映画『彼らが本気で編むときは、』
母から子へ作りもののおっぱいを本物に変える深愛
代表作『かもめ食堂』(2006年)、『めがね』(2007年)で独自の世界観を築いた荻上直子監督。本作は、セクシュアル・マイノリティの女性を主人公にした“荻上直子第二章”とも言える作品だ。第67回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門にてプレミア上映され、LGBTをテーマにした全37作品中最も優れた作品に与えられるテディ賞審査員特別賞(TEDDY Special Jury Award)を 受賞した。これは、同賞が創設されて31年目にして、日本映画“初受賞”の快挙である。また、同部門で観客賞(2nd place)もダブル受賞している。
《ストーリー》
小学5年生の女の子トモ(柿原りんか)は、シングルマザーのヒロミ(ミムラ)から十分な愛情を感じていない。何度目かのヒロミの蒸発に、いつも通り叔父のマキオ(桐谷健太)の家に向かうと、出迎えてくれたのは、トランスジェンダーの女性リンコ(生田斗真)だった。初めは警戒心むき出しのトモだったが、温かな食事や居場所を与えてくれるリンコに少しずつ心を開きはじめる。性別適合手術を終え、戸籍以外は女性であるリンコは、トモに母性に近い愛情を抱く。このまま3人で家族になれたらいいのに……リンコとマキオの思いが増す中、突如ヒロミが帰って来る。
《みどころ》
この映画は、多様な家族の愛を描く。自身も双子の母である荻上監督は、海外に比べて日本は、セクシュアル・マイノリティを公にする人が少ないことに、海外生活を終え違和感を抱いたという。日本ではいまだ、男女とは異なるセクシュアルの事実をオープンにしにくい。家族ですらも簡単には受け入れられないかもしれない。しかし、自分とは異なるからといって間違っていることはない。多様な価値観を受け入れよう、そんなメッセージがこめられている。
生田斗真が好演するリンコの美しさは、外見だけでなく内側から溢れだすようだ。たくさん傷ついてきたであろうリンコは、その分強く優しい。
リンコは、悲しいことや悔しいことがあると、編み物をすることで自分の気持ちを昇華してきた。劇中では、ある目的のために“煩悩”と呼ぶ細長い“あるもの”をいくつも編んでいる。リンコひとりだった“煩悩”作りにトモやマキオが加わり、一緒に編む時間が大切な日常となっていく。
トモはリンコに、母から子に与えられるはずの無償の愛とぬくもりを感じ、愛情に飢えていたことに気が付く。リンコとは対称的に、マキオはまるで、大人にするようにトモと対等に接する。異なる二人の存在は、身近な大人がヒロミだけの、小さな世界にいたトモに変化を与える。しかし、根本は変わらない。
「自分の生まれ年のコインを持っていると幸せになれるのだ」とコインを差し出すリンコに、「嘘だ。でも、もらっておく」というトモ。庇護される存在であると同時に、トモは自分の価値観を持つ一人の人間だ。
トモを度々置き去りにするヒロミを、マキオは「間違える」と表現する。間違えてしまった後、どうするか。トモの元へ戻ってきたはいいけれど、ヒロミからトモへの愛情に疑問を感じる人もいるかもしれない。映画が示す一つの答えが、腑に落ちる人ばかりではないと思う。トモに、自分の子供時代を重ねるならばなおさらだ。子どもの幸せは、大人の物差しで決めるものではないのだろう。
映画作品情報
テディ賞審査員特別賞&観客賞(2nd place) ダブル受賞
出演: 生田斗真、桐谷健太、柿原りんか 他
映画『彼らが本気で編むときは、』全国公開中!