孤独から逃れようと愛を求め続けた男「エルトン・ジョン」の半生
エルトン・ジョン――その名前や歌声を誰もが聞いたことのある世界的ミュージシャンの半生を、ミュージカル仕立てのエンターテイメントにした作品が8月23日(金)から全国公開される。
主演は、『キングスマン』シリーズでブレイクし、歌声にも定評があるタロン・エガートン。監督を務めたのは、2018年の大ヒット作『ボヘミアン・ラプソディ』の最終監督デクスター・フレッチャーという楽しみな組み合わせ。名曲の数々を生み出し、世界ツアーを何度も行うまでに至った栄光の部分と、その一方で孤独感を深めていった闇の部分の両面を描き出した。
《ストーリー》
イギリス校外に住む少年レジナルド・ドワイドは、厳格な父親と子どもに無関心な母親のもと、夫婦喧嘩の絶えない家庭で孤独を感じながら暮らしていた。幸い彼には天才的な音楽センスがあり、祖母の助けもあって国立音楽院に入学。その後ロックに傾倒し、ミュージシャンになることを夢見て「エルトン・ジョン」という名前で人生の再スタートを切る。
レコード会社の公募広告を見て応募したエルトン(タロン・エガートン)は、同じく応募者のバーニー(ジェイミー・ベル)の美しい詩の世界に惚れ込み、一緒に曲作りをする生活が始まる。そして、後の代表作となる「ユア・ソング」の完成をきっかけに、デビューが決定。LAの伝説的なライブハウスでのパフォーマンスを経て、エルトンは一気にスターダムへ駆けあがっていく。だが、心の中は満たされない少年のままのエルトンは、成功と引き換えに酒やドラッグに溺れ、心身ともに追い詰められていく。
子に注ぐ親の愛情の大切さを教えてくれる
前半部分で描かれる少年時代のエルトン・ジョンは家庭に恵まれず、とにかく孤独。両親の夫婦仲が悪い上に、父も母も自分中心で子どもに興味がない様子が態度や言葉にわかりやすく現れ、観ているこちらの胸が痛むほど。唯一の救いは祖母が彼のピアノの才能に理解のあることで、そこからミュージシャンへの道が少しずつ開けていく。
両親とは、スターの地位を確立してからも会うシーンがあるのだが……才能に恵まれても幼い頃に親の愛情を得られなかった寂しさは、一生エルトンにつきまとってしまう。子育て中の身としては、子どもに目を向け、愛情を注ぐことの大切さを逆説的に教えてもらったような気がした。
吹き替えなしで挑んだタロン・エガートンの歌声に魅了される
エルトン・ジョンはグラミー賞を5度受賞し、日本でもCMやTVドラマ、映画などで楽曲が使われているため、耳にしたことのある名曲が多い。映画の中では22曲もの楽曲が使われていて、そのすべてを主演のタロン・エガートン自身が吹き替えなしで歌っている。アニメ映画『SING/シング』でゴリラのジョニー役としてタロン・エガートンが歌った「アイム・スティル・スタンディング」は、この作品ではさらに磨きがかかっており、その歌唱力、表現力は圧巻だ。
珠玉の名曲が生まれる瞬間に立ち会える
作品の中ではエルトンの楽曲が生まれる瞬間にタイムスリップして立ち会うことができるのも魅力だ。特に本格デビューのきっかけとなった「ユア・ソング」は、長年に渡って作詞パートナーとなるバーニーと一緒に暮らしながら楽曲をつくる中で、何気ない朝の食卓から生まれている。そのメロディーが紡ぎ出されたときには、鳥肌が立つほどの感動があった。
「現実離れした時間」を描き出す、ファンタジックなのにリアルな演出
映画が描くのは、エルトン自身が「普通じゃない現実離れした時期」と言う、世界的スターへの階段を一気に駆け上っていく期間。栄光の陰で、信頼していた周囲の裏切りに遭い、自身のセクシャリティに悩み、酒やドラッグ、セックス依存症になっていく様子もリアルに描かれている。一方、当時のふわふわ浮遊していたような日々を表すためにファンタジックな演出もあり、そのバランスが絶妙だ。プロデューサーとして、『キングスマン』シリーズでぶっ飛んだ演出と映像が観客の度肝を抜いたマシュー・ボーンが参加しているのも納得。
孤独から逃れようともがき続け、愛を求め続けたエルトン・ジョンの姿を、時代の変化とともに見守ることができる『ロケットマン』。エルトンは今年9月から最後のワールドツアーとして5大陸を回る予定で、引退前にこうした映画がつくられるミュージシャンのすごさを肌で感じ、なぜ世界中からこれほど彼の歌が愛されるのか、その答えの一端に触れることができる作品になっている。
[ライター: 富田 夏子]
映画『ロケットマン』予告篇