映画『ラスト・ナイツ』紀里谷和明監督インタビュー
【写真】紀里谷和明 (Kazuaki Kiriya)

映画『ラスト・ナイツ』(原題: Last Knights)

紀里谷和明監督インタビュー

描きたかった「忠臣蔵スピリッツ」とは何か

毎年12月になると必ず話題にのぼる「赤穂浪士の討入り」。ほんの少し前までは日本人なら誰でも知っていた『忠臣蔵』の世界も、21世紀の若者には正直『スター・ウォーズ』より遠い。ところが、紀里谷和明監督はその『忠臣蔵』をベースに、まったく架空の時代、架空の国の物語をつむぎだし、世界の名優たちを配してハリウッド映画『ラスト・ナイツ』(原題:Last Knights)を完成させた。忠義、敵討ち、切腹・・・。日本人の、それも武士特有の価値観と考えがちな忠臣蔵の世界は、なぜハリウッドの映画人たちを動かしたのか。300年以上語り継がれ演じ続けられてきた「忠臣蔵」の魅力と本質、そこに重なる紀里谷監督の思いを聞いた。

【画像】映画『ラスト・ナイツ』 (原題: Last Knights) メインカット

脚本を書いたのはカナダ人

あるプロデューサーから僕のところに脚本が送られてきて、それがカナダ人の作品でした。「忠臣蔵」をやろうというのは、マイケル・コニーベスとドブ・サスマンの発案です。

「カナダ人が忠臣蔵を?」とか「外国人がなぜ?」とか言う人が多いけど、そこが日本人の思い込み。そもそも47人のサムライが主君のために敵討ちをしたという「忠臣蔵」の話は、けっこう有名なんです。それも素晴らしい話として。

日本人でも本場よりもおいしいイタリア料理とかをつくってる人はいる。それと同じで、愛して研究して極めれば、国籍なんか関係ないですよ。

逆に、僕自身はそれほど「忠臣蔵」に詳しくもないし、ことさら「忠臣蔵」がやりたくて脚本を探していたわけでもなかった。脚本さえ良ければ、アフリカの話でもインドの話でも、何でもよかった。彼らの脚本は、ほんとに完成度が高く、僕がこの本を選んだのは、その一点です。とにかくいい芝居といい役者を。そういうコンセプトでなるべく全世界からキャスティングしようと決めました。結果的に、国籍も民族もバラエティに富んだ素晴らしい俳優たちが集まってくれた。モーガン・フリーマンやクライヴ・オーウェン、アン・ソンギなど、世界各国を代表する名優が参加してくれたのも、それはひとえに脚本がいいからです。

【画像】映画『ラスト・ナイツ』 (原題: Last Knights) 場面カット1

最初の舞台設定は日本。キャラクターも全員日本人だった

ただ、持ち込まれた時点では、全篇日本という設定でした。キャラクターも大石内蔵助とか吉良上野介とか、まさに「日本の忠臣蔵」が本当に忠実に描かれていた。これをそのままやるかどうか。最初に議論になったのがそこです。

単純に、これをやれる俳優がいるかっていう問題があった。全員日本人でやるとしたら、演技力のほかに英語力も必要になってくる。逆に外国人のチョンマゲ・裃(かみしも)・帯刀姿で、日本人が満足する「忠臣蔵」になり得るのか。

それよりも僕が懸念したのは、日本に限定することで、「武士道」という概念が、日本特有のものとしてしか受け取られないということでした。マイケルたちは「仮名手本忠臣蔵」の原典も読み込んで細部まで理解していますが、多くの西洋人にとっては、やはり「武士道」とは「サムライ」「ハラキリ」。そこだけを切り取って形だけを取沙汰する人が大半です。そうしたくはなかった。

武士道の本質は、人を信頼する気持ち、信頼する人に忠誠を誓う気持ちであり、それは一見日本独特のもののようでいて実はどの国にもあるんじゃないか。人間としての共通した思いであり、全世界共通な概念ですよっていうのを、僕は伝えたかった。

「切腹」とは何か?をつきつめる

日本特有のものではない「忠臣蔵」映画にするために、まずは様式を崩さなければいけないと思い、一種のファンタジーにしました。架空の王国があり架空のシステムがあり、体制があって権力があって、というふうに。それも「あ、あそこだ」「どこどこの風俗だ」って特定されるのはいやだから、衣裳もセットも、構想を練るのは本当に大変だった。コンセプトが決まった後も、具体的に建物はどういう建築様式なのか、それこそ刀一本のデザインまで、すべて考えつくさないといけませんでした。

【画像】映画『ラスト・ナイツ』 (原題: Last Knights) 場面カット4

物の形だけではありません。たとえば「切腹」です。浅野内匠頭は切腹しますが、バルトーク卿(モーガン・フリーマン)は斬首です。最初は僕も切腹させようと思ってたんだけど、変えました。なぜかというと、日本の武士なら切腹の作法があるからそのままできるけれど、ここは日本じゃない。じゃ、どういう形にするのか、一体「切腹」とはなんなのか。

なぜ腹を切るのか。自分の名誉を守るため、というのもありますが、僕が注目したのは「自分で自分を傷つける」という自傷行為でした。ここでは自分の後継者であるライデン(=大石内蔵助。クライヴ・オーウェン)に自分を斬らせています。自分の後を継ぐ者とは息子のこと、息子ってつまり、自分の分身でしょ。この場合、バルトーク卿とライデンの気持ちは一つになるんです。

そして、斬首に使われる刀はバルトーク卿から受け継いだ刀。つまり、バルトーク卿は自分の刀で首を打たれる。その意味からも、斬首であっても切腹と同じと考えられます。「忠臣蔵」では、内匠頭は切腹に使った九寸五分(切腹に使う短刀をその長さからこう言い表す)をいまわのきわに内蔵助に渡しますが、ライデンが斬首に使った刀は、前夜バルトーク卿から「後継者の証」として賜った刀です。この刀は、九寸五分と同じく討入りのシンボルであり、敵討ちの遂行の大きな鍵となっていきます。

【画像】映画『ラスト・ナイツ』 (原題: Last Knights) 場面カット3 ( モーガン・フリーマン)

「いじめ」や「理不尽」に立ち向かう勇気は、世界中で求められている

このように、映画作りは常に物語の本質をきわめていくという作業の繰り返しでした。そしてこの話のテーマをつきつめていくと、人間の生き方に行きつくわけです。

今の時代もそうですが、権力が肥大化すればするほど民衆に圧迫がかかる。それに対して民衆は抵抗することもできず、牛耳られていく……。それに対して、いつか誰かが「間違っている」と申し立てるわけですよね。そしてある日その下の人間が動き、それを聞いた人たちが動き、最終的に民衆が動く。理不尽さとのやむにやまれぬ戦いは、ありとあらゆる国で繰り返されてきた歴史です。

今回は「間違っている」と最初に言う人間を、モーガン・フリーマン扮するバルトーク卿(=浅野内匠頭)にしています。原作とはちょっと違いますけど。しかしながら、権力になびかなかった人がいて、47人が彼の意を同じくしてそれに続いたという部分が大衆の心を掴んだという点では、核心を違えてはいないと思います。

もっと日常的な話にすると、学校にいじめっ子がいて苛められている子がいるとする。それに対して、ほかの子たちはいじめはいけないと思いつつ、それを言うと自分もいじめられるのが怖くて、黙ってしまう。これがいじめの原理です。

それに対してたった一人「それは違うだろう」と言う子が出たら、案の定上級生たちにボコボコにされてしまった。でもそれを見ていた周りの人間が「やっぱりこのままじゃいけないよね」って力を合わせて立ち向かう話が「忠臣蔵」だ、とも言えます。

今の世の中、その「一言」を言える人がいなくて、見て見ぬふりをしているうちに見殺しにするばかりじゃないですか。そういう社会に対しての問題提起でもあるわけです。

【画像】映画『ラスト・ナイツ』 (原題: Last Knights) 場面カット2

自分らしく生きるには誇りが必要だ

バルトーク卿は自問したはずです。大権力に独りで歯向かって、自分はここで死ぬのかと。帝国に迎合し唯々諾々と生きる道もあった。それもありだと思いますよ。でも、多分彼はそれじゃ自分のことが好きになれなかったと思うんです。

どんな仕打ちが待っているのか。どういう困難が待ち受けているのか、わかってやっている。それが家族にも及ぶであろうことも。案の定、バルトークの妻も娘のリリーも辛酸をなめます。しかし最後にライデンと部下たちが、リリーを助けて跪く。そのとき初めて、彼女は自分の父親の愛情を受け取るわけです。

私の祖父は、終戦直後に自決しています。祖母も母も母のきょうだいも、苦しい生活を余儀なくされました。しかし母が私に言った言葉で、すごく印象に残るものがあるんです。

「たしかに貧しくって、何も残してくれなかったけど、でも誇りだけは残してくれた。それだけで生きてこれた」

物理的な遺産とか、そういうものさえあったら、その人はそれでホントに幸せになるのか。それはまた別の話じゃないだろうか。

日本だけでなく世界中で、物理的な裕福さ豊さばかり追い求めています。それでみんなが幸せだったらいいけど、自分の生き方が嫌いになってもそれをやってしまうような人々があまりにも多すぎるような気がします。そういう風潮へ一矢報いたい、そんな気持ちが「忠臣蔵」と僕を結びつけたのかもしれません。

[インタビュー: 仲野 マリ]

監督プロフィール

紀里谷和明公式プロフィール写真

紀里谷 和明 (Kazuaki Kiriya)

1968年 熊本県生まれ。

1983年 15歳で渡米、マサチューセッツ州ケンブリッジ高校卒業後、パーソンズ大学にて環境デザインを学ぶ。

1994年 写真家としてニューヨークを拠点に活動を開始。数々のアーティストのジャケット撮影やミュージックビデオ、CMの制作を手がける。

2004年 映画『CASSHERN』で監督デビュー。

2009年 映画『GOEMON』を発表。

著書に小説「トラとカラスと絢子の夢」(幻冬舎)がある。

最新作のハリウッド映画『ラスト・ナイツ』(原題: LAST KNIGHTS)が2015年11月21日(土)より日本公開。

オフィシャルサイト: http://www.kiriya.com/

映画作品情報

【画像】映画『ラスト・ナイツ』 (原題: Last Knights) ポスタービジュアル

第28回東京国際映画祭(TIFF) パノラマ部門出品
 
邦題: ラスト・ナイツ
原題/英題: LAST KNIGHTS
 
監督: 紀里谷和明
脚本: マイケル・コニーヴェス (Michael Konyves)
製作: ルーシー・キム (Luci Kim)
撮影監督: アントニオ・リエストラ (Antonio Riestra)
編集: マーク・サンガー (Mark Sanger)
美術: リッキー・エアーズ (Ricky Eyres)
 
出演: クライヴ・オーウェン (Clive Owen)
    モーガン・フリーマン (Morgan Freeman)
    クリフ・カーティス (Cliff Curtis)
    アクセル・ヘニー (Aksel Hennie)
    ペイマン・モアディ (Peyman Maadi)
    アイェレット・ゾラー (Ayelet Zurer)
    ショーレ・アグダシュルー (Shohreh Aghdashloo)
    アン・ソンギ (安 聖基)
    伊原剛志
 
2015年 / アメリカ / 英語 / カラー / 115分
配給: 株式会社KIRIYA PICTURES、ギャガ株式会社
©2015 Luka Productions
 

2015年11月21日(土)より全国ロードショー!

映画公式サイト

公式Twitter: @lastknightsjp
公式Facebook: @lastknights.jp
 

★映画『ラスト・ナイツ』レビュー記事はこちら

この記事の著者

仲野 マリ映画・演劇ライター

映画プロデューサーだった父(仲野和正・大映映画『ガメラ対ギャオス』『新・鞍馬天狗』などを企画)の影響で映画や舞台の制作に興味を持ち、書くことが得意であることから映画紹介や映画評を書くライターとなる。
檀れい、大泉洋、戸田恵梨香、佐々木蔵之介、真飛聖、髙嶋政宏など、俳優インタビューなども手掛ける。
また、歌舞伎、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど、舞台についても同じく劇評やレビュー、俳優インタビューなどを書き、シネマ歌舞伎の上映前解説も定期的に行っている。
オフィシャルサイト http://www.nakanomari.net

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