映画『マンダレーへの道』
(原題:再見瓦城/Zai Jian Wa Chen/英題:The Road to Mandalay)
「なりたい自分」になるための代償
ミャンマーからタイへと違法越境する途中で知り合ったリャンチンとグオ。だがバンコクで得た仕事先にも警察の捜査は及んでいく。ミャンマー出身で、現在は台湾をベースに活躍するミディ・ジー(Midi Z)の長編劇映画第4作。2016年、第73回 ヴェネチア映画祭「ヴェニス・デイズ」部門で作品賞を受賞した『マンダレーへの道』(原題:再見瓦城/Zai Jian Wa Chen/英題:The Road to Mandalay)が、第17回 東京フィルメックスのコンペティションに出品上映された。
《ストーリー》
若いミャンマー女性リンチェンは、家族の生活を支えるためタイへと違法越境しようとする。ボート、バイク、車…乗り継ぎのたびブローカーから高額な「通行料」を取られながら、ようやくたどりついたバンコク。しかし、ここでも「身分証」がないとよい仕事にはつけない。違法滞在摘発におびえながら低賃金で皿洗いをするリンチェンに、同じ車でミャンマーから来た青年グオは、郊外での工場勤めを勧める。いったんは工場で働き始めたリンチェンだが、都会で働くことにこだわり、たこ部屋のような工場生活から抜け出すため、高額でも身分証をつくってくれるブローカーにわたりをつける。彼女の夢はいつか台湾に行くことだった。
《みどころ》
ミャンマー出身で現在は台湾で活躍するミディ・ジー監督は、自分の姉や兄がタイへ違法越境して出稼ぎしたころの実話をもとに、この作品を作った。違法越境者をとりまく状況は、「今も昔もそれほど変わらない」と語る。
ことはミャンマーに限らない。職と成功を求め、アメリカ国境を越える者が後を絶たないのも、農民籍の中国人が上海や北京に出るのも同じであり、違法越境でないにしろ、かつて日本にも農村と都会の間では同じようなことがあった。生まれた土地によって可能性を閉ざされたものの焦燥と、そこを越えるエネルギーは、いつの世も変わらない。
田舎から出てきたしっかりものの長女・リンチェンの直近の目標は、親きょうだいを養うための仕送りだが、それとは別に、都会で生きたいという願望がある。だから、工場ではなく都会、皿洗いではなく会社勤めに心が動く。高校まで出て英語も話せる自分の実力を存分に生かしたいのだ。しかし現実は甘くない。のどから手が出るほど身分証がほしい違法滞在者たちの足元を見て、詐欺まがいの商売をするブローカーたち。職のないミャンマーには帰れないことを見越して、保障も自由も与えず朝から晩まで働かせる工場主。工場の描写は「女工哀史」の世界をほうふつとさせる。
リンチェンは、「なりたい自分」になるために、一線を越えてでも大金をつかもうとする。同じ「なりたい自分」でも、大金をもって故郷に店を持つことが夢のグオに、リンチェンの視線の先は理解できない。衝撃のラストをどう観るかは、女性と男性でまったく意見が異なるのかもしれない。
第17回 東京フィルメックスでの上映後のQ&Aでミディ・ジー監督は出演者に対し、半年以上ミャンマーの農村生活での訓練を求めたと語った。農村の朝、顔を洗うしぐさ、工場の休み時間、麺をポリ袋に入ったまま立ち食いする工員たち。そうした「リアル」が彼らのおかれた状況を、絵空事にしていないのだと思う。一方で、ホテルで長い舌をくねらせるオオトカゲは、多くのものを暗示して秀逸である。
第17回 東京フィルメックス コンペティション
映画『マンダレーへの道』ミディ・ジー監督 Q&A
■会場: 有楽町朝日ホール
■登壇者: ミディ・ジー(映画監督)、林 加奈子(東京フィルメックス ディレクター)
■通訳: サミュエル・チョウ
映画『マンダレーへの道』予告篇
映画作品情報
第17回 東京フィルメックス コンペティション部門 出品作品
英題: The Road to Mandalay
原題: 再見瓦城/Zai Jian Wa Chen