映画『ダンシング・ベートーヴェン』アランチャ・アギーレ監督 インタビュー
【写真】映画『ダンシング・ベートーヴェン』アランチャ・アギーレ監督インタビュー
 

 

アランチャ・アギーレ監督 来日インタビュー

“喜びと希望” ぜひこのメッセージを感じて欲しい

2014年、東京バレエ団創立50周年記念シリーズ第7弾として、東京バレエ団とモーリス・ベジャール・バレエ団の共同制作、空前絶後の一大プロジェクトが実現した。

天才振付家モーリス・ベジャール亡き後は再演不可能とされてきたルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの最高峰「第九交響曲」の舞台だ。その奇跡のステージを作り上げるまでの過酷な練習や苦悩といったバックステージを描いたドキュメンタリー映画『ダンシング・ベートーヴェン』。

本作は、2016年に第61回バリャドリッド国際映画祭(SEMINCI) タイム・オブ・ヒストリー部門準グランプリ受賞、2017年に第20回 上海国際映画祭(SIFF)および第45回 ダンス・オン・カメラ映画祭でも上映され、話題を呼んだ。

監督は、モーリス・ベジャール・バレエ団のベジャール亡き後のプレッシャーと葛藤と挑戦の日々に迫ったドキュメンタリー『ベジャール、そしてバレエはつづく』(2009年)のアランチャ・アギーレ。バレエ関連のドキュメンタリーを多数手がけており、ペドロ・アルモドバル、カルロス・サウラ、マリオ・カムス、バシリオ・マルティン・パティノといった錚々たる映画監督のもとで助監督として経験を積み、今スペインで最も期待されている女性監督の1人だ。

今回、奇跡のステージの舞台裏に迫った映画『ダンシング・ベートーヴェン』の撮影秘話や作品に対する思いをアランチャ・アギーレ監督に伺った。

―― モーリス・ベジャール・バレエ団を2008年から追いかけてこられて、今回、映画『ダンシング・ベートーヴェン』を制作しようと思われたきっかけを教えてください。

モーリス・ベジャール・バレエ団による「第九交響曲」という壮大な作品が再演されることを知り、東京バレエ団との共同制作でもある素晴らしい作品の軌跡を、必ず記録しなければいけない。この機会を逃すわけにはいかないと思いました。

【画像】映画『ダンシング・ベートーヴェン』(BEETHOVEN PAR BEJART)

―― アーティスト達の裏の姿(表舞台からは見えない日々の努力など)を敢えて映画に取り入れたのはなぜですか?

「第九交響曲」を舞台の客席で観る時とは別の体験を、映画の観客にはして欲しかったからです。舞台の客席は、舞台の上のアーティストしか見ることができないので、その距離は決まっていますよね。映画を撮るカメラは、客席にいる観客よりもアーティストに近づくことができます。映画の観客はライブの雰囲気を味わえない代わりに、舞台裏であるリハーサル室にも近づけるという映画ならでは!の利点を使って、アーティストの人間としての面を見せたいと思いました。私も観客の1人としての立場から、映像作品がそういうアプローチをしたら興味深いと思っていたからです。

【画像】映画『ダンシング・ベートーヴェン』(BEETHOVEN PAR BEJART)

―― モーリス・ベジャール・バレエ団には、多様な人種の方が所属していますが、国籍や人種の違いを当たり前のように受け入れていると感じました。どうしてそのような環境になれるのでしょうか?

こんなに国籍が違っていてもやっていけるのは、彼らが共通の目的を持っているからだと思います。共通の目的がある人同士は、より深く理解し合える。彼らは“ダンスへの情熱”という共通の目的を持っているので、人種や国籍は関係ありません。でもそれはバレエ団だけに言えることではなく、一般的にも当てはまると思います。私は何か共通の目的、興味、趣味を持っている他国人の方が、共通のものが何もない同国人よりも理解し合えると思います。だからモーリス・ベジャール・バレエ団は国籍を超えて「共通の愛、情熱があれば分かり合える」といういい例だと思います。

【写真】映画『ダンシング・ベートーヴェン』アランチャ・アギーレ監督インタビュー

―― アギーレ監督にとって国籍や人種を超えて通じ合えるものは何ですか?映画ですか?それともバレエですか?

同じ人間同士なので、全く同じ目的がなくても理解しようという意思があれば、他国人とも分かり合えると思います。 ただ、1つ例を挙げるとすれば、芸術・アートは分かり合えるいい動機になると思います。 人間は皆“美”を感じる心がありますから、音楽、絵画、詩、ダンスなどあらゆる芸術は人々を結びつける1つの要素になると思います。

【画像】映画『ダンシング・ベートーヴェン』(BEETHOVEN PAR BEJART)

―― モーリス・ベジャール・バレエ団と東京バレエ団が一緒に活動をしている時の雰囲気はいかがでしたか?

コラボレーションの雰囲気、素晴らしかったですね。この2つのバレエ団は歴史的に長い結び付きがあるので、今回の公演のために人工的に仲良くしているというわけではありません。日本人はモーリス・ベジャールの仕事に対してリスペクトを捧げていますし、モーリス・ベジャールも生前日本に興味とリスペクトを持って、長年東京バレエ団とのコラボレーションを行っていました。その絆が表れていたと思います。

―― ネオン輝く渋谷の街などの日本の風景を撮影された映像がありましたね。

私にとってかなりストレスフルな撮影でした。街のショットを撮るために使えた時間は1日しかなく、車で回りながら一箇所撮影したらすぐに次の撮影場所に行って、その場所を撮ったらすぐにまた次の場所に行って撮影しなければならなかったですし、観光客の視点にならないよう気にしながら撮っていたのでかなり大変でした。

―― 観光客ではない視点とはどういう視点ですか?

街の中の小さくてシンプルな視点です。観光的な視点は、東京だったら東京タワーを撮るというようなステレオタイプな視点。ぱっと見て東京だと分かるような映像ではなく、微妙なサブタイトル的映像を撮りたかった。そういう微妙なものを捉えるには本来時間が必要ですが、1日で撮影しなければならなかったのは本当にストレスフルでした。ですが、誰かの紋切り型のイメージを取ってきて付け足すということはしたくなかったので、本を読むなどして、私なりに日本を理解しようと努力して撮りましたし、私の目から見た個人的な視点で映像を撮ろうと心掛けました。ですから、日本の観客の方に聞いても、反応の良い光景を映画に反映できたのではないかと思います。

―― 映画の中で、モーリス・ベジャール・バレエ団のソリストであるカテリーナ・シャルキナがダンサーとしてのキャリアと子育てで悩む場面がありますが、アギーレ監督も映画監督やダンサーとしてのキャリアを積まれていく中で、家庭や子育てのことで悩まれたご経験はありますか?

私は3人子供がいるので、確かに子供に時間を取られて仕事が進まないという困難はありました。ですが、子供を持つこと自体は人生における困難だとは思っていません。むしろ女性の特権だと思っています。命を生み出す能力があることは素晴らしいですし、愛情を持ったり、子供を育てたりという家族を持つ喜びはアーティストにとって栄養になります。確かに子育てと仕事の両立は大変でしたが、苦労した報酬を私は充分得ています。

【画像】映画『ダンシング・ベートーヴェン』(BEETHOVEN PAR BEJART)

―― “死と再生”が円という象徴で表されていると感じましたが、どのような所から着想を得たのですか?

元々円形の作品にしたいと思い、映画の冒頭と最後に教会の丸窓の話を出しています。全てのものが再び生まれるというような、人生は円で出来ていることに意味があると思いますし、もちろんベジャールが「第九交響曲」の舞台上で描いた円からも着想を得ています。

【画像】映画『ダンシング・ベートーヴェン』(BEETHOVEN PAR BEJART)

インタビューを終えて

バレエが好きな方は素晴らしい公演をより近くに感じられると思いますし、バレエに詳しくない方でも、人として生きる上で大切なメッセージがたくさん詰まっているので、アギーレ監督がおっしゃったように映画を通じて“喜び”と“希望”を受け取っていただけると感じました。

[スチール 撮影: Cinema Art Online UK / インタビュー: 大石 百合奈]

プロフィール

アランチャ・アギーレ (Arantxa Aguirre)

1965年、マドリード生まれの映画監督。スペイン文学で博士号を取得し、2つの著書『Buñuel, lector de Galdós(原題)』(2003年ペレス・ガルドス国際研究賞受賞)および『34 actores hablan de suoficio(原題)』(2008年)を執筆。後者はゴヤ賞にノミネートされたドキュメンタリー作品『Hécuba, un sueño de passion(原題)』(2006年)の続編である。代表作に、ベジャール亡き後、芸術監督となったジル・ロマンを中心としてベジャールの遺志を継いでバレエ団を存続させていくため、プレッシャーと葛藤の中で繰り広げる過酷な挑戦の日々に迫ったドキュメンタリー『ベジャール、そしてバレエはつづく』(2009年)がある。バレエ関連のドキュメンタリーの監督や脚本に多数携わっている。助監督として、ペドロ・アルモドバル、マリオ・カムス、バシリオ・マルティン・パティノ、カルロス・サウラといった映画監督のもとで経験を積んだ。

映画作品情報

様々な想いを抱えながら、ダンサーたちは伝説のステージへと挑んでいく――。

スイス、ローザンヌ。『第九交響曲』出演のために過酷な練習に取り組むモーリス・ベジャール・バレエ団のダンサーたち。第二幕のメインをジル・ロマンから任せられた才能豊かなソリスト、カテリーナは踊る喜びに満ち溢れていた。ある日、カテリーナは妊娠が発覚しメインを下ろされてしまう。一方で、お腹の子の父となるオスカーは生まれてくる子のために良き父親になろうとしていた。キャリアが中断されることへの不安と産まれてくる子供への愛情のあいだで揺れ動くカテリーナ。様々な想いを抱えながらダンサーたちは、東京での第九のステージに挑む。

【画像】映画『ダンシング・ベートーヴェン』(BEETHOVEN PAR BEJART)

 
第61回 バリャドリッド国際映画祭(SEMINCI) タイム・オブ・ヒストリー部門 準グランプリ受賞
第20回 上海国際映画祭(SIFF) 正式出品
第45回 ダンス・オン・カメラ映画祭 正式出品
 
邦題: ダンシング・ベートーヴェン
原題: BEETHOVEN PAR BEJART
 
振付: モーリス・ベジャール
監督: アランチャ・アギーレ 
音楽: ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲『交響曲第9番 ニ短調 作品125』
出演: マリヤ・ロマン、モーリス・ベジャール・バレエ団、東京バレエ団、ジル・ロマン、ズービン・メータ
配給: シンカ
協力: 東京バレエ団 / 後援: スイス大使館
 
2016年 / 83分 / スイス、スペイン / フランス語、英語、日本語、スペイン語、ロシア語 / カラー / 1:1.78 / ドルビー・デジタル5.1ch / 字幕:村上伸子、字幕監修:岡見さえ
 
© Fondation Maurice Béjart, 2015 ©Fondation Béjart Ballet Lausanne, 2015
 
2017年12月23日(土)より
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、
YEBISU GARDEN CINEMA他にて公開!
 
映画公式サイト
 
公式Twitter: @D_Beethoven
公式Facebook: @DancingBeethoven

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