- 2021-6-3
- インタビュー, ドキュメンタリー映画, プロデューサー, 日本映画, 映画監督
映画『裏ゾッキ』
篠原利恵監督×伊藤主税プロデューサー インタビュー
コロナ禍の蒲郡、カメラの“裏”にいた人々の熱狂と焦燥の日々が問いかける「映画の力」
竹中直人・山田孝之・齊藤工の3人がメガホンを取り、漫画家・大橋裕之の短編集「ゾッキA」「ゾッキB」を実写化した映画『ゾッキ』。何気ない、けれどどこかに“秘密”を隠した人々の日常が少しずつリンクして回り出し、観る人の心にもさざ波のような揺れを起こしていく、ジャンルレスな異色作だ。一風変わった登場人物を取り巻くのは、大橋の故郷でもある愛知県蒲郡市ののどかで美しい風景。だが、その撮影の裏側には、蒲郡に住む人々の熱狂と、今作に関わった人々の熱い想いが隠されていた。
『ゾッキ』の撮影は、蒲郡市民の多岐に渡る協力のもと行われた。映画界にふれたこともない街の人々が炊き出し、警備、移動車の運転などの裏方仕事から、市民の応援メッセージを集めるといった自主的なサポートに約3週間奮闘したのだ。
その撮影から公開までの舞台裏を記録したドキュメンタリー映画『裏ゾッキ』では、監督や出演陣ほか、映画作りのプロたちを追いかけたいわゆる制作の裏側に留まらず、映画の現場を初めて見る“寄せ集め”の集団が、いかにしてつながり、制作の支えになったかを追いかけている。
エンタメ業界全体を揺るがしたコロナ禍で、一つの街を巻き込んで完成した映画はどんな結末を迎えるのか。映画館への休館要請が続く中「いま、映画は必要なのか?」という大きな問いにまで言及したドキュメンタリー。今作で撮影・編集・監督を務めた篠原利恵監督と、蒲郡市との映画製作を中心となって推し進めた『ゾッキ』のプロデューサーであり『裏ゾッキ』の企画を手掛けた伊藤主税氏に今の思いを聞いた。
『裏ゾッキ』は、蒲郡で巻き起こった大きな“うねり”を伝えるドキュメンタリー
監督、役者、制作スタッフのこだわりや熱意が伝わる制作の裏側と、その人々をさらに取り巻く “街の人”の奮闘を掛け合わせた群像ドキュメンタリー。そんな『裏ゾッキ』の構想は篠原監督にオファーがあった時点ですでに固まっていたという。
篠原:「『裏ゾッキ』では街の方々と出演者や監督の両方を追いかけていますが、主役はあえてどちらでもありません。私が伊藤さんから今回のお話を聞いた時点で『裏ゾッキ』は『ゾッキ』制作中に蒲郡で巻き起こったことを伝えるドキュメンタリーという位置づけでした。そこで私自身が強く意識していたのは、街と映画が交わるところを描くこと。あのとき蒲郡で起きた大きな“うねり”のようなものを作品として残したかったんです」
伊藤:「いわゆる『メイキング』を作ろうとすると、どうしてもいい場面ばかりをつなぎ合わせてしまいがちになります。でも今作では、映画製作の過程をいいところもそうではないところも含めて、観る方に理解してほしいと考えました。それによって、映画そのものに対する捉え方が少し変わるかもしれない。その可能性があるなら、どんどん“裏”を見せていこうと。2作の関係は“親子”のイメージです。『裏ゾッキ』では一つの映画がどのように生み出されたかを描いていて、『ゾッキ』は実際に生まれた変な子どもですね(笑)」
篠原:「確かに。ちょっと面白い子が生まれたねっていう(笑)」
伊藤:「かなりの難産でしたけどね」
「映画と、映画にまつわる場所を守りたい」
竹中直人、山田孝之、齊藤工、三監督の現場で見えた優しさと信念
いわゆる「メイキング」ではないとしつつも、『裏ゾッキ』の中では、3監督それぞれのものづくりへの姿勢やこだわりがしっかりとフィーチャーされている。個性の塊ともいえる監督たちを長期に渡り追いかけた篠原監督は、今作の制作を経て、ある一つの疑問とともに3人に共通する特徴を感じ取ったという。
篠原:「3人共とにかく気遣いができて、本当に優しいんです。『彼らはどうしてあれほどまで人の気持ちが分かるのだろう』と現場を追いかけながらずっと不思議でした。撮影時から時間が経った今思うのは、竹中さんも山田さんも齊藤さんも俳優としてさまざまな立場の人物を生きてきています。だから多様な状況の人の気持ちが分かるのかな、と。中でも竹中さんは本当に少年のようで、『ゾッキを作りたい』という気持ちをブラさず、信念をもって臨まれていました。山田さんはプロデューサーとしても関わっていたため、作品をどう広めていったらいいかも広く考えていましたし、発想自体がクリエイティブ。齊藤さんは映画自体を深く愛していて、今の時代にこの文化をどう守っていくか常に考えながら現場作りをされていた。3人とも本当に映画が好きなのだと感じました」
今作において“現場作り”という点で印象的だったのは、山田監督が手掛けるパートにピエール瀧が参加した場面だ。『ゾッキ』で役者として復帰することになったピエール瀧が、一部メディアの強引な取材にさらされることなく、演技に集中できる環境で撮影を進めたい。そんな思いのもと、山田監督は蒲郡市民、制作スタッフと協力し、港を封鎖するという驚くべき措置を講じた。近年、さまざまな意見が飛び交うセンシティブな問題への対応を、あえて今作で取り上げたのは、どういった思いからだろうか。
篠原:「ピエールさんの報道があったのは『ゾッキ』の撮影が始まる直前、ピエールさんの出演シーンはロケの後半に行われました。制作陣は、山田さんを中心に、どうしたら穏便によい撮影できるかをずっと考えていて、港での場面はその集大成でした。彼らの様子を側で見続けている内に、この場面はやはり外せないと感じたんです。映画の中で山田さんが話されていますが、ピエールさんをキャスティングした時期と理由は絶対に伝えないといけないと思いましたし、彼がよい演技をできるようにするために、制作陣と蒲郡の人々が一丸となって動いたことをきちんと描きたかった。それが一番の動機ですね」
伊藤:「過去に胸を張っては言えない仕事や行いをしてしまっていたり、後にそれが分かって責められている人もいます。けれど、一度間違えたら、その時点で人生がすべて終わるということではないはずだ、と山田さんとはよく話していました。更生や復帰ができる場所は必ず必要。山田さんには、そういった場を守っていけるようになりたいという、彼の中での芯のような想いがあります。『裏ゾッキ』であの場面が描かれなかったら、世の中の人たちは、表面の一部分を切り取ったニュースだけを見て、それがすべてだと考えてしまうでしょう。そういった映画制作の裏にある思いを少しでも伝えられれば、映画や、映画に関わる僕らの仕事に対しての議論の在りようも少し変わっていくのではないかと考えています」
コロナに翻弄される日々が燃え上がらせた
「なんとしても作り上げて、届ける」の想い
伊藤氏は、これまで約15の地域で映画撮影を敢行。蒲郡での撮影は、多くのトライ&エラーを経てたどりついた「集大成のようなもの」だという。今回“熱狂”ともいえる市民の協力体制が築きあげられ、『ゾッキ』のロケが成功を収めた理由を、伊藤氏は次のように語る。
伊藤:「これまでの経験から、映画撮影を共に行う場所として考えたとき、人口3万人~10万人規模の都市が上手くいきやすいと分かりました。理由は、決裁者がある程度絞られていて、彼らが「やろう」と言えば話がすぐ動き一つになれるからです。また、行政や企業の中に、僕らと同じように映画をきっかけして街を盛り上げたいという意思を持っていて、リーダーとして引っ張ってくれる方がいたことも大きかったと思います。
ただ、最後にもう一つ大事だったのは、街の人たちが映画自体を好きなこと。蒲郡の皆さんは映画の価値を分かってくださっていました。映画やテレビに出ている人たちと一緒に何かができることに、純粋に夢をもってくれたんです」
制作陣と蒲郡市民の思いを乗せた『ゾッキ』、そしてその裏側を追いかけた『裏ゾッキ』。だが、この2作も多くの映画作品同様、コロナ禍で公開日やイベントの予定変更が相次ぎ、先の見えない手探り状態を余儀なくされていく。映画後半では、前半の熱狂とは打って変わったように、コロナに翻弄される制作陣と街の人々の姿が映し出される。
伊藤:「コロナでめまぐるしく予定が変わっていくので、『裏ゾッキ』の結末は最後までしっかり決められない面がありました。公開延期はいつまで続くのか、当時は探偵のようにいろんな人から情報収集をして、作戦を立てて…それでもやっぱり延期になったりして。そうすると『裏ゾッキ』の構成もまた変わるので、本当に生き物のように変化しながら、方向性を見出していった。何度も組み立て直して、篠原監督のスケジュールも延び、どういう結末にたどり着くかも読めず、正直苦しい期間でした。でも今思うと、逆にそれがあったからこそ、何としてでもやるぞという執念みたいなものが燃え上がりましたよね」
篠原:「私は作品を作り上げること、伊藤さんは作品を届けること、それぞれの方面で燃えましたね。今ようやくそれを実現できている状況なので、本当に楽しいです。この状況でも、観てくれる人が少しずつ増えていくのが、毎日うれしくて」
映画を作る人たちは、みんな誰かの力になりたい
未曾有の状況の中、「いま、映画は必要なのか?」という大きな問いにさらされながらも今作を完成させ、観客に届けた2人は、あらためて「映画の力」をどのように感じているのだろうか。
伊藤:「映画は総合芸術です。人の心を豊かにしながら、ビジネスとしても多角的に展開できる。多くの人が経験したことのある文化祭や体育祭の大人バージョンというか、一つのものを大勢で作り上げるのに非常に適したコンテンツであり文化でもあって、ものすごくたくさんの可能性がある産業なんです。映画って最初は誰にも完成形が見えないですよね。なのになぜ人が集まるかというと、そこに『何かを伝えたい』って思いがあるからなんです。強烈な監督を中心とした一つの観念があって、それを関わる全員で共有して伝えることが、人をつなぐ。そんなに豊かなことはありませんよね」
篠原:「先日、地元の友達が『裏ゾッキ』を観るために上京して、吉祥寺の映画館まで来てくれました。彼女とはあることをきっかけに疎遠になっていて、3年くらい連絡を取っていなかったんです。でも映画を観た後に公園で話をしていたら、『この映画を観たら、人の役に立つようなことをしたくなった』と言ってくれて、彼女がそれまで関わっていた少しグレーな手段で物を売るような営業の仕事を辞めるとに言ってくれました。その話を聞いて、人と協力して何かをすることへの素晴らしさや、新しい場所に飛び出す力を与えられたんだなって本当にうれしくなりました。映画には、そういう力があるってことを肌で感じられた」
伊藤:「僕は、映画を作る人たちはみんな誰かの力になりたいのだと思っています。誰かの心を豊かにしたいし、ワクワクしてほしい、何かを社会に訴えたいっていう“魂”があって、誰も人を不幸にしようと思ってないんです。『裏ゾッキ』は、何かを始めたいけど不安があるという人の背中を必ず押してくれる作品。一歩を踏み出せずにいる人には、絶対観てほしいですね」
観る人の心を動かし、ある時には背中を押し、そして人と人をつなぐ。それは間違いなく映画が持つ力だ。コロナという世界規模の苦境の中で進められた映画制作の裏側を追いかけ、そんなパワーを届ける『裏ゾッキ』は、現在当初の3館から20館にまで上映館を増やしている。先日東京を始めとした大都市では、ミニシアターのまでもが営業自粛を要請され、映画界の厳しい状況はまだ終わりが見えない。しかし、そんなときだからこそ、“映画の力”を再認識させられるこの作品にぜひふれてみてほしい。
[取材・文: 深海 ワタル / スチール撮影: Cinema Art Online UK&KT]
プロフィール
篠原 利恵 (Rie Shinohara)
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伊藤 主税 (Chikara Ito)
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映画『裏ゾッキ』予告篇
映画『裏ゾッキ』作品情報
《ストーリー》バラバラの世界をつなぐのは、法螺(ほら)(ウソ)だったーーー。 竹中直人・山田孝之・齊藤工の3人がメガホンを取り、漫画家・大橋裕之の短編集を実写化する異色の映画、「ゾッキ」。制作がはじまる2020年、ひときわ喜んだのは、ロケ地である愛知県・蒲郡市の人々だった。蒲郡では8年前から印刷屋さん、パン屋さん、居酒屋さんなど、町の有志が立ち上がり映画誘致の活動を続けていたが、今回念願かなって蒲郡市も巻き込み、映画「ゾッキ」を市民総出で全面バックアップすることになったのだ! 平穏だった蒲郡という場所で巻き起こる、数々のハプニング。豪華キャスト・スタッフによる一筋縄ではいかない映画制作。そして、素人集団がどうにか映画を盛り上げようと奮闘する姿。その模様を追った「裏ゾッキ」は、ひとつの映画に寄せ集まった人々の”裏側”を描く物語。・・・のはずだった。 ロケ終了後に世界中に襲いかかったコロナウィルスの猛威。4、5月には緊急事態宣言が発令した。映画館が2カ月の休館するのは戦後初めての事態だった。映画を生業にしていた監督陣の生活も一変した。例にもれず蒲郡の町も悲鳴をあげ、映画に心をくだいてきた人々は、それぞれの苦境に追い込まれる。さらに2021年3月の公開直前、コロナウイルス第二波が世界を襲う。目標にしてきた「作品を届けること」がおびやかされる今。ひとつの映画とともに重なり合った人々の現在進行形の記録。 |
配給: イオンエンターテイメント
公式Twitter: @urazokki
映画『ゾッキ』作品情報
2021年3月26日(金) 愛知県先行公開!※一部劇場除く