BABEL LABEL 藤井道人×新監督陣 独占インタビュー

なぜBABEL LABELへのエントリーを決めたのか

新たにBABEL LABELへ加入した5名の監督もインタビューに同席。それぞれに「なぜ、BABEL LABELへのエントリーを決めたのか」、その動機を聞いた。

増田: 締め切りの3時間前に夜行バスの中で募集を見つけたんですよ。私は写真をメインに活動してきていたんですけど、以前、クラウドファンディングで自主制作の映画を作ったんです。その時に、“映像って凄いな”と感じました。それで、映像をこれからやっていきたいと思い始めた時にちょうど募集を見つけて、応募しようと思いました。ひたすら夜行バスでパソコンに入力していましたね(笑)。

林田: 自分は4月にコロナの影響で日本に帰国して、就活をして内定も貰っていました。でも、“これで…良かったん…だよ…な?”という想いがあって、ちょうどその時に知り合いのプロデューサーから、“面白い会社が募集をしてるけど、ダメ元で応募してみたら”と話をいただいて、縁を感じて応募しました。

面接で藤井さんと山田さんとお話をした際に、自分がやりたいことや、個人的なことも色々お話したのですが、その時にこの方達ならバックアップしてくれるなあという感覚があって、ここで一緒にやりたいと思いました。

志自岐: 自分は2年くらい前に日本に帰国して、広告の編集などをしていました。もちろん学ぶことも多くありましたが、クリエイティブディレクターが最終的な方向性を決めるので、私は自分で自分のことを決めたいなと思い、フリーランスで映画を作っていこうと考えていました。ちょうどその時に募集を見つけて、とりあえず送ってみようと勢いで送ったら、こうしてお声をかけていただきました。偽らずに自分をさらけ出して、受け入れてくれなかったらそれは縁がなかったんだという感じで面接でお話したのですが、もう作品を見て私の性格をなんとなくわかっている感じだったので、ここなら一緒にやっていきたいなと思いました。

下田: 募集の告知を見たときに、直感的に“これをスルーしたら、後で監督の発表を見た時に後悔するだろうな”と思ったんです。そういうふうに思った時は何でも挑戦しようと思っていて。それと、面接があるという話だったので受かるかどうかはさておきラブコールをしにいきたいと思ったんです。というのも、私とBABEL LABEL代表の山田久人プロデューサーは以前同じ制作会社で先輩と後輩だったんですが、山田Pが早い段階でその会社を辞め、自分たちで新しく会社を立ち上げると言っていたのがこのBABEL LABELだったんですね。当時はまだ若手が辞めて新会社を立てるような動きは珍しかったんですが、山田Pと藤井さんのその決断や、その後の歩み方を側で見ていてすごく共感したし、勇気をもらいました。その時の感謝とリスペクトの気持ちを何年か越しに伝えに行きたいと思って。結果としてその思いの部分も汲んでいただけて、加入というお話をいただき嬉しく思っています。

曽根: 2020年の最初にプロデューサー兼監督をさせていただいたドラマがあり、そこでは10人の監督がいて、10社のプロダクションが入っているというものでした。その時に自分の会社も限界だと感じて、その10社のどこかとご一緒させていただきたいなと考えていた時に、BABEL LABELのアベラ監督とご一緒させていただきました。それがきっかけで募集を見つけて、今しかないと思い応募を決めました。もちろん藤井さんのことは前から知っていて、同い年なのでジェラシーを感じながら、“俺ももっと頑張らないと”と思ってはいました。でも、『新聞記者』を観た時に「もう完全に白旗をあげるしかないな、これはもう完敗だ」と思い、藤井さんのエッセンスを1ミリでも学びたいと思いました。

◆新監督5名が語る、“BABAL×自分”とは

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