ジュリエット・ビノシュ 来日インタビュー
ようやくこの手付かずの自然の風景と自分のルーツとが結びついたような感動を味わいました。
河瀨直美監督の長編映画10作目となる最新作『Vision』が6月8日(金)に公開を迎えた。
河瀨監督の生まれ故郷である奈良県吉野の自然の中で、イングリッシュ・ペイシェント』(1997年)で米アカデミー賞助演女優賞、世界三大映画祭すべてで女優賞を獲得したフランスの名女優ジュリエット・ビノシュと、河瀨監督作品は3作目、2作連続の主演となる永瀬正敏をW主演に迎えて製作された渾身作である。
『Vision』の公開に際してフランスより来日した主演のジュリエット・ビノシュに撮影現場での様子や作品への思いなどを聞いた。
―― 永瀬正敏さん演じる智とあなたが演じたジャンヌの恋愛について、現場ではどう感じて演じていましたか。
ジャンヌから智の方に近づいていった、ということに興味深さを感じていました。それは智の「幸せはそれぞれの人の心の中にある」という言葉がきっかけで、ジャンヌはそれを信じ、私もその幸せに彼と共に向かい合いたいと一瞬にして感じたので、自然に近寄っていったわけです。ただそれは単純な恋愛感情で近寄っていったわけではありません。彼女は日本に辛い思い出を抱えて再訪しているわけで、智への想い、愛情がその辛い思い出を乗り越える可能性を持っていると感じたのだと思います。
―― 冒頭、電車で森の中に入っていくシーンでトンネルを抜けるとジャンヌが涙を流す場面が印象的でしたが、河瀨監督がこれは脚本にはなかった演技だとおっしゃっていました。どんな思いでそのような涙に至ったのかお聞かせください。
日本の森の景色の中にいたということが大きいかもしれません。いつも日本に来る時は取材があったりして時間に追われています。それが一旦自然の中に身を置いたときに自分でもどうしていいかわからず驚いたんです。その森の緑の中に自分のルーツみたいなものを感じたのかもしれないですし…なぜ涙が流れたのかは自分でも説明がつかないんです。私たちは都会というか近代的な街に住んでいるじゃないですか。しかも私は飛行機に乗ったり、人によって作られた人工的なものに囲まれています。そういう人間が突然人の手が加わっていない自然の中に身を置くと、すごくほっとしてやっと息が出来るような感覚になります。ようやくこの手付かずの自然の風景と自分のルーツとが結びついたような感動を味わいました。
―― 河瀨監督は、そこに至るまでの人生やなぜ自分はここに来たのかというストーリーをあなたが作ってきて、ようやくここに来れたという思いが溢れて涙を流されたのではないか、とおっしゃっていました。
確かにそうですね。あの電車に乗っているシーンの撮影ののちに、物語の重要な部分にあたるシナリオが変わりました。ですのでそのシーンの撮影時はまだ1000年に1度現れるビジョンと言う薬草を見つけたいと言う一心で彼女は日本へやって来て、その奇跡が起こるんだっていう思いをほぼ確信のように感じていたから胸にくるものがあったんです。
私があのシーンで涙を流したので、河瀨監督はびっくりしていました。この涙をどうしたらいいのかと考えたと思います。そしてこの涙を彼女の中で解釈してその後の物語に結びつけたんじゃないかなと思います。
―― 河瀨監督の演出についてお聞きします。他の役者さんは24時間その役でいるようにと言われたようですが、あなたもそうでしたか。そうだとしたら、どの様に感じましたか。
「演技」と言うものは好きではないんです。しかし俳優として私自身と役を近づけるというのは必要だと思いますし、俳優が職業ですから単になりきるだけではなく作り込むということは大事だと思っています。
河瀨監督の面白いところはテイクの切れ目がないんです。「アクション!」とかそういうのがなく、撮っているのか撮っていないのかわからない感じで進んでいくんです。そういう風な手法というのはすごく快感ですね。ただ24時間ずっと役柄でいるということに関しては「ノン」です。なぜなら私自身は母親でもありますし、仕事と家庭とがそれぞれあるからです。もちろんロケのことを考える事もありますが、家に帰れば子育てをしなければなりません。100%役柄に入り込んでいる人も居るしそれもいいと思いますが、私はそうする必要がないと思っています。そう、以前ダニエル・デイ=ルイスに電話をした時、彼はその時の役柄のままのアクセント(訛り)で話してきたんです!彼はその「役柄に常に入り込む」手法でオスカーを3度獲っているわけだし、それはそれでまたいいんじゃないかなと思っています。
河瀨監督のそういうメソッドと言うのは尊敬すべきものだと思います。彼女は撮影現場というものが外界から閉ざされた繭のような空間になるよう、スタッフと役者が一体になってやっていました。役者に対して技術スタッフが動物のように身をくねらせながらついて撮影する姿に圧倒されました。全身全霊を捧げて真実を撮ろうとしているようで、本当に感動しました。
―― 世界という舞台で常に挑戦し続けているあなたから、これから一歩踏み出そうとしている人へメッセージをお願いします。
私はすごく好奇心でいっぱいな人間です。冒険が大好きです。毎日が同じで閉鎖的な感じだと死にそうになります。
好奇心旺盛な子供心を自分の中で育てなければいけないんです。そうやって未知のものに向かっていくのは大切なことです。変わらなきゃならない、その未知のものというのは実は自分自身のことなんです。
母は私に向かって「あなたは俳優だけど踊らないでしょう」とか言うんですけど、そう言われたら「私、踊る」と返しますし、「あなた歌わないじゃない?」と言われれば、「じゃあ私、歌う」・・・というように、いつも私は「できないんじゃない?」と言われたことに対して向かっていくんです。ただ、絵を描くことに関しては昔から好きだったけれど「あなたは俳優だけど絵は描かないんでしょ」とは言われませんけどね!
―― インタビューを終えて
ジュリエット・ビノシュの話を聞いていると「感受性が豊か」などという月並みな言葉ではとても言い表せないくらいの「生きている人間の心が動くさま」を感じ、一瞬にして引き込まれてしまいました。彼女は限られた取材時間のなかでもじっくり言葉を選び、時に目を潤ませたりしながら語ってくれたからです。河瀬監督が最初のシーンでシナリオにない涙をジュリエットが流したことで、その後のストーリーを書き換えたというのも大きく頷けます。
是非劇場で、そんな彼女とともに奈良の美しい森のなかでの出来事を追体験して欲しいと思います。
[記事中スチール写真: オフィシャル提供]
プロフィール
ジュリエット・ビノシュ (Juliette Binoche)
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映画『Vision』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》紀行文を執筆しているフランスの女性エッセイスト・ジャンヌ(ビノシュ)が奈良・吉野の山深い森を訪れる。彼女は、1000年に1度、姿を見せるという幻の植物を探していた。その名は“Vision”。旅の途中、山守の男・智(永瀬)と出会うが、智も「聞いたことがない」という……。ジャンヌはなぜ自然豊かな神秘の地を訪れたのか。山とともに生きる智が見た未来とは―。 |
企画協力: 小竹正人
エグゼクティブプロデューサー: EXILE HIRO
プロデューサー: マリアン・スロット、宮崎聡、河瀨直美
配給: LDH PICTURES
2018年 / 日本・フランス合作 / 110分 / PG12