映画『Vision』河瀨直美監督インタビュー
【写真】映画『Vision』河瀨直美監督インタビュー
 

映画『Vision』

 

河瀨直美監督インタビュー

俳優達が、演じるのではなく森に暮らし、生き、言語を超えた心の交流をしています。

18歳の時、初めて8ミリカメラを手にしてから約30年。カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外で数々の賞を受賞し続けてきた河瀨直美監督が放つ渾身の最新作『Vision』が6月8日(金)に公開を迎えた。

2017年5月、第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に『光』を出品。公式上映では約10分にも及ぶスタンディングオベーションが監督、キャストに贈られ、エキュメニカル審査員賞に輝いた。そんな映画祭の期間中、河瀨監督、永瀬正敏が公式ディナーで、『Vision』のプロデューサーであるマリアン・スロットと同席となり、ジュリエット・ビノシュと出逢う。やがて、国籍や言語の違いを越え、意気投合し、ビノシュが河瀨監督の次回作の出演を熱望したことから、翌6月に制作が決定。河瀨監督はすぐさま、ビノシュと永瀬を当て書きし、オリジナル脚本を執筆。映画『Vision』が製作されたという。

【画像】映画『Vision』メイキングカット(河瀨直美監督&ジュリエット・ビノシュ)

記念すべき長編映画10作目となる『Vision』の製作背景や作品に込められた思いなど、河瀨直美監督に話を伺った。

―― 「映画は光だ、映画は愛だ」と、カンヌ国際映画祭でのスピーチにて、ジュリエット・ビノシュさんが河瀨監督の目の前でおっしゃっていたとのことですが、(そのような次元で?)お二人は繋がられたのだなと感じました。美しい自然の光や、人への愛などが表現されている河瀨監督の作品に、今回ビノシュさんを迎えられたわけですが、撮影を終えた際のインタビューにおいて、「圧倒的な存在感だった」と監督は語っておりますが、彼女の底力を感じたエピソードなどあればお聞かせください。

撮影は順撮りをしているので、電車で森に入ってくるというシーンから撮っているのですが、ビノシュは撮る前からもちろんセリフは完全に入ってます。感情が流れるそういった風景の中で、トンネルを抜けたらビノシュが涙を流し始めてですね。あの涙は脚本にはなくて、でもそこに至るまでの彼女の人生とか、おそらく「なぜ私はここに来たのか?」というようなストーリーを全部作ってきたのだと思うんです。だから感極まって、「ようやく来れた」という思いがぶわ〜っと溢れ出たんだと思います。私はそういうシーンでは、「泣くシーンじゃないから泣かないで」とするのではなくて、そこで溢れ出た彼女の感情を次に繋げていくためにOKカットにしたのですが、最初からそんな感じでした。スタッフたちは「え!なんで泣いているの??」というリアクションでしたが(笑)。でも絶対にこれは彼女の中で何かが動いたということだから、何かに繋がるという気がしたので、エピソードに変えていくという形をとりました。

【写真】映画『Viion』河瀨直美監督インタビュー

―― 作品の中で他のキャラクターもまた涙をスッと流すシーンがありました。やはり脚本上ではそういうシーンは無くて、各々の感情の高まりからくるシーンだったのでしょうか?

そうですね。だから岩田剛典くんに関しても、コウ(永瀬正敏さん演じる智の愛犬)がいなくなった時も泣いていましたが、あれはコウに対してもですが、実はジャンヌに対する感情が強く働いた。とおっしゃってました。あの頃に彼はジャンヌが他人じゃないということに気づいていたんじゃないかなと思います。

―― 今回森の中で、木と木の間の小さい繊維でしたり、何か音を立てているようなシーンなど、繊細な映像美がとても印象的でした。そういった自然の映像を撮る際に気をつけていることについて伺わせてください。

まさに森の中にいるような音の構成にものすごく気を配っていますね。よく聴いてると川のせせらぎの音がしていたり、葉やどんぐりが落ちたりと、あとはやはり動物ですね。鹿が高らかに泣いているような生き物の気配、そういったものを注意深く音で構成しました。画では到底映すことはできないですけど、音は私たちの感覚の中にすごく入り込んでいて、特に山の中に入ると騒がしいぐらいです。智は最後、賑やかだと言ってるんですけど、森の色んなものから安心感が得られることがあるのです。簡単な言い方だと「癒される」と言うのでしょうが。「私だけではない」というような感覚になれると思うんですよね。

【画像】映画『Vision』場面カット

―― 最初の涙のシーンを観て驚いたのですが、セリフがなくともグッとくる美しい映像が多かったです。ジュリエット・ビノシュさんとその役柄に対して感じたことをお聞かせください。

吉野には大女優ジュリエット・ビノシュ!のような方が宿泊できる宿というのがなかなかないわけです。逆に特殊なというか、ユニークな場所としてお寺の宿坊に泊まっていただいたんですね。朝からお堂でそこのご住職がお祈りをしているのですが、彼女もそこにいつもお祈りを捧げ、吉野川の前が宿坊だったんですけど、彼女はその景色を眺めながら過ごしていました。食事に関しても、日本に来た瞬間からパンは食べずに玄米だけ。日本の古来からの食を中心に、体の中から変えていくということをしていました。スタッフ達の食事とは別で、ビノシュ専属のシェフを置いて、おひたしとか大根の煮付けとか玄米を食べてもらって、役柄になりきっていくわけです。また技術的には、彼女は十幾年来、ニューヨークの先生に演技のコーチングを受けていて、撮影のない時は宿坊で1日平均4~5時間スカイプで役柄を作っていくセッションをやっていました。ジュリエットではなく、ジャンヌとして如何に存在するか、そこにすべての時間をそこに費やしていくんですね。立ち入ることはできないんですけど、聞こえてくる音としては、ずっと「ダダダッ!」って歩いている足音とか、すごい叫んでたりとか、泣き始めたりとか、でしたね。

【画像】映画『Vision』場面カット (ジュリエット・ビノシュ)

―― 女性として彼女に共感されたことはありますか?

彼女は2児の母でもあります。クッキングのシーンでも手際よくこなしていました。決して丁寧な作り方ではないですけど、「子供がいるからこうなるのよ、こういう風じゃないとできないから」と。ちゃんと自分でご飯を作っていることも聞きましたし、餃子の作り方を料理教室の先生に習ったので家族と一緒に餃子パーティをするなど、家族との時間をしっかり持っている方ですね。でも、俳優としての向き合い方はすごくストイックで、やるとなったらすごい集中力ですし、決して逃げないですね。彼女はしっかり向き合うことをします。そこは強いなと思います。泣いていても向き合う。わからなくてもわかるまで向き合う。すごくわかりやすい人でした。非常に共感することもありましたし、尊敬することも沢山ありました。すごく頭の回転も速いので、言うこと言うことがとても刺激的でしたね。

【画像】映画『Vision』場面カット (ジュリエット・ビノシュ)

―― 河瀨監督の作品には「美」が欠かせないものとお見受けします。本作では言語に関しても、世界一美しい言語といわれているフランス語が使われていますが、そういったことにも美を意識されたのでしょうか?

フランス語は耳元でささやかれているような、音楽のような言語ですね。だから音楽は敢えて付けなくて、ジュリエットが森の中で囁やくシーンでは、彼女の言葉と自然の音で奏でていくということがありました。冒頭から電車のシーンがフランス語ですが、ジュリエットに関しては「merci」くらいか、「千年の土地」といった敢えて詩的な言葉だけでした。でも私が書いた日本語を、翻訳家が翻訳した言葉ではなくて、また彼女が自分なりに変えてるんですよね。映画の最後に出てくる「Quelle beauté 」というセリフも彼女が変えた言葉の一つで、「森に対して何か言って欲しい」って言っただけなんですけど、「すごく美しい」ではなくて、「なんて美しさ!」って言ってしまうところ、言葉選びが深いんですよね。それがすごく心地よかったですね。

【画像】映画『Vision』場面カット (ジュリエット・ビノシュ)

―― 河瀨監督は即興を俳優陣に求めていますが、深い次元で即興ができるビノシュさんと、河瀨監督が仰るところの”ガチ”な永瀬さんとの共演を通じて、感じたことをお聞かせください。

永瀬くんとの共演に関しては、「智は幸せ」、「彼は何か探してる。何かはわからないけど」、「森と一体になりたいのよ」というセリフも撮影を通じて彼女の中から出てきた言葉です。もっといろいろと言ってるんですけど、そのどれも脚本には元々なかった言葉ですね。岩田くんとの共演シーンに関しても、「なんて美しいの」と、何か壊れそうなものに接するように耳元で囁く小屋でのシーンも感情が動きすぎて、そこもすごく良かったです。私たちもモニターを見ながら感じていました。

【画像】映画『Vision』メインカット

―― 言語のつながりのシーンに関して伺いたいのですが、フランスからのツーリストが日本に来て、日本人と会話をするシーンのやりとりがすごくリアルに表現されていると感じました。永瀬さん演じる智の使う言語が変化していった演出に関してお聞かせください。

この10年映画を作ってきた経験があって、もちろん母国語しか私は話せません。英語は聞いて理解することは出来る。でも話せない、フランス語に関してはほぼわからない。なんとなく聞こえるようになってきてるというレベルです。そのリアルな感覚を初めて来たツーリストの人たちで、通訳に聞けばいいんだけど、智は全体的にジャンヌに惹かれているんですよね。彼女の態度にであったり。心の交流をダイレクトに表現する為に、ここは英語という感じにしました。普通の構成だとやっぱりフランス語でしゃべって、通訳が入って翻訳して、という流れだとおもうんですけど、日本語がわかってる人だけであればそれでもいいと思うんですけど、言語を超えたところの心の交流を描きたかったんです。映画をご覧になる方の中にはフランス人もいるし英語圏の方もいるし、心の様子を表現したかったんですね。だからあえて訳してないところとかもあるんですよね。特にアキ(夏木マリ)とジャンヌのやりとりのシーンでは、花(美波)には通訳させてないんです。

【画像】映画『Vision』場面カット (ジュリエット・ビノシュ)

―― 国内外これだけ才能あるキャストを集めて、現場を纏めるのもなかなか大変だった部分があったかと思いますが、監督として彼らを纏める為に意識していることや、実際していることを教えてください。また、モチベーションの源についてもお聞かせ下さい。

撮影の後、最低2時間はメインスタッフとミーティングをしています。今日役者陣はどういう状態だったかについて報告してもらい、彼らの心の動きがどうだったのか、心身疲れていないかとか、明日につなげていく方法を技術的な部分にも落とし込みながらミーティングをしていくのです。全体ミーティングをして、その後各部で個別ミーティングをしていく形をしています。私が「こうやってね!」じゃなくて、みんなから聞き取りをしていって、うまくいっていることやいってないこと、それを元に明日どうするか?を考えるわけです。そこからできること、できないことを積んでいくという作業をします。だから本当に「生きている」。「俳優達が生きること」の演出をしているわけです。『光』の時は奈良での撮影、『二つ目の窓』の時は奄美大島にいたのでそれが出来たのですが、『あん』の時は撮影が東京なので俳優が家に帰っちゃうんですね。見張れない(笑)。今回は吉野での撮影だからみなさん帰れないし、岩田くんに関しては拉致されたみたいな(笑)。撮影を終えて、季節が変わって4ヶ月ぶり5ヶ月ぶりに逢う方もいらっしゃるんですけど、大変なことを乗り越えた同志みたいな感じでみなさんすごく仲いいんですよ。そのチームが愛おしいんです。 そこで出来上がる映画が、それらを全部凝縮した、全てを越した何かになっている。それらがこの時代に残る、私たちがたとえこの世からいなくなっても映画が残ると。「だから生きているうちにやろう!」って(笑)、そういうことがモチベーションになっていますね。

【写真】映画『Viion』河瀨直美監督インタビュー

―― 何か大切なものを捨てるということは、その後にやってくるもっと大切な何かを受け取るということとおっしゃっていましたが、本作で、一度捨てたものをまた探しに来たというシーンがありますが、それはすなわち家族=いのちに勝る大切なものはないというメッセージが込められているのでしょうか?

これは本当に製作の裏話ですが、前半と後半に分けて今回撮影をしました。前半が終わった時点では後半のこのストーリーはまだ無かったんです。ジャンヌが涙を流すシーンに関して、これは幻の薬草「Vision」を見つけるだけの話ではないということに気づきます。「なんで泣いているんだ?なんで泣いているんだ?」と。同じ女性ですし、彼女の中の生が動く時、繋いでいかなければいけない感覚が動く時がきっとあったんだろうなと。でも、そこを失った時、失くさなきゃいけなかった状況について、なぜあんなに感情が上がってくるのか?自分自身のことを考えたわけじゃないなと。きっと血を分けた誰かなんだろう考えたんですけど、それは自分の子供しかないだろうと。なので、私も急遽脚本を全部書き換えて、その時点で鈴役の岩田くんとも話を重ねてゆきました。前半しか出る予定がなかった夏木マリさんにもそこで後半出演のオファーをかけました。後半で赤ちゃんと出会うシーンを撮りたかったんですね。彼女も命をつないでいる存在だから。生み出した命を母国に持って帰って、自ら育てることが不可能だったという背景などもビノシュと一緒に共有しながら作っていきました。

【画像】映画『Vision』場面カット

―― 河瀨監督が考える自然への「Vision」、そして映画への「Vision」についてお聞かせください。

奈良で生まれ育っているし、ちっちゃい頃から森で遊んでいるし、それが突然世界遺産になっただけの話で、私にとっては森、遊び場なわけです。よく考えたら1000年前の人たちもこういう風に過ごしていたんだろうなとか思いを馳せながら、そういった思いは最初から映画作りの際に感じていたことで、そこに感じたことの結集で、観る人が観たら『萌の朱雀』の大人版だと感じると思うのですが。森との関係もどんどん変化していってるんですよね。森を見つめてきて、どんどん変化していっているのを感じるんですね。水脈が枯れていったりとか、人間と自然との共生関係が崩れていってる。多分アニメとかですと「森が怒ってる」とか「神が怒ってる」といったエピソードになるのでしょうけど、実際は人間の関わりが薄くなってる。そこに対してなにか感じることができる映画創りをしたつもりです。

【写真】映画『Viion』河瀨直美監督インタビュー

―― 最後にCinema Art Onlineをご覧の皆さんへメッセージをお願いいたします。

誰しもが人生、生きることに迷うことがあって、その迷いの中にあったものでも「Vision」の度森に一回迷い込んでもらったら何かしら気づくことがあるかもしれない。今回キャストがものすごいです。ジャンヌに思いを寄せる人もいるだろうし、迷い込んだ青年だったり、守り続ける山の人である智やアキなど、何か達観している存在だったり、自分自身を投影できるような人たちがいて。この人たちに逢いに来て欲しいですね。

[インタビュー: 蒼山 隆之 / スチール撮影: 坂本 貴光]
[メインスチール撮影&編集: Cinema Art Online UK]

監督プロフィール

【写真】河瀨直美監督

河瀨 直美 (Naomi Kawase)

奈良で暮らし映画を作り続ける一児の母。ドキュメンタリー『につつまれて』(1992年)、『かたつもり』(1994年)で山形国際ドキュメンタリー映画祭国際批評家賞などを受賞。劇映画デビュー作となる『萌の朱雀』(1997年)でカンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を受賞。以降、『殯(もがり)の森』(2007年)がグランプリに輝き、2009年には同映画祭に貢献した監督に贈られる黄金の馬車賞を女性、およびアジア人として初めて受賞。その後も『朱月(はねづ)の月』(2011年)、『2つ目の窓』(2014年)、『光』(2017年)がコンペティション部門、『あん』(2015年)をある視点部門に出品し、カンヌとは縁が深い。劇映画を手がけるかたわらドキュメンタリー作品も撮り続け、自身の出産後は『玄牝-げんぴん-』(2010年)など出産をテーマにした作品を発表している。また、なら国際映画祭(http://nara-iff.jp)NARAtiveプロジェクト作品の韓国の新鋭チャン・ゴンジェ監督作『ひと夏のファンタジア』(2014年)ではプロデューサーを務めた。

公式サイト: www.kawasenaomi.com
公式Instagram: @naomi.kawase

映画『Vision』予告篇

映画作品情報

【画像】映画『Vision』ポスタービジュアル

《ストーリー》

紀行文を執筆しているフランスの女性エッセイスト・ジャンヌ(ビノシュ)が奈良・吉野の山深い森を訪れる。彼女は、1000年に1度、姿を見せるという幻の植物を探していた。その名は“Vision”。旅の途中、山守の男・智(永瀬)と出会うが、智も「聞いたことがない」という……。ジャンヌはなぜ自然豊かな神秘の地を訪れたのか。山とともに生きる智が見た未来とは―。

 
出演: ジュリエット・ビノシュ、永瀬正敏、岩田剛典、美波、森山未來、田中泯(特別出演)、夏木マリ
 
監督・脚本: 河瀨直美
企画協力: 小竹正人
エグゼクティブプロデューサー: EXILE HIRO
プロデューサー: マリアン・スロット、宮崎聡、河瀨直美
配給: LDH PICTURES
2018年 / 日本・フランス合作 / 110分 /  PG12
© 2018“Vision”LDH JAPAN, SLOT MACHINE, KUMIE INC.
 
2018年6月​8日(金)​ 全国ロードショー!
 
映画公式サイト
 
公式Twitter: @vision_movie_
公式Facebook: @vision.movie2018
公式Instagram: vision_movie

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