映画『母よ、』(原題: Mia madre)
介護と仕事、親にはどっちで恩返し?
《ストーリー》
マルゲリータ(マルゲリータ・ブイ)は映画監督。撮影所ではスタッフに檄を飛ばし、俳優たちにも細かく演技指導。イメージ通りの映画をつくるため、忙しい日々を送っている。しかしプライベートは一つも思うとおりにならない。離婚した夫との娘は反抗期、恋人とは別れたばかり。そのうえ年老いた母アーダ(ジュリア・ラッツァリーニ)は入院中。仕事を辞めて世話をする兄のジョヴァンニ(ナンニ・モレッティ)と対照的に、忙しすぎてなかなか母を見舞えない自分に情けない思いをしていた。
そこへ新作のために、アメリカから主演俳優のバリー(ジョン・タトゥーロ)が到着、撮影に加わった。自己主張が強い監督と主役は、毎日のように現場で衝突、撮影は思うように進まない。そんな折、母の余命がわずかだと宣告される。娘として最愛の母をいかにみとるか。そして映画製作のゆくえは?
《みどころ》
ヴェネチア、ベルリン、カンヌと世界三大映画祭を制したイタリアの名監督ナンニ・モレッティ。「息子の部屋」(2001)では、息子を事故で亡くした家族の再生について、父親を中心に描いたが、今回は思春期の娘の反抗期と老母の介護というシビアな現実をつきつけられる、キャリアを積み重ねてきた母親に光を当てている。
イタリア人の家族観は、ふるさとや家族、おふくろの味への郷愁など日本人の価値観と共通する点が多いといわれてきた。いずれの国民も、心の底では昔ながらの大家族主義を理想に掲げてはいても、核家族化し離婚も増えた現代の生活スタイルでは、自分が理想とする「介護」など不可能に近い。現場の指揮者として重責を負いつつ、ちょっとの休憩時間に病院へ電話しては駆けつけるマルゲリータの愛情と疲労には、日本のキャリア女性も共感するものがあるだろう。
介護のために仕事を辞めるのが、きょうだいのうち女性ではなく男性のほうである点にも目を向けたい。監督のモレッティ自身がジョヴァンニを演じていることからも、この設定の重要性がよくわかる。ひと昔前では考えられなかった男の生き方だが、日本でも男性の介護離職は増えている。ただ、単に追い詰められ不可抗力で離職するのではなく、今の自分にとって何がいちばん大切か、男性も女性も自分の心と向き合って決める過程が重要なことを、この映画は優しく問いかけている。
単なる「にぎやかし」かと思われていたバリーをめぐる騒動も、ラストに向かってマルゲリータの価値観を変える伏線となっており、見逃せない。
もっとも魅力的なのが、老母アーダの人生だ。「よく生き、よく死ぬ」とはこういうことか、と胸が熱くなる。長く教師を務めた彼女の一生を、家の本棚で表すシーンは心にしみる。
映画『母よ、』予告篇
映画作品情報
ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞受賞
主演女優賞(マルゲリータ・ブイ)、助演女優賞(ジュリア・ラッツァリーニ)
フランスの映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」2015年ベスト1
原題: Mia madre
監督: ナンニ・モレッティ (Nanni Moretti)
脚本: ナンニ・モレッティ、フランチェスコ・ピッコロ、バリア・サンテッラ
製作: ナンニ・モレッティ、ドメニコ・プロカッチ
出演: マルゲリータ・ブイ、ジョン・タトゥーロ、ナンニ・モレッティ、ジュリア・ラッツァリーニ
2015年 / イタリア・フランス合作 / 英語 / カラー / 107分 / 映倫区分: G / 字幕: 岡本太郎
配給: キノフィルムズ
© Sacher Film . Fandango . Le Pacte . ARTE France Cinéma 2015
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