映画『滑走路』大庭功睦監督 インタビュー
【写真】映画『滑走路』大庭功睦監督 インタビュー

映画『滑走路』

大庭功睦監督インタビュー

夭折の歌人による歌集をもとに映画化!
生きることの苦難と希望を描く人生賛歌

夭折の歌人・萩原慎一郎の遺作となった歌集を原作とした映画『滑走路』が 11月20日(金)より全国公開された。

夭折の歌人が遺した魂の叫びを映画化。現代をもがき生きる人々の姿と希望を描いた人生賛歌。あふれる才能を遺し、突然この世を去った歌人・萩原慎一郎による「歌集 滑走路」。あとがきを入稿した翌月、32歳の若さで命を絶ち、デビュー作にして遺作となった一冊の歌集が映画化された。

【画像】映画『滑走路』メインカット

いじめや非正規雇用を経験しながら、それでも生きる希望を託した歌は、苦悩を抱える人へのエールとして多くの共感を集め話題に。新聞やTVなどでも次々と取り上げられ、歌集としては異例のベストセラーを記録した。原作歌集をモチーフにオリジナルストーリーとして紡がれる本作。数々の話題作に出演する水川あさみが扮する翠(みどり)、実力派俳優として活躍目覚ましい浅香航大扮する若手官僚・鷹野(たかの)、そして新人・寄川歌太が扮する中学2年生の学級委員長。それぞれ“心の叫び”を抱えて生きる3人の人生が、やがて交錯していく―。非正規、いじめ、過労、キャリア、自死、家族―現代を生きる若い世代が抱える不安や葛藤、それでもなお希望を求めてもがき生きる姿を鮮烈に描き出す。

非正規、いじめ、過労、キャリア、自死、家族―現代を生きる若い世代が抱える不安や葛藤、それでもなお希望を求めてもがき生きる姿を鮮烈に描き出す。

【画像】映画『滑走路』メインカット

第33回東京国際映画祭(TIFF)の特別招待作品部門に正式出品されたこの作品について、助監督としてのキャリアを重ね、今作が商業映画監督デビューとなった大庭功睦監督に話を聞いた。

原作歌集の持つ多様さ、美しさ、裾野の広がりを生かすため群像劇にしました

—— 『滑走路』は、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭主催の埼玉県とKADOKAWAとの共同製作による企画で、コンペ形式で監督に選出されたそうですね。小説ではなく短歌集を映画にした際の難しさや工夫について教えてください。

原作の歌集「滑走路」は、萩原さんの青春時代と非正規労働時代での経験に基づく短歌が多く、自分の記憶の中の甘酸っぱい思い出ややわらかい気持ちに触れて優しい気持ちになり、感情移入しながら読みました。ただ、短歌は一瞬一瞬の感情のひらめきを切り取っている「点」の表現なので、「線」の物語としてつないでいくのに苦慮しました。

方法を模索している時に、原作本のレビューをWeb上で見る機会があって、そこに老若男女いろんな方々が実にたくさんの感想を書き込んでいたんですね。中には、この歌集を読んで自分の人生と重ねて勇気づけられました、救われました、という感想もあって。その原作の多様さ、美しさ、裾野の広がりを生かすには、群像劇として物語を仕立てるのが合うのではないかと思い、企画を考えました。その企画に基づき、最終的に中学生、若手官僚、切り絵作家の3人が主人公の群像劇になりました。

【写真】映画『滑走路』大庭功睦監督 インタビュー

好きな海外映画も参考に、重いテーマを軸に据えつつ娯楽的要素を取り入れました

—— 単なる群像劇というだけでなく、ミステリータッチな仕上がりになっています。そのあたりの着想は何かヒントになったものはありますか?

最初に浮かんだのが、『トラフィック』(2000年)や『クラッシュ』(2004年)などの、娯楽としても上手く構成された群像劇にしようということでした。群像劇の中で巧妙にエピソードがつながっていくことで、観客を映画の世界により深く引きこむ効果が得られると思ったからです。物語の軸には非正規雇用やいじめといった重いテーマがありますが、その重さに引きずられ過ぎないようにしないと、原作の持つポジティブな面の広がりが反映されない作品になってしまうというのは意識していました。

例えば最近の海外映画だと、昨年度アカデミー賞作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』(2019年)は、階層化した社会を巧みにパロディ化しつつ、練られたシナリオと魅力的な俳優、洗練された演出で異様に完成度の高い娯楽映画として仕上げています。例えのスケールは大きいですが、そんな複合的な魅力があるものにしたいと思ったんです。

【画像】映画『滑走路』メイキングカット (大庭功睦監督)

寄川歌太くんは、体全体で芝居をぶつけてくる逸材

—— キャスティングについてや、それぞれの俳優さんの現場での印象などを教えてください。まず学級委員長役の寄川歌太さんはオーディションだそうですが、選ばれた決め手は何でしたか?

体で芝居をするところです。僕はデフォルメされた芝居が好きじゃなくて、ちゃんと役の文脈を体に入れた上で自分として芝居する人が好きです。寄川くんは、決して器用なタイプではありませんが、いったん撮影が始まると役が体全部に入った芝居をします。反対に、頭で芝居する子は、首から上だけで体が芝居していないんですが、寄川くんは毛細血管まで使って芝居をしている。これは逸材だなと思いました。同級生役の木下渓さん、池田優斗くんもオーディションで選びましたが、寄川くん含めた3人はみんな、今だからできる瑞々しい演技でぶつかってきてくれました。

【画像】映画『滑走路』メイキングカット (大庭功睦監督×寄川歌太)

水川あさみさんはストイックで男前。かっこいいなと思いました。

—— 切り絵作家で、主婦でもある水川あさみさんは、家の中はスタイリッシュで仕事も順調なんだけど夫婦関係に悩んでいて……持ち前の明るさを消したような役柄でした。

水川あさみさんは初めてご一緒したのですが、とてもストイックで男前な方。躊躇しないところが男の自分から見てもかっこいいなと思いました。台本を送って翠役をオファーした段階ですぐに水川さんから「台本について監督と話したい」と連絡があり、直ぐにお会いして役について意見を交わしました。その中で、水川さんの方から「翠はこういう人だと思う」とアイデアに満ちた意見を沢山いただいたので、翠という人物について深めていけました。水川さんが向こうから飛び込んできてくれ、上手くリードしていただいたという感じです。

【画像】映画『滑走路』メイキングカット (大庭功睦監督×水川あさみ)

ファーストシーンから「鷹野」そのものだった浅香航大さん

—— 官僚の仕事にも、自分の過去にも悩まされる鷹野役の浅香航大さんは物語の鍵を大きく握る難しい役でした。

浅香さんは、衣装合わせのときが初顔合わせで、そのときに僕が一方的に「鷹野という男はこうこうこうで……」と、役について思いのたけを熱く語ったんですね。そのときは口を挟まず、「はい……なるほど……」という感じで静かに役を体に染み渡らせるように僕の思いを受け取ってくれたように感じました。その後、いきなり現場で正直不安もあったのですが、最初のシーンでその不安は消えました。

【画像】映画『滑走路』メイキングカット (大庭功睦監督×浅香航大)

ファーストシーンは鷹野が会議後に上司に名前を呼ばれて振り向く、という場面だったんですが、その振り向き方にもう鷹野という男が見えたんです。やや怯えた表情や、振り向くスピードなどに、普段の鷹野と上司の関係、鷹野がどんな男か、ということが集約されていた。そこで安心してあとはお任せして演じていただいたという感じです。

【画像】映画『滑走路』場面カット

坂井真紀さんはアーティスト。一発本番で現場の重力を“全集中”させた。

—— シングルマザーとして中学生の息子を育てる陽子役の坂井真紀さんの演技も素晴らしかったです。

後半で坂井さんが登場するある重要なシーンがあるのですが、そのシーンの坂井さんはすごかった。完全にアーティストでした。

映画を撮影していると、一人の俳優さんが現場の重力の中心になって皆が魅入られていくようなことがあるのですが、あの現場がまさにそうでした。流行りの全集中じゃないですけど(笑)、全員が坂井さんの方に意識を尖らせていました。

このシーンは自分で自分を褒めてあげたいこともありまして。通常通りテストから本番の流れのつもりだったのですが、坂井さんがテストですごい芝居をしちゃいそうな予感がしたんです。それで、坂井さんに「一発本番でいきたい」と伝えたら、そこからものすごい集中力を高めてくださり、一気に現場をドミネート(支配)されて……素晴らしいシーンが撮れました。

【画像】映画『滑走路』場面カット

誰かにとっての救いとなる「他者」になり得ることに気づいてほしい

—— 作品が完成したいま、監督が思われる映画の見どころや、作品を通して伝えたい部分はどこですか?

いじめや非正規雇用、自殺などの重い出来事を取り上げた映画ですが、その中にも救いや希望があるのを感じていただけたらと思います。いじめは、誰かの心に一生の傷を残してしまうこともあって、誰しもが当事者になり得る、決して遠い世界の話ではありません。この映画によっていじめ自体がなくなることはないかもしれないけど、どこかの誰かの負の連鎖を断ち切るきっかけになってくれればいいですね。

【画像】映画『滑走路』場面カット

今の社会では家族の絆や共同体の意義が希薄になっていて、社会から落ちこぼれた人が誰の目にも届かなくなり、深い孤独に陥って悲劇が生まれている。それを救えるのは「他者」の存在だけです。だから、この映画を観ることで、誰が自分にとっての「他者」なのか、または、自分が誰にとっての「他者」なのか、とらえ直す機会になってくれればと思います。

『滑走路』は、桑村さんが書いてくれたいいシナリオと、それをお芝居として具現化する能力がある素晴らしい俳優さんたちの演技がかみ合った、良い作品になったと思います。是非、劇場の画面と音響でご覧いただきたいです。

脚本や俳優の良さを際立たせる職人監督でいたい

—— この作品が商業映画監督デビューとなりましたが、その感想と今後の展望をお聞かせください。

不思議なんですが、完成してみると自分が監督した、という感じがあまりしなくて、そのせいで客観的に「いい映画だな」「この作品好きだな」と思っている自分がいるんですけど(笑)。現場的には、脚本を俳優としっかり共有して、ちゃんとアレンジできたな、という気持ちではいます。

【画像】映画『滑走路』メイキングカット (大庭功睦監督)

今後、もし映画を作り続けられるなら、脚本や俳優さんの良さを際立たせられる職人監督でいたいです。ジャンル性と作家性を上手く融合してしまう黒沢清監督や三池崇史監督、脚本を書く事が演出の一環になっている是枝裕和監督などは、目標としている先輩たちです。

俳優さんとしては、役所広司さんが憧れの人です。役所さん主演の『CURE(キュア)』(1997年)や『EUREKA(ユリイカ)』(2001年)を観て映画の世界に引きずり込まれたので、もし今後、俳優と監督という立場で一緒に映画をつくらせてもらう機会があれば、この上ない光栄です。

[インタビュー: 富田 夏子 / スチール撮影: Cinema Art Online UK]

プロフィール

大庭 功睦 (Norichika Oba)

1978年生まれ。福岡県出身。
2001年、熊本大学文学部卒。 2004年、日本映画学校(現・日本映画大学)映像科卒。以降、『シン・ゴジラ』(2016年)や『マチネの終わりに』(2019年)など数々の映画・TVドラマにフリーの助監督として携わる。2010年に染谷将太主演『ノラ』を自主製作し、第5回田辺・弁慶映画祭にて市民審査員賞、第11回TAMA NEW WAVEにてベスト男優賞(染谷将太)を受賞。2018年には『キュクロプス』を自主製作し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018にてシネガー・アワード、北海道知事賞をダブル受賞。第18回ニッポン・コネクション&第15回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内コンペティション 長編部門でも正式上映された。

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映画『滑走路』予告篇🎞

映画作品情報

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《ストーリー

厚生労働省で働く若手官僚の鷹野は、激務の中で仕事への理想も失い無力な自分に思い悩んでいた。ある日、陳情に来た NPO 団体から非正規雇用が原因で自死したとされる人々のリストを持ち込まれ追及を受けた鷹野は、そのリストの中から自分と同じ 25 歳で自死した青年に関心を抱き、その死の理由を調べ始めるが──。

 
第33回 東京国際映画祭(TIFF) 特別招待作品
 
出演: 水川あさみ、浅香航大、寄川歌太、木下渓、池田優斗、吉村界人、染谷将太、水橋研二、坂井真紀
 
原作: 萩原慎一郎「歌集 滑走路」(角川文化振興財団/KADOKAWA 刊)
 
監督: 大庭功睦
脚本: 桑村さや香
主題歌: Sano ibuki「紙飛行機」(EMI Records / UNIVERSAL MUSIC)
配給: KADOKAWA
© 2020 「滑走路」製作委員会
 

2020年11月20日(金) 全国ロードショー!

映画公式サイト
 
公式Twitter: @kassouro_movie

この記事の著者

富田 夏子フリーランスライター

女性誌やWeb媒体を中心に、エンタメや生活情報の記事を執筆しているライター。
2007年~女性向け週刊誌の契約記者。ハリウッド俳優やオリンピックメダリストへのインタビュー、日本の名医シリーズなど幅広い記事を執筆。2011年~主婦向け月刊誌記者。映画、DVD、音楽、本のレビューなどエンタメページを長年連載。イケメン若手俳優の取材記事や、モデルのインタビュー連載も担当した。現在、娘2人の子育てをしながら、雑誌やWeb、書籍のライティング・編集などを手がけている。

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