関友太郎監督、平瀬謙太朗監督、佐藤雅彦監督 インタビュー
主役はエキストラ。
監督集団「5月」が放つ初の長編映画作品
「手法がテーマを担う」という言葉を標榜し、新しい表現の開拓を目指す監督集団「5月」の初の長編映画作品となる映画『宮松と山下』が、11月18日(金)より全国公開される。
主人公は端役専門のエキストラ俳優、宮松。とある出来事をきっかけに記憶喪失となり、エキストラの仕事をこなしながら生活を送っているが、彼には彼が知らない「もうひとりの自分」がいた。宮松を演じるのは数々の映画やドラマで圧巻の存在感を放つ名優・香川照之だが、今作では一切の存在感を消し、名もなきエキストラ役を見事に演じきっている。先に開催された第70回サン・セバスティアン国際映画祭New Directors部門の正式招待作品としても話題になった。
全国公開を目前に控え、企画・脚本・監督を務めた監督集団「5月」の関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦の3監督へインタビュー。「5月」の立ち上げから今作の制作に至るまで話を聞いた。
—— まずは本作を企画した「5月」についてお聞かせください。
佐藤監督: 「5月」という監督集団を作った経緯は、東京藝術大学大学院の映像研究科にある私の研究室「佐藤研」に関と平瀬が在籍したことが発端です。本人たちを前にして言うのは、ちょっとためらわれるのですが、実は、彼らが非常に優秀な年代だったのです。そこで、平瀬、関を含む佐藤研の他の研究生たちと共に、何かできないかというところから「c-project」という名前で活動を開始しました。最初に5人の研究生で監督した作品『八芳園』(2014年)が、光栄なことに第67回カンヌ国際映画祭の短編部門にノミネートされました。その後もc-projectで脈々と映画を作り続け、一昨年「5月」と名前を変えて、今回の長編に至りました。
—— 映画としては2018年の『どちらを』、2021年の『散髪』ですね。今作を制作することになったきっかけは何だったのでしょうか。
関監督: きっかけは、私が大学卒業後にNHKへ入局し、京都での時代劇撮影の折、助監督としてエキストラを担当したことです。エキストラの方々は、1日のうちに江戸の町人をやったり武士をやったり、いくつもの役をこなしていました。また、侍が画面に大勢いるように見せたい時には、一度斬られた侍が、ムクっと起き上がってまた画面に出てきて斬られるといったようなことがあったり。そこだけ見たらすごく変なことをしていると思ったんです。そのエキストラだけの振る舞いを切り取って映像にしたら面白いんじゃないか、と。そして、もしそれを映画にするなら、エキストラの仕事と普段の生活を全く同じトーンで、シームレスに撮るのはどうかという、本作のアイデアが生まれました。
—— 確かに、多くの観客が意表を突かれると思います。
佐藤監督: 関からその話を聞いた時に、私の中で鮮明にそのシーンの画が浮かびました。しかし、企画として動き出したものの、主演を誰にやってもらうのかが全く浮かばずにずっと寝かせた状態になっていました。長い間決まらなかったのです。
—— 主役のキャスティングについても、是非お聞かせください。
平瀬監督:『散髪』(2021年)を撮る前から本作の企画自体は出ていましたから、それぐらい主役を決められない期間が長かったです。「本物のエキストラの人を主演にしようか」という話も出ました。宮松という人物は、映画上はエキストラという役柄なので、存在感を消すことが求められます。しかし、一方では、主人公なので物語を引っ張ってく強い存在感も必要。この矛盾する二面性を、誰ならば演じる事ができるのか、長い間悩んでいました。そんな最中、「香川照之さんはどうか?」とお名前が挙がってから一気に動き出した感があります。香川照之なら存在感を抑えて全然違う人間になれる。それが瞬時にわかったので「これはイケる。やろう!」と企画が動きはじめました。もし香川さんに断られたら他の俳優さんという選択肢はなく、この企画はまた引っ込めて…って考えていました(笑)。
佐藤監督: 先日開催された第35回東京国際映画祭にサン・セバスティアン国際映画祭のトップが来日した折、「主役の演技が本当に素晴らしかった」と絶賛をいただきました。スペインで知名度がある俳優ではないですから、純粋に演技が素晴らしかったということですね。我々が狙った「エキストラ役ではあるけれど、映画の主役でなくてはいけない」という二面性を絶妙に演じているのだなと思いました。香川さんに企画書を送った時は「脚本を読んで、こんなに興奮したのは西川美和監督の『ゆれる』(2006年)以来です」とおっしゃっていました。
—— 撮影の準備期間中や現場で印象的だったことはありますか。
佐藤監督: 香川さんを入れて「映画とは何か」、もっとこの映画に特化して「宮松とは何か」という根本的なことを、現場で考え意見を出し合って、作品づくりできたことでしょうか。現場で悩むことができたことが大きいです。我々は大学の研究室が母体ですので、表現を作るとはそもそもこういうものだと思っていたのですが、香川さん曰く、ドラマの現場だと制作費も日にちも限られていますからこうはいかないと。「宮松ってどういう歩き方をするのか」というところから話し合いながら一緒に考えて作っていくことができました。「昔の映画って現場で一緒に考えることが多かった。そんな『映画の時間』がこの作品の現場ではあるよね」と、香川さんに言われたことが嬉しかったです。
関監督: 最後の縁側のカットで、宮松の妹・藍(中越典子)が帰ってきた時に、宮松が藍に「お帰りなさい」と言うシーンがありましたが、脚本には「お帰りなさい」と書いていたものの、どういう顔で、どういう言い方なのか我々はまだわかってなかったんです。
香川さんはそこをずっと悩まれていて「こういう感じでやろうと思う」とリハーサルで見せてくれたのですが、その時の「お帰りなさい」の言い方が僕らが想像していたものとは全く違ったのに「もうこれしかない」という感覚になった。それが一番印象的でした。
—— 最後に、それぞれが考えるこれからの“作品づくり”についてお聞かせください。
平瀬監督: 「自分たちなりの作り方で、今までにない映画を作りたい」という話を我々は常々しています。中途半端なものを撮るのではなく、そういうものに到達できる企画ができた時だけ出して、次に進みたいなと思っています。
関監督: 「映像言語」という言葉を我々は打ち合わせの中で用いるのですが、ストーリーテリングを肥大化して楽しむ映画ではなく、映像表現、例えば今作はどちらが撮影現場で、どちらが地の生活なのかわからないというところにサスペンスが生まれていると思うのですが、そういう映像表現における緊張感を楽しめる映画を作りたいと思っています。
自分が映画を観て「面白い、もう一回観たい」と思える映画は、物語の面白さだけじゃなくて、あの映像の世界に浸りたいとか、あの独特の緊張感を味わいたいとか、映像表現が際立っているものなんです。そういう映画を目指したいですね。
佐藤監督: 私も関と全く同じ意見で、言葉に頼りたくないんです。映像で、語りたいのです。
最後は佐藤監督の重みを感じる一言でインタビューは終了した。
プロフィール
監督集団「5月」gogatsu監督・脚本・編集 2012年東京藝術大学大学院 佐藤雅彦研究室から生まれた映画制作プロジェクト「c-project」として活動を開始。初作品となる短編映画『八芳園』(2014年)が第67回カンヌ国際映画祭短編コンペティション部門から正式招待。続く短編映画『どちらを』(2018年/主演・黒木華)にて、再び第71回カンヌ国際映画祭短編コンペティション部門から正式招待。2020年、監督集団「5月」発足。その後、短編映画『散髪』(2021年/主演・市川実日子)が第44回クレルモン=フェラン国際短編映画祭から正式招待。初の長編映画である『宮松と山下』(主演・香川照之)が第70回サン・セバスティアン国際映画祭New Directors部門に正式招待される。 |
映画『宮松と山下』予告篇🎞
映画作品情報
《ストーリー》宮松は端役専門のエキストラ役者。ある日は時代劇で弓矢に打たれ、ある日は大勢のヤクザのひとりとして路上で撃たれ、 またある日はヒットマンの凶弾に倒れ…… 来る日も来る日も殺され続けている。真面目に殺され続ける宮松の生活は、派手さはないけれども慎ましく静かな日々。 そんな宮松だが、実は彼には過去の記憶がなかった。なにが好きだったのか、どこで何をしていたのか、自分が何者だったのか。 なにも思い出せない中、彼は毎日数ページだけ渡される「主人公ではない人生」を演じ続けるのだった……。 |