども、今回の美紗子は、人を殺す殺人鬼やサイコパスとは全然違っていて、人を殺さないと生きていけないのだけれども、人を愛する気持ちや子どもを愛する気持ちなどはすごくある。僕は、そのキャラクターに矛盾があるがゆえに葛藤する姿を映画で描きたいとすごく思いました。

もう一つは、松坂桃李くんが演じる亮介の自分の身体の中に流れている血ですよね。僕は原作を読んで、その血との葛藤の話だと思ったのですよね。自分の身体の中に流れている血の話、血との葛藤の話というのを実は僕がずっとやりたかったので、そこをよりフューチャーした話を映画用に作りたかった。そういう意味では、原作がすごく難しい反面、原作の中にはとても魅力的なテーマがしっかりとあって、それを本当に映画化したいという風に感じましたね。

映画『ユリゴコロ』過去パート

―― 正直なところ、原作の美紗子には、個人的には共感が持てなかったです。

やっぱり、殺人鬼や人を殺してしまう人には共感できないですよ。

―― だから、共感ができないという認識でこの作品を観たのですが、吉高さんの演じる美紗子には、すごく引き込まれるし、共感している自分もいて涙も出てくるし、さらには応援したくなる自分もいました。どんな工夫をされて、ここまで美紗子を魅力的にされたのですか。

本当にそうですね。例えて言うと、映画では、ダムのシーンがありますよね。洋介と美紗子が、最後のクライマックスで愛憎がグチャグチャになりながら葛藤するダムのシーンは、実は、小説にはない話なんですよ。僕の中では、テーマが葛藤なので、今回、あの二人がダムに行ってお互いにぶつかり合って、最後の選択肢を洋介自身が自分で決めるという話に原作を完全に僕が変えてしまったのです。愛してしまった相手が、殺人者で、しかも彼女のせいで自分の運命も変わってしまった松山ケンイチくん演じる洋介が、それをどう自分の中で、そのことに関して、どう対決をしてくのかというのって、ものすごい実は壮大で大きなドラマで、そこもすごく見所になるし、全てを知ってしまった愛する洋介をみた美紗子がどうなるのかというのも、二人の人生の中ではものすごい見せ場じゃないですか。僕は脚本を書いているときから、どうしても、そこがクライマックスになると思って書きましたし、そこが映画の中でも、過去編のクライマックスになっていると思います。

多分、吉高さんが一番大変で苦しまれて、すごく現場で苦しながらもやり切ってくれた彼女のお芝居がとても魅力的になったシーンだと僕も感じています。

―― 熊澤監督が吉高さんをキャスティングされたときに、こういう美紗子になるだろうと想像をされたと思いますが、実際はそれ以上の出来だったのですか。

そうですね。それこそ、妖艶な美しさだったり、すごく透明感のある美しさなどは、最初から想定していて、絶対に吉高さんは良い形になると思ってキャスティングをしました。なぜか引き込まれてしまう、通常の人間とは違った引き込まれる魅力を持っている役を吉高さんならできると思ったので、美紗子をやってもらいたいとキャスティングオファーをしたので想像をしていたことだったのですけれども、実際に映画のカメラで撮ってみると、想像以上にすごく魅力的だったし、クライマックスでは、本当に僕の想像を超えていました。ダムのシーンに関しては、僕の想像を超えた本当に伝わってくるすごく良いお芝居でした。お芝居の中で、吉高さんが洋介と息子に会えなくなるのは地獄をみたかのような顔をされたのが想像以上で、さすがに素晴らしいなあと思いましたよね。

映画『ユリゴコロ』過去パート

―― 過去のパートと現代のパートとがクッキリと分かれていました。リリースで過去の撮影を終えてから現代を撮影されたと知ったのですが、それは計画的にそうされたのですか。

実を言うと、たまたま半分ずつ二つに分けて、10ヶ月位の間を空けて撮るという形に偶然なっていった部分もあるのですけれども、途中からは、それをどれだけ上手く有効に、メリットもあるからぜひそうしていこうという風になりました。クランクインする前に、途中からそういう風になったので、今回、こういう戦略でやってみようとプロデューサーとも共通意識で話しながら進めました。普通の映画は連続して撮ったりするので、「どうする監督」と初期の頃に相談を受けて、「こういうやり方でやってみましょうか」とお互いに。その分、お金はかかってしまいますけど、そういうことによる面白さやスケール感も出たりするので。これだけ豪華なキャストだと、なかなかスケジュールが合わないことがあるのですが、分ければ大丈夫だという話もあって、ポジティブにそうしていきました。そのことによって、松坂くんたちのスケジュール調整も良い形にちゃんとなりました。

――松坂桃李さんがユリゴコロのノートを読み進めながら、彼自身も変わっていく演技がとても印象的でした。松坂さんが事前に過去のパートの映像を観たのではないかと思うほど心にくるものがありました。

撮って直ぐに自分で編集をしているので、音楽も借りてつけて編集して、一応過去編が出来ていたのですけれども、桃李くんには最初に、「観たいのだったら観られるけれども、僕は観ない方が良いと思うよ」と話をしたのですよ。やっぱり、俳優さんは、観ないで自分の想像力でお芝居をするというのが一番クリエイティブで、俳優さんとしても面白いところだと思っているので、変な影響を受けるよりも、お芝居って、自分のイマジネーションだけで作った方が良いものが出来るのですよ。僕はそういう風に思っている人なので、桃李くんに聞いたら、「じゃあ、観ないでやります」って話だったので観ないでやってもらいました。

実を言うと、木村多江さんとか、亮介のお父さん役の方とか、周りの何人かは、過去編を全部観ているのですよ。過去編を観た方が得な人たちもいるし。逆に、多江さんは、過去編を観てすごく出来が良かったから、「今回、自分に声をかけてもらって嬉しかったし、過去編に負けないように現代編もすごく頑張らなきゃ」という風に良い方向に、多江さんはすごく意識されたみたいです。そういう良さがとてもありましたよね。

映画『ユリゴコロ』現代パート

―― この作品には、私たち観る側が1回観るだけでは、分からない仕掛けがあるようなのですが…

ありますよ。2回目観るとすごいことになっていますよ。よく絵を観ていると(笑)。

―― ヒントは絵ですか。

とくに、亮介の家の見え方とかは、2回目の方がすごく面白いですよね。本当に。

―― 過去と現代のパートを分けたことで、仕掛けも作れたのですか。

実を言うと、それは僕が全部確信犯で、パートを分ける前から計算して作っているのですよ。どういうカットを撮るのかというのは、過去編を撮る前から、あらかじめ全部決めて、シュミレーションしているので。過去編でこういうカットを撮ったら、現代編ではこういうカットを撮るというのを全部事前準備をしていて、カメラマンにも、こういうカットを撮りたいからと話をして、結構相談もしました。「過去編でこう撮って、現代編でこう撮りたいから、じゃあ過去はこう撮っておこう」みたいな話や綿密な打ち合わせをたくさんしていました。当然、過去編を撮っているから、現代編を撮るときに絵が共通項としてあるので、撮りやすくはなっていますよね。映画というのは綿密な準備がすごく肝になってくるので、その辺はすごく絵的な計算を相当しましたよね。

―― この作品は、これまでにあまり観たことがないような映像美でした。

最初にこの『ユリゴコロ』をやる際に、小説は読み手がおのおの自由に想像をするじゃないですか。どういう絵なのかと。でも、自分なりの『ユリゴコロ』を映画化する際のビジョンというのは、すごくはっきりしていて、黒っぽい赤がすごく映えたりとか、暗部、影の部分をすごく印象的にしっかり作っていくっていう映像的なプランというのは、あらかじめ全部自分の中で考えていて、それをカメラマンだったり、美術デザイナーと相談しな作っていきました。例えば、みつ子の部屋にある三面鏡を赤色にしたり、壁紙をどうするのか、色味のプランはどうするかとか、その辺の総合的なビジュアル的な面白さって、どうしても時間と手間はかかってしまう。でも、それは映画だからこそ出来る面白さですよね。

観る人も映画ってそういったところで、映画館で観ていてすごく世界に引き込まれたりする。ビジュアル的な面白さって、大きなスクリーンならではの部分もあるので、カメラワークなどは、本当に照明のライティングとかも「こういう世界観にしたい」ということをベースに、カメラマンと照明が色々なアイデアを出してくれて、作ってきてくれているので。そこは、本当に最近の日本映画は大作がいっぱいありますけれども、大作みたいなお金はなかったのですが(笑)、アイデアでなんとかしようとすごく思いました。

―― それは、観る側に伝わってきますよね。

そうですよね。お客さんに視覚的にすごく楽しんでもらいたいし、この『ユリゴコロ』は、とくに過去編って、導入からこれは現実なのだろうか?という話じゃないですか。こういう子がいるのだというところから始まって、これはいつの時代なのだろうという。しばらく観ていると、昭和の話なんだとだんだん分かってくるけれど、全然説明がなくて、原作にも説明はないのですけれども、昭和的な世界観になっている。時代物の場合、過去を作るのには、手間隙とお金がかかりますよね。松山くんと吉高さんの演じる二人が出会うのは1980年代の頭の頃なので、その時代の衣装だったり、町の感じみたいなものは作らないと出来ないので、その辺にはかなり映画的に力を割いていきましたね。

映画『ユリゴコロ』熊澤尚人監督インタビュー

―― タイトルの「ユリゴコロ」という言葉は、人生にとって欠かせない、誰しもが持つ心の“拠りどころ”という意味ですが、熊澤監督にとっての「ユリゴコロ」とは何でしょうか。

僕の場合、それは、だからこそ、今こういう仕事をさせていただいてすごく嬉しいのですけれども、やっぱり映画なんですよね。僕は、やっぱり映画監督として映画だし、ただ映画だけであっても駄目で、自分の場合は、本当に奥さんだったり、家族だったり、仲間や友人たちにすごく支えられて作品が作れているので、そういう周りの人たちというのが、自分にとっての「ユリゴコロ」だなってすごく感じていますね。

     [スチール撮影: 久保 昌美 / インタビュー: おくの ゆか]

プロフィール

熊澤 尚人 (Naoto Kumazawa)

1967年4月6日生まれ。名古屋市愛知県出身。
2005年、自身のオリジナル脚本で監督し、女優・蒼井優の単独初出演作品となった『ニライカナイからの手紙』で長編映画デビュー。青春時代の機微をエンターテイメントに描くその手腕に定評があり、近年では、『君に届け』(2010年)、『近キョリ恋愛』(2014年)などのラブストーリー作品で大ヒットを果たす。
本作では、近年の作品とは一線を画すセンセーショナルな題材で脚本から務める。

主な監督作に『親指さがし』(2006年)、『虹の女神 Rainbow Song』(2006年)、『DIVE!!』(2008年)、『おと・な・り』(2009年)、『君に届け』(2010年)、『ジンクス!!!』(2013年)、『近キョリ恋愛』(2014年)などがある。また、中島健人主演『心が叫びたがってるんだ。』(2017年) などがある。が公開中。

映画『ユリゴコロ』熊澤尚人監督インタビュー

映画『ユリゴコロ』予告篇

映画作品情報

映画「ユリゴコロ」

《ストーリー》

人殺しの私を、愛してくれる人がいた。
ミステリーの常識を覆す、容赦ない愛の物語が誕生。

とある一家で見つかる「ユリゴコロ」と書かれた一冊のノート。そこに綴られていたのは、悲しき殺人者の記憶。これは事実か、創作話か。誰が、何のために書いたのか。そしてこの家族の過去に、いったい何があったのか。数々の疑念に先に、運命をも狂わす驚愕の真実が突き付けられる。いま、容赦ない愛と宿命の物語が、静かに動き始める。

 
原作: 沼田まほかる「ユリゴコロ」(双葉文庫)
脚本・監督: 熊澤尚人
出演: 吉高由里子、松坂桃李、松山ケンイチ、佐津川愛美、清野菜名、清原果耶、木村多江
製作:「ユリゴコロ」製作委員会
企画・製作幹事: 日活
制作プロダクション: ジャンゴフィルム
配給: 東映、日活
 
©沼田まほかる/双葉社  ©2017「ユリゴコロ」製作委員会
 

2017年9月23日(土)より全国公開!

映画公式サイト
 
公式Twitter: @yurigokoromovie
公式Facebook: @yurigokoromovie

この記事の著者

この著者の最新の記事

関連記事

カテゴリー

アーカイブ

YouTube Channel

Twitter

【バナー画像】日本アカデミー賞
ページ上部へ戻る