映画『オー・ルーシー!』平栁敦子監督インタビュー
【写真】映画『オー・ルーシー!』平栁敦子監督インタビュー
 

映画『オー・ルーシー!』(原題:OH LUCY!)

 

平栁敦子監督インタビュー

「自分を解放するって、幸せになる一歩だと思います」

平栁敦子監督の初長編作品となる映画『オー・ルーシー!』(原題:OH LUCY!)が4月28日(土)に公開を迎えた。アメリカで映画製作を学び、短編映画が評価を受け、日米合作が実現した。寺島しのぶ、南果歩、忽那汐里、役所広司といった実力派演技陣も話題だ。日本女性の抱えるヒリヒリするほどの不安と孤独、愛憎と焦燥に真正面から向き合った意欲作。目立たない存在だった主人公・節子(寺島しのぶ)が、英会話学校で「ルーシー」と名付けられたところから積極的に人生にコミットしていく姿を通し、監督は何を描こうとしたのか―。

【画像】映画『オー・ルーシー!』メインカット

「当たり前」のない国、アメリカが持つ「魔力」

主人公の節子に実在のモデルはいるのか?という質問をよくされます。『オー・ルーシー!』は、大学院の授業の「自分の身近な人物について書きなさい」という課題から始まった短編映画が前身なので、たしかにモデルはいます。でも、脚本にした時点で私自身の体験や考え方も入ってくるし、今まで会った日本人の方々とか。例えばアメリカに来た当初はすごく静かだったけど、3年後に帰国する時にはたくさんタトゥーを入れていた人とか、そういう人から受けたインスピレーションなども入り「節子」になっています。私は、アメリカには私たち日本人を解放するような魔力のようなものがあるような気がするんです。

【画像】映画『オー・ルーシー!』場面カット2

アメリカは、日本に比べると歴史の浅い国なので、「当たり前」と言う感覚があまりなく、全てゼロから始まることが多いので、きちんとコミュニケーションをとり、説明しなければならないところがあります。気軽に「そんなの当たり前でしょう」と言えない。それは良いとも言えるし悪いところもあるけれど、私は全てを「当たり前」で済ませてもいいのかと思います。何かに疑問を抱くことは、大切なことでもあると思います。

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しゃべらない女の子の内側にある言葉に、私は耳を傾けたい

私にはフィルムメーカーとして「声を出さない人の声を伝えたい」という思いがあります。始まりは6歳のとき。同じクラスに全然しゃべらない女の子がいました。病気とかではないのですが、一言もしゃべらない。先生もそのことを知っているから質問もしないのですが、その女の子が実は家で「大暴れ」している、ということを聞いたとき、強烈な衝撃を受けました。あの静かな女の子が一体どんな「暴れ」方をしているのか、想像もつきませんでした。でも17歳になってアメリカに留学した時、その子のことをふと思い出したんです。というのも、英語ができない私が、まさに「静かな女の子」になったからです。そして、彼女のことが理解できました。ああ、あの子は一言を喋るのが、すごく怖かったんだなって。

一方で、日本人で英語を喋り出すとなんか突然変わっちゃう人もいますよね。いつもよりフレンドリーになるというか、そういうところ、誰にでもあるような気がします。何がそうさせるのかわかりませんが、日本人って海外の人には意外とオープンになるという特徴があると思います。それで節子に「ルーシー」というアイデンティティを与えれば、彼女は自分の本当の気持ちを喋るのではないかと思ったんです。

【画像】映画『オー・ルーシー!』場面カット1

「ピンポン球」は、俳優としての経験がヒントに

映画の序盤、節子が英会話の授業で口を大きく開けるため、ピンポン球を口に入れられるエピソードは、私の俳優としての経験からヒントを得ました。「アクセント矯正」という授業があり、ワインのコルクを口に入れられるんです。母音をきちんと発声するためのメソッドで、実際は映画よりもっと大きな口をあけさせられ、口の中にコルクを縦に詰め込まれ、そのままシェイクスピアのソネットを朗読したりする。要するに、口の筋肉を鍛えるんですね。映画では、ビジュアルを考えて、オレンジのピンポン球にしてみました。

これに限らず、俳優としての経験は、監督の仕事にも色々と生きています。例えば、晴天を想定したシーンを曇り空のもとで撮るなど変化の多い現場では、俳優さんは脚本に忠実であるだけではいい演技ができないことがあります。演技に何かぎこちなさを感じたとき、俳優さんに「今、本当はどう動きたかったのか」を聞き、よりナチュラルな動きにつなげたりもします。また、あまりテストを重ねず、1テイクか2テイクで撮影を終了しましたが、アメリカでは珍しいようで、スタッフは「本当に大丈夫?」と聞いてきます。でも俳優さん達の心理を踏まえれば、何度もテイクを重ねるのが良いとは思えません。俳優として経験の長いクリント・イーストウッド監督も、テイクが少ないと聞きました。

【画像】映画『オー・ルーシー!』場面カット3

初の長編監督は全てがいい経験

長編映画の監督は初めてでしたが、毎日が刺激的でした。もちろん大変なのですが、各部署のプロの方とお仕事ができて、すごく幸せでした。美術さんなど、カメラが写さないところまでセットを作り込んでいただくなど、映画の内容を読み込んでのお仕事に感嘆しました。どのスタッフさんも自分の担当をしっかり務めてくださったので、私は演出など本来の監督業だけにフォーカスできました。そこが短篇学生映画とのもっとも大きな違いですね。学生映画では、ロケを突然失ったり、俳優さんのドタキャンなどがあったりと、全てが心配の種でした。そして、その修復作業は全て自分にまわって来るので、とても大変でした。ですので、今回贅沢な体験をさせて頂いたなあと思っています。

日米合作なので、カメラマン(カメラウーマン)だけは統一(パウラ・ウイドブロ)でハリウッドスタイルですが、他の部署はアメリカロケはアメリカスタッフ、日本ロケは日本のスタッフです。自分が慣れているアメリカスタイルに比べ、日本の作り方はいい意味でのカルチャーショックもありました。現場でも多少の摩擦はあったかもしれませんが、トラブルがあったとは聞いていません。集まって下さったスタッフの皆さんは大変になると承知で参加して下さった方々なので、「良い映画を作る」という一つのゴールに向って一生懸命頑張って下さいました。とても感謝しています。

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現場でも恐ろしいほど波長が合った寺島しのぶさん

今回の製作は、2016年にサンダンス・インスティテュート/NHK脚本賞を頂いたことにより、NHKのサポートもいただけました。特にキャスティングについては、私が海外にいるために活躍を存じ上げない俳優さんも多いのではないかということで協力をいただきましたが、寺島しのぶさんは、送られて来たたくさんの役者さんのリストの中から直感でこの人!と決めました。現場に入っても大変波長が合って、こちらが頭に描いていることを、恐ろしいくらいわかって演技してくださいました。それは飲み込みが早いといった次元の話ではなく、彼女が描いているものと私が考えていることが、本質的に似ていたのだと思います。色々話してみると、性格も似ていたり、彼女も私も国際結婚で子どもがいたりするので、共通点が沢山あるのかもしれません。

【画像】映画『オー・ルーシー!』場面カット7

オーディションで難役を勝ち取った忽那汐里さん

逆に忽那汐里さんは、オーディションで決めました。この役は演技がしっかりできないと浮いてしまう、大変重要な役だと思ったからです。オーディションの様子をDVDでサンフランシスコまで送って頂き、それを見て決めました。彼女の反抗心のようなものが、キャラクターに合っていると思いましたし、役に対するコミットメントが素晴らしかったです。現場でも、ハードなシーンをスタントなしで挑戦するなど、チャレンジ精神が伝わってきました。彼女がアイドルだったとか、美少女コンテストで優勝したとかは全く知りませんでしたが、その時代から、彼女は仕事をする時、気骨ある臨み方をする人だったのではないかと思います。

【画像】映画『オー・ルーシー!』場面カット8

欠点だらけの女性でも主人公になれるはず

日本に限らず世界全体を見ても、女性が主人公の映画は、主人公が強かったり、ゴージャスだったりしなくてはならないものばかりだと思います。男性だったら、欠点がたくさんあるような人物が主人公で、失敗しまくる人生をおもしろおかしく描く映画があるのに、女性が主人公になると、最初はさえないOLだったのに突然発明や開発をして社長になるとか、世界を救う勇敢なヒロイン、そういう夢物語のようなハッピーエンドが必ず用意されているような気がします。

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今回、映画を観た人から「もっと節子は幸せになると思った」と言われたりもしますが、私としてはこのエンディングは、100%希望のあるハッピーエンディングだと思っています。節子はジョンと出会い、ピンポン球とハグによって自分自身を解放した。そして、初めて自分自身と向き合うんです。素の自分に近づくというか。未知の世界に自分を放り出さなければ人生が秘める無数の可能性のドアを開ける事は出来ないと思います。人生どんな時にどんな人と巡り会うかわかりませんからね。その「一歩」を踏み出した女性にエールを送るのが、この映画と言えるかもしれません。

[インタビュー: 仲野 マリ / スチール撮影: 堀木 三紀]

監督プロフィール

平栁 敦子 (Atsuko Hirayanagi)

長野県生まれ、千葉県育ち。高校2年生の時に渡米し、ロサンゼルスの高校を卒業後、サンフランシスコ州立大学にて演劇の学位を取得。2009年、シンガポールのキャセイ財団の奨学金を受け、ニューヨーク大学大学院映画学科(NYU Tisch School of the Arts)に入学。2013年、映画制作の修士号を習得。同大学院2年目に制作した短編映画「もう一回」(2012年)がショート・ショート・フィルム・フェスティバル&ASIA 2012グランプリ、ジャパン部門優秀賞、ジャパン部門オーディエンスアワードをはじめ高く評価されたのに続き、桃井かおりを主演に迎えた修了作品の短編「Oh Lucy!」(2014年)もカンヌ国際映画祭シネフォンダシオン(学生映画部門)第2位、トロント国際映画祭などをはじめ各国で35を超える賞を受賞。「Oh Lucy!」の長編バージョンである本作『オー・ルーシー!』は2016年、脚本の段階でサンダンス・インスティテュート/NHK賞を受賞、同賞のサポートを受けて制作された。プライベートでは2児の母で極真空手黒帯初段の保持者。

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映画『オー・ルーシー!』予告篇

映画作品情報

【画像】映画『オー・ルーシー!』ポスタービジュアル

《ストーリー》

東京で働く43歳の独身OL節子は、ほど遠くない「退職」と、いずれ訪れる「死」をただ待つだけの生活を送っていた。そんなある朝の通勤ラッシュ。目の前で電車の飛び込み自殺を目撃してしまう。惨事の余韻から抜け出せないまま、仕事に就く節子。突然、節子の姪で 若き自由人である美花(21)から久しぶりに電話があり、話をしたいとランチに誘われる。姉の綾子に美花には関わるなと散々言われたのだが、それは節子に逆の効果を及ぼすだけ。節子は美花と会う。姪にはなぜか弱い節子。お金に困った美花を助けるはめに。美花が前払いした英会話クラスを代わりに取り、その受講料を美花に支払うことになる。アメリカ人講師ジョンの教える一風変わった英会話教室が始まる。そこで「ルーシー」という名前と金髪のカツラを与えられ、教室では「ルーシー」になりきるようにと言われる。節子の中で眠っていた感情を「ルーシー」が解き放ち、節子はジョンに恋をする。そんな幸せもつかの間、ジョンは姪の美花と一緒に日本を去ってしまう。自分が置かれた人生に納得ができない節子は、二人を追いかけて、アメリカへ旅立つ決意をする。しかし、仲の悪い姉の綾子も行くと言い出し、同行することになる。嫉妬、秘密、欲望に満ちた旅の果てに節子が見つけたものとは?

 
第70回 カンヌ国際映画祭 批評家週間正式出品
第42回 トロント国際映画祭(tiff) ディスカバリー部門出品
第39回 モスクワ国際映画祭 正式出品
第28回 ストックホルム国際映画祭 正式出品
第28回 シンガポール国際映画祭 特別上映
第53回 シカゴ国際映画祭 正式出品
第33回 インディペンデント・スピリット賞 新人作品賞/主演女優賞Wノミネート
2016年 サンダンス・インスティテュート/NHK脚本賞受賞
 
原題: OH LUCY!
邦題: オー・ルーシー!
監督・脚本: 平栁敦子
出演: 寺島しのぶ、南果歩、忽那汐里、役所広司、ジョシュ・ハートネット
 
プロデューサー: ハン・ウェスト、木藤幸江、ジェシカ・エルバーム、平栁敦子
エグゼクティブ・プロデューサー: ウィル・フェレル、アダム・マッケイ
共同脚本: ボリス・フルーミン
音楽: エリク・フリードランダー
配給: ファントム・フィルム
2017年 / 日本・アメリカ合作 / 5.1ch / ビスタ / カラー / 95分 / 映倫: R-15+
© Oh Lucy,LLC
 
2018年4月28日(土)
ユーロスペース、テアトル新宿他にてロードショー!
 

映画公式サイト

公式Twitter: @phantom_film
公式Facebook: @ohlucy.movie2018

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