映画『ヒメアノ~ル』
静かにたぎる、圧倒的殺意
《ストーリー》
岡田(濱田岳)は地方から上京し、清掃員のアルバイトをするフリーター。趣味もなく彼女もいない。代わり映えのない平穏な毎日を、少しの不満と小さな不安を持ちながら過ごしていたある日、高校の同級生である森田(森田剛)と再会する。
かつて同級生から酷いいじめを受けていた森田は、高校卒業間近に、主犯格の一人を殺害した。それからというもの、躊躇なく人を殺すようになった森田の次のターゲットは、岡田の先輩・安藤(ムロツヨシ)が思いを寄せるユカ(佐津川愛美)だった。ユカと親しくなった岡田も、森田に命を狙われるようになる。
《みどころ》
殺人や犯罪は、日常とはかけ離れたところで起きている。多くの人がそう思い日々を生きているだろう。この映画の登場人物―岡田やユカに安藤、森田でさえも、かつてはそうだったはずだ。しかし、穏やかな日常を嘲笑うかのように、劇中後半は多くの人の命が次々と、残虐に奪われていく。確かな殺意を持ってその命を奪うのは、どこにでもいる普通の青年である。身近に十分起こりうる恐怖を前にし、背筋が凍る。
人の言動は、他者を狂わせるほど大きな影響力を持つことがある。その危険性が、森田という人物により映し出される。かつては残酷な仕打ちから逃げ出すためにただ「死にたい」と願っていた森田がある時、糸がふつりと切れたように次々人を手にかけ、捕食する強者へと変貌する。いじめ主犯格の同級生に、繰り返し脅すようにぶつけられた言葉は亡霊のように延々と、耳を塞いでもなお森田を苦しめ続ける。頭の中で初めはその声が同級生、やがて徐々に森田自身のものへと変わっていく。まるで、かつてからそれが森田の意思であったかのような、錯覚に陥るほどに。
タイトルの「ヒメアノール」(hime-anole)とは小さなトカゲのこと。強者に捕食される弱者を表す。それは森田が命を奪っていく人々を示すのか、それとも・・・・・・? 森田が人を手にかけるシーンは、目を覆いたくなるほど生々しく、とてつもなく痛い。だが、森田は決して強い人間ではない。パチンコで儲けた現金を、通りすがりのチンピラにあっさり巻き上げられてしまう様な弱い、それこそ捕食者でもある。
人は時と場により弱者にも強者にもなりうる、その表裏一体を実感させられる。
[ライター: 宮﨑 千尋]
映画作品情報
監督・脚本: 吉田恵輔
原作: 古谷実 「ヒメアノ~ル」 (ヤングマガジンKC 所載)
音楽: 野村卓史
出演: 森田剛、濱田岳、ムロツヨシ、佐津川愛実、大竹まこと
2016年 日本 / 日本語 カラー / 99分 / 映倫区分: R15+
配給: 日活株式会社
劇場公開日: 2016年5月28日
© 2016 「ヒメアノ~ル」 製作委員会