チョン・ジェウン監督 インタビュー
「映画を撮って、ますます中山美穂さんが好きになりました」
映画『蝶の眠り』が5月12日(土)より、角川シネマ新宿ほか全国公開される。
本作は、遺伝性アルツハイマー病を宣告され、自らの余命を知る女性作家が最後に自分の尊厳を守りながら、残る人たちに美しい記憶を残そうと静かに行動した究極の人生最終章を描いた。主演は5年ぶりの映画主演作となる中山美穂。監督は、『子猫をお願い』でデビュー後、劇映画とドキュメンタリーの双方でマルチにその手腕を振るってきた、韓国屈指の女性監督 チョン・ジェウン。本作では作家を主役に配し、彼女の住む家や書斎へのこだわり、日本文学をリスペクトした劇中劇など、斬新な表現手法で監督ならではの才能とセンスを印象付けている。
公開に先立ち来日したチョン・ ジェウン監督に主演の中山美穂についてや作品に対する思いを聞いた。
―― 日本を舞台にした作品を作ろうと思ったきっかけをお聞かせください。
私はデビュー作『子猫をお願い』(2001年)が日本で公開されたとき、舞台挨拶で「いつか必ず日本で映画を撮りたい」と話しました。そして、日本の観客が感想を手紙に書いて送ってくれたのを読み、日本でも撮れると思ったのです。 映画は韓国にこだわらず、日本で撮っても、アメリカで撮ってもいい。日本は韓国に近くて、文化的にも精神的にもたくさんの影響を与えてくれた国。それならば、日本で映画を撮りたい。時間がかかってしまいましたが、やっと実現しました。
―― 歳の差や立場を越えた究極の愛が描かれていました。
映画でラブストーリーを作るとき、そこには必ず愛が存在します。今回の大きなテーマは愛の記憶や永遠性。愛し合っていた2人が別れてしまったあと、自分は相手を覚えているけれど、相手は自分のことを忘れてしまう。悲しいですが、よくあることです。そこに病気によって愛の記憶が消えていくという問題を織り交ぜながらシナリオを書き進めました。 身近にアルツハイマー病を患っていた人はいません。自分の経験を踏まえてではなく、起こりえるかもしれない問題として捉えてみました。
―― 主演に中山美穂さんを起用した理由をお聞かせください。
最初から女性を主人公にしようと思っていました。「では、誰を撮りたいか」と考えたとき、中山美穂さんが思い浮かんだのです。韓国では多くの人が『Love Letter』を見ており、日本を代表する女優として根強い人気があります。韓国の観客にも喜んでもらえると思ってオファーしました。中山さんはパリで長く暮らした経験があるので、外国人の監督と仕事をすることに抵抗がなかったのか、快く受けてくれました。感謝しています。
―― 中山さんの女優としての印象はいかがでしたか。
中山さんの顔がクローズアップで映っていたとき、何の演技もしていなかったのに、悲しい気持ちが伝わってきました。もちろん、それは新垣さんの音楽の力も大きいのですが、中山さんは愛を表現する上で卓越した才能を持っていると思いました。映画を撮ったことで、ますます中山さんが好きになりました。
―― 音楽がとても印象的でした。新垣隆さんにお願いした経緯をお聞かせください。
この作品は最初からクラシックを考えていました。ただ、映画音楽にオーケストラを使うのは初めての挑戦。クラシックの音楽家と接点がなかったので、プロデューサーに新垣さんを紹介してもらいました。 会った瞬間に「この人だったらいい映画音楽を作ってくれる」と確信しましたね。その後に握手をしたのですが、触った感触が一般の方と違う。本当に柔らかく軽い感じ。ピアニストの手を握ったのは初めてでしたが、深い印象を持ちました。
ピアニストは手で全てを表現する。新垣さんの音楽を聴くと男性的で強いイメージがありますが、この手を持った人なら繊細な音楽を作ってくれると思いました。 実際に、涼子とチャネが神社から歩いて帰るときに流れる音楽を最初に聴かせてもらったとき、あまりの素晴らしさに鳥肌が立つほどでした。
―― 中山さんの相手役チャネにキム・ジェウクさんを起用したポイントを教えてください。
中山さんが決まってから韓国で探しましたが、全編日本語を話す役なので、日本語を流暢に話せることが大事でした。 この作品はヒロインがメインですが、最後にヒロインが残したものを見つめるシーンがあります。そこには観客の視点もあり、監督の視点もある。彼ならその表現をうまくやってくれるのではないかと思ったことが決め手になりました。
最初の衣装合わせで2人が揃った姿を見て、これはもう素晴らしいキャスティングだと感じましたね。似合いの2人が映画で共演すればいい作用が生まれると思いました。
―― 冒頭で中山さんがぴったりしたワンピースに10センチはあるピンヒールのパンプスを履いて、颯爽と歩く姿が印象的でした。しかし、作品が進むにつれ、ヒールが低くなり、衣装もゆったりとしたものになっていきました。
このキャラクターを着るもので表現するとしたら、どんな衣装にしたらいいか。冒頭は涼子本人の意思や意識がしっかりあるので、彼女の個性を感じさせるタイトな衣装にしました。時間が経ち、記憶をなくしていくにつれて、少しゆったりとした余裕のある服に変わっていく。ヒールの高さもそうです。病気を抱えている人が変化をしていく様子を衣装でも表現しました。
―― 涼子は着物のような羽織物を自宅でよく着ていましたが、袖が蝶の羽のように見えました。
蝶の羽のように見えるとは考えていなかったので、質問されてびっくりしました。言われてみれば、そういう風に繋がりますね。今後、このことを聞かれたら、そう答えます(笑)。
―― 作家の涼子とアシスタント的なサポートをするチャネの間で、「なまめかしい」という言葉の意味や、2カ月の「カ」を「ケ」にするか、などの会話がありました。日本人ではない監督が日本語の細かな表現について脚本に書かれたことに驚きました。
主人公が作家なので複雑で細かい日本語的特徴を映画の中に取り入れたいと思ったのです。シナリオを日本語に翻訳してくれた方を始めとする周りの方々に相談して決めました。私が最初から脚本に書いたわけではありません。
―― 万年筆が重要なアイテムでした。監督は手書き派なのでしょうか。
簡単なメモを書くときには万年筆を使っています。しかし、シナリオは頻繁に修正を加えるので、手書きでは大変。パソコンを使います。
―― 手書きに対するこだわりを感じました。
涼子は直接、書くことが大切だと考えています。学生たちに自分の手で書くよう教える場面もあります。涼子にとって、手で書くことがモノを書くことの目的でもあり、理由でもある。古いタイプの人だから手書きを重視している訳ではありません。手で書くことに自分なりのしっかりとした理由と目的がある人物に設定しました。
―― 韓国では尊厳死法が施行されました。それについてどう思いますか。
私も非常に関心を持っているテーマです。人間の尊厳とは、自分の意思で物事を判断できるかどうか。高齢になって意識がなくなっていくことをどうしても我慢できない方もいる。そういう人を介護しなければならない家族もいる。安楽死については、ある程度選択の余地があると思っています。
監督プロフィール
チョン・ ジェウン (정재은)1969年生まれ、韓国芸術総合学校・映像院・演出制作科卒業。作家性の高い韓国屈指の女性監 督。近年は建築ドキュメンタリーの分野で評価されている。2001年、社会生活を始めたばかりの20歳の 女性たちの物語『子猫をお願い』長編デビュー。2012年、建築ドキュメンタリー『語る建築家』(未)は 韓国で観客数4万を突破、2012年独立映画における興行1位を記録して底力を見せた。 |
映画『蝶の眠り』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》 あなたが大切な人に残したい“記憶”は何ですか? 50代でありながらも美しく、若い読者にも根強いファンを持つ、売れっ子の女性小説家・松村涼子(中山美穂)。作家として成功し、満 ち足りた生活を送る涼子だったが、遺伝性のアルツハイマーに侵されていることを知り、人生の終焉に向き合うことを余儀なくされる。“魂の死”を迎える 前に、小説を書く以外に何かをやり遂げようと、大学で講師を務め始めた涼子。ある日、大学近くの居酒屋で、韓国人の留学生チャネ(キム・ジェウク)と出会い、ひょんなことから涼子の執筆活動を手伝うことになる。作業を進めるうち、現実と小説の世界で交差していく二人は、次第に年齢の差を 超えて互いに惹かれていくが、涼子のアルツハイマーは容赦なく進行していく。 |
リレコーディングミキサー: 越智美香
角川シネマ新宿ほか全国ロードショー!