キム・セイン監督 インタビュー
暴力と依存の悪循環に陥った母親と娘の関係を描いた長編デビュー作
長編デビュー作にして第26回釜山国際映画祭(BIFF)においてニュー・カレンツ賞、女優賞(イム・ジホ)、観客賞、NETPAC賞、WATCHA賞と5冠に輝き、韓国映画界の若き才能との声も挙がっているキム・セイン監督。2022年11月に開催された第23回東京フィルメックスでも話題を集めた映画『同じ下着を着るふたりの女』(原題: 같은 속옷을 입는 두 여자/英題: The Apartment with Two Women)がついに5月13日(土)よりシアターイメージフォーラムほかにて全国順次公開される。日本での公開を目前に控えたキム・セイン監督に話を聞いた。
―― この作品を製作することになったきっかけについて教えてください。
これまで製作してきた短編作品もそうなのですが、相手を愛することもできず、かといって憎み切れないそんな人間関係をテーマに描いてきました。そもそも、私自身がこのテーマへの関心が高く、このテーマの集大成みたいなものをつくりたいなと思ったのがきっかけです。ちょうどこの作品をつくり始めたころ2016年は韓国でも娘と母親の関係性を扱った書籍なども多く目にして、このテーマに対して世間の関心が高まった時期でした。
当時、私も母との関係でうまくいかないことがあったり、友達も悩みを聞くと似たような親子関係のトラブルを抱えていたりして「こういう感情って私だけではないかも、そういう痛みをたくさんの人が感じているのかもしれない」と、親子(母と娘)関係で描こうと思ったんです。
―― 母(スギョン役 ヤン・マルボクさん)と娘(イジョン役 イム・ジホさん)のキャスティングには何か決め手があったのでしょうか?
この映画に登場する母親の役柄はとても過激ですよね。観ている側からすると好感を持ちにくいキャラクターなのですが、そこは自身が固有に持っている魅力でうまくカバーできるような役者さんがいいなと思っていました。
ヤン・マルボクさんに実際にお会いして、彼女からとても純粋なエネルギーを感じたんです。表情も多様に演じることができる役者さんですし、彼女ならきっとこの母親役のきつい部分をうまくカバーしてくださるだろうなと思いお願いしました。
韓国のドラマや映画などでは、すでに母親像って確立されたものがあって、きっと母親役のヤン・マルボクさんもそんな先入観があって演技しにくいのではないだろうかと心配しました。ですが、彼女はとても豊富な経験と素晴らしい感覚の持ち主で、これまでの女性の描かれ方に彼女自身も、どこかもどかしさを感じていらっしゃって、この映画においては新しい女性像を描きたいという私の思いと意気投合するところがありました。
娘役は、言葉でなにかを語るよりも目の演技やしぐさなどがとても要求される役どころ。イム・ジホさんにお会いした時、目がとても印象深かったんです。何もしゃべっていないのに、目がずっと何かを語っているというようなイメージで、まさにそんな目の魅力に惹かれてキャスティングしました。
彼女はカメラが回っていないときはとってもおしゃべりだし、いたずら好きな方なのですが、いざ感情移入が必要な場面では一瞬で切り替えられる人でとても驚きました。
非日常的な環境下でこそ人の本音が引き出せるそれが「停電」だった
―― 劇中、暗闇で親子が会話をするシーンがとても印象的でした。このシーンはどのようにして生まれたのでしょうか?
あのシーンは、実は私がアルバイトをしていた時のことをヒントに思いついたシーンなんです。明け方にケーキをつくるというアルバイトをしていたことがあって、明け方の作業場というのは少し薄暗く、何とも言えない甘い香りがしてきて、言葉では言い表せない感覚なのですがとても心地よかったんです。暗闇の中でアイスクリームを食べるというのはそこから来たアイデアです。このシーンでは母と娘が本当に言いたい言葉を吐き出します。本音って普段の状況では人ってなかなか言いづらいと思うんです。逆に、普段とは違う状況に置かれたとき、例えば修学旅行や友人の家に泊まったときなんかは結構自分の本音ってポロっと出たりしますよね(笑)。
この二人が本音を語るときは今までに経験したことがない状況に置くことが有効だと思いました。特に、停電した暗闇の中というのはお互いの顔が見えませんよね。顔が見えない中で相手の声色だけをたよりにやりとりする状況は、自分の内面や本音を語るには適していると思いこのシーンが生まれました。振り返っても、このシーンの撮影は私の中でも強く印象に残っています。
心の変化や二人の関係性を象徴するリコーダーと茶色いドア
―― 母親がリコーダーでブラームスの「ハンガリー舞曲」を練習していましたね。徐々に上達していく過程に母親の心の変化があったかのように思います。数ある楽器のなかでも、リコーダーにした理由などあるのでしょうか?
娘が家を出て独立し、母親が家に取り残されるという結末にしたくなかったんです。二人が公平な別れ方で終わらせたいと思っていました。ですので、なにか母親の手にも心を和ませるようなアイテムがあればいいなと考えたときに、リコーダーを選びました。オカリナという選択肢もあったのですが、リコーダーって学校で学ぶ楽器という印象があって、人の成長を関連付けることができるのではないかと思ったんです。そしてリコーダーと音楽を結び付けて母親の心の変化や成長を表現できるかなと。曲については、暗くて物悲しい曲にしたくなくて、完全なハッピーエンドではないけれど肯定的なハッピーエンドにするため「ハンガリー舞曲」を選曲しました。自由を描いている曲なので、この映画のエンディングにぴったりだなと。
―― なるほど、アイテムだけでなくセットにも演出のこだわりがありそうですね?
2人の住む部屋として、捨てるものを捨てきれず、物がたくさん積まれているような空間が希望でした。あの部屋は母親の好みでつくられていて、20代後半の娘の好みではなくて母親が好んで使ったものがそのまま放置されています。また、ドアが映り込むシーンが結構あるのですが、家のドアって大体が茶色で、娘が入院しているシーンの写真たてのフレームも茶色。何が言いたいかというと、彼女たちが枠にはまって生きているということを象徴したかったんです。映画の中ではその写真を病院に置いていくというシーンがあります。彼女たちは自分たちのいろいろなものを捨てることもできず、枠の中でとらわれて生きているのだということを象徴できるものになったのではないかと思います。
ドアについてはちょっとエピソードがあって、あの部屋には老夫婦が住んでいて、部屋をお借りして撮影しました。もともとブルーだったドアを今回そのいきさつで茶色に塗りなおし、きれいになったからむしろ喜んでもらえるかなと思ったのですが、老夫婦が「色が変わるとさみしい」と、結局ブルーに戻しました(笑)。
―― 部屋といえば今回、英題は『The Apartment with Two Women』と、下着ではなくアパートになっていましたね?
日本では韓国と同様に「下着」をそのまま使用しているのですが、英題については成人映画のジャンルに振り分けられる可能性があり、新しいものにしましょうとなったんです。この2人の親子が住む家はこの映画を象徴するものだなと思い「Apartment」という単語を入れました。
―― これから映画を観る方に向けてメッセージをお願いします。
私がこの映画をつくろうと構成を考えていた時期に、日本の娘と母親の関係に関する本をたくさん読む機会があり、そこからたくさんのインスピレーションをもらいました。日本と韓国は、国は違えど、つながるものがあるんだなと感じています。この映画を今回日本の方たちがどのように観てくださり、どういった感想をもってくださるか楽しみにしています。
プロフィール
キム・セイン (김세인/KIM Se-in)1992年6月23日、韓国・インチョン生まれ。聖潔大学校演劇映画学部及び韓国映画アカデミー(KAFA)で学ぶ。短編『Hamster』(2016年)のチョンジュ国際映画祭出品を皮切りに、短編『Container』(2018年)ではソウル独立映画祭(SIFF)で審査員賞を受賞するなど注目を集める。 韓国映画アカデミーの卒業制作として製作された『同じ下着を着るふたりの女』(2021年)で長編デビュー。2021年、第26回釜山国際映画祭に出品し、ニュー・カレンツ賞やNETPAC賞など5つの部門で受賞。その後同作は第72回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門にも選出された。 |
映画『同じ下着を着るふたりの女』予告篇🎞
映画作品情報
《ストーリー》30歳を目前に控えたイジョンと母のスギョンは、ふたりで団地に同居している。若くしてシングルマザーとなったスギョンは幼い頃から娘に辛く当たり、そんな母に対してイジョンも長年積み重なった恨みを隠しきれずにいた。 ある日、買い物に訪れたスーパーの駐車場で二人はいつものようにケンカになり、車から飛び出したイジョンを母スギョンが轢き飛ばしてしまう。スギョンは「車が突然発進した」と警察に説明するが、イジョンは故意の事故だと疑わず、母を相手に裁判を起こす。そんななかイジョンは、会社に新しく入社した同僚スヒの気遣いに触れ、彼女に癒しを求めるようになる。一方スギョンも、恋人ジョンヨルとの再婚の話が進んでいた。 ようやくふたりはそれぞれの人生を歩むかに思えたが——。 |
英題: The Apartment with Two Women
邦題: 同じ下着を着るふたりの女
出演: イム・ジホ、ヤン・マルボク、チョン・ボラム、ヤン・フンジュプロデューサー: チョ・ガンシク、チョ・ソンウォン
アソシエイト・プロデューサー: チャン・ジウォン
撮影: ムン・ミョンファン
編集: キム・セイン
美術: イ・ジョンヒョン
音響: パク・ヨンギ
音楽: イ・ミンヒ
衣装: イ・ジヘ
メイク: キム・ソヒ
日本語字幕: 根本理恵
配給: Foggy
シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開!