映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』
板津匡覧監督&川井田夏海 インタビュー
成長でも発展でもなく“成熟”
主人公・秋乃が気づいた自分の欲望とは?
小学館「ビッグコミック増刊号」で2017年から連載を開始し、「第25回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 優秀賞」を受賞した西村ツチカの原作漫画を「ハイキュー!!」シリーズや「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」など、数々の名作を世に送り出してきたProduction I.Gが映像化!
従業員は人間、お客様は動物という不思議な「北極百貨店」を舞台に新人コンシェルジュの秋乃の日々の奮闘を描いたアニメーション映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』が10月20日(金)より公開中。
アヌシー国際アニメーション映画祭2023のScreening Events(特別上映)部門への正式招待をはじめ、第27回ファンタジア国際映画祭での長編アニメ部門観客賞銀賞の受賞、第25回富川国際アニメーション映画祭での韓国漫画アニメーション学会(KOSCAS)長賞の受賞、さらには第36回東京国際映画祭のアニメーション部門でも上映されるなど、国際映画祭を通じても国内外で注目を集めている。
本作で長編映画初監督を務めた板津匡覧監督と主人公・秋乃の声を演じた川井田夏海さんにインタビュー。映画化の経緯から、それぞれの取り組み、さらには本作で描かれているテーマについても話を聞いた。
「何か企画やりませんか」から始まった映画化
そして、劇場アニメーション初監督へ
―― 本作の映画化のきっかけはどんなところからだったのでしょうか?
板津監督: Production I.Gの松下慶子さんと「何か企画やりませんか」という話をしていて、そのときにちょうど『北極百貨店のコンシェルジュさん』を読んでいたので、「こんなのどうですか?」って松下さんに単行本を渡したのが始まりです。連載が始まってちょうど1巻が出たばかりの頃だったと思います。
―― その企画は劇場アニメーションを制作という企画だったのでしょうか?
板津監督: 自分が最初に企画を出したときは、劇場というよりは短編かなと思っていました。その企画をProduction I.Gに持って帰ってもらって、次に会ったときには「劇場にしましょう」という話になっていて、「えっ?」という感じでした(笑)。
―― 元々漫画作品をアニメ化しようとしていたのでしょうか?それともオリジナルアニメーションという選択肢もあったのでしょうか?
板津監督: 企画自体はオリジナルでもいいし、何でもいいから何かやりましょうという話でしたが、その中の一つです。元々西村ツチカさんの作品は好きなので、ずっと読んでいました。
日頃からアニメ化するのに良さそうだなとか、できそうな作品はないかなと思いながら読んでいたのですが、これはいけそうな気がするなと思いました。それが「やりましょう」となり、映画化になり、初監督になるという(笑)。
―― 西村ツチカさんの作品は独特のタッチの絵が特徴ですが、アニメーションにする際に心がけた点をお聞かせください。
板津監督: 基本的にはシンプルな絵で作りたいっていうのが一番にありました。ディテールで見せるよりは動きと色の面で表現するのが絵的には良いだろうと思ったので、そのあたりをとても気にして作ってます。
―― 今回監督という立場でこれまでとは違った新たな挑戦もあったのではないでしょうか。
板津監督: アニメーターのときは基本的には演出からオーダーを受けて大体一人で作業していましたが、監督の場合はいろんな人に「こうしてください、あーしてください」とか、「なんかよくわかんないけどこんなイメージなんです」って、イメージを伝えるための何かを持ってこないといけないので、作業そのものよりは人と関わることに労力が大きくかかるところがアニメーターとは大きく違うところでした。
―― 今回の作品は、音響についてとても丁寧に作られていたのが印象的でした。目を閉じて音だけを聴いていてもそのシーンがイメージできるような臨場感でしたが、監督からはどんな指示があったのでしょうか?
板津監督: 音響の方々には最初の打ち合わせのときに広さと狭さを強調してくださいとリクエストしました。この作品は基本的に百貨店の外側には出ないので、キャラクターのいる場所によって変化を付ける、百貨店の中の広い場所と狭い場所、“空間の違い”にとても気をつけてくださいとお願いしました。縦に広い空間と横に広い空間ではやはり音の響きは違います。
役者さんたちは自分の身体とは違うものになるので、また違う何かがあるのだと思いますけど。
秋乃役は「っぽい」と満場一致で決定
『北極百貨店』の世界に飛び込みたいという欲望を叶えた川井田夏海
―― 登場する多くのキャラクターは動物で人間とも体格が全然違う存在だからなおさらですね。その中で主人公の秋乃を川井田さんに決めた一番の決め手はどんなところだったのでしょうか?
板津監督: オーディションにいらしてくださって声を聴きましたが、あまり迷っていないです。自分だけで決めているわけではないからいろんな人の話も聞きましたが、みんな最初のオーディションから「(秋乃)っぽい」という反応で満場一致でした。
―― 川井田さんは秋乃役に決まったと聞いたときいかがでしたか?
川井田: 本当に嬉しすぎて、最初は信じられないという気持ちでした。外でその結果を聞いたんですけど、大きい声を出しちゃいけない環境だったのでなんとかおさえました(笑)。家に帰って、すぐに原作を改めて読み返して、本当にこの子(秋乃)をやらせてもらえるんだと実感して感動しました。
―― 映画のオフィシャルコメントでは「秋乃を絶対に演じたい!と思っていた」とコメントされていましたが、原作を読まれてそう思った理由はどんなところだったのでしょうか?
川井田: まず一つは、たくさんの動物が出てくるというところです。私は生まれてからワンちゃんだったりネコちゃんだったりが身近にいないことが1回もなかったくらい動物に囲まれて育ってきたので、動物がいるのが当たり前の北極百貨店に親近感を覚えましたし、羨ましかったです。私の家よりもいろんな動物がいて、しかも(二足歩行で)歩いていて人間みたいに生活している動物さんと関われるなんて羨ましい!この世界に飛び込みたい!私も存在したい!みたいな、川井田夏海としての欲があったと思います。
そして一番の理由は秋乃に惹かれたからです。こんなにも人のために何かをするぞという、自分の夢のためでもあるんですけど、そこまで思えるというところが尊敬できるなって思いました。自分にはちょっと足りない部分だったので、それを持っている彼女にすごく惹かれて、演じたい!と思いました。
板津監督は何でもやっていいという環境を作ってくださる天才
―― 秋乃を演じるに当たって何か取り組まれたことなどはありましたか?
川井田: 私も普段飼っているネコちゃんとかにお話とかするんですけど、そのときの目線の合わせ方だったりとかはつながるものがあるんじゃないかなと思って参考にしました。実家では大きいゴールデンレトリバーを飼っているんですけど、その子と接するときと、抱っこできるちっちゃいネコちゃんと接するときではやっぱり目線の高さが違うし、何となく心持ちも違うなと思ったので、そういう部分を参考にしながら練習しました。
―― 秋乃はコンシェルジュという職業でしたが、その他に参考にされたことなどはありましたか?
川井田: 接客業はやったことがあるんですけど、体験したことのない職業だったので、「情熱大陸」のホテルのコンシェルジュの回を見ました。プロのコンシェルジュのお仕事を見て、普段とのギャップだったりとか、仕事の時のプロフェッショナルな感じとか、コンシェルジュという役を演じているのかなと思ってしまうくらいに素晴らしかったです。でも秋乃は多分そこまではできてないんですよ。まだ見習い中なので(笑)。なので(先輩コンシェルジュの)森さん(CV:潘めぐみ)とか、岩瀬さん(CV:藤原夏海)を見たときに、やっぱり違うなって思いました。
板津監督: 今聞いていて思ったんですけど、誰かのオーダーを聞いて仕事することがあるじゃないですか。でも、その人がやってほしいことはその人が言っている言葉の通りとは限らないということってあると思うんです。それって、役者さんたちもそうなんじゃないのかなと思います。
川井田: そうですね。言われたことだけをやればいいということではないので、伝えてくださる方にとってもそうですけど、形が違うんですよね。「もっと声大きくして」と言われたときに、どういう意図で「大きくして」と言っているんだろうかと考えるのが役者だと思います。相手が一体何を言いたのか、真意を探すところは通じるものがあると思っています。
―― 今作のアフレコではそのあたりどうだったのでしょうか?
川井田: 板津監督は何でもやっていいという環境を作ってくださる天才です。任せてくださる部分がすごく 大きくて。私自身も、家で練習しながらたくさん考えてはいたんですけど、考え過ぎてわからなくなってしまって。1周まわって2周目に入ってみたいな。だからもう、現場に入ってから感じるものも取り入れてしまおうという気持ちでアフレコに臨みました。監督は穏やかにいてくださって、現場は掛け合いから生まれた温度感を丁寧に汲み取ってくださったので、「あっ、これで良かったんだ」ってすごく安心しました。
板津監督: 自分はそんなに何も言っていなかったです。「あんまりドジっ子にしないでくださいね」と言ったくらいだったと思います。基本的には役者さんはアイディアを持ってきてくれるから、「あっ、そうきたか」ってきたものに対して、「じゃあ、それで行くならここを強調してください」とか、「それで行くならここを抑えめに」とか、それぐらいです。
実際の現場では、僕の言葉を音響監督の菊田さんがさらに翻訳して伝えてくださる感じで、自分は後ろで何か言ってるだけなんですよ。
自分の中でどうにもならない現実に出会ったとき、初めて自分の欲望に気づく
―― 本作はセリフも印象的でした。作品を通じて心に残っているセリフがありましたら教えてください。
川井田: 最後の最後にエルル(CV:大塚剛央)が言う「誰かが喜んでくれることが嬉しい」っていうセリフがとても印象に残っています。私自身もそうだなと思っていて、自分がしたことに対して、ファンの方から「良かったよ」とか「元気に繋がった」とか、お手紙をいただいたりすると、ちゃんと受け取ってくれるキャッチャーがいるんだ、一人じゃないんだって思えるんです。ラジオのコメントなどもそうですけど、やっぱり一人ではできないことなので、受け取ってくださる方がいること、そしてその人が喜んでくれることで、私も嬉しいし、生きる糧になるし、その循環みたいなものが、なんだか通じるものがあるなって思いました。
私も秋乃ほど誰かに尽くすことはできなくても、そうしたいという気持ちはあります。難しいかもしれないけど、自分中心で物事を考えず、誰かのためにという気持ちはずっと持っていたいなって思っています。
板津監督: 僕はセリフ1つというのはあんまりないんですけど、ウーリーさん(CV:津田健次郎)が「北極百貨店のどこが好き?」って秋乃に聞くじゃないですか、わりとあれが大事なんです。そのときの秋乃は基本的には挫折していて、私って何でしょうと悩んでいるときに問いかけられるセリフなんですけど。自分の中でどうにもならないなという現実に出会ったとき、初めて自分の欲望に気づくとか、いろいろ諦めなきゃいけないときでもこれだけは何としてもと残るものは自分の本質に近いのかなと思います。そういうものを探し当てるためのセリフとして、それはいいなと思っています。
「贈り物」は大きなコンセプト
秋乃の欲望と夢は次の世代につながっていく
―― 本作にはそういったテーマが要所に込められているように感じました。
映画をご覧になる方に、ぜひ感じ取ってもらいたいというテーマがありましたら教えてください。
板津監督: 何ともならないことに出会うというのは、人生においてみんなにあることだと思うんですけど、立ち向かうでもなく受け入れ過ぎるでもなく、ないことにするわけでもなく、あることはわかったと認識することって結構大事かなと思っています。それを受け入れる。でも何とかしたいって思うこと自体が成熟に繋がるのではというところでしょうか。成長でも発展でもなくて、成熟かなと、自分は思いたいですね。それがそのようにちゃんと描けたかどうかはわからないですけど。
商業主義というものを批判まではしていないですけど、「どうでしょう?今この状況で・・・」というようなことを言っているつもりの作品ではあるので、それはやはり成熟かなと思います。
テーマというようなことでもないんですけど、「贈り物」というのはわりと大きなコンセプトとして中心にありました。
人に贈り物をしたいということだけでも、自分だけではないという前提があるわけです。
川井田さんがおっしゃってましたけど、自分の欲望を叶えることでもあるけど、その先に誰かがいるということは大事なことかなと思います。秋乃の場合は、誰かのために何かをしたいというのが私の欲望だという発見をしたことだと思います。
川井田: 私は夢ですね。まず一番最初に小さい頃の秋乃が出てくるシーンが描かれていたのが嬉しかったです。原作ではどうして秋乃がコンシェルジュに憧れたのか、夢の部分が描かれていなかったので。あのシーンがあることによって最後のシーンにも繋がって、夢がどんどん繋がっていくんです。
そして、秋乃はコンシェルジュが向いてないと、ここに必要ないとまで言われることもあるけど諦められなかったり、夢ってこんなに泥臭くて苦しくて難しいものなんだよという、挫折もちゃんと描かれています。キラキラしてるけど、つらくて、カサカサ、ギシギシする部分もあって、そういうのも含めて、改めて夢っていいものだなって思いました。ずっと持って生きていきたいし、みんなにも持ってほしいなって、なんだか勝手に私が押しつけてるみたいですけど(笑)。
夢を持ち続けて、どんなに苦しいことがあっても、やっぱり私はこれを叶えるんだっていう欲望と夢がまた次の世代につながっていったり、誰かの夢になったりするのって魅力的だなと思います。
プロフィール
板津 匡覧 (Yoshimi Itazu)1980年生まれ。18歳でアニメ業界に入る。「こちら葛飾区亀有公園前派出所」シリーズ(2004年)、『パプリカ』(2006年)、『風立ちぬ』(2013年)に原画として参加。『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』(2015年)ではキャラクターデザイン、作画監督、原画、『鹿の王』(2022年)では作画監督補佐を務めた。「ボールルームへようこそ」(MBS//2017年)でテレビシリーズの監督に初挑戦。今作で劇場版アニメ監督デビュー。 |
川井田 夏海 (Natsumi Kawaida)
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映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』予告篇🎞
映画作品情報
《ストーリー》新人コンシェルジュとして秋乃が働き始めた「北極百貨店」は、来店されるお客様が全て動物という不思議な百貨店。 一人前のコンシェルジュとなるべく、フロアマネージャーや先輩コンシェルジュに見守られながら日々奮闘する秋乃の前には、あらゆるお悩みを抱えたお客様が現れます。 中でも<絶滅種>である“V.I.A”(ベリー・インポータント・アニマル)のお客様は一癖も二癖もある個性派ぞろい。 長年連れ添う妻を喜ばせたいワライフクロウ父親に贈るプレゼントを探すウミベミンク 恋人へのプロポーズに思い悩むニホンオオカミ・・・ 自分のため、誰かのため、様々な理由で「北極百貨店」を訪れるお客様の想いに寄り添うために、秋乃は今日も元気に店内を駆け回ります。 |