諏訪敦彦監督インタビュー
永遠の少年、ジャン=ピエール・レオーも現代の子どもにはかなわない?
名優ジャン=ピエール・レオーを主演に迎えた仏日合作映画『ライオンは今夜死ぬ』が、2018年1 月20日(土)に公開される。ジャン=ピエール・レオーは、1950年代末から1960年 代初めにかけてフランスで起こった映画運動であるヌーヴェル・ヴァーグを代表する俳優。フランソワ・トリュフォー監督作『大人は判ってくれない』(1959年)で同監督の分身ともいうべき主人公の少年アントワーヌ・ドワネルを演じ、その後もドワネルを主人公とする連作で、同じ人物を演じ続けた稀有な存在だ。
本作でジャン=ピエール・レオーは、自身と重なる年老いた俳優ジャンを演じた。明るい陽射しの南仏を舞台に、映画を制作する地元の子どもたちと知り合い、彼らの映画に出演する。メガホンを執った諏訪敦彦監督に、子どもたちとの共演でジャン=ピエール・レオーが垣間見せた表情などを聞いた。
―― ジャン=ピエール・レオーを主役に映画を撮ることになったきっかけは?
ジャン=ピエールと初めて会ったのは、2012年のラ・ロシュ・シュル・ヨン映画祭です。そこで偶然、僕の回顧展とジャン=ピエールの特集上映がプログラムされていて、僕の作品に興味を持ったジャン=ピエールから会いたいと話があったのが、一緒に作品を作るきっかけです。学生の頃から知っている特別な存在でしたが、直接、彼を目の当たりにして、「ぜひ、この人を撮ってみたい」と思いました。その後、折々に会って雑談をしながら、ゆっくりと内容を作っていきました。
実は2005年に撮った『不完全なふたり』のときにもジャン=ピエールをキャスティングしようと思いました。ある男がふっとバーに現れて、主人公に話しかけて帰っていく。その男を演じてほしかったのです。ところがプロデューサーから「ジャン=ピエール・レオーは映画的な記憶を利用されすぎているので、安易にお願いすると彼を傷つけてしまうことになる」と止められたのです。それもあって、「撮るのだったら、主役」と思っていました。しかし特別な人と意識せず、1人の俳優としてジャン=ピエールを撮ったつもりです。
―― タイトルはなぜ『ライオンは今夜死ぬ』なのですか?
ジャン=ピエールが日本に来たときに、好きな歌を尋ねてみました。すると『ライオンは今夜死ぬ』を歌ってくれたのです。アメリカでもヒットした『ライオンは寝ている』が原曲で、アンリ・サルバドールがフランスでヒットさせた曲です。スローなペースで歌っているので、最初は何の曲か、わかりませんでした。でも、その歌い方も『ライオンは今夜死ぬ』というタイトルもいいなと思い、作品内容が決まる前にタイトルに決めてしまいました。この歌からすべてが始まった作品です。
―― 主演のジャン=ピエールに子どもたちを絡ませた意図は?
ジャン=ピエールありきの作品でしたが、もう一つ、やってみたいことがありました。僕は以前から「こども映画教室」という小学生に映画を作らせるワークショップに、講師として参加しています。僕の映画の中で子どもたちに脚本を書かせて、撮影もさせて、一緒に映画を作ってみたいと思うようになってきました。そこで、ジャン=ピエールと子どもたちの映画制作を融合させたのです。
ただ、子どもたちと一緒だとジャン=ピエールがどうなるのか、まったくわからなかった。そこで、南仏で行っていた子どもたちのワークショップの最終回にジャン=ピエールにも来てもらい、子どもたちに会わせました。すると、彼には大人が子どもに接するような態度がない。彼は大人である以前に、ジャン=ピエール・レオー。子どもたちの前でも、自分がどう演じるのかということにしか関心がありませんでした。それは共演者が女優であっても、子どもであっても差がないのです。そういう意味で子どもと対等です。
先日、出演した7歳の女の子に上映で会ったので「ジャン=ピエール・レオーってどんな人だった?」と聞いたら、「うーん、すごく変。だって大人なのに子どもみたいなんだもん」と言っていました。ジャン=ピエールは子どもみたいな人なのだと改めて思いましたね。
―― ジャン=ピエールが出演した子どもたちの映画は、どんな出来栄えでしたか?
子どもたちには「僕たちはこれから2本の映画を作る。1本はみんなで作る『ライオンは今夜死ぬ』。もう1本は君たちが作る君たちの映画。だから映画が終わったときに映画が2本できあがっていないといけない。内容は任せるから、君たちの映画は君たちが責任持って編集までして完成させてくれ」と話しました。すると、彼らは自分たちだけで「魔女の館」という7分の作品を完成させました。面白かったですよ。最後にジャン=ピエールが犬になってしまうのです。魔法で犬が人間に変えられ、最後にひゅーんとまた犬に戻る。探していた飼い主に「なんだ、ここにいたのか」と連れて行かれて終わり。映画ごっこに近い、子どもらしい作品でしたね。ただ、ジャン=ピエールが犬の役を引き受けてくれるか心配でしたね。恐る恐る聞いたところ、「わん、わん、わん」と吠えてみせて、「これでいいか」と。拍子抜けするくらい気さくに受け入れてくれました。
―― ジャン=ピエールに変化はありましたか?
振り返ってみると、今までとは違うジャン=ピエールが現れている瞬間がありました。子どもたちと一緒にスープを食べているときの笑顔は、これまでの作品では見せたことがないと思います。フランスのスタッフも「こんなジャン=ピエール・レオーを見たことがない」と言っていました。彼はものすごいプレッシャーの中で、みんながイメージするジャン=ピエール・レオーを守ろうとしてきました。しかし、子どもたちに「くそじじい」などと言われて、ジャン=ピエールも「お前ら黙ってろ」と言わんばかりにリンゴを投げる。このプロセスの中で、何かが彼を変えたのでしょう。
―― 子どもたちと一緒に映画を作ったことで、監督にも変化はありましたか?
僕自身が解放された気がします。具体的には、作品にライオンや幽霊を出したことですね。台本は藝大の卒業生とラインでやりとりしながら書いたのですが、行き詰ったときに「ライオン、出しちゃいますか?」と言われて、「出しちゃおうか」と。もう悪ノリですね。映画の中でジャン=ピエールが「しかめっ面して、深刻そうに映画を作る人もいるが、楽しみながら作る映画があってもいいんだ」と子どもたちに言っていましたが、今回、映画を撮るのが楽しかったのです。そういう楽しむ気持ちは初めて。映画でしかできない楽しみや自由をもっと表現できるんじゃないか。そう思えるようになったのは、子どもたちのおかげかもしれません。
プロフィール
諏訪 敦彦 (Nobuhiro Suwa)1960年 広島県生まれ。 |
映画『ライオンは今夜死ぬ』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》子どもたちがジャン=ピエール・レオーを演出して、映画を作る |
第22回 釜山国際映画祭(BIFF) ワールド・シネマ部門正式出品
監督・脚本: 諏訪敦彦
配給: ビターズ・エンド
2017年 / フランス=日本 / 103分 / ビスタ
YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー!
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