映画『名前』主演・津田寛治インタビュー
脚本の面白さと制作に携わった人たちの意気込みにひかれて出演
映画『名前』が6月30日(土)に新宿シネマカリテで公開され、全国の劇場で順次公開されている。嘘を重ねて生きてきた主人公が心に秘密を隠した女子高生と出会い、彼女が自分の殻を破って一歩踏み出していくまでを父親のように見守る。親子の在り方や思春期の心の揺れ動きを描き出した、切なくも温かな余韻を残すヒューマン・ミステリーである。映画制作による地域活性化を考えていた青年団に直木賞作家・道尾秀介が書き下ろしたオリジナル原案を提供し、戸田彬弘監督がメガホンを執った。
主演は名バイプレイヤーの津田寛治。北野武監督北野武監督の映画『ソナチネ』(1993年)で映画デビューを飾り、メジャー・インディペンデント問わず数多の作品に出演し、今や日本映画界に欠かせない存在だ。
偽名を使っていくつもの人生を生きているように見える主人公・正男を演じた津田寛治さんに、現場での様子や作品への思いを聞いた。
―― 本作に出演することになったきっかけをお聞かせください。
基本的にいただいた順番に仕事をしています。この作品もオファーがあり、台本が送られてきました。読んでみると素敵な話。しかも主演じゃないかとうれしくなり、「ぜひに」とお返事しました。
しばらくして動き出すことになったとき、茨城で制作発表をすると言われたのです。「なぜ、茨城?」と思ったら、茨城の青年団の人たちが企画に関わった映画でした。実際に茨城に行ったところ、4つの市の市長が来ていて、いろいろな市が協力して撮る映画だということもわかりました。そこには青年団の方が4人ほどいらして、いつもニコニコして一生懸命に働いている。この人たちがこの作品を立ち上げたんだなと思ったら、それに参加できることがすごくうれしかったですね。道尾秀介さんがいつも行く飲み屋で青年団の人と意気投合して、僕らで何か作りましょうというのが本当の始まりだそうです。
―― 「映画は弱者のためにある」という言葉がお好きで、常に映画を観るときの物差しにしていると以前インタビューで答えていらっしゃいました。出演を決めるときにも物差しになることはあるのでしょうか。
弱者の定義にもよるのですが、基本、どんな映画でも、そういう構図になっている。物差しにしなくても、映画はそういう一面を持っているとは思います。この映画も然りです。
人は日常で大なり小なり何かを演じている。しかし、中には演じることが苦手というか、できない人もいます。そういう人って、人と話すときにどの声の音色で喋ったらいいのか、よく分からなかったりする。だから、人によって全然違う風に演じてしまう。正男がまさにそう。いろいろあって茨城に逃げてきて、そこで自分というものを見失い、いろんな人間を演じている。正男自身が弱者なのでしょう。
―― いくつもの偽名を使う理由を笑子に聞かれ、正男は「大人は見栄とか体裁のためにいろいろな装いという嘘が必要」と答えました。このセリフについてどう思いますか。
正男はコミュニケーションがうまく取れなくて、傷ついてきたのだと思います。その結果、自分が思っている以上に、「装わなくてはいけない」と思ってしまったのでしょう。
では、本当の自分は何なのか。本当の自分は存在するのか。誰の中にもないのではないか。これがこの映画のポイントにもなっていると思います。
―― 笑子が演劇部で本当の自分を出せずに苦労しましたが、自分を出すというのは役者として大変なことなのでしょうか
それを考え始めると、本当の自分の定義が分からなくなり、抜けられなくなってしまいます。怒ったり、泣いたりと喜怒哀楽を激しく出すことが本当の自分かと思いきや、それも演じている可能性があったりする。とはいえ、無気力にぼーっとしているのが本当の自分だとしてしまうと、人生の説明がつかなくなります。
本当の自分というのは本当に難しい。いちばんいいのは考えないこと。「本当の自分なんてないんだ」と思うと生きやすいですし、俳優としても楽だと思います。
ただ、一般の方々というのは素のままでいるのではなく、誰かを演じている。俳優はそれを演じている。そういう構造を意識して演じたりする。俳優っておもしろい仕事で、日常生活の中で演じている人を演じるという、入れ子状態なのです。
―― 今回もそのあたりを考えて演じていましたか。
今回はそこがさらにおもしろくなっていました。正男はいろいろな人を演じているというより、違う設定に逃げ込んでいる。演じてもいない。そうしてしまう正男自身に果たして本当の正男がいるのか、いないのかということをひっくるめて演じることでした。いろいろ考えましたが、周り回って普通の自分でやるのが一番いいということで演じました。
―― 役になるまでに、いつもより時間がかかったのでしょうか。
かかったというより、かけたという感じ。クランクインするまで、戸田監督が演技のワークショップをやっていたのです。お芝居になれていない駒井さんのためにワークショップをやることになったので、「僕も時間が許す限り参加したいです」と言って参加しました。クランクインの前にワークショップをしたことで、駒井さんとのコミュニケーションがうまく取れましたし、監督の意図するところもたくさん理解できました。今回は時間をかけて作ったことが功を奏した部分がたくさんありましたね。
―― 演劇部に入った笑子がセリフを覚える練習を正男に付き合ってもらっていましたが、そのときの津田さんの女言葉がおもしろくて、笑子が大笑いしていました。駒井さんは笑子ではなくご自身として笑ってしまったとインタビューで話してくれました。
海に漂うとか何とか言いながら、クラゲのように体を揺らすなど、最初はもっと変な芝居をしていたのです。駒井さんは俺がいろいろやっていたのにはまって、笑っていましたね。
監督から「それもいいですが、正男が本気でやっているのも見せてください」と言われて、作品のような形になりました。
―― 駒井さんはそんな津田さんを見て、演じる緊張感が解れたと言っていました。
駒井さんは茨城に入った瞬間、跳ねた感じがありました。自分の中で気持ちがブレイクしたんじゃないかな。初日の最初に撮ったのが、車から降りた笑子が俺の家に向かって走るのを俺が追いかけながら、「なんで、お前、俺ん家知っているんだ」と言うシーンでした。台本では駒井さんが「ここで止めて」と言って降りようとするのを「えっ、ここって」と言って、俺が降りようとするのを止めます。そして、車の中で「ここ、俺ん家だけど、なんで俺ん家知ってるの」と言うことになっていました。それを駒井さんが急に降りて、ばーっと走り出したんです。俺も車を降り、追っかける中で叫ぶようにセリフを言ったところ、大家さんも走って追っかけるという構図になりました。
駒井さんが狂ったように走ったことで俺や大家さんの芝居が変わり、根岸さんのカメラワークも変わりました。彼女が茨城という土地と化学反応を起こして、あの芝居をした。笑子に関しては駒井さんの感情優先で、設定をどんどん変えていったほうがいいと監督も感じたと思います。作品の方向性を決定づけましたね。
―― ラストシーンで笑子は正男を振り返らずにまっすぐ歩いていきます。駒井さんは振り返りたかったそうですが、監督から「まっすぐ歩いていくのが笑子なんだ」と言われて、笑子として歩いたと言っていました。正男としてはどう思いますか。
もし笑子が振り返ったら、正男の中でも違うと思ったでしょう。その前のシーンで笑子が正男との関係を問われました。その答えを予想していたものの、正男にはそれなりの衝撃がありました。それをちゃんと受け入れて昇華しないといけない。あそこで振り向いてもらったら嬉しいけれど、振り向かれても困る。その嬉しさは今の自分には必要ないと正男は考えたと思います。
―― 正男は笑子と出会ったことで、変わったと思いますか。
そこがいちばん難しいところ。成長ではないという気がします。それは間違いないですね。でも、変わることを受け入れるようにはなったかもしれません。ラストでくわえたタバコに火をつけず仕舞うところは、変わっていく兆しに見えますよね。とはいえ、順調にはいかないだろうなと思いますね。それがこの年齢の男の人生。残された人生ってそういうことです。甘くはありません。
―― 撮影期間中に誕生日を迎えられたそうですね。何かサプライズなことがあったのでしょうか。
駒井さんが僕をイメージして、「花」と書いた色紙をプレゼントしてくれました。なんで「花」なんだろうと思いましたが。うれしかったですね。駒井さんはオープニングに載せた出演者の名前を全部、手書きしたくらい、字がうまいんです。スタッフがケーキも用意してくれて、みんなでバースデーソングを歌ってくれました。すごくいい誕生日になりました。
―― 今後、演じてみたい役はありますか。
演じたことはないからというわけではありませんが、演じてみたい役はあります。加害者でありながら、被害者の側面も持っている犯罪者。彼の生涯を通して演じてみたい。
小さい頃に親から言われた一言が、子どもを傷つけることがあります。言葉の暴力は形がないので、子どもの中にしか残らない。それがあまりにひどい傷になっていると忘れようとして、言われた子も覚えていないかもしれない。しかし、その一言がきっかけで犯罪を起こし、死刑になったら、親から言われたひとことがその子の人生を決めてしまったことになる。そして、その事実は誰も知らないまま、埋もれてしまう。
いろいろな犯罪が起きています。中には胸が詰まるような犯罪もあって、悲しみしか人に残さない犯罪もありますが、なぜか、犯罪はなくなりません。しかし、ある犯罪が親からの一言が原因になっていたということを、映画なら表現できるし、役者が表現し得る一つのメッセージになると思います。だからこそ、犯罪はなぜ起こるのかをきちんと描いた作品で、犯罪者を演じてみたいです。
―― 最後に、シネマアートオンラインをご覧の皆様にメッセージをお願いします。
プロフィール
津田 寛治 (Tsuda Kanji)1965年生まれ、福井県出身。『ソナチネ』(1993年/北野武監督)で映画デビュー。以降、『ディスタンス』(2001年/是枝裕和監督)、『模倣犯』(2002年/森田芳光監督)、『小さき勇者たち ガメラ』(2006年/田崎竜太監督)、『Watch with Me 卒業写真』(2007年/瀬木直貴監督)、『人が人を愛する事のどうしようもなさ』(2007年/石井隆監督)、『トウキョウソナタ』(2008年/黒沢清監督)『不倫純愛』(2011年/矢崎仁司監督)、『暗闇から手をのばせ』(2013年/戸田幸宏監督)、『シン・ゴジラ』(2016年/庵野秀明総監督)などに出演。2018年は『ニワトリ★スター』(たなか雄一狼監督)、『空飛ぶタイヤ』(本木克英監督)、『恋のしずく』(瀬木直貴監督)などに出演。また、ドラマ、バラエティ、自身の脚本・監督作『カタラズのまちで』(2013年)、『あのまちの夫婦』(2017年)が公開されるなど、多方面で活躍している。 |
映画『名前』予告篇
映画作品情報
《ストーリー》行き場のない二人は、家族になった―――― |
原案: 道尾秀介
脚本: 守口悠介
製作統括: 井川楊枝
プロデューサー: 前信介
協力: 狩野善則
音楽: 茂野雅道
撮影: 根岸憲一
録音: 鈴木健太郎
MA: 吉方淳二
音響効果: 國分玲
助監督: 平波亘
制作担当: 森田博之
スチール: 北島元朗
主題歌: 「光」DEN(谷本賢一郎×道尾秀介)
制作プロダクション: グラスゴー15
企画・製作: 一般社団法人茨城南青年会議所
製作: MARCOT / GLASGOW15 / チーズ film / ムービー・アクト・プロジェクト
配給: アルゴ・ピクチャーズ
2018年 / 日本 /カラー / 114 分
公式Instagram: @the_name_2018