映画『HUMAN LOST 人間失格』レビュー
【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』キービジュアル

映画『HUMAN LOST 人間失格』

救いようのない世界
主人公・大庭葉藏が見つけた一筋の希望とは…

2019年、太宰治が生誕して110年。太宰治の最後の作品であり不朽の名作「人間失格」を近未来の世界を舞台に3DCGアニメーションによりリメイクしたSFオリジナルアニメーション映画『HUMAN LOST 人間失格』が公開された。

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』メインカット

監督はテレビシリーズ「バジリスク ~甲賀忍法帖~」(2005年/TX)や映画『AFRO SAMURAI アフロサムライ』(2007年)などの木﨑文智。ストーリー原案・脚本は、「マルドゥック・スクランブル」(ハヤカワ文庫JA刊)、「十二人の死にたい子どもたち」(文春文庫刊)などの作家である冲方丁が担当。また、アニメーション制作をルーカスフィルム・アニメーション作品「スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ」(2011年/NHK)やアニメ「シドニアの騎士」(2014年/TBS)、『BLAME!』(2017年)、アニメーション映画『GODZILLA』三部作(2018年)、などのポリゴン・ピクチュアズ。主題歌には2017年、12月にオリジナルメンバーのLISAが復帰し、LISA・VERBAL・☆Taku Takahashiによる最強のトライポッド・m-flo、スーパーバイザーには『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズ(2015年、2019年)の総監督を務めた本広克行と屈指のクリエイター陣が集結!次世代3DCGアニメーション映画が誕生した。

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』場面カット

キャストにはアニメ「DEATHNOTE」(2006年)の夜神月や乙女向けコンテンツ「うたの☆プリンスさまっ♪」の一ノ瀬トキヤ、映画『ファンタスティック・ビースト』シリーズ(2016年、2018年)ではニュート・スキャマンダーの吹き替えでお馴染みの宮野真守が主人公・大庭葉蔵を担当。ヒロインの柊美子役はアニメ「化物語」(2010年)の千石撫子や「PSYCHO-PASS サイコパス」シリーズの常守朱、映画『言の葉の庭』(2013年)の雪野百香里を演じた花澤香菜。他にも福山潤や沢城みゆきなど豪華なキャストが作品を彩る。

舞台は夢のような世界……?

時代は昭和111年、西暦2036年にあたる近未来。人々は体内に万能医療ナノマシン(四大医療革命として数えられている、遺伝子操作:Genetic manipulation、再生医療:Regeneration、医療用ナノマシン:Medical nano-machine、万能特効薬:Panacea、それぞれの頭文字から〝GRMP(グランプ)〟と呼ばれる)を埋め込み、国民の健康を管理する無病長寿保障機関〝S.H.E.L.L.(シェル)〟(Sound Health Everlasting Long Lifeの頭文字をとったもの)が管理する「健康効用を目的とした保障維持合意に基づくネットワーク(Health Utility Maintenance Agreement Network)、通称〝ヒューマン・ネットワーク(H.U.M.A.N=Network)〟」に繋がっている。

GRMP(グランプ)を遠隔操作することで、病気や怪我、臓器損傷をしても元通りになる程の再生医療が発達し、無病・平均寿命120歳を実現した。そのため昭和天皇も生きており、元号が平成、令和には変わらず昭和の時代が続いている。

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』場面カット

無病長寿が実現した世界の社会問題として、脳内までもGRMP(グランプ)に操作され強制的に幸せを感じさせられていたり、無理の利く身体を手に入れた事により1日19時間労働、帰宅ラッシュは朝の4時。貧富の差も広がっており、東京首都圏を幾つもの環状道路によってエリア区分し、環の中心「インサイド」には政府中枢と富裕層が集まり、外側「アウトサイド」へ行くほど貧しい地域が広がる。また、「アウトサイド」には東京中に張り巡らされた大規模換気ダクトによって「インサイド」の汚染空気が排出されており環境の汚染度も高い。そのため「アウトサイド」の人間はガスマスクを着用している。

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』場面カット

表向きには発表されていない現象も起きている。ナノマシンは再生治療の際にS.H.E.L.L.(シェル)が管理している人間のデータを元に再構築している。稀にナノマシンとネットワークの接続が外れてしまい、そのままナノマシンが人体を再構築しようとする。データのないまま治療を行った結果、自我を失い化物のようになってしまう。それが「ヒューマン・ロスト」である。

健康長寿という人間の幸せを追い求めた結果地獄の様な生活を強いられ、死にたくても死ねない社会が生まれるという皮肉な世界は、まるで現実の私たちを風刺しているように感じた。全人類が人間失格の烙印を押されてしまう未来がそう遠くないうちにやってくるのではないかと思わせるリアリティを持った世界観には考えさせられるものがあった。

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』場面カット

不安定な主人公と一貫しているヒロイン

死を克服した世界で希望を見出せない主人公・大庭葉藏(CV:宮野真守)。社会どころか自分自身でさえもどうでもいい存在だと思っていた。アトリエ兼住居であるバア“メロス”の2階に引き篭もって絵を描き、薬物や酒や女に溺れる生活を送っている。

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』場面カット

ある日、葉藏の親友で貧困エリア“イチロク”(十六号線)の暴走集団のリーダーである竹一(CV:福山潤)がヒューマン・ロスト現象によりロスト体(異型化した姿)となった。

化け物になった親友の触手に身体を貫かれたが葉藏はロスト体ならず、むしろ本来ならできない、ロスト体から人間の姿に戻ったのだった。

ヒューマン・ロストに対抗する隠れた国家機関〝ヒラメ〟(創設期の3つの仕事「人的情報収集(Human Intelligence)、研究所の運営(Laboratory)、装備の開発(Mechanist)」の頭文字から“ヒラメ”の通称で呼ばれている)の女隊員でありS.H.E.L.L.(シェル)の広報官も兼務している柊美子(CV:花澤香菜)はヒューマン・ロスト現象を感知し抑える力を持っており、葉藏に人とは違う力があることを悟らせた。

その力はアウトサイドで薬物を竹一の暴走集団に提供していた謎の人物・堀木正雄(CV:櫻井孝宏)が探し求めていたものだった。

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』場面カット

葉藏の能力を知った美子は自分が所属しているS.H.E.L.L.(シェル)に葉藏が力を貸してくれたら、社会も人々もすべてが良くなっていくと心から信じ、葉藏に協力を求める。

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』場面カット

美子はヒロインという立ち位置ではあるが、自分の意志をしっかりと持ってよどみのない真っ直ぐな想いを貫いているキャラクターとして描かれている。現代的な女性であり、まるでヒーローのような印象である。

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』場面カット

自己を何より大事にする堀木の真の企みや他者を大事にする美子の真っ直ぐな想いに挟まれ葉藏は何を感じ、救いようのない世界で彼が見つけた希望とは一体何なのだろうか。その答えは本編を観て確認してもらいたい。

大庭葉藏役の宮野真守と柊美子役の花澤香菜の二人は、第32回東京国際映画祭のレッドカーペットに登場した際、自身が演じたキャラクターとその演技についてこのようにコメントしている。

現代人の共感を誘う葉藏のキャラクター性

消極的な葉藏は現代の若者に共通する部分が多々見受けられた。

自分自身が分からなくなり、自分を探してひたすら絵を描いている人間が、周りから「これがお前だ」と型にはめられたり、能力を見出されたことで自分を形成していく。しかし、他人からの評価を元に判断していると、自分は何を望んでいたのかが分からなくなり、自分と向き合うことも少なくなっていく。それを本人も自覚しているため、なるべく自分に向き合おうとするが、向き合い方が分からず、どうすればいいのかと右往左往する。

本編の葉藏はさまよいながらも、辛うじて「これだ」と思える自分を取り戻す。自分の意志ではなかなか動けない主人公ではあるが、最後には自分の意志で道を選び進んでいく。それがたとえ恥の多い生涯であっても。

周りに巻き込まれながら自分自身に向き合う葉藏の姿に自分自身を重ねて観ると自分について深く考えるきっかけとなるだろう。

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』場面カット

“死”があるからこそ“生”を全うできる

死を克服した、生き続けるからこその絶望故に葉藏は自堕落な生活を送っていた。しかし、現実はそうともいかない。映画からは死があるからこそ今ある人生を大切にしていくというメッセージを受け取ることができる。

我々は社会のあらゆる存在から影響を受けている。だからこそ自分の中にブレない軸を持つことが大切である。多様な情報や周りの意見に翻弄される様を葉藏から受けた。その現実社会の中で何とか個を獲得しようと藻掻くことも人間失格と言われないための行為なのだと感じた。

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』場面カット

日常生活でうんざりしてしまうような、一方的に管理される社会の閉塞感、そこから脱却したい一筋の希望を見事に描いた映画『HUMAN LOST 人間失格』をぜひご覧いただきたい。

[ライター: 梅田 奈央]

映画『HUMAN LOST 人間失格』予告篇

映画『HUMAN LOST 人間失格』本編冒頭7分映像

映画作品情報

【画像】映画『HUMAN LOST 人間失格』ポスタービジュアル

 
第32回 東京国際映画祭(TIFF) 特別招待作品
第43回 アヌシ―国際アニメーション映画祭 公式上映作品
第23回 ファンタジア国際映画祭 アニメ部門 今敏アワード 特別賞受賞
Sci-Fi フィルムフェスティバル2019 特別上映作品
 
原題・邦題: HUMAN LOST 人間失格
英題: Human Lost

《スタッフ》

監督: 木﨑文智
スーパーバイザー: 本広克行
ストーリー原案・脚本: 冲方 丁
キャラクターデザイン: コザキユースケ
コンセプトアート: 富安健一郎(INEI)
グラフィックデザイン: 桑原竜也
CGスーパーバイザー: 石橋拓馬
アニメーションディレクター: 大竹広志
美術監督: 池田繁美 / 丸山由紀子
色彩設計: 野地弘納
撮影監督: 平林 章
音響監督: 岩浪美和
音楽: 菅野祐悟
アニメーション制作: ポリゴン・ピクチュアズ
企画・プロデュース: MAGNET/スロウカーブ
配給: 東宝映像事業部
主題歌: m-flo「HUMAN LOST feat. J. Balvin」(rhythm zone/LDH MUSIC)

《キャスト》

大庭葉藏: 宮野真守
柊美子: 花澤香菜
堀木正雄: 櫻井孝宏
竹一: 福山 潤 
澁田: 松田健一
厚木: 小山力也
マダム: 沢城みゆき
恒子: 千菅春香
© 2019 HUMAN LOST Project
 

2019年11月29日(金) 全国公開!

映画公式サイト
 
公式Twitter: @HUMANLOST_PR

この記事の著者

梅田 奈央シネマレポーター/ライター

様々な人々の想いによって創られる映画。限られた時間の中に綿密に練られた構想。伝えたいメッセージ。無限大の可能性と創り手の熱量に魅了され、作品やそこに込められた想いをたくさんの人に知って貰いたいと活動を開始。インタビューや舞台挨拶などのイベントに至るまで、様々な角度から作品の魅力を発信している。

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