映画『モヒカン故郷に帰る』
“永ちゃん命”の親父に捧ぐ、怠慢息子の親孝行
《ストーリー》
売れないヘビメタロッカー永吉(松田龍平)は、妊娠した恋人の由佳(前田敦子)にせがまれ、長く連絡していなかった実家に結婚のあいさつに戻る。瀬戸内海に浮かぶ小島・戸鼻島の日常は、永吉の子ども時代と何ら変わらない。島の中学のブラスバンド部を指揮する父・治(柄本明)が崇拝する矢沢永吉の曲しか演奏させないところも相変わらずだし、母の春子(もたいまさこ)はカープの応援に余念がない。ご近所を巻き込んでどんちゃん騒ぎとなった永吉の帰省&結婚報告会の夜、治の腰に激痛が走る。幼なじみの島の医者・竹原(木場勝己)は本土の大病院へ行くことを勧めるが、治は頑として島から離れようとはしなかった。
《みどころ》
「金持ち」や「成功者」が一人も出てこない映画だ。都会に埋もれた下流社会の若者が、身重の妻ところがりこんだ先は、昭和の時代に取り残されたような過疎の小島。若い夫婦が頼ったはずの父親が末期のガンに侵されているとわかったとき、頼る・頼られるの関係は逆転する。カネもない、職もない、頼りない、であったとしても、家族がそばにいることがどんなに力になるのかを、この物語は上質のコメディに仕上げて私たちにおしえてくれる。
柄本明が出色の出来。矢沢永吉を気取った白いスーツ姿のファーストシーンから、全編を通じ “永ちゃん命”の治を突き抜けた演技で通し笑いを誘う。一方で、病室でもブラスバンドの指導に余念のない姿からは、人間が自分らしく生き、自分らしく死ぬとはどういうことか考えさせられる。治の死生観が、治自身の親を看取った経験からつくられたことがわかるシーンも忘れ難い。
かたや松田龍平は、今どきの、無表情で無気力な若者を好演。うつろだった目に少しずつ生気が芽生え、オトコの顔になっていく過程がほほえましい。圧巻は、永吉が治の一番の願いをかなえようと全力をふりしぼる場面。腹を抱えて笑いつつ、温かい涙がにじむ佳作である。
[ライター: 仲野 マリ]
映画『モヒカン故郷に帰る』レビュー予告篇
映画作品情報
監督・脚本: 沖田修一
音楽: 池永正二
主題歌: 細野晴臣「MOHIKAN」(Speedster Records)
製作: 関西テレビ放送、バンダイビジュアル、ポニーキャニオン、アスミック・エース、東京テアトル、テレビ新広島、オフィス・シロウズ
配給: 東京テアトル株式会社(東京テアトル70周年記念作品)
助成: 文化芸術振興費補助金
2016年 / 日本 / 日本語 / カラー / ヴィスタ / 5.1ch / 125分
2016年4月9日(土)より、テアトル新宿ほか全国公開!
(2016年3月26日(土)より、広島にて先行公開)