腐っても腐りきれない四十男の再奮起
2016年に福岡限定でテレビ放映されたドラマ『ガチ★星』が反響を呼び、映画化となった。映画『ガチ星』は、福岡から始まりじわじわと日本全国に放映館を増やしつつある話題作だ。舞台は競輪発祥の地である福岡県の小倉で、実際の競輪選手に多くのアドバイスを受けたレースシーンは、競輪を知らずとも、思わず身を乗り出し見入るほどの迫力だ!
キャストは福岡出身の博多華丸(漫才コンビ「博多華丸・大吉」のメンバー)や同じく福岡出身の福山翔大をはじめ、出番こそ多くないが存在感あるモロ師岡など個性的なメンバーが揃う。中でも「40代鳴かず飛ばずの役者」を集めるという異例のオーディションで主役を射止めた安部賢一は、江口監督いわくまさに主人公・濱島にとても近い人物。安部賢一自身も競輪選手を目指すも志半ばで挫折した過去があり、俳優としてもなかなか日の目を見ることがなく今日まできた。
本作のオーディションでも求められる演技ができず何度か落選し、それでも諦めきれなかった安部は「この役が決まらなければ俳優を辞める」とまで宣言した。崖っぷちの安部を合格にした理由は、安部が変わったから、そしてこの先も変わっていく可能性を感じたからだと江口監督は語る。映画本編だけでなく、制作側にもなみなみならない本気があふれた作品となっている。
《ストーリー》
元プロ野球選手・濱島浩司(安部賢一)は39歳。戦力外通告を受けた8年前から妻子と離れて暮らし、親友の妻と不倫、煙草と酒に溺れ、細々と稼いだ金をギャンブルにつぎ込むダメ人間だ。四十をむかえる濱島は、競輪学校なら40歳以上でも入学できることを知り、競輪で人生をやり直そうと考える。厳しい訓練の日々を送るも結果はどん底、心も身体もますます堕落していく濱島の目に映ったのは、年齢も境遇も何もかも違うが、同郷の久松(福山翔太)だった。病んだ母を施設に預け、帰る場所のない久松は、「これしかないっちゃ」と圧倒的な成績と異様なほどの熱意で競輪に挑む。「競輪馬鹿が」と鼻で笑っていた濱島だったが、久松の懸命な姿に真の努力の在り方を知る。本気(ガチ)でもがき始めた時、濱島に少しずつ変化が生まれていく。
《みどころ》
本作で初めて商業映画の監督を務めた江口カン監督は、カンヌ国際広告祭で3年連続受賞に輝き、近年では東京五輪招致映像のクリエイティブディレクションを務めている。わずかな時間でメッセージを伝えきる広告に関わり続けてきた監督の気質が反映されているのだろうか、本作は言葉以上に映像により強いメッセージを感じる。
例えば、濱島はしょっ中タバコをふかしている。痛い目を見てさすがに少しは控えるだろうと思いきや、切り替わった次のシーンでも、悪びれなくプカプカとタバコをふかし始めるから、しょーもない・・・と呆れずにはいられない。見限りたくなるほどの最低人間 濱島だが、一方で“次こそは”と期待を抱かせる要素も持っている。理由の一つが手つきの繊細さにあるだろう。息子とのキャッチボールでミットにボールを収め、シュッと投げる仕草は端正で、酔っぱらってゴミ置き場に小便をかけあたり散らす人物と同一だとは思えないほどだ。
母親が作った濱島を取り上げた競輪に関するスクラップノートを見つけた濱島が、小馬鹿にした様子でほおり投げるのには観ているこちらがイラッとする。だが次の瞬間そっと元の場所へ戻すから、ああこの人は不器用さが勝っているだけで悪い人間ではないのだろう、と憎み切れない。
江口監督は本作の中心に“年齢を重ねてからの再チャレンジ”というテーマをすえたという。変わりたいけれどもどう変わればいいのかわからない、濱島のように、心が散り散りになってしまいそうな臆病心は年を重ねるほどに多くなりがちだ。人はきっと、努力をすれば少しずつでも変わることができる。少しずつでも結果は出ると信じたい。完全無欠なかっこいいヒーローとは程遠い濱島の姿に、そう願いたくなる。
終盤のレースシーンでは撮影時、実際の競輪選手達と競いながら俳優陣が自転車を走らせたという。鬼気迫る戦いに爪が食い込むほど拳を握り、本気で濱島を応援していた。
その時浮かんだのは、冒頭の練習場でのシーンで鬼教官が生徒たちに発する罵声に近い奮起の声だ。
「もがけーーーー!!!もがけもがけもがけーーーー!!!!」
もがきにもがく濱島の奮闘をその目で見届けてほしい。
[ライター: 宮﨑 千尋]
映画『ガチ星』予告篇
映画作品情報
特別協賛: BRICKHOUSE、ONIKU
5月26日(土)新宿K’s cinemaほか全国順次公開中!