映画『ザ・シークレットマン』ピーター・ランデズマン監督インタビュー
 

 

ピーター・ランデズマン監督インタビュー

同時進行の苦悩を抱えながらも前に突き進む強さが信念。

「権力には屈しない 相手が大統領であっても――」
アメリカ合衆国史上初めて任期途中で辞任に追い込まれた第37代リチャード・ニクソン大統領。
その引き金となった”ウォーターゲート事件”の全容を白日の下に晒し、ニクソン政権の不法行為や腐敗を暴いた内部告発者、通称「ディープ・スロート」。

匿名情報源であった「ディープ・スロート」の正体は、実は当時のFBI副長官マーク・フェルトだった。どうして彼は内部告発者にならなければいけなかったのか―。事件の裏側を描いた映画『ザ・シークレットマン』が2018年2月24日(土)より新宿バルト9他全国公開される。

監督・脚本を務めるのは『パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間』(2013年)『コンカッション』(2015年)で実話を映画化し、高い評価を獲得してきた俊英ピーター・ランデズマン。

元々、ニューヨーク・タイムズ・マガジンやニューヨーカーなどに記事を執筆し、人身売買と詐欺的行為者に対する画期的な取材方法や、ロサンゼルスのギャング達の破壊的な暴力行為を詳細に分析した構造の記事で有名な報道記者や従軍記者として活動しており、雑誌業界のピュリッツァー賞とも呼ばれる海外特派員クラブ賞で最優秀国際人権報道賞を2度受賞している。

今回、シネマアートオンラインでは、大石と藤田の2人のインタビュアによるクロストーク形式で、映画『ザ・シークレットマン』の撮影秘話やマーク・フェルトの人物像について来日したピーター・ランデズマン監督に伺った。

―― この映画を通して、マーク・フェルトの存在を知ることができて良かったです。監督の目から見て、彼の魅力とはなんですか? (大石)

あなたご自身はどう思われますか?(笑)

―― FBI副長官として、秘密を隠し続けるという重圧に耐えながらも、自分の信念のために生き続ける魂のレベルがとても高い人だと感じました。(大石)

その通りです。映画を通して伝えたかったことが伝わっていると、今確信することができました。そのように読み取れなかったとしたら映画としては失敗です。

―― マーク・フェルトご本人にもお会いになったと伺いましたが、実際にお会いになった印象はいかがでしたか?(大石)

僕が会ったのは彼が92歳の時で大分老齢でした。映画の中では、敏腕のFBI捜査官だった1970年代の彼を描いていますが、その面影は既になく、人生の潮時のような雰囲気が漂っていました。

でも、実際に会えたからこそ、結婚生活の苦労や娘さんが行方不明だった時の心労がどれほど彼にとって重荷だったかを肌で感じることができました。彼の人となりを知ることができたので、彼が何に掻き立てられ、何が原動力となって内部告発という行為に至ったのかわかった気がしました。

―― やっぱり会ってみないと感じ取れないことってありますよね。(藤田)

まさにそうですね。実際の彼は疲れ果てた印象でしたが、“何をこの世の中に残していくか”といった自分が後世に伝えられる軌跡について考えているということが、実際に会って分かりました。

―― “相手が誰であろうと真実を探す”という信念をマーク・フェルトが持っていたことは、どのような取材をされて分かったことなのでしょうか? (大石)

彼が信念を貫く強さを持っているとわかったのは、家庭生活を垣間見た時でした。ウォーターゲート事件が起きた時、奥さんが精神不安定状態だったり、娘さんが行方不明になっていたりと、公私共に様々な苦悩が彼の周りで起きていて、どれ1つとっても、彼を潰す充分な材料になり得ました。

しかし、同時進行の苦悩を抱えながらも、前へ突き進んだ。当時、彼が抱えていた重荷を考えてみると、改めて信念を貫き続けた強さを実感します。

―― 映画にもなったスノーデンのように内部告発者は、自分が所属している組織に対してのロイヤリティや愛着と、自身の正義感やポリシーとの相反に葛藤し、苦しむことがあると思います。その葛藤を、マーク・フェルトはどのように考えていたのでしょうか? (藤田)

マーク・フェルトと他の内部告発者はちょっと違うと思います。例えばエドワード・スノーデンは、はっきり言ってNSAのことなんてどうでもいいと考えていたと思いますが、マーク・フェルトはFBIに対して、ものすごく忠誠心がありました。テレビや映画でも繰り返し描かれているFBIは、アメリカ人にとって聖域であり、神話化されている存在です。

それはFBIの内部者たちにとっても同じで、その神話を背負いながら働いている。だからこそマーク・フェルトもFBIの規範を破ったという、非常に大きな重圧と恥を抱えながら生きていました。裏切ってしまったことは彼にとって本当に苦悩だったのです。

―― マーク・フェルトが、ペンをトントンと机に叩く仕草が印象的でしたが、ご本人の癖だったのでしょうか?それとも監督が彼のキャラクターを表現するために演じさせたのでしょうか?(大石)

よくぞ気付いてくれました!ペンで叩く仕草については、トロント国際映画祭で1回聞かれて今回が2回目です。これは演出で、偶然なんてことはありません。劇中のマーク・フェルトのセリフにもありますが、ビルをトントン叩き続ければ、中の分子が崩れていって、やがて崩壊する。FBIも政府が外からトントン叩き続ければ内部から崩壊してしまうのか。まさに映画の根底に流れる問いかけと関連するモチーフであり、この映画のテーマそのものを表現しています。

―― マーク・フェルトを演じられたリーアム・ニーソンさん。最近はアクションムービースターというイメージが強いですが、今回はそれとは対照的な非常に影のある役所で素晴らしい演技でした。監督は、彼の出演の成果、価値をどのように考えられていますか? (藤田)

彼は非常に卓越した技術の持ち主で、優れた役者です。品位、高潔性、冷静沈着、メランコリックでもあります。様々な良い演技をする役者かつ、佇まいがアイコン的でマーク・フェルトにはぴったりだと思いました。

アクションムービースターのイメージが強いのは、実は13年前に奥様を亡くされてからなんですね。重く内省していくような内容の作品は、演じる上で心に負担がかかり過ぎるということで、割と軽めのアクション映画ばかりに出演していました。そんな中、重厚ドラマへの復帰第1作目に、今回の映画を選んでくれて嬉しいです。

―― 立っているだけで様になりますものね。 (藤田)

まさにそうですね。彼は自分の顔の使い方をわかっているところも素晴らしいです。

―― 他の俳優の方も目を使う演技が素晴らしいなと感じましたが、監督が指導されたのですか? (大石)

目で語る演技は、皆さんが想像する以上に難しいので、そういう演技を意識して出来る俳優を意図的に起用しました。この映画では脇役だとしても、1人1人主演ができる豪華キャストを配しています。だから俳優陣を獲得するのが大変で、喧嘩までして勝ち取りました!

僕も意識していますが、“聴く演技”などセリフ以外の演技がすごく大事だと思っているので、キャストとも念密に話し合いをしますが、今回は優秀なキャストばかりだったのでそこまで話し込む必要もありませんでした。

―― 今回のキャストの方達は、何か他の出演作品を観て「いいな!」と感じて声をかけられたのですか? (大石)

チャーリー・ベイツ(FBI捜査官)役のジョシュ・ルーカスは、もっと良い役をやってもいいと思う素晴らしい俳優です。オードリー・フェルト(マーク・フェルトの妻)役のダイアン・レインは『運命の女』(2002年)での演技が素晴らしかったし、アンジェロ・ラノ(FBI捜査官)役アイク・バリンホルツは、あまり知りませんでしたがコメディセンスもあり、これからビックになっていく俳優だと思います。

僕はコインランドリーでの撮影シーンが一番好きでした。日が落ちてから夜明けまで撮影していたので、そろそろ終わりたいという空気が流れていましたが「まだまだだ!」とわめきながら撮影を続行しました。どうしてもランドリーにいた黒人女性をそのシーンに入れ込みたかったから。そうすることで、より孤独感を意識した画に近づくと思いました。

そのシーンはまさに、僕が表現したかったエドワード・ホッパーという画家の絵のような雰囲気そのもので、彼の絵が持つ孤独感や、明暗がはっきりした描き方を演出できたと思います。『ナイトホークス』(1942年)の絵のようにね。

―― 2005年にマーク・フェルトがディープ・スロートだと告白しましたが、アメリカ国内でも彼の評判は真っ二つに別れていたと聞いています。ブッシュ大統領は、YesでもNoでもなく判断は難しいと答えたと聞きますが、監督ご自身は、マーク・フェルトの功績をどのようにお考えですか? (藤田)

僕は彼に対してネガティブな印象は全くありません。彼に対する唯一の批判は、FBIで昇進を見送られたから恨みで内部告発をしたと言われていますが、そういう人では全くなかったと思います。FBIとして職務を全うしたかったけれど、邪魔をしてくる政府に対して憤りを感じたからこそ内部告発したと思いますし、正義感がものすごく強い人だと思います。だから僕には、ネガティブなイメージを持つことがあまり理解できません。ブッシュ大統領がYesかNoか判断が難しいと言っているのはおそらく共和党だからだと思います。しかし、同じ共和党だったレーガン大統領は彼を許しているので、分かる人には伝わっています。

インタビューを終えて

大石: 監督が一番好きだとおっしゃったコインランドリーのシーンからは、蒼い海の底のような孤独を感じました。マーク・フェルトが残した信念を、1人でも多くの方の心に届けるお手伝いが出来れば幸いです。

藤田: 本作の主人公・マーク・フェルトは、今もなお続くアメリカ合衆国の闇と闘った象徴のような人物。それは真の愛国者だからこそ成し得た技だし、真の愛国者だからこその苦悩と葛藤もあった―アメリカを正しく導こうとした男の生き様を、是非劇場で見届けて頂きたいです。

[スチール撮影: Cinema Art Online UK / インタビュー: 大石 百合奈、藤田 哲朗]

監督プロフィール

ピーター・ランデズマン (Peter Landesman)

1965年1月3日生まれ。2013年『パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間』にて映画監督デビュー。本作は『コンカッション』(2015年)に続き監督3作品目となる。 映画やテレビ作品の製作者としてのキャリアを始める以前は、ニューヨーク・タイムズ・マガジン、アトランティック・マンスリー、ニューヨーカーなどで報道記者や従軍記者として活躍。ルワンダやコソボ、9.11以降のアフガニスタンとパキスタンの紛争などを伝える記事を投稿。また、武器密輸、性的人身売買と奴隷制度、麻薬と難民の人身売買、芸術と古美術品の偽造など、人身売買と詐欺的行為者に関する画期的な調査取材や、ロサンゼルスのストリートギャングたちによる破壊的な暴力行為の詳細な構造の分析記事でも知られ、雑誌業界のピュリッツァー賞ともいわれる海外特派員クラブ賞で2度の最優秀国際人権報道賞を受賞している。そのほか、画家や小説家としても賞を受賞しており、これまで2冊の小説を発表。1996年に発表された『The Raven(原題)』は、アメリカ文学芸術アカデミーで優秀なフィクションを書いた新人に与えられるスー・コーフマン賞を受賞。

映画『ザ・シークレットマン』予告篇

映画作品情報

《ストーリー》

権力には屈しない 相手が大統領であっても――
1972年6月17日深夜、5人の男がワシントンD.C.の民主党本部に侵入し、盗聴装置を仕掛けようとしたところを逮捕される。後に「ウォーターゲート事件」と呼ばれる、アメリカ合衆国史上類をみない政治スキャンダルの発端である。捜査を指揮するのは FBI 副長官マーク・フェルト。遅々として進まない捜査に苛立つフェルトは、やがてホワイトハウスが CIA を通じ捜査を妨害していることを察知する。事件そのものがホワイトハウスの陰謀によるものだと悟ったフェルトだが、フーバー亡き後 FBI 長官に就任したグレイはニクソン大統領の忠臣であり、協力は望めない。フェルトは事件の真相を白日の下に晒すため、ある決断をする。

 
第42回 トロント国際映画祭(tiff) 正式出品
 
原題: MARK FELT:THE MAN WHO BROUGHT DOWN THE WHITE HOUSE
 
出演: リーアム・ニーソン、ダイアン・レイン、マイカ・モンロー、ブルース・グリーンウッド
監督・脚本・製作: ピーター・ランデズマン(「パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間」)
原作、共同製作: ジョン・D・オコナー
製作: ジェイ・ローチ、ピーター・ランデズマン、スティーヴ・リチャーズ、マーク・バタン、アンソニー・カタガス、ジャンニーナ・スコット、リドリー・スコット
撮影: アダム・キンメル
プロダクション・デザイン: デヴィッド・クランク
編集: タリク・アンウォー
衣装デザイン: ロレイン Z・キャルバート 
音楽: ダニエル・ペンバートン
配給: クロックワークス
2017年 / アメリカ / DCP 5.1ch / スクリーンサイズ 1:2.0 / 103分 / G
© 2017 Felt Film Holdings.LLC
 
2018年2月24日(土) 新宿バルト9ほか全国ロードショー!
 
映画公式サイト

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