映画『愛がなんだ』今泉力哉監督インタビュー
脚本づくりの中で見つけたラストシーン、
割り切れない感情を描く「わからない」の方法論
直木賞作家・角田光代の恋愛小説を原作に、“恋愛映画の旗手”と呼ばれる今泉力哉監督が映画化に挑んだ映画『愛がなんだ』。テルコ(岸井ゆきの)の一方通行の“愛”を中心に、登場人物たちの不器用にすれ違う思いを描き出している。その関係性のかもし出す空気感や世界観は、独特なスタイルで役者たちと作り上げたという。撮影中のエピソードや見どころについて今泉力哉監督にお話を伺った。
―― 今泉監督の作品はオリジナル脚本が多いなか、『愛がなんだ』は角田光代さんの恋愛小説が原作の作品です。製作方法などオリジナル脚本の作品との違いはあるのでしょうか?
現場は原作があっても引っ張られることなくいつもと変わらないのですが、原 作ものの脚本は自分で書かないと決めています。自分で書くと、全部面白い、登場人物も落とせないとなってとんでもない尺になってしまうんです。小説の内容を縮める作業が得意な脚本家さんと組んでやっています。脚本づくりは原作にリスペクトを置きつつ、完結してる作品は終わりがすでに決まっているので、その終わりを一緒にするのか映画オリジナル にするのかは毎回議論になりますね。どう終わらせようかって。
―― 主人公テルコを演じた岸井ゆきのさんは、第31回東京国際映画映画祭の記者会見で「監督と迷子になりながらキャラクターを作った」とおっしゃっていました。
役作りは、まずは役者さんにお任せするのが基本的なスタンスです。岸井さんはちょっとテンション高く、明るさをもって演じてくれて、それがテルコの魅力につながったと思います。岸井さんにオファーをしたとき、一個どうしてもお願いがあります、と言われたのが、撮影の前に全員で本読み(脚本を読みあう)をすること。忙しい役者さんて意外とそれができないんですが、逆に岸井さんから本読みをやりたいって言ってくれたので、ありがたかったです。本読みがあると、芝居をするのが現場で初めてではなくなるので。役に対して真摯に向き合って、相手役がどういう温度で芝居するかを知りたがったり、自分で先に考えてくれている方でした。
あと、自分が「決めない」っていう方法論でやっていることが色々な現場で仕事してきた岸井さんでもあんまり過去になかった方針だったらしくて、それが“迷子”だったみたいです(笑)。平気で自分は「わからない」って言うんですよ。「ここはどういう感情なんですか」、「これでいいんですか」と聞かれても、「いや~わからないですね」って。あと座る位置の距離とかもあまりにずれがなければ役者に任せてます。終盤のテルコとマモルが二人で会話する長まわしのシ-ンも、成田さん岸井さんに「どの距離で座ります?」って一回座ってもらったら、えっそんな近いの?って。その距離に二人を置こうと思ってなかったから。結構深刻な話するのにそんな距離?怖っ!みたいな。
―― 成田凌さん演じるマモルは、テルコに冷たい反面、スミレさんにはコロッと態度を変える場面があり、恋愛の滑稽な一面が印象的です。
テルコは明確に好きな人以外はどうでもいいって言ってますけど、あそこまで明確に分かれていないにしても、好きな人だったら嫌なことをされても許せたりとか、盲目になって周りの人を傷つけていることに気づけなかったりとか、デフォルメはしてるかもしれないですけど、あの感じって実際みんなにあることだと思います。テルコやマモルだけではなくすべての登場人物がそうだし、実際自分もそういう時ってきっとあるだろうと思って描いています。
―― マモルとテルコの合わせ鏡のようなナカハラと葉子。原作よりしっかり描写されているように感じます。
たまたま…(笑)。脚本を2年近くかけて何度も修正していた時に、ナカハラのウェイトって上がってるなって思ったんです。テルコの鏡のような存在で、でもテルコとは違う決断をするという大切な役なので、自然と増えていきましたね。原作でもナカハラって大事な場面にいるので、原作からすごく膨らませたっていう意識はなくて。でも膨らんだって思われているのは葉子を演じた深川さんもそうですし、若葉さん演じるナカハラが想像以上に魅力的になってしまったというのがあるかと思います。ナカハラが出ている場面はどれもぐっとくるシーンで。あと、片思いの矢印でいろいろな矢印のしっぽにいて、一番まっとうなで誰かを無下にはしないキャラクターので共感しやすいというところもあるのかもしれません。
―― 葉子役の深川麻衣さんは前作に続いての起用ですが、彼女の魅力はどんなところでしょうか。
葉子のキャスティングはぎりぎりまで迷って決まっていなかったんですけど、自分が深川さんの名前を挙げたんです。最初プロデューサー部は男っぽかったり強い女って深川さんの今までのキャラクターにないからできるのかって不安だったみたいで。でも一緒に現場をやっていたときに負けず嫌いだったりとか男っぽいところがある方だったので、「大丈夫だと思います」と話をしました。深川さんって、経験値はメインキャスト5人の中でも圧倒的に少ないんですが、でもその器用じゃないところに魅力があると思います。自分はテクニカルな部分はあまり重視しないので。
―― 映画の最後は原作にはない部分が描かれています。この場面はどのようにして追加されたのでしょうか。
脚本で煮詰まっていてどうしようっていうときに、知り合いの俳優さんに自宅に来てもらって、通しで脚本を読んでもらったんです。その時に、「ラストシーンこれだ」って思いついたんです。速攻、プロデューサーに「ラストシーンがわかりました!」って連絡して、いきなりシーンの説明をしだしたんで、「何言ってんですか?」とポカーンとされました(笑)。
あのテルコの最後のシーンは救いにも絶望にも見えるし、現実なのか夢なのかもあいまいです。あれが現実かどうかは自分でもわかりませんが、でも間違いなく“これ”だと思いました。あのラストはいろいろなことを提示できると思って、観る人に解釈を委ねています。
―― テルコと腐れ縁の葉子、そして三角関係となるスミレさんとの関係性も魅力的でした。
原作を読んだ時から、テルコとスミレって真逆のようで似ていると思っていたんですが、現場で二人の距離感をみて更に脚本から変わっていって。顕著に表れているのが旅行のシーンで、朝、マモちゃんの寝顔を見るところ。脚本ではテルコ一人でマモちゃんのことを見つめる予定だったんですけど、現場でスミレと二人で見つめたほうがいいかもと思って、これ2人で観ますかって。スミレって全然嫌な人ではなくて、葉子もこんなダメな恋愛しているテルコの横にいて注意してくれる。葉子は仲が良ければいいほど喧嘩した時に効いてくると思っていました。友達との距離感はすごく難しいですね。俺友達がそんなにいなんですよ(笑)。だからうらやましいですね。テルコと葉子の関係とか。
―― 今泉監督の作品は、恋愛をモチーフとして、男女の関係性や感情の移り変わりを丁寧に描いていらっしゃいます。こだわりがあるのでしょうか。
一番は興味がそこにあるっていうのがあります。あと、全部が全部ではないけど日本の恋愛映画って夢や理想を描いたような映画が多い中で、日常に近い恋愛映画ってめちゃくちゃ少ないと思っていて。インディーズ映画とかはあるんですけど特に商業映画では少ないので、他の人がやってないんだったらずっとやってもいいと思っていたりする気持ちも。
観る人からは人間関係の映画だって言われたり、人物の距離感の話だって言われたりするんですけど、そういう部分に興味があって。特に恋愛は皆が経験していたり、共通する感情もあるので。他にいないからというのは後づけで、やっぱり一番は自分が興味あるのがそこ(日常的な恋愛)で、たまたまそこが空いていたというか(笑)。
作品の中に職場とか仕事場のシーンが出てきますけど、人が働いてる姿にあまり興味がないんです。特殊な職業とか実作業があるものなら絵になるんですけど、会社って絵にならないなって。それでスーツを着ている人があまり出てこない。あと社会的な問題とか、自分が思ってないのに映画でやると薄っぺらくなるので、映画で問題提起をしようとか、この映画で誰かを助けようとかはないですね。人間関係や恋愛関係を描いても、勝手に社会性は担保されるので。個人を描くというのは社会や世界につながると思っています。
―― 最後に、この映画を観る方へのメッセージをお願いします。
どう観るかは自分も興味ありますね。みんなが痛々しいというテルコのまっすぐな想いに、自分は羨ましさやある種の嫉妬を感じます。こんなにまっすぐに人を好きになれるってすごくいいことだなと。最近は恋愛をしないとか好きな人がいないという人も多いと聞いたりするので、どう思うのか知りたいですね。
SNSで感想を書いてくれるのも、自分の目に届くので嬉しいんですけど、ネットよりも自分の隣の人に口伝えというのが一番効くと思っています。観終わった後に友達と話したりとか、そういう時間があると映画館で一緒に観る意味も増すと思います。
この秋には、監督作として、伊坂幸太郎さんと斉藤和義さんの交流から生まれた恋愛小説『アイネクライネナハトムジーク』の映画版の公開が控えている。
これからも恋愛映画のトップランナーとして、今泉監督から目が離せない。
インタビュー番外編
―― 友達が少ないと嘯く今泉監督だが、監督仲間たちとの交流は深い。
2017年に公開された冨永昌敬監督の『南瓜とマヨネーズ』という映画がすごく面白かったんです。先輩の監督さんなんですけど、劇中の愛がなんだっていうも文字と登場人物の名前が出てくるところの文字のデザインをお願いしました。プロの人に頼みなよって言われたんですけど、冨永さんがいいんですってお願いして、引き受けてくれて嬉しかったです。
―― 時には役者として協力することもあるという。
入江悠監督から連絡がきて、『ギャングース』(2018年)の主人公のお母さんの愛人役、劇中一番ひどい、主人公のトラウマみたいな役をやって欲しい、と。2年ぶりに連絡が来たのにヤク中の役でした(笑)。
―― 役者としての活動
単に出たがりで(笑)。自分の作品には出たりしてましたけど、芝居ができるわけではないのである時から自作には一切出なくなりました。自分の作品で自分の出演シーンの編集にすごく困ったことがあって、これはひどいってなって。そしてちょうど出なくなった作品が評価されたんで、それから自分の映画には出ないって決めていて。でも小さい作品や、呼ばれれば出ることもあります。入江さんの時はヤク中だったし、熊切和嘉監督の時は公園で拾った雑誌とかを売っているホームレス役でオファーされてドラマ「深夜食堂」に出たことがあります。
役者としては無職の役が多いですね(笑)。一度、工事現場作業員みたいな職業の役にありついたときには嫁が「今回はちゃんと職業あるね」って(笑)。他にもやりたい人いるだろ、なんで俺に来るんだって(笑)。熊切さんから連絡が来たときも「今泉まだ髭ある?」って。3年ぶりのメールが「髭ある」って!髭まだありますけど、何ですかって。
だから本当は自分の映画で一緒に仕事したいカメラマンさんやスタッフさんが、呼ばれた現場でカメラ回してたりすると、撮られる側として仕事したくないよって!『万引き家族』とかのカメラマン・近藤龍人さんが熊切さんの現場にいて、近藤さんと仕事普通にしたいよ!なんでこっち(役者)側!?って。
[スチール撮影: Cinema Art Online UK / 記者: 金尾 真里]
プロフィール
今泉 力哉 (Rikiya Imaizumi)1981年生まれ。福島県出身。数十本の短編映画を監督した後、2010年『たまの映画』で長編映画監督デビュー。翌2011年『終わってる』を発表後、2012年、“モト冬樹生誕60周年記念作品”となる『こっぴどい猫』を監督し、一躍注目を集める。2013年、こじらせた大人たちの恋愛群像劇を描いた『サッドティー』が第26回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に出品。『知らない、ふたり』(2016年)、『退屈な日々にさようならを』(2017年)も、それぞれ、第28回、第29回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に出品されている。他の長編監督作に『鬼灯さん家のアネキ』(2014年)、深川麻衣を主演に迎えた『パンとバスと2度目のハツコイ』(2018年)など。 2019年、『愛がなんだ』に続いて、伊坂幸太郎原作&三浦春馬主演の『アイネクライネナハトムジーク』(2019年秋公開予定)が公開待機中。 |
映画『愛がなんだ』予告篇
https://youtu.be/oXc_JlCqQE4
映画作品情報
《ストーリー》28歳のテルコ(岸井ゆきの)はマモちゃん(成田凌)に一目惚れした5ヶ月前から、生活すべてマモちゃん中心。仕事中でも、真夜中でも、マモちゃんからの電話が常に最優先。 けれど、マモちゃんにとっては、テルコはただ都合のいい女でしかない。マモちゃんは、機嫌良く笑っていても、ちょっと踏み込もうとすると、突然拒絶する。今の関係を保つことに必死なテルコは自分からは一切連絡をしないし、決して「好き」とは伝えない。 仕事を失いかけても、親友・葉子(深川麻衣)に冷たい目で見られても、マモちゃんと一緒にいれるならテルコはこの上なく幸せ。テルコの唯一の理解者は葉子に思いを寄せる青年ナカハラ(若葉竜也)。葉子との友達以上恋人未満の関係を壊したくないナカハラは、テルコと同じ悩みを抱え、互いを励ます関係だ。 ある日、朝方まで飲んだテルコはマモちゃん家にお泊まりすることになり、2人は急接近。恋人に昇格できる!と有頂天になったテルコは、頼まれてもいないのに家事やお世話に勤しんだ結果、マモちゃんからの連絡が突然途絶えてしまう。それから3ヶ月が経ったころ、マモちゃんから突然電話がかかってくる。会いにいくと、マモちゃんの隣には年上の女性、すみれさんがいた。 |